Matthew's Christmas

 ユダヤ人の王の誕生

 ルカによる福音書が「救い主の誕生」を語っているとすれば、マタイによる福音書は「ユダヤ人の王の誕生」の誕生を語っています。 似ているようで、違いは歴然としています。

 マタイは旧約聖書時代のドラマを追体験(トレース)しています。バビロンによって南王国ユダが滅ぼされたとき、 ユダヤの人々の多くがエジプトに逃れました。また、モーセの時代、出エジプトの民は迂回しながら、最終的に約束の地イスラエルに入っています。 その後ダビデがエルサレムに入場したのは、連合王国の長としてでした。 ルカをユニバーサル版の救世主とすれば、マタイはドメスチック版の救世主。ローマの傀儡たるヘロデ王に代わって、神の国・ユダヤに真正な王が神によって誕生した、という感じです。

 ヨセフへの受胎告知 (マタイによる福音書1章18〜25節)

 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、 聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。 夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。


 当時の婚約の期間は1年くらいです。夫となる者が結納金を花嫁となる娘の両親に渡し、受け取れば婚約成立です。銀貨(シェケル)20枚からから30枚くらいという資料があります。約一月分の収入ですね。  「身ごもっている」というのが明らかになるのは、「月のものが遅れている、来ない!」とか、つわりなどで分かる時期ですね。「妊娠3ヶ月」でしょうか。 「聖霊によって」という部分は明らかでなかったのでしょうね。ヨセフは婚約解消をはかります。ヨセフが「正しい人」という根拠は「マリヤのことを表沙汰にしない」ということで、彼が厳格だというわけでは無いようです。「ひそかに縁を切る」では律法に厳しいとは言えませんし。

 このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。 マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」

 マタイ(あるいはこの記事の作者)が「ユダヤ人への伝道」を強く意識していたことがこの文章から分かります。 ベツレヘム、ダビデの星というあたりにこだわっているのも、その辺の事情から来たのでしょう。
 このあと、著者による注釈が入っています。「見よ、おとめが・・」は、旧約聖書イザヤ書7章14節からの、 ちょっと強引な引用です。イザヤ書で「おとめ」と訳されている単語は、「若い女性」という意味で、 必ずしも「処女」を指すわけではありません。「インマヌエル」はヘブライ語の「インマヌ」(共にいる)と「エル」(神)の音写で、 「神共にいます」を表します。

 なぜルカの「マリヤへの受胎告知」はたくさんの名画が描かれているのに、マタイの「ヨセフへの受胎告知」が絵になっていないかというと、 それが夢の中だったせいもありますが、題材として面白くないせいもあったのでしょう。「イエスと名付ける」というのは、 ユダヤの風習として親族の名を嗣ぐべきところ、関係のない名前を付けたということでしょう。

 マギ(マタイによる福音書2章1〜23節)

 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。 王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。

彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。 『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。 お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。 そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。
 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。
家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。


jer  東から来た占星術の学者たちは、英語で「マギ」と呼ばれています。"Magi"はマジック/マジシャンの語源になった言葉です。「占星術」というと、星占いみたいですが、実際には天体を観測して暦を作成する職業だったでしょう。 もう少し詳しく言えば、黄道12宮の位置や出現時期を測定するのが主要任務だつた筈ですから、定点観測が原則です。 わざわざ東方からやってくるには、それなりの理由があると思います。  彗星なら、東で見た星が再び現れ」という記事に符合します。また、隕石や流星であれば方向を示すことになります。 「超新星」とするには、紀元前後にそのような記録が残っていないので、無理があります。 「星の現れた時期」という表現から、彗星とするのが順当ではないかと思います。

 エルサレムからベツレヘムへは直線で5kmほど。エルサレムから1時間から2時間ほどの距離で、大部分が谷間の道です。 「星の示す方向」へ自由に行けるような砂漠(または平坦な原)ではありませんし、迷うほど分岐していたとも思えません。 でも、いくら昔の人だからと言って、星明かりだけでは足元がおぼつかないし、 そうかといって月が煌々と照っていては星が見えにくくなってしまいます。
 ところで、学者たちが夜ベツレヘムへ行ったという人類共通の思い込みがありますが、 ベツレヘムに着くころに夜になっていればいいのです。道中は昼間でも構わないのです。 ちなみに伝説にそって、降誕が冬至前後とすると、北緯31度のベツレヘムの日没は午後4時頃。逆算して2時から3時くらいにエルサレムを出発した学者たちが、 ベツレヘムに到着する前に、あの地方独特の「つるべ落としの日没」に逢う。そこで目当ての星が皓々と輝く、というのがドラマチックで絵になる情景だと思います。

 また、学者たちがイエスにまみえたのが「宿屋」ではなくて「家(oikia)」であることにも注目したいと思います。「馬小屋」とも書いてありません。
 もし、「馬屋」(家の一部分)であればルカとの整合性がとれます。この場合は、客人に居間を開放したため、自分たちは馬屋にいたシチュエーションになります。

 エジプト逃避行

 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、 エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」
 ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、 ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、 主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。 こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。 「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから。」


 ヘロデ大王の没年はBC4年です。ですから、イエス・キリストの誕生はそれ以前ということになります。
ヘロデ大王は織田信長に似た極悪非道なところがありました。兄弟や実子殺しはもとより、死の直前には高官や主要な地位にあるものを競技場に集めさせ、 一網打尽に惨殺しようとしたほどです。しかし、そこまで激しく非情な性格だったからこそ、ローマの陪臣としてやってゆけたというのも定説になっています。 実際に嬰児殺しを実行したという記録は残っていないようですが、彼の生涯を調べれば、それくらいのことは屁でもないことは想像に難くありません。 なお、エレミヤ記からの引用は3章15節です。

(マタイによる福音書2章19〜23節)

 ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、 言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」 そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。 しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、 ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。




 「ナザレの人と呼ばれる」という預言は見あたりません。それもその筈、ナザレの町は比較的新しい町で、旧約聖書には「ナザレ」という地名は登場しないのです。 「聖書大辞典」は、「ナジル人」(民数6:2)と「若枝」(イザヤ11:1,60:21)を暗示した言葉と解釈しています。 でもナジル人は”nazir”(ナジール)、若枝は ”netser”(ネツェル)で、ナザレは”natsareth”(ナツァレト)です。 音の印象が少し違うような気がします。
「守る」”natsar”(ナツァル)という動詞があります。頻繁に旧約聖書に出てくる言葉で、エレミヤ記31章5〜6節には次のように記されています。

 見守る者がエフライムの山の上に立って呼ばわる日が来る。『立って、シオンに上り、われわれの神、主に、もうでよう』と。

 この箇所は、北(イスラエル)に「見守る者」が出現し、南(ユダ)のシオン(神殿)を再建するとの託宣ともとれます。 引用元は不明ですが、著者が「ナザレ」にこだわっていたことは分かります。

 マタイによる福音書には、ヨセフあるいはマリヤが「もともとガリラヤに住んでいた」とは書かれていません。 「ナザレに行って住んだ」というのは、「故郷に帰った」のではなく、「ヘロデ一派の迫害を回避するため、ガリラヤのナザレに移民となって行った」という意味合いになります。 ルカによる福音書との整合性を考えない方が、文脈がすっきりします。