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イ−スター ア・ラ・カルト


過ぎ越しの祭りと種入れぬパンの祭り
復 活 祭
イースター・エッグ
イースター・ラビット
イースター・パレード
ゆりの花
早天礼拝


過ぎ越しの祭りと種入れぬパンの祭り


過ぎ越しの祭り(出エジプト記12章)

 紀元前1200年頃、モーセはエジプトのファラオと対決したとき、長子が死亡するという災いを起こしました。 (”エジプトの十災”を参照してください。) 神がイスラエルの家庭かどうか判別するため、イスラエルの家の入り口の鴨居と柱に犠牲の子羊の血を塗って目印にしました。神は目印を見て、 その家の前を通り過ぎました。(Pass Over)ですから、神の災いが家の前を「過ぎ越し」た、という由来の祭りです。
 ニサンの月の10日に犠牲の子羊を屠り、14日にそれを焼いて食べるというのが本来のしきたりだったようです。

 過ぎ越しのもう一つの意味は春分点を通り越す(Pass Over)という意味もあります。闇の時間より、光の時間の方が長くなるという意味なのです。


種入れぬパンの祭り(出エジプト記13章)

 イースト菌(パン種)を入れず、発酵させないで焼いたパンを1週間にわたって食べる祭りです。イースターの名前は、このイースト菌の名前に由来しています。 モーセに率いられたイスラエルの民がエジプトを脱出する際に、大急ぎで食事を用意したため、パン種を入れて熟成する時間と手間を省いて 焼いて食べたことが由来になっています。 発酵させないで焼くので、クラッカーのようなものが出来上がります。ふっくらとはしていませんが、 もちろん食べられない代物ではありません。また、この時期は麦の収穫期にあたり、収穫を感謝するという意味も含まれています。


 この2つのユダヤ教の祭りは、元来は別々の祭りだったと思います。でも出エジプトの出来事として同時に祝われます。つまり、 過ぎ越しの祭りの一環として種入れぬパンの祭りを行うのです。いずれも先祖が困難を克服して出エジプトの事業を成し遂げた、 民族の記念として祝われます。これにはまた、歴史的にも困難を極めたユダヤのアイデンティティーを後世に伝えるという意味もあります。
 出エジプト記12章と13章にこれらの祭りの由来、作法などが記述されていますが、前後の文脈からみれば、これらの規定が 後代に挿入された文章というのはすぐ分かります。

 ニサンの月(ユダヤ暦、今の3〜4月頃)の13日の日暮れとともに、まず家の中にあるパン種を全部捨てます。そして14日の始まる日没とともに過越の祭りの食事を始めます。
祝福の祈りをし、ぶどう酒を一杯目を飲んでから手を洗い、再び祈ります。 苦菜にハロセス(果実とぶどう酒で作った調味料)を塗ったものを食べます。これは不味いもののようですが、 これで祖先の苦痛を追体験します。続いて種いれぬパンを3枚重ねたものを用意します。2杯目の杯にぶどう酒を注ぎ、年少者が祭りの由来を尋ねると、 家長が食べ物のそれぞれの由来と意味を説明します。祝祷に続いてぶどう酒を飲み、手を再び洗います。 ハレルの第一部(詩編113−114編)を歌い、パンに苦菜を添えて食べ、過越の子羊の肉を食べます。もう一度杯を飲み、扉を開けて、第4の杯を飲み、 ハレルの第二部(詩編115-118編)を歌って終わります。以上はユダヤ教の祭りです。クリスチャンは守りません。

詩編114編

イスラエルはエジプトを ヤコブの家は異なる言葉の民のもとを去り
ユダは神の聖なるもの イスラエルは神が治められるものとなった。
海は見て、逃げ去った。ヨルダンの流れは退いた。
山々は雄羊のように 丘は群れの羊のように踊った。
どうしたのか、海よ、逃げ去るとは ヨルダンの流れよ、退くとは
山々よ、雄羊のように 丘よ、群れの羊のように踊るとは。
地よ、身もだえせよ、主なる方の御前に ヤコブの神の御前に
岩を水のみなぎるところとし 硬い岩を水の溢れる泉とする方の御前に。

復 活 祭

   イエス・キリストが甦られたことを祝う祭りです。クリスマスが12月25日固定なのに、イースターは毎年違う日に行われます。それは春分の日以後の満月の日の後に来る日曜日をイースターと定めているからです。 ですから、イースターの日付は春分の日以後1ヶ月ほどの暦日付を前後します。  春分の頃といえば、西欧では、そして日本の多くの地域でも長かった冬に終わりを告げる季節です。動物は冬眠から目覚め、新生児を連れて穴から抜け出てくるようになります。春を告げる小鳥は南からやってきて、つがいを求め愛の歌をささやきます。 植物はいっぺんに開花し、野山や町を彩ります。人間も冬ごもりから解放され、恋人や親しい人が住む家を訪れることができるようになります。  すべてが活き活きと輝きだす季節ですね。イエス・キリストの復活にあわせて自然界も息吹を取り戻します。もっとも、北半球の、しかも温帯以北の話ですが。

  本題に戻って、過ぎ越しの食事(最後の晩餐)をしたのはユダヤ暦ニサンの月の13日の晩、ユダヤでは一日の始まりが夕刻に始まるので、14日の始まった夜に最後の晩餐をとり、詩編を賛美し、続いてオリーブ山へ登り、 イエス・キリストが祈られたあと、夜半に兵士たちに捕縛されます。そして元大祭司アンナス邸で14日(金曜日)の夜明けを迎えます。 その日の夕方には祭りの大切な聖日・15日(土曜日=安息日)に入ってしまうので、死体を放置して安息日を汚すわけにはいきません。 どうしてもその日の内に磔刑にして、しかも死体を墓に葬らなければなりません。もちろんそれは処刑する方の為政者側の都合です。 審理もろくすっぽ行わず、電光石火でイエスを十字架刑に処してしまいます。

奇跡が起こったのは週の初めの日(16日・日曜日)の、朝がまだ明けない時でした。イエスに従っていた婦人たち(マグダラのマリア、母マリア、サロメ)はその当時の習慣通り、死者のため泣くために墓を訪ねました。墓には円盤状の大きな石の扉がついています。


マルコによる福音書16章3-7節

 彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。
ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。
墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。
若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。
さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」


イースター・エッグ

 「イースター・エッグ」といって、日本でもだんだん知られるようになりました。なぜイースターに「卵」なのかというと、 これは「新生」、新たな命を得ることを表しているのです。イースター・カードには殻を破りたての雛鳥の絵がかいてあったりします。  「宝探し」の遊びのことを「イースター・エッグ」と言ったりしますが、これはイースター・エッグを家の内外に隠しておいて、子供も大人も皆で探して楽しんだのが由来のようです。そのほかにも卵ころがしをしたり、ゲームに使われたり、 東欧では芸術的なまでに絵付けをしてプレゼントするなどしました。ロマノフ王朝、「ツァーリのイースター・エッグ」などは、貴金属と宝石で作られた芸術品でした。

 名古屋中央教会ではイースターの前日に大きな鍋で何百個もゆで卵を作ります。 昔はゆでる湯の中に着色料を入れていました。これは15世紀以後ヨーロッパに普及したことのようですが、中の白身まで着色されてしまい、おいしそうでなくなってしまいます。そこである時から色セロファンで包むようになりました。 最近は燃やすとダイオキシンの発生するセロファンを使うことが問題になっていますので、検討中です。

 教会でも卵を隠して教会学校の子供たちに探させたことがあります。ところが、後で回収するときに隠した本人が忘れてしまい、相当経ってから見つかったことがありました。文字通り「腐った卵」。ものすごい悪臭だったようです。それから卵を隠すことはやめています。  ついでですが、イエス様の当時には鶏は貴重品でした。時を告げる鳥として、またその卵は滋味栄養に富み ます。ペテロが大祭司カイアハの家で「鶏が鳴く前に3度主を知らないと言う」というくだりがありますが、王侯貴族の家だからこそ鶏が居たということです。今でこそ安価に食べられるようになった鶏卵ですが、僕が子供の頃は卵は貴重品でした。小学校の国語の教科書に「卵かけご飯」の話が載っていて、それがごちそうであったと描かれていました。団塊世代の人、覚えていませんか。

イースター・ラビット

 野ウサギ(ヘアー)は、まばたきをしないのだそうです。夜空の星はまたたくのに、月は瞬きません。 そのことから月と野ウサギは関係があるということになり、いつしか野ウサギは春分の次の満月の夜、 卵を運んでくる使者と言うことにされたのだそうです。ですから、本当は「イースター・ヘアー」ですね。
 子供達が野ウサギの巣を編んで納屋などの周りにおいておきます。子供達が「いい子」だったら、 野ウサギがイースター・エッグを夜のうちにおいていってくれる、という言い伝えがあったようです。  この話がアメリカに渡り、編んだ篭に色つきのイースター・エッグを入れるという習慣になったようです。

イースター・パレード

 イースターはもともと旧暦の正月にあたるため、皆が着飾って教会に誘い合い、連れだって行きました。 それがいつしか行列になり、イースター・パレードになったのだそうです。
 開放的な春を迎えて、人々の気分もウキウキした季節にマッチした行事ですね。


ゆりの花

 イエス・キリストを象徴する花として、ユリの花があります。これもイースター・カードによく描かれている絵柄です。 パレスチナでもゆりの花は神聖な花として、洗盤などの神殿の祭器などにデザインして用いられています。

 このページのBGMは「うるわしの白百合」という賛美歌です。イエス・キリストの復活を歌い上げています。  Leico's Paradise CafeからMIDIを使わせていただいています。

イースター早天礼拝






 名古屋近辺のエキュメニカル(宗派を越えた結びつき)なキリスト教組織、NCCが主催してイースターの朝に開催する礼拝です。日本キリスト教団(愛知西地区)、バプテスト連盟の教会、キリスト教改革派、聖公会などの各教派と、ミッション・スクール 、YMCA、AHI(アジア保健研修所)などが加わって合同で朝早くに礼拝を守ります。


 イースターのそのほかの行事としてはイースター・リースを飾ったり、イースター・カードを交換したりします。 国によっては卵の形のチョコレートをプレゼントしたり、ウサギ(様々な動物のバリエーションがあるようです)の形に焼いたパンやクッキーを贈ったりします。 また、イースターに先立つ6週間をレントと呼び、断食をして主キリストの苦難をしのぶ風習も一部で残っています。
 我が家では受難日(金曜日)の朝食を抜きます。大したことではありませんが。


関連コンテンツ:

●主がお入り用 ●ホサナ ●わが神、わが神 ●エマオへの途
参考文献:クリスマスとイースターの祝い方 石川和夫 日本基督教団出版局 1983/11/15、 新聖書大辞典 キリスト新聞社 1971/03/01。 引用:新共同訳聖書 日本聖書協会 1989

1st uploaded 2000/01/10 Rev.00/04/15 02/01/29

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