主イエスの誕生 聖書研究 ルカ2:1〜21

 聖書研究のための、原書構文解析です。品詞の色分けは 緑が名詞、青緑が代名詞と関係代名詞、ピンクが動詞、 紫が分詞、青が形容詞、濃黄が冠詞又は指示代名詞、赤が前置詞、黄緑が接続詞、グレーが副詞ほかです。
 黒の長い縦線はSVOCの区分、黒の縦二重線は文節の終わり、赤の下線が前置詞句あるいは前置詞、 青の縦線は前後どちらかを修飾する言葉です。もっとも、厳密なものではありません。
 本来の構造解析であれば、もっと要素をバラして、入り組んだ線を用いるのですが、今回も出来るだけ行数を減 らし、  画像幅を小さくするために、簡略化しています。なお、英語の逐語訳を付けていますが、各語はいろいろ多様な 意味があり、必ずしも訳語と一致している訳ではありません。

 時制(時称、アスペクト)はASPECTで解説しています。 詳しくは専門書をご覧下さい。

 プリントして用いる場合、画像の右端が切れる場合があります。その場合は、一旦HTMLファイルとして保存し、 WORD、一太郎ほか、HTML対応のワープロソフトで開いてみてください。

ルカによる福音書2:1

Luke.doc
Aそれらの日々に/勅令が出された、
B皇帝アウグストゥスから住民登録をせよと/全ての世界に

「そのころ、住民登録をせよとの勅令が、皇帝アウグストゥスから全世界に発せられた。」
Luke.Map
“apografo”は、ローマ時代、課税のため住所(納税地)と名前と所有財産(畑、果樹園、放牧地など)を届け出るための住民登録で、 使徒言行録5:37の関連記事(ガリラヤのユダの反乱)のように、ユダヤでは極めて不評だったようです。 「全世界に」というのはもちろん論理的におかしくて、ローマ帝国の属領内のことであり、 さらにこれはBC4年にヘロデ大王が亡くなり、その支配地がローマの属領としてに組み込まれた地域のことであったことが判っています。
 ヘロデ大王(BC40〜4在位)の版図はガリラヤ・サマリヤ・ユダヤ・イドマヤの他にバタネヤとペレアを含む広大な地域でしたが、 彼の没後はローマの属領になり、フィリッポス(フィリポ・カイザリアあたりの領主BC4〜AD34在位)ヘロデ・アンティパス (ガリラヤとペレアの分封国主BC4〜AD34在位)、アルケラオス(ユダヤ・イドマヤ・サマリヤ領主BC4〜AD6在位) に分かれました。
 マタイ福音書ではイエスの誕生はヘロデ大王の時代になっており、ルカ2章ではシリア州の総督クィリニウスがユダヤの人口調査をしたのは AD6年、アルケラオスが悪政のため廃位され、追放された直後のことになっています。 なおルカ福音書自体、1章5節の記事で、イエス・キリストの懐妊の半年前のバプテスマのヨハネの懐妊がヘロデ大王の治世の時になっていますから、 その面でも矛盾していることになります。

   しかし、史実はどうであれ、ユダヤと、ガリラヤに入植したユダヤ人たち(彼らが反乱を起した)にとって、ローマの属領になるというのは大変な出来事であり、 偶像崇拝者の支配下に治められるという、屈辱的な出来事だったに違い在りません。その象徴の一つであり、 早々に実施された住民登録は、不安定でダイナミックに揺れ動く、助けを求める時代という点では、 救世主の誕生にふさわしい背景であったと思います。


ルカによる福音書2:2-3

Luke.doc
A この最初の人口調査は実施された/シリア(州)をクィリニウスが統治している時
B そして[彼らは]行った/全ての民は登録のため
C それぞれ彼の町へ

「この初めての人口調査は、シリア州の総督クィリニウスの統治下で実施された。」
「全ての人は登録のため、めいめいの(所属する)町へ(戻って)行きはじめた。(未完了)」

ルカによる福音書2:4-5

Luke.doc
A ヨセフも戻って行った
B ガリラヤから
C ナザレの町から
D ユダヤへ
E ダビデの町へ
F ベツレヘムと呼ばれている
G なぜならその町は彼が〜から/ダビデの家系と血統に属している
H 登録するため(中動態)
I マリアムと/彼と結婚する筈になっている(完了形)
J [彼女は]妊娠している(現在形)

「ヨセフもまたガリラヤのナザレの町から、ユダヤのベツレヘムという名のダビデの町へ戻って行った」 「なぜなら、彼がダビデの家系と血統に属していたから。」
「彼の許嫁であり、妊娠しているマリアムを伴って。」

「ガリラヤから/ナザレの町から」、「ユダヤへ/ダビデの町へ」「家系/血統」はくどく感じられますが、 この段落に多くみられる重厚冗長な?表現方法です。格式の高い修辞的な文章なのでしょうね。
「中動態」は、能動態と受動態を合わせたような表現で、自分のためでもあるし、 他人のためでもあるというような場合に使われます。

ルカによる福音書2:6-7

Luke.doc
A その間に〜になった/この事のため/彼らが(町に)居る
B そこで日が満ちさせられた/彼女の出産の
C そして(彼女は)男子を産んだ/彼女の初子を
D そして彼をくるんだ
E そして彼を寝かせた/飼い葉桶に
F なぜなら/彼らには場所がなかったから/家屋の中に

「その事のため彼らが滞在している間に、彼女の出産の日になった」
「彼女の初子となる男子を産み、(布、おそらく「ヒマティオン」=上着)で包み、飼い葉桶に寝かせた。」
「というのも、家の中に彼らの居場所が無かったから。」

 普通「上着」と訳される「ヒマティオン」は、風呂敷代わりにも使われていたのです。「手ぬぐい」は、 ハンカチほどの大きさだったので、赤子を包むには小さすぎます。
 「家屋」が「宿屋」なのか「民宿」なのか「実家」なのか、聖書には記載がありません。

ルカによる福音書2:8-9

Luke.doc
A さて、羊飼たちが居た。
B 放牧地に/同じ時
C 野営している/見張りをしている/夜の
D 羊の群に対して/彼らの
E 主の天使が/彼らの間近へ来た
F 主の栄光が/彼らの周囲を照らし出した
G [彼らは]恐れた/この上ない(最上級)畏れをもって

「さて、同じ頃に、羊飼たちが放牧地で野営し、彼らの群の夜の見張りをしていた。」
「そのとき、天使が間近に現れ、天の栄光が彼らを輝き照らした。」
「彼らはこの上ない恐怖をもって怖れた」

 士師記6:22−23で、キデオンは主のみ使いを見て、死ぬかと怖れたようですが、この場面の羊飼たちも同様だった事でしょう。 EからGの出来事は接続詞"kai"で結ばれていますがね順番に起こったのではなくて、ほぼ同時に発生したのでしょう。
 サムエル記上16章には、ベツレヘムのエッサイの末子ダビデが羊の番をしていたという記事があります。 ベツレヘムの南東2kmの所に石垣とオリーブの木に囲まれた牧者の原があり、 彼らは多分そこで羊の番をしていたのでしょう。「野営」と言っても、そこは町の共同牧場で、 樹枝でできた小屋があり、羊は夜の間は囲いの中に入れられていました。彼らはベツレヘムの町の農家の子弟や、 雇い人であり、町まで夜の野道を歩いていくことができ、幼子を比較的容易に捜して見つけられたものと思います。

ルカによる福音書2:10-12

Luke.doc
A すると言った/彼らに対して/天使は
B 怖れるな
C というのは、良き知らせ(福音)を伝える/あなた方に/この上ない喜びを
D それは全ての人にとって(善き知らせ/福音)になる
E その方は、誕生させられた/あなた方のため/今日/救い主は
F その方は主なるキリストです。
G ダビデの町で
H それはあなた方への証拠
Iあなた方は見つける/幼子がくるまれ/飼い葉桶に寝ているのを

「すると天使は彼らに言った。『怖れるな、福音を告げるからだ。あなた方にとってこの上無い喜びであり、 全ての人にとってもそうなる。あなた方のため、今日ダビデの町で救い主が産まれた。その方は主なるキリストだ。 その証拠として、あなた方は幼子がくるまれ、飼い葉桶で寝ているのを見る。』」

 未来形は、「何々になるだろう」という、推量や予想ではなく、将来に起きることを断定的に言っています。また、 「良き知らせ(福音)を伝える」というのは、聖書ギリシャ語独特の用法です。「ソーテール」と「キリスト」は、 この場合は殆ど同義で、「メシヤ」を強調するかのように、たたみかけるような反復表現になっています。

ルカによる福音書2:13-14

Luke.doc
A そして、突如現れた
B 天使と共に/おびただしい天の軍勢が
C [彼らは]主を誉め称えている(分詞)
D [彼らは]語っている(同)
E 栄光は/いと高き神に
F 平和は/地の上の
G 人々に/み心にかなった

「そして、突如おびただしい天の軍勢が現れた。賛美しながら、語りながら。」
「『栄光はいと高き神に、平和は地の上の御心に適った人々に』」

ここでも、ヘブライ詩のような並行的修辞法(対句)が用いられています。

ルカによる福音書2:15-16

Luke.doc
A やがてその時が来た
B 彼らから離れ去る/天使らが天へ
C 羊飼らは互いに話した
D ベツレヘムへ行ってみようか(仮定法)
E (今見聞きした)それらの言葉と出来事を確かめてみようか(同)
F 主が我々に知らせたところの
G そこで[彼らは]行った/急いで
H そして[彼らは]見つけた/確かに/マリアムを
I そしてヨセフを
J そして赤子を/[彼は]寝ている/飼い葉桶の中に

「やがて時がきて、天使らは天へ離れ去った(意訳)」
「そこで羊飼らは互いに話をした」
「『ベツレヘムへ行って、主が知らせ、我々が見聞きしたことを確かめてみよう。』(ということになり) そして彼らは足早にベツレヘムへ行った。するとマリアムを見つけ、ヨセフも、 飼い葉桶に寝ている赤子も確かめることができた。(意訳)」

「仮定法」というのは"if"文のように、不確かな表現をするときに使われます。つまり、彼らは半信半疑だったわけです。 また、Hで接続詞"te"をどのように解釈するか、難しいところですが、「見つけた」という行為を強調させるものとして 解釈してみました。

ルカによる福音書2:17-19

Luke.doc
A (そのような)体験をした者たちは、また、(その場の人たちに)知らせもした。
B 彼らが聞かされた話について
C 赤子のことについて
D すると全ての人は/その話を聞いた(ところの)/驚いた
E 告げられた物語について
F 羊飼らから
G 彼らに対して
H しかし、マリアムは/それら全てのことに対して/心に明記している(未完了)
I 告げられた話に対して
J 思いを巡らせている(現在形)/彼女の心に

「(語られた事と、今見ていることが全て一致符号していることを、驚きをもって)体験した者たちは、 赤子のことについて彼らが聞かされた話を(その場に居合わせた人たちに)告げた。」「話を聞いた人たちは皆驚いた。 彼らに羊飼いが物語った話について。」「しかしマリアムは全ての話を心に銘記し、思いを巡らせていた。」
 頻出する「アオリスト」という時称は、動作がスポット的(点的)、完了形は動作そのものはスポットだけれど、 効果は線的に後まで続くアスペクト、現在形は英語の現在進行形に近い線的アスペクト、未完了形は過去において継続され、 あるいは繰り返し反復された(されている)事を示す線的アスペクト、未来時称は直近以降に起こるスポット的アスペクトを持っています。18節のDで驚いた人たちの動作の効果は、その時点で消滅した、後に続いていない。それに対して、マリアムの反応が線的に後々まで続くアスペクトで書かれています。19節Hの"he de"が逆接(But)になっているのは、そのためです。

ルカによる福音書2:20

Luke.doc
A そして羊飼たちは帰っていった/神をあがめ、賛美しながら
B 見聞きしたこと全てが
C まさしく彼らが告げ知らされた通り(であったため)

「そして羊飼いらは神を誉め、称えながら帰っていった。見聞きしたこと全てが、告げ知らされた通りであつたため。」

ルカによる福音書2:21

Luke.doc
A さて(接続詞)
B 8日が満たされた/割礼を彼に施す
C 彼の名はイエスと名付けられた
D その命名は/天使に命じられた
E 前もって 彼を妊娠させられた(とき)
F その胎内に

「さて、赤子に割礼を施し、(命名する)8日目が来た。彼が胎内に宿った時に、天使が前もって命じたとおり、 彼の名はイエスと名付けられた。」

C以降の主語は「名前」です。

Luke.doc
ギリシャ語の時称を簡略に説明します。
 ★「アオ」と略記しているのは、"AORIST"、研究社の新英和中辞典で調べたら、 ギリシャ語文法でアオリスト《非限定的過去》【ギリシャ語「限定のない時制」の意】 と書いてありました。
 直説法の場合は、時間的には過去から現在、アスペクトは点的になります。1節の「勅令が出された」 のは、最近のことなのかずっと昔のことか、とにかく昔。4節の「ヨセフも(登録に)行った」は、 勅令が出されたあとの過去。6〜7節のアオリストは、ほぼ同時に起きたことで、記述順に上から下に並べています。 10節の「天使は言った」は、9節の「(羊飼いたちは)怖れた」より明らかに後の事なので、右側にプロットしました。 11節の「誕生させられた」は、記述の時点(×印)より事実が起こった時点が あきらかに昔なので、左側にプロットしました。
 アオリストが仮定法で用いられる場合は過去に限定されません。たとえば15節「ベツレヘムへ行こう」は、記述の時点(×印) より事実が起こる時点があきらかに未来なので、右側にプロットしました。このように未来に点的に起こることもアオリストは 表現するので、「不定過去」とか「非限定的過去」とは呼ばれなくなって、普通は「アオリスト」と呼ばれています。

 未完了形は、記述の時点に始まって、線的に継続していく動作・事象を記述します。終わりの指定のない時称です。

 完了形は、事象そのものは過去に起こり、その結果や効果が記述の時点まで線的に継続していることを表します。

 現在形は、記述の時点で進行中である事象を表現します。アスペクトは線的です。

 ■★未来形は、記述の時点では起こっていない事象を記述し、アスペクトは点的、あるいは線的、点線的です。 10節(全ての人の)福音になるは線的ですし、13節「見つける」は点的です。 また、直説法で用いられる場合は、未来において確定的に起こることを記述しますので、希望や推論ではありません。 日本語にも英語にも訳しづらい表現です。

 


2005/12/07
引用聖書:
"NESTLE-ALAND NOVUM TESTAMENUM GRAECE" 6.Druck 1999: (c) DEUTSCHE BIBLEGESELLSCHAFT, 1898 and 1993
聖書 "Holy Bible": New International Version

参考文献:
J-Bible 2nd (c) 日本コンピューター聖書研究会 1996-1998
新約聖書II ルカ文書 岩波書店 1995/1996
新訳ギリシャ語辞典 岩隈 直著 増訂6版 2000/05/10 (株)山本書店
新約聖書のギリシャ語文法 織田 昭著 2003/05/20(有)教友社
聖書語句大辞典 7版 日本基督教協議会文書事業部 コンコーダンス委員会 (株)教文館