念願の聖地旅行に行ってきた。携行カメラは悩んだ末フィルムSLRだけにした。ボディ2個にレンズ7本、ストロボに小型三脚。結構な重量だ。
Updated 2011/05

深夜に到着したテル・アビブ郊外のベン・グリオン(独立宣言をした、初代イスラエル首相の名)空港の玄関。巨大なメノーラ(七枝の燭台)のモニュメントが立ち、
台座にヘブライ文字が刻まれていて、ここが聖地の玄関口であることを示している。三脚を立てるヒマがないので手摺りにカメラを持った手を置いて撮影。よい雰囲気に撮れた。
(24mm)
エルサレム

ヤッファ・ゲート近くにあるヘロデ大王が建てた城塞。3月下旬の雨期の終わりかけで、つかの間の晴れ間に撮影。
(21mm)

聖墳墓教会。ゴルゴタ/カルバリがあったと伝えられる場所に建っている。
(21mm)

同上内、まさに十字架が立てられた場所にある礼拝所。早朝なのに混雑していて、三脚など立てる場所も時間もない。手摺りにレンズを持つ左手を載せ、じっと構えて約1秒のスローシャッターで撮る。こういうときは明るいレンズが役立つ。
(24mm)

同上内のドーム。
(24mm)

ダマスコ門の北側にある「園の墓」。ゴルゴタはここではなかったか、という説がある。岩盤に穿かれた墓があり、周りは庭園になっている。
手前左端はこの園を運営する英国の団体の長で、みずからガイドしてくださった。
(28-80mm)

西の壁(「嘆きの壁」)。下層部にヘロデ大王時代の神殿域の土台たる石垣がある。ここに入るのに厳重な手荷物検査を受けた。1967年(「6日間戦争」終了)当時、この広場には157軒の家が建っていたが、強制的に撤去された。
(21mm)

同上 ユダヤ人がここで嘆いているわけではなく、激烈に祈っている姿があたかも嘆いているように見えたので「嘆きの壁」という異名が付いた。
手を当てたり、キスしたりする部分が焦げ茶色に変色している。1967年以前、ユダヤ人はここには入れなかった。

石垣の隙間に祈祷文が書かれた紙がギッシリ挟んであった。日本で言えば絵馬やおみくじのようなものか。

オリーブ山。中央左端は万国民の教会。灌漑がしてあるところとそうでない所が明確に判る。
(21mm)

万国民の教会。左側にゲッセマネの園がある。
(70-210mm 望遠端 C-PLフィルター使用)

同上 ファザード。盛大なフレアーがかかり折角のモザイク画が消えてしまったが、陽の具合を待つ時間が無いので仕方ない。
(21mm)

ゲッセマネの園。手前はラベンダー。いろいろな草花が植えてあった。灌漑がされているので緑が豊かだが、2000年前の姿とは異なると思われる。
(21mm)

「ダビデの街」からティロペオンの谷を眺める。急峻で深い谷になっている。家々は岩盤の上に建てられていて、諸処に洞窟の穴が開いている。ここをネヘミヤが通った。
(21mm)

ヒゼキヤの水路。勾配がきつく、かなり長い。2700年前によくこれだけの工事が出来たと感心する。
(28mm)

オリーブ山から見た神殿域とダビデの街。手前から左(南側)に拡がるオリーブ山側斜面にはユダヤ人の墓地が広がる。1967年以前には
この墓地は破壊され荒れ果てていた。
(21mm)

黄金のドーム。旧約聖書では「モリヤ」という地名で、アブラハムがイサクを捧げようとした場所と伝えられている。
イスラム教の巡礼地としては、このドームの下にある岩からマホメットが昇天したことになっている。
(70-210mm 望遠端 C-PLフィルター使用)
使用機材:
OM-4Ti Black*2, Zuiko 21mm/F3.5 24mm/F2 28mm/F2 85mm/F2 Tamron 28-80mm/F3.5-4.2 70-210mm/F3.5 Vivitar 55mm Macro F2.8
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