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いつのまにか一冊目よりぶあつくなってました。。 三冊目は・・いったいどんな日記帳になるんかなぁ・・・ |
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ミネストローネがカレーになりました。
圧力鍋を使って 久々にミネストローネを作ろうと ジャガイモやナスやトマトやキノコやセロリを刻んで 大豆も加えて 月桂樹の葉を入れて ぐつぐつ煮て さあパスタを入れよう!と引き出しを見ると 探しても探してもパスタがない・・シェル型のパスタが 確か一袋あったはず・・と思って一番上の引き出しから一番下の引き出しまで ぜ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んぶ 往復で見たのにない・・ その間 賞味期限2001年3月・・とかいう皿うどん一袋と 賞味期限98年・・・とかいうやまくらげ一袋を発掘。即捨てました(汗) で 結局 ミネストローネはあきらめて 引き出しにあった賞味期限2000年4月の熟カレーを使って カレーにしてしまうことに(爆) カレーということにしたので 冷蔵庫にあった残り物の豚肉も入れて スパイスは ターメリック カルダモン ナツメッグ ジンジャー バニラエッセンス シナモン コショーにクローブ タイム おまけにナンプラーとオイスターソースも加えてミルクも入れて ぐつぐつ煮たらば このカレーがまたなんともいえずおいしかったのでし(^-^)v 後かたづけも終わり テトにシェル型パスタが見つからなかった話をすると どれどれ・・とテトがひきだしを開けて すんなりと そのパスタ一袋を見つけだしたのにはまいりました。 どうしてこれが目に入らぬかっ!!でひた。(^^; なにはともあれ。 ひさびさに早く帰れて久々に台所でお料理をした みけなのでした・・・・ |
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2002年05月15日 21時55分33秒
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昨日 おばあちゃん(母)のお見舞いに行った。
お正月に行って以来 もうずっと行ってなかったので もう ほとんど何もわからなくなってるかもしれないと シンパイもしたけど それほどひどくはなってなかった。 お正月は 私が作ったおせちのうち やわらかくて食べやすいものばかり選んでお重に詰めて持っていったら とてもおいしそうに 楽しみながら食べていた。 しまいに黒豆をのせていたアルミホイルの小皿まで箸でつまんで それまで食べそうになったのでちょっと驚いた。(笑) なんかもう 母にとっては食べることだけが楽しみ・・というカンジがした。 でも ちゃんと上手にお箸を使うし とてもおいしそうに食べてくれたし けっこううれしかった。 でも 私がだれなのか もしかしたら判ってないもかもしれないという不安も ちょっとあった。母は私の名前をとうとう言わなかったから。 で 今回もおいしいものを何か持って行こう・・!と考えて 駅前の かなり有名なおいしいケーキ屋さんで買ったケーキを持っていった。 今日は久々に帰ってきてるブラピ(KOちゃん)も一緒。 更にダーも一緒。。 母は 朝顔を洗ってないかも?というような顔をしていた。 ブラピが自分の名前を言ってあいさつしたけど すごく久しぶりに見る孫の顔なのに あんまり反応がない。 だれだかわかってないのかもしれなかった。 でも KOちゃんが何度も繰り返して自分の名前を言い、 「わかる?」と聞くと とうとう返事した。 「わかるよお〜!初めは まあ・・ちょっと わかりにくかったけどね!」 次にケーキを出すと いつもと違って自分で食べようとしないので 私がスプーンですくって食べさせた。。 「おいしい?」と聞くと 満足そうに頷く。もいちど「おいしい?」するとまただまって頷く。 そうして スプーンですくっては食べさせながら 時々「おいしい?」 と聞いていた。すると とうとう最後に「おいしいよお〜!」と返事して にっこり笑った!! おお!!これなら すごくまともな応答だ・・! ケーキをすっかりたいらげたあとは ウエットティッシュでおばあちゃんの顔を拭いて 持って行ったデジカメで おばあちゃんとKOちゃんをツーショットで写し おばあちゃんに見せた。 初めの二枚は角度や採光が悪かったので消して 別の角度からもう二枚撮った。 こんどは二人ともなかなかいい顔で写っていた。そこで また別の角度で 更に撮ろうとしたところ 「なんぼ撮ってもおんなじや・・・。」とすかさずおばあちゃん。 これにはもうみんなしてやられた気持ちで大爆笑・・・! たしかに・・。なんぼ撮ってもおんなじです。(笑) (今思えば 母は 昔からあまり写真は好きではなかったような気もする。) 母はことし86歳になる。私はずいぶん年とってからの子だから それだけ母は私がかわいかったのか 私を「生んでよかったわ。」とよく言ってたっけ。 そんなことを思うと 急に胸がいっぱいになって。。 何も言わず ただ母と眼を見つめ合っていた。 KOちゃんも私の横でおばあちゃんの手をとって ただ黙って母を見つめていた。 家に帰ってその二人の写真をパソの画面で大きく広げてみた。 おばあちゃんとKOちゃんと 二人の顔がほとんど実物大になる。 おばあちゃんのまるい二重の眼が 年のせいか少し小さくなってはいるけれど となりで笑ってるKOちゃんの眼と なんと似ていることか・・・ ずっと家の中で暮らしているから色白になって 髪も真っ白に近づいて 無心の瞳でこっちを見てる。 その写真を見て 昨日行けなかったテトがつぶやいた・・ 「かわいい・・」 |
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2002年03月17日 21時46分02秒
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ウォーターボーイズ ほ〜〜〜〜んとにおもしろかった!!
テトと行ったんだけど ほとんどの場面で館内のお客さん全員一緒に笑いこけてました。 しかも 後半クライマックスの高3男子の団体シンクロは ホント圧巻。。。。 シンクロなのに 空手ありーのやり投げありーの(笑) ピラミッドあリーの(これがまたスゴイ) いちばん感心したのは 菱形になったあとみんなが同じ早さで泳いで どんどんクロスして 最後はエックス型になっていくところと 大きな円から桜の花のように小さな円ができていくところ・・・ いや〜〜シンクロって いいもんだったんですねぇ〜〜!! 女の人のシンクロなんて なんか気持ち悪くて 見てられなくて あれをキレイッとか言って見てる人の気がしれないと思ってたけど 今回 高校生の男の子たちのシンクロを見て 女の人のシンクロをうれしそーに見ている男の人の気持ちが よお〜くわかったような気が・・(^▽^;)うひゃひゃ これは女性がするもの あれは男性がするものというふうに なにごともわけてしまっちゃだめですねぃぷ! 女性がしたときは女性のよさが 男性がしたときは男性のよさが 中間の人がしたときは中間のよさが み〜〜〜〜んなそれぞれあるっちゅーことなのよね〜〜 うみゅうみゅ。 それにしても 妻夫木聡に平山愛、かわい杉っ♪ あと 竹中直人のスタイルの良さにもべっくし! みならわねばぁ〜〜〜 (^^; |
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2002年01月26日 22時18分48秒
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春の七草 七日の月曜日 七草粥を作ったのだ! 七草は・・セリナズナ ゴギョウハコベラ ホトケノザ スズナスズシロ 春の七草 という具合で 五七五七七 のリズムに乗せて言えるよね。 日本人はこのリズムが好きで。。昔からこのリズムで歌をうたってる。 昔からの日本の歌=和歌。。。 [君がため 春の野にいでて 若菜摘む わが衣手に 雪はふりつつ] 百人一首の中の有名な歌でし。 そして これとお手つきのペアなのは [秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露に濡れつつ] 下の句がよく似ていて間違えやすい!! しかも[君がため]で始まるのは [君がため 惜しからざりし 命さえ 長くもがなと 思ひけるかな] というのもあるので 「君がため」だけ聞いて大喜びで[わが衣手に 雪は降りつつ]を取ると [惜しからざりし命さえ・・・]と続いておてつきになったりする・・(-_-. そんなわけで [君がため 春の野にいでて 若菜摘む わが衣手に 雪はふりつつ]は かなり聞き慣れた歌なんだけど 今年は この歌を思い浮かべて なぜか胸がいっぱいになりまひた。 それは七草粥をたいていたときのこと。 テレビでだれかが 「初春とは言え 実際はまだまだ冬のさなかで 野菜などが乏しい季節なので 昔の人はこういう野草も大切に食べていたんですね。それが七草粥のいわれです。」 って言ってた。 それを聞いた時 ふと 例の[君がため・・]の歌が浮かんで・・・。 野菜の乏しいこの時期 雪のちらつく寒い野原で何か食べられる野草がないか 愛する人のために一生懸命探している人がいる。。ほんのちょっとでも見付けて なんとかして愛する人に食べさせてあげたいと それだけを思ってる。 だから 雪の降る野原の寒さも気にならない。 そんな想像をしていると 目頭がウルウル状態に・・。たはは。。 つらいことでも 愛する人のためならはりきってやっちゃう。。 この歌の意味はきっとそういうことよね。 そんなことを思っているうちに七草粥ができまひた・・・ とってもふっくら炊きあがり、七草の緑がすっごく鮮やか・・♪ ううううみゅ。。 ゆっくり大切に味わって食べたいなぁ。。 そんな気持ちになったみけなのでした・・。 |
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2002年01月09日 23時28分59秒
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23日 クラブの試合(県新人大会)の個人の部で 朝から子ガモたちのお母さんしてきました。。 40人ほどの子供たちを引き連れて試合会場まで行くんだけど ほんとによく言うことを聞いてくれるのでけっこう楽しく行列ゾロゾロでし。。 みけ「電車の中では静かにねっ」 子鴨「はいっ」 横断歩道で信号待ちをしている時 まだ青になってないのに渡る人がいるとつられて渡りそうになる小ガモがいて みけ「 ・・あっ、知らないおじさんについて行かないよーに!」 子鴨「あの人たち赤やのに渡ってる〜〜〜!」 子鴨「さすが都会や〜!」(なんでやねん!) この日の試合結果は 個人戦ベスト16に4人入りました。。。 26日(昨日)は団体戦。 それで朝7時半から夜7時半まで子ガモたちのおかあさん・・。 お弁当タイム後 床にパンくずが落ちてるのを発見。 みけ「だれですか〜! おさるさんみたいな食べ方したのわぁ〜!」 小鴨 キョロ o(゜・゜o)(o゜・゜)oキョロ キョロ o(゜・゜o)(o゜・゜)oキョロ 「Nくん〜〜」( ^・^)σ (~0~;) でも この小ガモ応援団の応援は県NO.1。 声も拍手も大きいし 心がこもってて 全員一丸となって応援。 試合結果はベスト4(県3位)で おしくも優勝は逃したけど すごく感動的な試合でした。 帰りの電車の中。。 みけ「今日帰ったらうがいしてね」 応援して声がかれた小鴨「ウン!」 つり革を二つつかんで怪しい姿勢の子ガモを一人見つけ みけ「つり革で遊ばないでね!」 小鴨「はい〜・・(^0^;)」 クラブの技術指導は この道二十数年になるコーチがみっちりやってくれていて 私の仕事はただ見〜て〜る〜だ〜け〜なんだけど それでも子供たちは見ていてほしいらしく(笑)練習を見に行くとすごく元気に あいさつしてくれます。 もともと文化系なので 受け持ったクラブは強くない方が試合も少ないし 試合に行ってもすぐ終わるので早く帰れていいと思ってたんだけど 今では この子たちにもっと強くなってほしいと思うようになりまひた。(^^;) どんな学校とやっても負けないように もっと技術と精神力を身につけて 次回は笑顔で帰れるように・・ でも そのために私のできることは・・・ 「もっと強くなってね。」と言うだけ。 あの子が打ったあんな球を じゃんじゃん打って返球練習させてあげられたらなぁ〜とか いろんなサーブをしてやって速攻スマッシュで決める練習させてあげられたらなぁ〜とか 思うけど できないものはできまへん!!(^_^;) そこで 小ガモたちに言うことは。 「勉強[も]できんとあかんねんよ!」 何事も互いにつながっているということで 勉強にまじめに取り組めば練習も真剣にやるだろうし その逆もアリということ。。。 私としては このさい勉強面でしっかり鍛えてあげることにしよう・・と 思いまふ(笑) 余談。 個人戦で うちのエースの一人Hクンが負けた相手のIクンは 遠くから見てるので はっきりと顔がわからなかったんだけど 一瞬ちゃんと見えたらば ジャニーズ系の すんごいかっちょええ子でした。Hくんにそのことを言うと 「先生、前にもそう言ってたでぇ〜!」と言われました。 どうやら 夏休みにやったカデットの試合の時もIクンを見て同じ感想を言ってたらしい・・ こうなるともう Iクンファンクラブ初代会長に就任すべきなのかも・・? ふ〜みゅ。つぎの試合が楽しみだふ(自爆) |
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2001年12月27日 08時02分55秒
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来年用に もう日記帳を準備しました(^^;)気が早いだしょ んでも 来年は なんかいいことがありそうで・・ すてきな出会いもありそうで・・けっこう楽しみだったりして。 新しい誕生日 こないだ迎えたけど この年齢もけっこう気にいってイイカンジ。いやほんま。 (そ、そうやったん?>自分) 同じクラブを持っている他校の先生で私より二つ年下の人と この前の試合の時 年齢の話をしていたら その人は初めて知り合った時からその時までずっと(十数年間) 私を 自分より10歳ぐらい年下だと思いこんでいたとわかり お互いびっくり仰天(笑) 私は・・・もちろんその人を 自分よりちょっと下ぐらいだろうな〜と 思ってましたけどね(笑) しかしこうなるともう 人をびっくりさせるのがおもしろいような気がして(笑) でもってその場合実年齢が高いほどおもりょいかもだし これを老後の趣味にするのもいいかも (^▽^ウヒャヒャヒャ って んなあほな〜〜〜 |
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2001年12月24日 11時09分27秒
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ある日の卓球場。部活終了後。。。(っていうか今日のことね(笑)) 男女卓球部員着替え中のところへ副顧問のみけ登場・・ 女子部員のAちゃんとHちゃんが寄ってきて Aちゃん「先生、先生、先生の髪めっちゃサラサラ〜〜!」 Hちゃん「絶対サラサラや〜〜! ええな〜!!」 Aちゃん「先生ストパー(ストレートパーマ)あてたやろ〜!」 みけ 「うん!」 Hちゃん「ストパーあてたぁ? みんなゆっとうでぇ!!」 みけ 「うんうん あてたよ。」 Aちゃん「あ〜〜! 先生ずるいわ〜!」 Hちゃん「先生ずるい〜〜〜〜!」 (生徒指導担当の先生は生徒のストパーを禁止しているのら) みけ 「ストパーっていうか。。ホントはね、そのもっと上のんやねん。」 Hちゃん「え〜〜〜〜っ!!」 Aちゃん「え〜っ? そんならもーっとずるいい〜〜!」 みけ 「うひゃひゃひゃ!」 Hちゃん「先生 前はパーマあててたやん?」 Aちゃん「そうそう、先生パーマあててたやろぉ?」 みけ 「ううん、あれはパーマじゃないねん。何もしてない素のままや」 Hちゃん「えっ あれ パーマじゃなかったん?」 みけ 「うん、パーマも何〜んにも してなかってんで。」 Aちゃん「うっそ〜〜!! わたしパーマやおもとった!」 Hちゃん「あれ、きれいやったやん!!」 Aちゃん「んじゃ先生・・[テンパ](天然パーマ)やったん?」 みけ 「うん!そうやで ! テンパやで。」 二人 「えーーっ!!!」 Aちゃん「先生 前の方がよかったでぇ〜〜!」 みけ 「えっ? そうぉ? 」 Aちゃん「うふっ。ちょっとショック? せんせ?」 みけ 「うう〜〜ん。。そっか〜。。ほんでもねー、あれ朝が大変やねん。」 二人 「ふう〜〜ん?」 みけ 「前はね、何にもしなかったら 朝 髪がこーんなふうに[ι]上向いててんから」 二人 「きゃっきゃっ!」「うひゃひゃひゃひゃ!」 みけ 「だから今はもう、すっごいラクやねん!朝はとくだけでええねんもん!」 二人 「うんうん!!」 * * * そう、ストレートヘアは ラク!! それも 私みたいに すごい自我の強いナチュラルウエーブの天然パーマの髪は 普通にストパーあてたって 3日もすればもとのもくあみだし (むしろストパーのために髪がゴワゴワになってよけい扱いにくくなってた。。) 持って生まれた自分のデザイン通りにいつもカールしていたがる(笑)ので このたび 数年来行きつけの美容師さんが 新しく覚えてくれた魔法により。 朝スイスイっと梳かすだけで ちゃあんときれいにまとまる髪になったことは。 も、超ーーーぉ めでたいことなのでごじゃりましゅるっ♪(*^0^*)v 前のくりんくりんウエーブが良かったって言われるのもけっこううれしいけど (なにしろあの髪のカールは 天然自然の自分自身なので(^m^)) うんでも 毎朝あの髪を ちゃんとおとなしくカールさせておくために 実は かなりの苦労をしていたのでした・・・ それに。なんといってもこのストレートは。 さわり心地がもう・・最高よねん! さわってると 指がとろけそうなくらいいい気持ち。。 ずーっとさわっていたい髪なのでした。。。 f(*^0^*)でへへへへ。。 |
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2001年12月13日 23時26分45秒
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ひさび〜〜にフィットネスにいきまひた。 先週の金曜日と 今週の火曜日。 今週行けるのはあとは土曜日かな。 なが〜〜いこと まともに行ってなかったから フラフラでおま。 でも 終わった後は すんごいしゅっきり気分〜♪ なので これからは またせっせと通うのら〜!!(^-^)v ただ 気になることがひとつ・・・・。。そりわ・・ イントラさんが「あごを引いて〜!!」と注意することだわのよ。。 あれって な〜んか 私に向かって言ってるような気がするのは 考えすぎ?(^^;; ていうか アゴ出してる気はないんでしけどぉ〜〜(ーー;) そんでも 鳥合図 アゴが首にささるぐらい引っ込めたら 「は〜いおっけ〜!!」やて。 やっぱワタシカヨ〜!<(^へ^;)> |
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2001年12月05日 22時48分37秒
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きのう竹野内豊主演の「冷静と情熱のあいだ」を観てきました。 昔々の「めぐり逢い」という映画にすこ〜し似ていました。 「昔のことは忘れて しあわせに暮らしている」と言ったあおいの言葉は 順正が昔あおいに対してひどいことをしたという後悔から 順正が苦しむことのないように言った言葉で 決して「今の彼を見せつける」ためではなかったということ。。。 心の奥の寂しさを隠して孤独に耐えているあおいがとてもいじらしいと思う。 あおいが ロサンゼルスへ一緒に来て欲しいと大金持ちの彼にプロポーズされたとき 空港で「順正は私のすべて」と彼に言った言葉。 これがあおいの本当の気持ちなんだ。。 「とても大切な約束があるんです。たとえどうなっても。」 あおいが 「十年後も一緒にいてフィレンツェのドゥオモに一緒に登って?」と 順正に言ったとき・・そして「約束して?」と言ったとき 順正は「いいよ」と答えた・・・その約束が 忘れられなかった二人・・。 もしその約束の日 順正がフィレンツェのドゥオモに来ていなかったら・・・? 一人でドゥオモに登り それからあおいはどうしたのだろうと思うと 本当に涙が出そうになる。本当にひとりぼっちになってしまうのだから・・・ 順正はちょうど復元工房の先生が亡くなられたためにイタリアへ帰っていたけど もしあの時先生の葬儀がなくてもフィレンツェへ行ってただろうか? ・・・・・行ったかもしれない・・・・・ 順正は あおいが今もミラノで一人暮らしているとは知らず ロサンゼルスの彼の所から来たと思いこんでいる。 だから 翌朝「帰る」と言ったあおいに 「約束なんかしなけりゃよかった、逢わなきゃ良かった。」と言ったけれど それでも一人でいることを黙っていたあおいは 本当に強い。 愛しすぎるとこんなに悲しい別れもあるんだね・・・ ところで。もしあのチェロ奏者から 順正が本当のコトを聞かなかったら・・ そのまま二人は一生お互いに思い続けながら別々の人生を歩いていくことに なったんだろうか。。 十年後の約束・・・ 順正は 「しなけりゃよかった」と思わず言ったけど でも約束したからこそ 二人はまた逢うことができた。 いや〜〜 約束って ホント〜にいいもんですね!(なんか違う?) それでは サヨナラ サヨナラ サヨナラ・・・ |
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2001年11月11日 09時04分46秒
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ADSLに替えてからもう七ヶ月たちました。 このめぐまれた環境にすっかり慣れて イン タネにつなぎっぱなしで寝てしまうことが たびたび・・ パソルームには ブラピベッドというすごい アイテムがあって これがアルファー波を発散、 ついつい吸い寄せられてそのベッドにばったんきゅう〜となってしまうからでし。。 ブラピがこの部屋にいたころ・・・(あ、ブラピって うちの息子のことなんでしけどね(^^;)) よく お風呂にも入らずに服も着替えずにベッドで眠り込んでいるのを いくら起こしても起きなかったっけ・・ その気持ち 今はよ〜〜くわかりますっ。。 そして・・ダーは(あ これって 夫ね(^^;)) 私を起こすことさえ とっくにあきらめているもよう・・(笑) ていうか 晩ご飯食べて パソに向かっているうちに眠くなって ベッドにばったんく〜・・ これって 食べてスグ寝る。牛になる、つまり 太るパターンではないでそうか?(滝汗) そういれば ブラピはウチにいたころけっこう太ってたかも(爆) ううううみゅ・・。 なんとかして この悪癖をたちきりたい・・ と思う みけなのでした・・・(-_- ;) |
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2001年11月07日 02時23分38秒
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テトと二人で 「ペイ・フォワード」を見ました。DVDでね。 パソの前のいすを後ろにひいて いすには私が座り 私の足の間にテトが坐り テトは座布団を(・・・ホントはブラピのまくらを・・・)おしりに敷いて約二時間半・・ 教室の場面が出たときは 私ゃ思わず机の数かぞえてましたね。(核爆) で 私が「16人ぐらいやな?(裏山〜〜)」とつぶやくと テトが「25人ぐらいは居るで」といい 私「そう?」 二人同時に「数えた?」 テト「なんで同じ事すんのん?」で笑ってしまいました。 そのほか、 シモネット先生がシャツ選んでるシーンでは「ようけ持っとうな〜!」で笑い、 ホームレスのジェリーが ヒッチハイクしてるのを見て「あっ 立ち直ってるやん!」と喜び、 トレバーのおばあさんのいるところへママが行くシーンで 「あっ あのおばあさんとママは親子やったんや?」と驚き、 テトが「やっぱり、顔も似てるから そうかなーと思ったわ。」などなど 二人で言いたい放題言いながら 見てました。 映画館で見てたら 静かにしてないといけないから こうはいかないよね(笑) まあ それはともかく すごくいい映画でした・・(*^〜^*)満足満足♪ 一人が 3人を助ける・・それも 簡単にはできないことをして・・ そうして助けてもらった人は 「してくれた人」に恩返しを(ペイ・バック)する代わりに 次のだれか3人にいいことをして幸せを次へ送る。(ペイ・フォワード) そしてその3人はまたそれぞれ誰か3人を助けてあげるよう努力する。 そんなふうにして すこしずつ自分の周りの世界を変えていく。 いままで できないとあきらめてしまっていたことを勇気をだしてやってみる。 そのときは 失敗だと思っていたことが そうではなく あちこちで芽を吹いていく・・・ 「世界は 思ったほど クソじゃない・・・」というトレバー少年の言葉どおり 胸の熱くなるラストシーンでした。 さて シモネット先生役のケビン・スペイシー・・・よく見る顔やけどな〜 なんて思ってたら L.A.コンフィデンシャルにかっちょええ刑事(やったっけ?)役で 出てた人でしたね。。 どうりで見たことあるはず〜〜!(^^;)ゞ忘れかけてた! で アーリーン(ママ)役のヘレン・ハントは「ハートオブウーマン」で メル・ギブソンと共演、 バリバリのキャリアウーマンの役してました〜♪ そしてそして。。。監督は あの「ディープ・インパクト」の監督ミミ・レダーでしたね!! 彼女は一人一人の人生をあたたか〜く描くっていう監督ですよね・・・! 「女性ならではの登場人物一人一人の生活に対する温かいまなざし」 ってどっかでほめてたような・・・さすがですぅ・・・ いや〜 映画って ほんっといいもんですね〜〜!! それでは このへんで、はい、さよなら、さよなら、さよなら! (誰かの口癖ぺちりまくりの みけなのでした(^0^;)ゞ) |
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2001年09月15日 01時59分41秒
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好評につき(違) 博士の講演の後の シンポジウムで パネラーが話した内容の中から 特に印象的だった言葉を 忘れないように拾ってみました。 まず ハッシーこと 橋本秀雄さんは 戸籍についてふれ、 「なぜ 出生届に性別を書く必要があるのか、なぜ戸籍に性別を書く必要があるのか?」 と疑問をなげかけ、 「そのために 生まれた赤ん坊の性別がはっきりしない場合 親はむりやりどちらかの性に してしまおうとする。そうせずにいられる親なんかいない。」という現実を語りました。 そして 出生届は確かに「女」と「男」の他に「性別不明」も選べるようになってはいるけれど それでは 戸籍の続柄のところはどうするのか?と 矛盾点を鋭く暴露しました。 続柄には 長女とか 2女 あるいは 長男 とか2男というぐあいに [男][女]のどちらかを書きこむようになっているからです。。。 男女二分化(男でなければ女と決めつけ人間はこの二種類のうちどちらかしか存在しないと いう考え方)された社会では、そのために苦しんだり 手術までしようとする人々がいます。 しかし ほんとうに 手術をうけてまでどちらかにならなければならないのでしょうか? その手術は いったいだれのために・・・? 性科学者で ハワイでダイアモンド博士について学んだという東優子さんは インターセクシュアルと トランスセクシュアルの違いをわかりやすく語ってくれました。 インターセクシュアルとは 男でもなく女でもない中間の体(中間と一口に言っても じつにいろいろなバリエーションがありますが)をもつ人々です。 そして、インターセクシュアルの人たちの中では 多様な性のあり方を そのままみとめて ほしいと考える人たちが主流のようです。 それに対してトランスセクシュアルとは 戸籍上 自分は女(男)だけれど 自分は本当は男(女)だから○○○をつけてください、○○○を取ってください というように望む人々で 社会的な女、男のイメージにとらわれている人々です。 作家で 立教大学講師の蔦森 樹(つたもりたつる)さんは そもそも 「性」という概念がフィクションなのであって 性はその人そのものであり 人の数だけ性もある。と言いました(たしか・・そんなようなことでした。) それなのに人々は 性器(体の形)がどうなのかということにとらわれすぎだ と言い、 つまりは みんな人間なんだから 体の形がどうだっていいじゃないか というような意味だった ・・・と思います。(うううむ 難しかった!!) 蔦森さんは ご自身が男でありながら きれいに化粧して きれいなブラウスを着て スカートをはいて でも女になろうとしているのではなく 女のまねをしてるのでもなく 男の声で話していて少しも不自然じゃなく まさに 男でもなく女でもない 美しい人でした。 それから パネラーのだれかが(メモしなかったのでだれが言ったか忘れたけど) 言ってたことで すごくナットクしたことは 今までの 学校(文部(科学)省)での 性教育のまちがいは 性教育を 「はじめにおしべとめしべありき。」というところから始めたこと・・ つまり 「初めから男と女が別のものとして存在している」というふうに教えてきたことが まちがいなのだ ということでした。 もとは 男と女は(性器も)同じものなのです。それが お母さんのお腹の中で 細胞分裂をくりかえしながら、違う形に分かれて生まれてくるのです。 からだの内外ともに典型的な男(女)の形で生まれた人もその逆の人もその中間の人も もともとは 同じだったということをちゃんと教えること。 そういうふうに教えて初めて 人間はみんな平等だということを きちんとわからせることができるのです。。。 とってもナットク 一本イットクの みけなのでした・・・ |
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2001年08月27日 23時38分17秒
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今日は ハワイ大学教授のミルトン・ダイアモンド博士の講演を 聞きに大阪へ行きました。 ミルトン・ダイアモンド博士は ハワイ大学医学校教授で性科学者です。 赤ちゃんの時 性別が見た目にはっきりしない状態で生まれてきたこどもに対して 男か女かを あるものさしを基準に医者が決め それに合わせて手術をする・・・ そんなことが つい最近まで ごくあたりまえのようにおこなわれていました。 それに対して ダイアモンド博士は 反対で そうした手術を受けたこども達の 長期にわたる追跡調査を行い この手術が本人にとって よかったという例は ひとつもないのに対して 有害であったという例は 数多くあることを明らかに しました。 ダイアモンド博士の立場は そうしたこどもが生まれたときにどちらかの性に むりやりあてはめてしまうのではなくて こどもの成長に応じてきちんとケアを 続け、その人それぞれの成長の中で本人自身が自分がどの性で生きるかを 自己決定できるようにしていく という考えです。 おかげで 本人が何の意思表明もできず 自分について何も知らない状態で (つまりあかちゃんだからなにもわかってないし何もいわない、そういう時) 本人以外の人たちが本人の一生を左右するような手術をして 本人の体に 勝手に手をくわえるというような おそろしい医療行為は 今では もう 過去のこととなりつつあります。 ダイアモンド博士の講演のあと 蔦森樹(つたもり たつる)氏、東 優子氏、 橋本 秀雄氏が加わり パネルディスカッションになりました。 その中で最後に ダイアモンド博士が言った言葉がとても印象的でした。 ダイアモンド博士は 会場のみんなに 問題を出しました。 「性は 何のためにあるのでしょうか?」 だれも 手を挙げて答える人はなく(笑) 博士は「ベリークワイアト!」と言って笑いました(爆) 博士が 同じ質問を大学の学生にすると たいていは「こどもをつくるため」と答えるそうです。 でも 博士は それは違うと言うのです。 「人はいつもこどもをつくるためにセックスしているでしょうか?」と。 つまり・・・以下博士のシメの言葉!(^^*) 「性は こどもをつくるためだけにあるのでは ありません。 それは パワー! 私たちに力を与えるものです。 それは コミュニケーション。 心を通わせるものです。 それは だれかを喜ばせ幸せにするものです。。。」 なお 博士は 日本語も 少しできるようでしたが 講演はすべて英語でした。・・・・ って 言うと さも 私が英語で理解したみたいやん? うひゃひゃひゃひゃひゃ!! じつわ。通訳さんが二人もいたのでした!チャンチャン! 英語ぺらぺらになりたかった みけなのでした。。 |
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2001年08月25日 23時08分39秒
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自分からみて こうなんだ って思っていたことがじつは ずいぶんちがってた・・ というか べつな見方ができれば なにもかも すっかり変わってくるっていうことって・・・ あるんだね。 転勤してからずいぶんながいこと 前任校の生徒の方が まだ気がかりで かわいく思えて 今の学校の生徒たちになかなかなじめなかったんだけど 最近 変わってきた。今の生徒たちを真正面から見るようになった。 そしたらだんだんかわいくなってきた。 こないだ 書き取りのいのこり勉強をさせていたとき クリクリ目の元気印の子が寄ってきて 「先生 やさしいなあ、あまりのやさしさに おれビビったわ!」 って言った。 私は返す言葉が出てこなくて ただ笑ってた。。 やさしさにビビるって・・・ ふ〜みゅ。。。 私は これだね。やっぱり・・・。 何処へ行っても。。。 夕べは 眠くて眠くて 夜9時フィットネスに行くつもりが そのまま ベッドにフィット寝ス。。。(^_^;) |
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2001年06月28日 05時32分06秒
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自分のことって どれくらいわかってるんだろ。。 よく 自分のことが一番わからない なんて言うよね? 人のことはよくわかるけど 自分のことは意外とわからないねぇ なんて・・。 けど それは 十代までの話よねぇ・・・? だんだん年をとると いろんな経験が重なって こんなことができたとかあんなことができなかったとか こんな友達がいるとか こういう敵ができちゃったとか だれかにほめられて自信のもてる分野があったり その反対の分野があったり そんなこんなで 自分の長所や欠点もけっこう自覚してるよね。 それに自分の体つきとかももうだいたい固まってるし 体質もだいたいわかってきてるし・・・ 好きな食べ物はこれこれ 苦手な食べものはこれこれ 色は・・歌は・・人間は・・ っていうような 自分の好みもわかってくるし。 そうして いつのまにか あきらめちゃったことだとか 忘れちゃった夢だとかもあるけど 自分は まあ こんなもんでしょ・・って 思ってるのよね・・・ けど。けど。。 自分のことなのに まだわかってないことって じつは まだまだあるんじゃないかなぁ・・・ ゴーギャンは 小説「月と六ペンス」の通りだと 40すぎてから銀行員をやめて たったひとり 絵の道具持ってタヒチに渡って絵を描いたんだよね。 だ〜れも彼が天才画家だなんて思ってなかったのに・・ね たぶん彼自身も・・・そんなこと知らなかっただろうけど ただ 彼はただそうしたくてたまらなくなって出かけたんだろうな。 孤独でわがままな不良中年で・・・永遠の青年・・ポール=ゴーギャン。。 自分のことなのに 大人になってもずっと知らなかった自分のこと。。 些細なことかもしれないけど 私の髪は[ものすごい天然ウェーブ] ってこと今ごろやっとわかった。 生まれてからずっと 肩より長く髪を伸ばしたことがなくて ショートが似合う!!といろんな人からよく言われてきたんだけど 一生の間に一回ぐらい ロンゲにするべ〜と心に決めたのが3年前。 そうして初めて 自分の髪が 天然ウェーブだというのをいやというほど実感・・・ 美容師さんには前から言われてたけど ショートの時は実感なかったもんね。。 くりんくりんはねるのをストパーで押さえようとしたこともあったけど ストパーぐらいでおとなしくなるような髪じゃなかった・・・(笑) そして 髪を長くするにつれて 似合う服も変わっちった。 それまでけっこう似合ってたシャツカラーが なーんか似合わない。 髪と襟がぶつかりあってぐちゃぐちゃして すごくみぐるしいの。(^^;) 逆に 襟なしだとすっきり似合っちゃう。 つまり 「ボーイッシュ」とか 「かっちりした」とか そういうふうに言える服が似合わなくなって どっちかっていうと「イロっぽい」「ピッタリした」服が[比較的](^^;) 似合うようになったのでし。 そして 生活スタイルもいつのまにか 「まじめ」「常識」「たてまえ」なんかは ちょっとあっちにおいといて 「かたいこと言わずに」「常識を見直して」「本音」等を中心におくようになってきた。 もしかしたら 髪質だけでなくて 自分のことなのに まだわかってないことって じつは まだまだあるんじゃないかしらん・・・ いつのまにか あきらめちゃったことだとか 忘れちゃった夢だとか もういちど探しにいきたいな・・ 「月と六ペンス」の ポール=ゴーギャンみたいに・・・ |
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2001年06月06日 07時01分00秒
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歯医者に予約入れて 夕方行ってきまひた!! その歯医者さんは 家から歩いて二分のとこにあるのに 今回行ったのが初めて。。。 看板の○○歯科医院 の「歯」の文字の止の下の部分が 口を開けて歯を見せてる絵になってるので おっちょこちょ医かな?と思って 怪しがって今まで行ってなかったのよね(笑) けど なんといっても近いので いい歯医者さんだったらもうけものだし。。 どんな歯医者かな?と半分不安。半分期待で行ってきまひた。 中はこぢんまりとしたこぎれいな待合室。 それに おちついたカンジの受付の女性。。。 さあ先生は・・? 出てきた先生は マスクかけて 小池めがね(?)かけて めがねの奥の目はギョロ目。 なんか きむずかしそーーー・・(--;) 「今日はどうしました?」「検診お願いします。」 すると彼は 私の歯を念入りにギョロギョロギョロギョロ調べて ついに虫歯1本発見〜!! そのまま速攻治療〜〜!! はいおわり〜〜!!早ぇ〜〜!! その後 歯石もとってもらって 歯のお手入れ方法(笑)を伝授してもらった。 奥を磨くにはちっちゃいまるっこい歯ブラシがいいらしい。。 歯の検診中は 「虫歯の見つけ方 昔のままやなぁ・・ レントゲン 使わへんのんかぁ〜?」 と 少々たよりなく思っていたけど 歯石をとったあと ペンライトみたいなものを口の中に差し入れて 歯の内側をくっきりと 目の前のテレビに映し出して見せてくれたのにはべっくしコキマロ。。 「わぁお! なかなかやるやんけ〜〜!!(心の中で)」(笑) 待合い室で会計してもらうのを待っていると その歯ブラシが置いてあったので 早速買うことにしまひた。 歯ブラシ持って受け付けの所に立ってると 診察室から先生が出てきて 歯ブラシ売り場(笑)できょろきょろしてるので 「先生、これでしょ?」と手に持った歯ブラシを見せると 「それそれ!」と先生は 一瞬とてもうれしそうに笑いまひた。 先生は このときマスクと小池めがね はずしてた。。。 マスクとめがねを取ったら なんと 意外と若くて 意外とハンサムやってん。 歯医者さんだし てっきりおじいさんやとばっかり思ってたのに。。(笑) ・・・「ビビッ」とまではいかなかったけどね(笑) ま〜たい〜こうっ♪と・・・(^m^;)v←アホ さて その歯ブラシの磨き心地は・・ もう最高・・♪ こんないいものが あったとわぁ〜〜♪♪ と 今のところまじめに磨いてる みけなのでした。。 (まだ3日たってないし(爆)) |
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2001年05月24日 22時28分15秒
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今日 「母親大会」という集会に行って 週刊「釣りサンデー」会長の小西翁の話を聞いた。 釣り好きで 49歳で毎日新聞記者をやめて 週刊「釣りサンデー」を 起こしたこと。よくもって3年だね、と言われたのに 今年でなんと26年。 ちなみに 釣りの週刊誌は世界中でこれ一つだけだそう。 話を聞く前は 釣りには興味ないしなぁ・・・つまんないかも・・と思っていたけど な〜んのなんの南野ようこ。 「釣りサンデー」買いたくなった。。(^0^;) [PCB汚染] PCB汚染が問題になったとき 魚のPCB汚染を調べた学者たちは 水よりPCBは重いので きっと海の底に住むカレイなどは 上の方を泳いでいる魚よりずっと汚染されているだろうと 予想していた。 だけど 実際は カレイなどよりも 海の上の方を回遊している魚たちの方が ずっとひどく汚染されていた。 学者達がびっくりしていたのを見て小西さんは 「そんなのあたりまえでしょ?」と学者たちの驚きようにかえって驚き 「マグロなんかの回遊魚は いつも口を開けて突進してエラに海水を通してないと 呼吸できないから 海水中の汚染物質がどんどん体内にたまるけど カレイは 海の底でじっとしていて ときどきパクッとえらを動かして呼吸するだけ なんだから。体内に汚染物質が入る機会はずっと少ないよ。」 と言うと。。 学者達は 小西さんを ♪(ノ^^)八(^^ )ノナカマッ♪ と見て それからず〜っと 今もつきあっているトカ。 [外国の港] 長年 新聞記者をやっていたので 夫婦で旅行したことがなかった小西さん。 新聞社退職後 世界一周のクルーに夫婦ででかけたらしい。 その時 世界の主要な港は全部まわったらしいけど(四十数港) そのうち 桟橋がコンクリートで作られていたのはたった二港だけだったそうな。 それは・・ 横浜と神戸。 コンクリートはアルカリ性物質を出すので 貝はついても藻がつかず 魚が卵をうめないから 世界のどこの港でも 桟橋は木製というのが常識だそう。 しかも コンクリートは60年しかもたないけれど 木は100年もつそうな。。 そして 日本の海岸は今どこにいってもコンクリートでテトラポッドがおかれているけれど テトラポッドをつくったイタリアでさえ どこにもテトラポッドなんかおいてないとか。 要するに テトラが海岸にあるのは 日本だけ。 では 日本の海岸になぜテトラポッドをおいているかというと それは コンクリート海岸が海面に対して垂直なので 波をまともに受けたらもちこたえられないため。 波の力を分散させ吸収させるために テトラを置くんだそうな。 だとすれば コンクリート海岸のないイタリアでは テトラポッドは全く必要ないわけ。 風速時速50?のハリケーンに 何度も見舞われているフロリダ海岸。。。 自然のままで 護岸工事なんか全然してない。本当にだいじょうぶなのか?と 小西翁はおどろいた。 実は フロリダ海岸にははるか沖合いに珊瑚礁がある。 その珊瑚礁が ハリケーンの波もやわらげてくれるらしい。 珊瑚が生きていられる環境。。 そこでは人間も守られている。。。 珊瑚に。。 [養殖の鯛] 鯛は二万六千ほどの卵のうち 二匹大人に育てば それで十分 種は繁栄するらしい。 けれど 今日本では 鯛を人工孵化して或る程度の大きさまで育てた後放流する[鯛の養殖]を している。そのため 人工孵化の鯛が異常に増えて、天然の鯛が駆逐されているらしい。 或る年 「釣りサンデー」に 小西さんが日本全国津々浦々で釣られたマダイの写真を ずらっと載せたら 鯛の養殖をやっている人から電話がかかり 「小西さんとこのマダイ 全部養殖ですよ。」と言われたそう。 自然界の鯛なら 二万数千分の2ぐらいの出会いの確率なのに対して 養殖の鯛は「近親相姦」。それでみんな鼻孔に奇形ができている(二つある鼻孔の隔壁が 溶けてなくなっている)らしい。なので 写真を見れば養殖か天然か見分けがつくのだという。 北海道の鮭も同じようにして増やしている。そのため鮭が増えすぎて 海中のアミエビが不足し、 川に帰ってきた鮭は 餌が少なかったために みんなやせ細っているとか。。。 つまり 「人間がちょっぴりいじくっただけで自然界は大きく崩れてしまう。」ということ。 それから ダムの砂止めのために海岸がどんどんやせ細っているという話もあった。(けど略) [モンゴルの川] 最後に ジンギスカンの話。 モンゴルに釣りに行ったときのこと。 ゲル(パオ)に住むモンゴルの人たちは 電話も手紙もないので お客さんはいつも不意にやってくるものなのだそうな。 そして ふいにやってくるお客さんは大歓迎される。 とくに 小西さんのように はるばる日本からきた客はもう熱烈歓迎なので 数日の滞在期間中 十数件の家(ゲル)に招待されたとか。。。 ゲルの暮らしでは 水はとても貴重で 顔を洗った水は捨てずに 、また他のものを洗う。 そうして 水を繰り返し使って大切にしているらしい。(震災当時を思い出す・・) しかも その水は どの家も何百メートルも離れた川から汲んできている。 川の近くにゲルをつくろうとはせずに 何百メートルも水を運んでくる。 これを小西翁は不思議に思い たずねたところ それは 何百年も前のジンギスカンの教えを 固くまもっているためだとわかった。 そのジンギスカンの教えとは・・・・ 「川の近くにゲルをつくれば 人間が出した汚染物質が川に入って河をよごす。 しかし 5百メートル以上離れていれば 川にたどりつくまでに地中で浄化される。 だから ゲルは 川から5百メートル以上離すように。」というもの。 モンゴルの人々は その教えを数百年 守り続けている。 けど 日本人なら どうだろう? 自分さえよければ・・という考えで 行く先々を汚しているのが日本人では ないだろうか・・・ う〜みゅ・・ 76歳で かくしゃくとした 小西翁・・・ 白いあごひげが らぶり〜♪(^0^) |
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2001年05月20日 21時55分09秒
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新しい 三冊目の日記帳・・・。 今は 毎日くたくただけど それでも 毎日ちょっとずつ 新しい景色が開かれて 自分も新しくなっていくのよね。。 そ。 毎日少しずつ 古くなっていかないように(笑)がむばろ(^^;) |
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2001年05月08日 22時14分00秒
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