くま親父の独り言


その1 「くまに追突した野郎」 その2 「キャアキャア言うんじゃねえ!」 その3 「山で白熊に会った話」 その4 「くまにも嫌いなものがある」 その5 番外編「出たとこ勝負ツアーとは?」 その6 「くま親父キレル!?」 その7 「くま親父蜂に刺される」 その8 「くま親父クマ除けスプレーを浴びる」 その9 「近ごろの中年は!」 その10 「財布を落した話」前編 その11 「財布を落した話」後編 その12 「くま親父財布泥棒を取り逃す」 その13 「悲しい外国人差別の実態」 その14 「人込みの中の携帯電話」 その15 「最近の車事情1」 その16 「最近の車事情2」 その17 「最近の車事情3」 その18 「最近の車事情4」
その18「最近の車事情4」(9.4.2000)
最近の車事情4(街乗り四駆をバカにするぞ!)
 ハイラックスサーフ、パジェロ、ランクル、ビッグホーン
 最近オフロードを走るための四駆が街を闊歩している。人のことなんて知ったこっちゃねえくま親父だけど、敢えて言いたい。「おめえどこ走ってんだよ〜」2トン前後の重たい車でヂーゼルの黒い排気ガスをばらまいて、ハザードランプ付けて何してんだ。迷惑なんだよ!長時間の停車中は車内が暑くてもエンジン切りなよ!地上最低高が20cmもある車で町中走ってもしょうがねえだよ。オフロードの深い轍を走るんじゃねえの?霧も出てねえのに、街中でフォグランプ点けんなよ。まぶしいんだよ!オマエの後からハイビームで照らしたろか?日本にゃ、まして街中にはカンガルーなんていないぜ。なんでバカでかいカンガルーバンパーをいまだに付けてんの?バカか?低速でぶつかっても歩行者が大けがをすることが実験で証明されてるだろ?そうか!そんなことも知らねえバカか?テカテカにワックスかけて、車内土足厳禁、煙草の吸い殻やゴミは道路にポイ捨て。そんな奴は車に乗るなよ!カーナビのモニターテレビで走行中にテレビ番組を観るなよ。危なっかしくってたまらねえぜ。そんなにテレビが恋しけりゃ車で出かけるな!バリバリのアウトドアマンになれって言ってんじゃねえよ。車がかわいそうだろ。車本来の性能を街乗りじゃあ発揮できないんだから。街にたまに雪が降った時に、四駆であることを過信してノーマルタイヤでかっ飛んでひっくり返っているバカもいるよな。マーケティングやパッケージングが上手いだけの会社に騙されんなよ。車は自分に合った機能第一に選ばなきゃ!
ああ、気分爽快!!悔しかったら反論してみい!!

 

その17「最近の車事情3」(8.27.2000)

くま親父は、高速道路を走ることがとても多い。そこで気づいたこと。
 独断と偏見の高速道路渋滞の原因。

 1.トンネルに入って意味もなくブレーキを踏むな!
 2.上り坂はもう一歩アクセルを踏み込め!
 3.フットブレーキを使う前にエンジンブレーキで前車との距離を調整せよ。
  
ブレーキランプが点いただけで、後車もブレーキを踏むよ。渋滞の原因。
   4速(オーバードライブ)から3速へシフトダウンせよ。

 と偉そうに書いたけど、普通の人はみんなやってること。
 ようするにサンデードライバーが問題なんだね。
 教習所で教えない実践的なマナーモラルが必要。

 何年か前までは、ドイツの高級車の横暴(?)が目立ったけど、今は国産の高級車セルシオの横暴が目立ちます。黒いフィルムを貼ったセルシオがそこ除けそこ除けとかっとんでいます。

 昨年、7月くま一家が長野で遊んだ帰り道の中央道。渋滞がそろそろなくなりかけていた時に追い越し車線を走っていたくま親父の車の後にぴったりとスカGが付いた。本能的にやばい!覆面だ!と思って、走行車線へ入るが走行車線の後の車がご丁寧にも車線をもう一台分空けてスカGも一緒に入ってきた。フットブレーキを使うのはイヤなので、シフトダウンして減速を試みたが、案の定覆面パトに捕まってしまった。走行車線が110km位で流れていたが113km、33キロオーバー(80km制限区間だった)で捕まった。それからもう一年経って免許証は綺麗になった。流れに乗っていた速度なのに捕まえんなよ。猛スピードでカッ飛んでく下品なやつを捕まえんか!!まあスピードオーバーをしたくま親父が悪いんだけど、なんか割り切れなくて、しばらくイジイジしていた親父でした。

 最後に、煙草の吸い殻を道路に捨てるな!車内のゴミを道路に放り投げるな!!
 車の中で子供を放し飼いにするな!!死ぬぞ!!

 ああ、すっとした。

その16「最近の車事情2」(8.27.2000)
 くま親父は、年間3万km以上を車で走り回っている。ほぼ営業車並?ほとんどが渓流釣りのため一人で東北、北陸、甲信越をよく走る。そこで見た各地方のドライバーの印象を、科学的データなど何もないけど、独断と偏見で書いてみます。まず長野(松本周辺)を走っていてビックリしたことは、「幹線道路に合流する時なんであんなに鼻先を出すんだろう」ということ。こちらがかなり減速をしないとぶつかってしまうんじゃないかと思うくらい、思いっきり車の鼻先を出して確認をしている。そしてその半分くらいの車がそのままずるっとこちらの車線に出てきて、合流してしまう。こちらの速度を考えずに。思いっきり低速での合流だ。その車が流れの速度に達するまで、当然後の車が渋滞して、団子状態になってしまう。でもくま親父は地元の人に敬意を表して「まあ、しょうがねえなあ」とその流れに従っている。次は新潟だ。初めて車で北陸道の新潟中央で降りたときに、軽自動車が多いことと、若いキレイな女性が一人で運転している数の多さに感激(?)した。「いいなあ、心が和むなあ」。次は富山。海岸沿いの広い国道で体験したことだけど、こちらは直進で交差点を通過しようとするときに、かなりヤバイ距離で対抗の右折車が右折してくる。「そんな無理しなくても、慌てて右折しなくて、時間は変わらない」と思うけどね。そして、秋田。のんびりと走れるとても気持ちのいい道路が続く、くま親父が大好きなところの一つだ。しかし、3回ほどとんでもないことがあった。それは能代から日本海沿いに青森方向に走っていたときのこと、前日東京を夜出発し、十和田インターで仲間と合流し釣り場に急いでいた午前6時頃、片側一車線の国道は見通しは良いところなのだが、センターラインは黄色く塗られていた。法定速度でゆったり走っていた仲間の車とくま親父の車それと地元の計車4台を、後から来た車が猛スピードで反対車線に出てごぼう抜きしていった。「あぜん!」このことを含め、このような追い越し禁止区間でごぼう抜き去れたことが3回ほどあった。当然その車は全て地元ナンバー。他県ナンバーの車がとろとろ走りやがってと思ってんだろうな。一般道だからゆったり法定速度で走ってけど、そんなにとろとろしてなかったけどなあ

その15「最近の車事情1」(8.27.2000)

「Baby in car 」「 Child in car」こんなステッカーが背面ガラスに貼られている車を最近よく見ます。くま一家では、やんくまが生後3カ月位して首が座ってからさちくまが小学校高学年になるまでベビーシート、チャイルドシートを使っていた。ほぼ生まれた時から使っていたので、それが当たり前で文句を言うくまもいなかった。だが、だが子供のことをホントに考えてないバカな親は、車の中で放し飼いにして法的規制が始まると慌てて使いはじめる。そんなことじゃ子供が納得する訳ないじゃないか!!人に言われるからじゃなく、法律で決まったからじゃなく自分でやらなきゃ!!時速10kmで急ブレーキを踏んでどうなるか子供に教えてやれば、子供は納得する。シートやダッシュボードに身体をぶつけて、運が悪いと鼻血を出すから。まあ、他人んちのことはケガしようが死のうが知ったこっちゃないけど、こちらの運転席から見えるように上に書いたステッカーを貼ってる奴はなにを考えてんだろう?「子供が乗っているからゆっくり走りますよ」ってことかな?「乱暴な運転で後から煽らないでよ」ってことかな?好意的に解釈して、そのつもりで運転してると、ざけた奴が多いのにはビックリするね。急発進するわ、急ブレーキ踏むわ、無謀な割り込みをするわ、高速の追い越し車線を延々と低速で走るわ。そこでひと言「何考えてんだ!ばか野郎!甘えるんじゃねえよ!!」
その14「人込みの中の携帯電話」(2.4.2000)

 2日前のくま親父が通勤途中の話。いつものように山手線に品川から乗ろうとした時、すぐ横から中年の女性と老人が、降りてくる人をかき分けて乗り込んだ。すこしむっとしたけど、よくあることだし、何よりも老人が元気なさそうだったので「まあ、しゃあないな」とその後から乗り込んだ。その二人は、運良く座れたようで、くま親父はたまたますぐ近くでつり革につかまっていた。そう言えば、最近席を譲る人をあまり見かけないな。そして電車が五反田に着いた時、若いサラリーマンが元気よく乗り込んできた。すると、電車が発車してすぐに携帯電話を取りだし、「もしもし、近藤建設の○○ですけど、いつもお世話になってま〜す。」と、さも当然というようなスタイルで電話で話し始めた。すると突然先程の座っていた女性が「すみません、止めて下さい。この人ペースメーカーを付けてるんです。」と老人の方を指さして訴えた。もうすでに自分の世界に入っていた携帯男は、聞こえていない。くま親父はここしか自分の出番がないと思い大声で、「止めてくれって言ってるんだよ!」と叫んだ。男は、やっと気がついて電話の相手に「すみません、後でかけ直します。」と言って電話を切った。でも、携帯電話とペースメーカーの関係は理解してないようだった。
 そうなんです。携帯電話を持っているほとんどの人は、理解していないんです。ただうるさいから止めようって言っているだけじゃあないんです。電話をかけていなくても電源を入れているだけで、携帯電話は中継局に対して、ここにいるよという電波を発し続けているんです。だから込み合っているところで、心臓にペースメーカを付けてる人の近くで、その電磁波が悪影響を与え、誤動作を起こさせる可能性があるんです。過失ではあるが、人殺しになっちまう可能性があるんです。病院内もそうです。集中治療室などの精密機械に誤動作をさせてしまう可能性があるんです。
 だから電車や病院のの中では、通話しないからいいかじゃあなく、ひそひそ声で話すからいいかじゃなく、メールチェックならいいかじゃなく、電源を切らなくちゃ意味がないんです。張り切って頭から湯気が出ているくま親父ですが、月に一度くらいは、電源を切り忘れてることがある。ごめん!!

その13 「悲しい外国人差別の実態」(1.11.2000)
 くま親父の友人にAさんというパキスタン出身の人がいる。日本語が堪能で日本人の奥さんがいて、とても誠実な人である。彼から会社に電話が来ると、電話を取り次いでくれる人は必ず「浜田さんから電話です。」と言う。そう彼の名前は、日本語の浜田さんに発音が似ている。そしてそう言われるくらい日本語が堪能だ。その人から年末に聞いた話。
 A さんは日本の運転免許証を持っていたが(もちろん母国の免許証も持っている。)、事情があって更新しなかったので、都内の運転試験場に再交付に行った。まじめな彼のことだから事前に必要書類を問い合わせ、しっかりと準備して行った。ところが窓口の担当者は電話で問合わせて準備した書類だけでは足りないから、再度来るように言った。「でも電話ではこれで大丈夫と言ったよ」A さんが言っても聞く耳を持たない。くま親父ならとっくに切れているが、彼は言われるままに少しずつ書類を追加してその後4回も通った。4回もだよ!そして5回目。当然のことだが、必要書類には問題がなかった。当日試験は必要ないはずだが、その日は試験に合格しないと交付しないという。さすがの彼も切れそうになり、猛烈に抗議した。近くにいた欧米系の人たちは、すんなりと交付されているのに。そんなやり取りを事務室の中の女性が見ていた。そして担当者に何かささやいた。その途端、担当者の態度が豹変した。「試験を受けなくても交付しますよ。分からないことはありませんか?印紙の買い方が分からなければ私がついていってあげましょうか?」だとさ。何なんだこの変わり様は!担当者はA さんにそっと聞いた。「あのう、あなたはTBS のテレビに出ている人でしょう?」A さんは控えめに答えた。「そうですが。」そうなんです。この担当者は事務室の女性にA さんがテレビに出ている人だと聞いたのだ。そして、番組の中で「ここがヘンだよ日本人!」と言われないために、突然態度を変えたのだ。
 こんな仕打ちを受けても、A さんは日本人のことが大好きだ。どこにもイヤな人はいるもんだ。でも大部分の日本人は善い人だと言ってくれる。

その12「くま親父財布を取り逃す」(6.16.1999)
 6月3日の事。
 実は前に書いた財布紛失事件(おおげさ!?)の財布の中に Jeff Beck (今流行の Beck ではない、35年前にあの Eric Clapton の後に伝説のバンド Yardbirdsに参加したギタリスト)のチケットも入っていた。久しぶりによっしーと一緒にコンサートに行こうと思い2枚買ってあったのだ。 何でも財布の中に入れておく人なので、こんなもんも入れてあったのです。(事件後は、必要最低限のものしか入れてないが。)警察への紛失届けには、他のものをたくさん書いてスペースがなくなったので届けていなかった。事件後いろいろ考えているうちに、財布を盗んだか拾ったか判らんけど、まあライブハウスでなくなったわけだから、手に入れた財布の中にコンサートチケットがはいっているのが判れば、音楽好きのやつはそのチケットを使って、絶対コンサートに来るだろう。「その時は、取っ捉まえてやろう。」と意気込んでいた。
 コンサートには友達と来る人が多いから一人で来ている奴は、犯人だ。よっしーの席とは連番なので、隣にどんなやつが座るか楽しみだ。しかしなくした座席番号を控えていなかったので、残っているよっしーの席の右か左かどっちかわからない。
 さて、コンサート当日になった。よっしーの好意で、めでたく彼女のチケットを譲ってもらい会場に向かった。念のため有楽町数寄屋橋交差点交番でお巡りさんに事情を話し対策を聞いた。若いお巡りさんは、「会場に今から一緒に行って張り込むわけにはいかないので、犯人らしき人が見つかったら直ちに通報してください。」と言っていた。携帯電話にあらかじめ『110番』をインプットしボタンを押せばすぐ繋がるようにして会場に開演20分前に入って席を探した。
 自分の席はすぐに見つかり、隣を見ると右側はまだ空いていたが左の席には若者が一人で座っていた。連れはいないようだ。「こいつかなあ?」と直接目を合わせないようにしながら、しばらく観察する。洗いざらしのブルージーンズ、ひざ小僧がすり切れている。しかししっかりと洗濯してあるな。もうコンサートパンフレットを買って、必死に読んでいる。音楽大好きなんだこいつは。しばらく観察していても、とても財布を盗んだりするやつには、思えない。そうだ。右側の空いてるほうが犯人だ。きっと危険を察知してコンサートに来るのを止めたから、席が空いているんだ。そう解釈した。
 開演時間になった。前日友人が来たときは、オンタイムで始まったらしい。しかし、今日はなかなか始まらない。10分も経っただろうか。突然ドアを開けてはいってきた人が右の席に座った。ラフな服装はしてるが、システム手帳を持っている。30歳前後、事務系の仕事ではない感じのやつだ。緊張の一瞬。こいつだろうか?こっちも一人だ。さあどっちだ、右か左か?ううう!!判んねえ!!順番に左の人から聞こうか?初めから犯人扱いをしてはいかんから、「このチケットはどこで買いましたか?」と聞いてみようか?でも、盗んだか拾ったか、そんな奴が=犯人がその質問に正直に答えるだろうか?そんなこたあある訳ねえよな?!!ううう判んねえ!!
 突然ステージが暗転してコンサートは始まった。どうする?どうする?もういいや。1曲目が始まってすぐに全員総立ち。瞬く間に自分もその世界に入ってしまった。終わったら考えよう。そうしよう。
 しっかりとアンコールに応えてコンサートは、終わった。ああ気持ち良かったあ。さあどうしよ。右のやつは、あっという間に出ていった。左の若者はしばらく余韻に浸っていた。俺は決めた。これでいいんだ。悔しいけど、後一歩で犯人を捕まえられたかも知れないけど、これでいいんだ!! あとから、友人や我が家のほかのクマから散々言われた。「何してんだよ。しっかり決着つけなきゃいかんじゃん。」と。

その11 「財布を落した話」後編(5.6.1999)
 財布を落として(ひょっとするとポケットからすられたのかもしれない。)銀行カードやクレジットカードの再発行手続をして(今回のことで、どこの会社が親切で迅速な対応をしてくれるかが判ったね)から、免許証の再発行に鮫洲運転試験場に行った。手続きそのものは、すぐに終わったが、係の警官の態度に腹が立った。窓口の横柄な態度は、何とか成らないのかなあ。「なんか身分を証明するもんは?」だとさ。ヤクザやチンピラじゃねえんだから、低いうなるような声で横柄な口をきくなよなあ。「おめえは、熊か?」公務員もだいぶ態度が改善されてきているが、公務員の中でも警察官だけは、まだまだ横柄なやつが多いね。パトカーとか交番のお巡りさんは、丁寧な対応でだいぶ優しくなっているのにねえ。
 前回免許証の更新で同所に行った時、視力検査の列に従って待っていた。自分の番が来たとき突然、係の警察官が「ポケットに手を突っ込んでいないで出しなさい。」と大きな声で言い放った。12月の後半だったので少し寒くてポケットに手を入れていただけだよ。続けて、「ここでは視力だけじゃなく、手足や体の様子も見ているんだよ。」と抜かしやがった。「どこに書いてあるんだ?視力検査は、視力だけじゃあねえのか?いつからそんな決まりになったんだよ。その根拠を言ってみな!」と思ったが、妙にもっともらしく言い放ったので、思わずポケットの手を出してしまった。オレもセコイ奴だねえ。家に帰って来てから何回考えても納得がいかなかった。
たぶん言いがかりを付けてるだけで、本当は背筋を伸ばして「気をつけ」の姿勢を望んでいたんだろうなあ。あの手の人は、軍隊調が好きだから。 人間お願いされる立場に慣れてくると横柄に成るんだなあ。特に"先生"と呼ばれる人たちは、ひどいもんだね。"先生"と呼ばれて喜んでいる人種にろくなやつはいないね。いるだろ?すぐそこにも!政治家や弁護士や医者やセコイ会社の役員、作家などの中にたくさん。
 そんなステイタスやシンボルばっかり追っ掛けているやつを減らそうね。少なくてもオレは追っ掛けたりしないよ。

その10 「財布を落した話」前編(5.6.1999)
 久しぶりです。会社関係でいろんなことがあって本来の仕事以外のことで気を遣う日々が続いていました。
4/25に財布を無くしてしまった。新しい財布を買ってから一カ月しないうちに。「くやしい!!!」都内渋谷区の「C」というライブハウスに午後8時20分に入店し、入り口で入場料を払おうとしてお店のスタッフに「支払いはお帰りの際に」と言われ、ポケットに財布を入れ直してから9時半まで観て帰ろうとしてポケットに手を入れたら無かったんだよ。その間トイレにも行っていないし、まあ落としたのか、誰かに抜かれてしまったのかはっきり判らないけどね。席周りを必死に探したけど無かったねえ。
 働き始めて、初めてのことである。四十数年間の人生で二回目のことである。一回目は、高校の二年生くらいかな?バスの中で落としてしまって、届けてくれた人がいて無事に戻ってきた。定期入れだけなら25才の時に一度ある。大学を卒業して最初に入った会社を部長と喧嘩して辞めて、2年間プータローをしている時に、今はなき国鉄の汐留駅という貨物専門の駅で貨物の積み下ろしのバイトをやっていた。その時に貨車の中に入って手かぎで年末の林檎や蜜柑の箱詰め荷物を貨物トラックから貨車に積んでいた時に、胸のポケットから定期入れが落ちて、何と広島の貨物駅まで貨物といっしょに行ってしまった。くま親父の父親は国鉄のSLやディーゼル機関車、電気機関車などの運転手をしていたから、その息子であるという身分証明書をなぜか25才に成るまで持っていたんだなあ。そいでもってその身分証明書が定期入れに入っていたので、早速広島の貨物駅からくま親父の父の機関区に鉄道電話で連絡が入ったらしい。夜になって父から電話があり、「お前広島に何しに行ってた?」と問われてびっくりしてしまった。事情を説明して理解してもらったが、すごくびっくりしたんだろうな。前の会社辞めたことを親に黙っていたからね。
 定期入れの一人旅でした。

その9 「近ごろの中年は!」(3.26.1999)
 なんかの本で読んだ話だがギリシャ、ローマ時代(正確ではないが、とにかく昔からという意味)から「最近の若いもんは!」という中年、老人のボヤキが在ったようだ。現代日本でも新聞や雑誌の投稿、会話の中で「最近の若いもんは!」というフレーズをよく聞く。自分もそう言う中年のオヤジなのだが、でも「よく言うよ」と敢えて言いたい。なぜかって言うと「俺達が若者の悪い手本なんだよ」と思うからだ。
 電車の中でのマナーについては特に発言が多いけれど、中年オヤジ、オバンのマナーの悪さも相当なもんだよ。シルバーシートで、席を二人分占領して大股開きで足を投げ出し寝た振りをしているオヤジ。「オマエだよ、オマエのこと」その上酔っぱらって大いびきをかいているオヤジまでいるじゃないか。電車の降りる人が降りきる前にかき分けて入って 行って、荷物で二人分三人分の席取りをするオバンもよく見るよ。携帯電話で、耳が遠くなったのか呼び出し音がバカでかく、声高にしゃべっているオヤジ、オバンがいるだろ。週末の夜10時過ぎ、都内のJRに乗ってみな。すごく込んでるうえに、8割方の人が酔っぱらって赤い顔をしてそのうちの叉半数くらいがマナーの悪いオヤジだよ。
 今晩目撃したオヤジは、よたよたしながらクマ親父に3回ぶつかり、横の女性に2回ぶつかり、「つり革にちゃんとつかまれよ、バカヤロー」最後に入り口付近にいた女性のコートのフードに顔をうずめようとしてはらわれた。ああ恥ずかしい。もっとちゃんとしようぜ。若者に文句言う前にちゃんとしようぜ。世の中甘くないんだということを行動で若者に教えようぜ。そういうクマ親父も、どっかでは「なにあのオヤジ、サイテー」と言われてんだろ〜な。ちゃんとします。がんばります。

その8 「くま親父クマ除けスプレーを浴びる」(3.19.1999)
 あれは、3年前のこと。「山でクマに会う方法」(米田一彦著・山と渓谷社刊/1996)という、とてもまじめに熊の生態を研究している人の本を読んだ。それまで一度も源流域で熊に出くわしたことはなかったが、「熊出没」「熊注意」という看板に、出くわしたら寝た振りをしようか、それとも目で勝負しようかといつも冷や冷やしながら源流釣りを続けていた親父にとってその本は、ありがたい聖書のように思えたのだった。
詳しい内容は省略するが、とにかく犬と同じようにお尻を向けて走って逃げると追いかけてくるので、もし出くわしてしまったら向き合って目線反らさずに後ずさりをして少しずつ距離を取って離れること。それよりも大切なことは、遠くから『ここに人間がいるよ』と鈴や大声で存在をアピールしながら進むことと書いてあった。だからすかさずくま親父は、3点セット(注クマ除け3点セットの解説は「くま親父はこんな人」の項に書いてあるよ。)の一つ、鈴を買ったのだ。続いて米国製のクマ除けスプレーののことが書いてあった。(最近、ワナで熊を捕まえこのスプレーを吹きかけてお仕置きをしてクマを山へ返すというニュースをテレビで何度かやっていた。)もちろん即買った。ウチのほかのクマたちに散々バカにされながら。そしてそこには、実戦で使う前になるべく試し打ち(?)をするように書いてあったので、くま親父の仕事場の一つであった杉並区内の某社の駐車場で、ここの掲示板にも登場した仕事仲間のYUTA(ぶた親父)さんと一緒にいじっていた。
 風向きが良い具合になったので、安全ピンを引いて少し押してみた。スプレー式だからプワ〜と静かに気体が出ると思っていたらなんと、ガス式でブフアーとすごい勢いで黄色い気体が吹き出た。その時某社の自動ドアから他社の人間と某社の中で鼻つまみの奴が出てきた。其所には黄色い気体が漂っていたのに。その鼻つまみ男は「サリンだ、サリンだ」と大声をあげて社屋の中に逃げ込んだ。くま親父とぶた親父は、いい気味だ「イヒヒ」と笑っていた。次の瞬間また風向きが変わり、今度はその気体が俺達の方にかかったのだ。口を開けて笑っていた俺達の口、鼻、目、首筋にあっという間にかかり、くしゃみで鼻はズルズル、咽が痛くて咳が出るわ、目は涙でぐしゃぐしゃ、首筋はひりひりととにかくひでえ目にあったのだ。その場でしっかり洗ったが、首筋は夜中までひりひりしていた。きっとこれを浴びる熊さんは大変な目に会うね。しかし幸運なことにまだクマとの実戦では、使っていない。できればお互いのためにず〜っと使わないで済むことを願っている。クマ同士仲良くしようね。

その7 「くま親父蜂に刺される」(2.28.1999)
 あれは、去年の6月のこと。岩手県の秋田県との県境に近い川で釣りをしていた時に起きた。金曜日の夜8時頃に仕事が終わり、仕事先からそのまま車で東北道を一路岩手に向けて走行した。仙台を過ぎて三本木パーキングエリア近くで突然オービスという速度違反取り締まりカメラが、それこそ”ビカ〜!”と光り作動した。やられた〜。2回目だ。基本的には安全運転をしているつもりのくま親父も、空いている高速道路では、追い越しのためスピードを出すことがある。(ホントかよ〜と言う声が聞こえるけど、警察関係の人でこれを見ている人がいるかもしれないので、そういうことにしておく。)スピード以外の法規は、かなりしっかり守っているほうだと思う。1回目は、今から15年前東名高速道路の岡崎付近で”ビカ〜"。後日警察で写真を見せてもらうと、車の中で、やられた〜と言う顔をしたくま親父、隣のシートでキョトンとしている同乗者、後部座席で寝ている赤ちゃん「やんくま」がモノクロながら鮮明に写っていたのを今でも覚えている。話を戻します。あっ思い出した。記憶違いでした。オービス事件は、一昨年の9月でした。失礼〜。
 話は戻って、昨年の6月の続き。順調に東北道を走り盛岡を過ぎてから車も少なくなったころ、2台のシャコタン車(車のサスペンションをいじって車高を下げたいわゆる"族車”)に前後を囲まれた。隣の車線に出ようとすると前の車にふさがれて、しばらくサンドイッチ走行をするが、こっちは、明け方までに釣り場に着きたい。そこでくま親父は、クマ除けスプレーを使った。どう使ったか、相手はどうなったかは言えない。たいしたことは、なかったと思う。そして抜け出し、釣り場に着いた。
 綺麗なイワナがしっかりと釣れて2匹をお昼ご飯に焼いて食べた。当然メッチャおいしい。ほとんど寝ないまま次の釣り場に移動して様子を見ると浅瀬にイワナとヤマメが出てきている。わくわくしながらそっと釣り糸を垂れた。瞬く間にヤマメ2匹が釣れた。たまらない快感!すると頭の方になにかを感じた。夢中になっていたので帽子を被らずに釣っていたのだ。ということは、何かが頭にたかっている。少しぞくっとしたが、現地で落ち合った友人に「髪に何かついてる?」と聞いた。すると「蜂だよ!蜂が髪の中に入っている。」と言う友人の声。あわてて髪を手で払ってみる。そのとき頭の頭頂部に激痛が走った。また、やられた〜。お昼過ぎの暖かい気候に、蜂が出てきてくま親父の頭の髪の毛を草木と勘違いして、たかっていたのだ。すぐに友人に見てもらうと蜂は振り払った勢いでいなくなっていたが、針が刺さったままだった。そして慎重に針を抜いてもらい、マキロンを塗った。
 結局そのまま釣りは止めて、また次の場所(釣り宿に近い三陸海岸方面)に向けて移動し始めた。30分もすると頭の鼻から上がボ〜っと痺れてきて、睡眠不足と重なりとても車の運転などしていられなくなった。空き地を見つけて車を止め、1時間くらい寝ていた。ところが友人は、そこでも道路沿いの小さな川を見つけ、なんと25cm位のイワナを入れ食いで釣り上げ、うんうんうなって寝ているくま親父の車のガラスをどんどんたたいて「釣れたよ釣れたよすごいよ」と叫びまくっていた。親父は、生返事をしてシカトし寝ていた。
 後日、その様子を彼は、ビデオに収めていて何回も見せられた。もちろんくま親父がシカトしているところも写っていた。その音声には、くま親父に無視されて、いじけている彼の声もそのまま録音されていたのだった。
 小噺がまたまた長咄になってしまった。

その6 「くま親父キレル!?」(2.27.1999)
  チョーむかつく! 
という若者言葉を最近よく聞くねえ。今月の初め頃だったかなあ、会社での事務仕事(自己紹介にも書いたがくま親父の仕事の基本は、デスクワークではない。今の仕事は趣味の延長だから好きだが、会社の中でじっとしているのは、大っ嫌いだ。でも年齢的に、決済印を捺さなくてはいけない立場にもいる。)が夜遅くまでかかりそうな夕方、寒いので食べ物屋さんに行かず近くのコンビニのおにぎりでも食っておこうと思い、暗くなった裏通りを歩いていた。すると前から高校生くらいの女の子が二人歩いてきた。大して気にも留めず、そのまま歩いてすれ違ったかなと思ったとき突然「チョーむかつく!」という声が聞こえた。自意識過剰なくま親父は「え〜マジ?」(若者風に)とつぶやき、「この野郎上等じゃねえか」と早くも臨戦態勢モードに入った。ところがくま親父に投げ掛けたと勝手に思い込んでいたその言葉は、その内の一人が友達に携帯電話で話していた会話だったのだ。やれやれ、また早とちりして恥をかくところだった。
 前置きが長くなったが、今回はチョ〜ムカツク奴の話。
今晩(もう日付が変わったので昨晩)東京の中野サンプラザというホールにコンサートを観に行った。それもくま親父が好きなブルースのだ。開演5分前のベルが鳴ったので席に着いた。左の席に若者男二人が座っていて、何やら音楽業界っぽい話を大きな声でしゃべっていた。「うるせえ奴だなあ」と例によってつぶやくと携帯電話が鳴った。それは隣の席のやつのだった。「まいっちゃうなあ」とか言いながらしゃべりだした。親父はむっとした。「コンサートホールに入るときは、電源切っとけよ。」と言いたかったが我慢した。電話の会話が終わるとすぐにコンサートが始まった。チャーのギターの心地よさに酔っていると、隣のやつが腕を伸ばして手を組み直した。退屈なんだろうか?そのときに肘が親父の左脇腹を突いた。奴は黙っている。まあいいや一回ぐらい誰であるヨなあ。しかし奴は、その後も計3回同様に突いた。だがくま親父は、キレなかった。ブルースの心地よさが勝ったからだ。気持ち良いままコンサートは終わった。興奮が冷めてくるとさっきのことを思いだし、またムッとした。
 こんな奴最近たくさんいるよね。電車の中や映画館、病院、静けさに浸りたいところで携帯電話を鳴らしまくっているやつ。携帯電話の電磁波の影響で、心臓の具合の悪い人のペースメーカーが故障したら殺人だぜ。電源切れよ。自分からかけなくても、かかってきた電話もなしだよ。それと電車の中や人込みの中で人にぶつかってもシカトして行っちゃう奴。「オマエ、口がねえのかよ」一言「ごめんなさい」って言えねえのかよ。
 いくつになってもすぐキレル、大人になれない、未熟者のくま親父でした。

その5 番外編「出たとこ勝負ツアーとは?」(2.25.1999)
 殿堂入りコーナーで登場した「出たとこ勝負ツアー」とは、中年探偵団のことです。
かの有名な?アウトドア雑誌に「サラリーマン転覆隊」という、カヌーをメインに少年のように遊びまくっているとても素敵な中年親父集団の連載記事があります。ほんの少しうらやましくて、くま親父もゴルフや酒を飲んでウダウダしている奴等とは異なる遊びがしたいなあと思い、去年の夏に富山県の八尾というところで9月の初めに行われる「風の盆」というお祭りに仕事仲間の親父やオバンを誘ったのが始まりでした。だいたいの行き先と泊まる宿だけは確保してあとは、ホントに出たとこ勝負という気分で道に迷いながら、なぜかパトカーに止められたりしながら車3台でうろうろして、それがとても楽しかったのでその後3回、合計4回ほど遊びに行きました。
 2回目は、長野の山奥で小売り価格で何十万円分かの松茸を「もう食べらんない、しばらく見たくない」というほど食べました。3回目は突然くま親父が「モロッコ料理を食おう」と言って、寒い季節になってきてからだったのでインドアの行事に変更して、多分日本に何軒もないモロッコ料理店をわざわざ大使館に電話して探してくれた人がいて、ネエチャンのベリーダンス付きで楽しみました。4回目は神奈川県の海沿いの町で漁れ立ての魚を死ぬほど食おうというツアーでしたが、あいにくくま親父は、ひどい風邪のため参加できませんでした。
 まあほんとに山奥の林道にでも入り込まないかぎり、日本の道路はどっかに繋がっているわけで、道に迷っても「道路は繋がっているからだいじょうぶ」食べるものがなくても「まあ死にゃしねえや」と年齢のせいかみんなおっとり構えていてとてもお気楽な本音で物を語れる仲間になりました。基本的に「群れること」が大嫌いなくま親父もこんな関係なら続きそうかなと思っています。だいたい10人位の仲間なんですが、その内パソコンを持っていないのが一人。最近買ってこれから音楽ソフトとメールを始めるぞというのが一人。あとは、全員パソコンを使いこなしツアーの連絡もほとんどメールで済ましています。皆40代、50代の親父とオバンなのですが、世間一般から見るとやっぱりみんな若いなあ。そろそろ今年も活動開始。遊びまくるぞ〜!

その4「くまにも嫌いなものがある」(2.8.1999)
 くま親父にも嫌いなものがいくつかある。
 食べ物では基本的に好き嫌いはないが、どうしてもだめなものが2つある。1つめは、東南アジア料理に入っているミント系の香草、2つめは三陸海岸名物(?)の海鞘(ほや)。雑食性の熊でもこれだけは勘弁だ。
 趣味(?)では、ゴルフ。仕事仲間のオヤジと「一生ゴルフをやらないぞ同盟」というものを結成している。別に組織として活動をしているわけではないが、しつこい誘いには、半分冗談としてこの組織の話をし、やんわりお断りをしている。理由を言いだすと1時間でも語り尽くすことができないが、仕事がらみの接待などを中心にオヤジがみんな熱中していること、それと飛行機で成田に着くとき房総半島の上空から見るとゴルフ場ばっかりで穴だらけに見えるのがとても悲しくなるからだ。除草剤をまいたりして、まあ熊の住み家も狭められるくらいの自然破壊も許せないことだ。
 自己紹介にも書いたが、川にあるダム、コンクリートによる護岸工事も、嫌いというレベル以上の許せないことだ。
 他には、車のメーカーのT社が嫌いだ。ここの車は、製品としてはとてもよい作りをしてるし、そこで働いている人が嫌いなわけではない。会社として、組織としての顏が嫌いだ。くま親父が20代の中ごろのこと、保育園からずっといまでも仲良くしている友達がT社のディーラーに就職していた。くま親父は、当時ライバル関係にあったN社のオレンジ色の車に乗っていた。ところがその友達は、社員教育の成果を披露しようと自社の車の優秀さを話し始めた。その点は納得がゆくので、ふんふんと聞いていたら今度は、N社の車の悪口を言い始めた。それで喧嘩した。それ以来、T社の車には絶対乗らないと決めた。いまでも車はN社のものに乗っている。T社の車は、完全に選択肢から外れている。でも乗りたい良い車はあるんだよね。その友人は、2年でT社を辞め今は国家公務員になっている。どうなってるんだ!こいつは!
 他に嫌いな会社。前にも書いたパソコンで有名なN社。同じくパソコンのOSで有名なM社。総合家電のN社。音響製品のS社。まあ理由は色々だけど、独占的な大企業が
嫌いなのかな?

その3 「山で白熊に会った話」(2.1.1999)

 今から5年前、まだ毎日釣りに行きたくててしょうがなかったころの話。初秋の早朝4時半からくま親父が生まれた西丹沢の川へ行った。車止めに駐車して2時間くらい歩いて釣り場に行き、かろうじて何匹かを釣り上げ、お昼頃緩やかな下り坂を歩いて車のところに向かって一人で歩いていた。鹿やイノシシの糞が転がっており、ヤマカガシ(昔はどこにでもいて気にも留めない蛇だったが、最近毒を持っていることが解った)の小さいやつが道を横切ったりして、少し緊張気味に歩いていくと道が直角にカーブしているところにさしかかった。

そこを曲がった瞬間前方からすごい勢いで白い大きな動物が、駈けてきた。思わず、「おお〜」と口から声が出てしまった。一瞬「白熊だ〜」と本気で思ったのだ。

考えてもみてくれ、誰も歩いていない川沿いの山道を一人で歩いていて、そこに突然動物が出現するなんて予想もしていなかったからだ。冷静に考えると丹沢の山の中に白熊などいるわけがない。当たり前だろ。しかし悲しいかな突然の事でそう思ってしまったのだな。身動きせずに、そいつが近づいて来るのを待った。白熊だと思ったそれはなんと、真っ白いゴールデンリトリーバーという犬だったのだ。飼い主に首輪を外してもらって嬉しくてしょうがないというふうに思いっきり駈けてきて、行く手に日ごろ見たことのない奴が佇んでいたので、低いうなり声を発していた。こちらは、まだクマ除け三点セットを持っていなかったが、腰に差していたサバイバルナイフの束に手をかけ「もし跳びかかってきたらやるしかねえな」と覚悟を決めつつも、早く飼い主が来ねえかな〜としばらく対峙していた。そのうちに100m位先の角からオバン三人組の飼い主が現れた。

「あーら○○ちゃん(犬の名前)、こんなとこにいたの」だってさ。冗談じゃねえぜ。あんなバカデカイ犬をいくら山ん中でもなあ、放しておくなよ。結局飼い主オバンは、「あーらごめんなさいね。」「さあ、○○ちゃん行きましょうね」と言って山道に消えていった。
 小噺を連発するつもりが、長咄になってしまったので、今日は、ここまで。

その2 「キャアキャア言うんじゃねえ!」(1.17.1999)

 1月16日久しぶりに管理釣り場(釣り堀のでっかいやつ)に行った。川での釣りが好きな人は、禁漁の時期(だいたい10月から2月一杯まで)に釣りのできない欲求不満解消のため、管理釣り場に行きます。
 朝早く(6時ころ)釣り場に着くように家を出て中央高速を富士五湖方面へ急ぐ。
 車内に付いている外気温表示は、海寄りの都内自宅で摂氏2度、八王子を過ぎるころに零度、山梨県の釣り場に着くとなんと氷点下4度、何日か前の雪が少し残り、もう寒い寒い。こんなくそ寒い日なのに、もう人がいっぱいいる。この5年位の間に釣りブームとやらで、釣人がすごく増えています。何年か前は、こんなくそ寒い雪の降った後は、がらーんとしていたものです。

寒さには強いくま親父は、そんな寒さを甘く見ていました。ざっと見渡して何十人かの釣り人の中で、ただ一人手袋を せずに一時間粘りましたがフライキャスティングのキャスティングができない。風も強い。両手が真っ赤になり、左手の人さし指は、自分の意志では曲がらなくなってしまった。”ああ、もう少しこの状態が続くと凍傷になるんだろうな〜”若干の恍惚感に浸りながらさすがのクマも一時釣りをあきらめて車に避難をしました。
 釣り場に日がさし始めた9時ころ、身体も温まり再度釣り場に行くが、もう過密状態で人ひとり入り込むことができない。仕方がなく大きい池から川に移動し釣りを 再開した。ここは、池と異って川をいくつかに石で仕切って釣り場になっている。
 誰もいないところで気持ち良くキャスティングを始めたら、しばらくして男女のペアがやって来てルアーを投げ始めた。若い男性は、ルアーキャスティングに慣れているようで何投目かで、ニジマスを釣り上げた。自分の近くまで寄せて魚を捕まえることをせずに、強引に抜いて砂の上でバタバタさせてポリバケツに入れた。
 こいつ、ブラックバスやってるな!ブラックバスの釣りをする人は、川でイワナやヤマメを釣る人と異り、糸も太いしロッド(釣り竿)もパワーのあるものを使っているので、力任せに水面から抜きあげてしまう。だからブラックバスや管理釣り場のニジマスは釣れるが、本ものの川では繊細さが足りないがゆえになかなかイワナもヤマメも相手にしてくれない。川しかやらない人は、繊細な仕掛けで、魚とぎりぎりのやり取りを楽しむ。だからゆっくり時間をかけて自分のところまで魚を引き寄せてから取り込む。まあ管理釣り場では、その人なりのやり方で楽しめばいいのだが。

 そうこうしているうちに女性の方も釣れたようだ。ところが、こいつは釣れた途端「きゃー釣れちゃった」と言って男性の顔を見て助けを求めている。魚はぶるぶるバタバタしてるのだ。

「ばかやろ!魚の取り込み方くらい覚えてから来いよ!」
 怒鳴ってやりたくてうずうずしていたが、こちらも連れの仲良しの中年親父がいたので、こらえた〜。まあ何を言いたいかといえば、「自分のことくらい自分でやれよ!」 と言いたいのである。こんな釣り場の状況でなくても自分でやるべきことを自分でやらない馬鹿なやつが多い。日本中老若男女、甘ったればっかりで疲れるね〜!

その1 「くまに追突した野郎」(1.7.1999)

 今年も例年通り年末から年始にかけて東京、新潟、長野、愛知、神奈川そして東京と車で旅をした。雪国の除雪対策に「さすが!」と言う気持ちで、除雪された道を気持ち良く走らせてもらった。
 後半の東名高速を走っているときに、少し渋滞があり路肩を走る車が何台かあった。最近は、路肩走行についてあんまり気にしないが、ほぼ三年前に体験した事故を思いだした。
 それは、1996年3月30日の午後2時ころ東名高速の川崎料金所から東京寄りで(ちょうど多摩川の橋を渡ったあたり)起きた。
 渋滞中で、ほとんど動かない本線の脇を(つまり路側帯を)何台かの車が走ってきた。あんまりのルール違反に腹が立ち車が後ろから来ないのを確認して、少し路肩側に幅寄せしブロックをした。
バックミラーで、路肩走行の車が見えたので、元の車線にもどり、白線を踏んで止まっていた。慎重に走ればすり抜けられる車間は、残しておいた。ところが、徐行することなくそのまま、路肩走行の車が、親父の車の左側面にぶつかってきた。
 なんというやつだ!やられちゃった。
 車を路側帯に止め、接触個所を診に車から降りた。ところが、ぶつけたやつは、降りてこない。失礼なやつである。すぐに警察に電話をした。渋滞中だったので、スカG-Rのパトカーは、かなり待ってから到着した。その後部座席で調べが始まった。路肩走行を注意された相手が出した名刺を見て吃驚した。
なんとパソコンで有名なN社の専務であった。そのうえ、免許証(今は、ほぼすべて名刺サイズになっているが当時は、昔のままの大きいサイズのもの)を定期入れに入れるために余白を切り落としていたのだった。なんだこいつは!その点も厳重に警察官から注意されていた。しかし、名刺の威力か?違反切符を切られなかったのだ!
 親父は、悲しくなった。自分でぶつけておいて、相手に「大丈夫ですか?」
の言葉さえかけない。もちろんおわびの言葉もない。こんな品性卑しい人が、あの超有名企業の役員だなんて!
 その後も後処理をすべて保険会社に任せ、電話もかけてこない。その保険会社の担当者も随分と厳しい交渉条件を厳命され最後は、泣きついてきた。なんと車修理の負担の割合を50:50と主張してきた。

 こんなことありかよ。

 その後三ヶ月近くかかって解決した。正確には、親父が10%の負担をあえてすることによって終わらせた。保険会社や、修理工場が「もう待てない。」と言ってきたからだ。まあ、甘いと言われればその通りだが、こんな品性卑しい人間と間接的にせよ交渉するのに疲れてしまったのだ。
 後日談だが、昨年末防衛庁問題で、この企業の名前が出てきたときに役員一覧を見たがもう退任しているようだった。


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