3--- ケース記録


平山しづゑさん(仮名)85歳

生後9ヵ月で失明された平山さん。今も、ご自分の過ごされた幼年時代 に生きておられるようだ。1日中、ひとりでおしゃべりしておられる。
寮母が行けば、「おばちゃん」と呼びかけ、困ったことがあると「おかあちゃ〜ん、おかあちゃ〜ん」と叫ばれる。
平山さんの居室は「大阪、天神橋筋6丁目の長屋」なのである。

9月6日
居室の食器棚に点字の歌集が置いてあった。平山さんに差し出すと、「南国土佐をあとにして」の歌詞を指でたどりながら、声に出して読まれた。記憶は子供の頃のままでおられるけれども、点字を読む能力は忘れておられないということが、神秘的にも思える。後で、平山さんの名前を点字で打ち、お渡しすると、また、指の腹で点字に触れてみて、「ひ・ら・や・ま・し・づ・ゑ・・・そやなーおばちゃん」と言われる。
9月14日
いつも、お風呂の時間にお風呂場に誘ってもなかなか来て下さらない。「行きません!!」と言って頑固に座っておられる。「縁日やってるねんて。おかあちゃんも先に行ってるらしいよ」と言うと、やっと腰を上げられる。脱衣も嫌がられるが、風呂場に入ってしまうと「ええ湯やなーおばちゃん。へえ、おおきに」と、とても気持ちよさそう。
1月20日
先日、小林寮母が、「天六の長屋のおばちゃん」になり切って平山さんと話していたら、「三味線」という言葉が平山さんの口から出たのだという。小林寮母は三味線を習っていたことがあり、今日、自分の三味線を平山さんのところに試しに持ってきたのだった。平山さんは、三味線をとるなり座り直し、背中をぴんとのばしたかと思うと、「指はこう・・・。さあ、誰から稽古つけまひょ〜か」と言い、何やら弾き始めた。曲にはなっていなかったが、若いとき、近所の人を集めて三味線を教えていたらしいことがわかった。


科学や医学で説明できないことがあるけれど、
三味線は、平山さんの忘れていた何かを
呼び覚ましたのかもしれない。


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