ちょっと一言…。気の向くままに。

1週間に1度は書きこみたいと思います。
  • はじめて
    初めて一般の方からのメールをもらった。

    今まで来てくれてた人は私の何らかのお友達の人ばかり。時間をさいて見てもらってる事、とても嬉しく思っています。

    そのメールは、ユキさんとおっしゃるニュージャージーに住んでる方からでした。KYのこと、学校の活動の事、折り紙の事、感想を頂きました。

    嬉しかったので、ちと、ごほうこく。
2000年02月03日 14時11分19秒

  • うーぅ…さむっ!
    ずっと寒い日が続いている。

    先週マーティンルーサーキングデイの翌日からは3cmほどの雪で2日休校になった。正直どうしてあれだけの雪で休みにするのか不思議だったけど。確かに寒くて気温はたいがいマイナス3〜5度ぐらいだった。その週末から本格的に寒くて雪もかなり降った。

    土曜日には雪だるまが十分出来るほど、降った。20cmぐらいかなぁ。気温が低いからなのか、乾燥してるからなのか、雪を押し固めても固まらなかった。翌日の日曜はマイナス2度まで気温が上がったので、雪も少し湿り気を持ったのか、雪だるまも出来た。しかしその晩からずっとマイナス10℃を下回る気温が続いていて、月曜日、火曜日とも休校となっている。あれから雪は降っていなかったけど、気温が昼間でもマイナス10度なので溶けない。むしろ氷になって滑りやすい。

    昨日の晩はマイナス20度まで下がった。そして今晩は25度まで下がる見こみで、体感温度は更に低いと予想されている。普段外で飼われてるイヌも今晩はガレージに避難。普段休校になるのはその日の朝に決定されるのに、もう既に明日休校になる事が現在決定している。

    外で保温ポットを使ってジャムを作ってるけど、気温が寒いので夜間電源を切っている間に凍っていた。糖度の高い物なのに凍っていたので驚いた。確かに、冷凍庫よりも寒いんやし…。

    庭に吊っている小鳥にエサ箱には、心なしか普段より多くの野鳥が来てる気がする。

    寒い中、おなかを空かせた野鳥。雪の中その羽毛が映えてとてもきれい。
2000年01月26日 09時18分08秒

  • 1年たって、、、
    日本を離れてから1年が経った。去年の今日、夜11時半頃にレキシントンに重たい荷物抱えてやってきた。関空からデトロイトまでの11時間は映画を見たりして結構くつろいでやって来たなぁ。入国審査が終ってデトロイトからケンタッキーのレキシントン空港までの飛行機を4時間ほど待たないとダメやった。その飛行機の1本前は乗客が少なくてキャンセルになっていて、自分の乗るのはちゃんと出るかどうかが心配だった。

    さすがに外は明るいとはいえ時差ボケで、不覚にも待っている間眠気に負けて熟睡してしまった。バックパックには色々と大事な物が入ってるのに。パスポート、6000ドルのトラベラーズチェック、カメラ、そして今こうしてタイプしているパソコンも…やさしい人が起こしてくれたのでちゃんと乗り込む事が出来た。プロペラ機で乗客は60人。途中乱気流があって、ジェットコースターに乗った時のようなおなかがヒュ、っとなるのが何度もあって、怖かった。セスナ機以外、あの手の飛行機に乗るのは初めて。無事レキシントンで初めにホストしてくれた人が待っていてくれた。空港からホスト宅まで2時間。空港を出てすぐトラックが道で燃えてるのを見たのを最後に後は覚えていない。

    時が過ぎるのはあっというまで、1ねん。振り返って自分に何が出来たか、なにか努力してきたか、・・・?今日は反省する日にしよう。キチンと目標を持って何かしないと時の流れに取り残されてしまう。それは何処にいても、いくつになってもそうだと思う。渡米する前から心配していた帰国後の事。だんだん時が経つに連れ、それがどんどんと自分の身に近づいて来た。この1ヶ月、色々と考える事があり、どうして良いかわからなかったりもした。刻々と時は過ぎるのに、具体化しない自分の数ヶ月あとをなんとかしないと、と焦っていた。でも、家族、友人からもらった意見、言葉をかみしめて一応自分ナリに答えは出た。それが最善であるかどうかはわからないけど、今の自分の精一杯。

    日本にも米国にも良いところあるし、そうじゃないところもある。たったの1年では一つの国の文化やその国自体を語るのにはあまりにも短すぎるけど、自分の周りと、行動した範囲、見たものからは自分なりの判断を交えて比べれる。日本は交通の面、便利だけど物価が高い。米国の今私のいるところは交通の便では不便だけど、普段の生活には支障ない。とにかく物価が安い。ほとんどの物は日本の三分の一ぐらいで食料品は手に入るし、物によってはもっと安い(イモ、マメ、玉ねぎ!)。今はここにいるので日本の良さ、食べ物の基本的な美味しさ(特に米国のパンはまずい)を懐かしく思うと共に、日本を誇りに思うけど、帰国した後は、米国の人々の人懐っこさ、細かい事を気にしない寛大さ(適当さ?)を懐かしく思うだろう。

    今まで三家族が私を、外国人であり、意思疎通も時々上手くできない私を温かく迎えてくれた。人種のルツボの米国だけど、この地域に住む人間の95%は白人。逆の立場、私に彼らがしてくれたような事ができるか?訳のわからない日本語を話し、外見上も全く違い、何処へ出掛けても一緒にいるだけで目立つ。時々見た事もない食事を作り、変わった食器を使って物を食べる。反対方向を走る国に居たコムスメに自分の車を運転させる。…。

    一緒に生活してると、色々とイザコザもあると思う。同じ日本人同士一緒に長期間いたり、特に旅行をしたりすると、気分を損ねたり、ちょっと仲が悪くなったりもするもんだ。実際そういう経験をきっと誰もがしてるだろうし、家族同士でも兄弟同士でも、恋人どうしでもけんかする。同じ言葉を話すからかもしれないけど、、、、

    この1年を振りかえって自分に無い物を嘆くのではなく、今ある自分の状況に感謝。私はとても恵まれている。
2000年01月23日 11時15分18秒

  • Lice? Rice???
    よく日本人の英語の発音の悪さで比べられるのが、LiceとRice。私達の話す日本語にはrの発音がなく、私も悪戦苦闘しています。海外旅行の英会話ハンドブックで、よく見かけるのが<レストランにて>

    お米を注文するときには「ゥライス」と言いましょうなど。・・・・

    その、ライスですが、私は戦時中に発生する物であって、もう今はほとんどないものと思いこんでいました。でも、身近にあった。

    私の通う小学校の5年生のクラスの生徒が保持していた。女の子で髪の毛から見つかった様です。事の発端は、彼女の弟が幼稚園におり、髪をかきむしるその子から見つかったそうな。保健所がその家族を調べ、それぞれのクラスの生徒達も点検を受けた。私はそのクラスに行ってなかったので点検は受ける対象にならなかったが、結構この時代に、この国でまだそういうのがあるんや、、、、と驚きました。

    公衆衛生。少し前まではチキンポックスと呼ばれる水疱瘡が流行っていて、今はインフルエンザが流行っています。子供が沢山いる所に免疫のなかった私はちょこちょこ子供の風邪をもらってしんどい。新卒の先生はたいがい初めの2年は風邪をひきやすいと聞きました。
2000年01月09日 07時22分36秒

  • 新年で見たもの
    地球の各地で新年を迎え、日が昇って行くのを見ていました。ここにいながらにして、遠く離れた今の状態や景色が見れて、文書や映像を瞬時にして送れるこの時代。今でも充分すごいのに、後何年かすると持った想像も着かないぐらいすごくなるんだろうなぁ・・・と思いながら見ていました。

    さて、ほぼ最後に2000年を迎えた米国ですが、クリントンの新年を前にしたスピーチ、あまり言ってる事は解からなかったけど、彼なりにとても「いい顔」をして話していた様に見受けました。とても見ていて好感が湧きました。後でビデオを見直してちゃんと聞き直したいと思います。

    その後、CMが流れてきました。ダイエット食品のコマーシャルで、モニカルインスキーさんです。少し前の大でぶの映像と、今の痩せた映像と(まだオデブさんだと私は感じたけどさ)。私はこれで痩せました、と微笑んでいた。1パウンド減るごとに幾らかお金をもらう契約をしていた様で、「ほんと、なんでもありやな、しかし。」と思わず言葉が出ました。そして、今日、月曜日の晩、CNNの特番で彼女がゲストです。色々な著名人をゲストに迎えてトークするコーナーです。

    後、補足ですが、日本のお正月によくあるドミノ、20秒ほどやってました。高校生らしき子達が喜び合ってるシーンと、アナウンサーの淡々とした語り口調で実況してるのをみたよ。

    では、今日はこの辺で。
2000年01月04日 04時45分27秒

  • 新年おめでとうございます!
    朝、10時半に目がさめました。日本では新年すぎてます。テレビをつけたら、ニュージーランドの新年の様子が放送されていて、日本を見逃してしまった。順番に西へバトンタッチされていって、見逃した。ホストが、ハデなひらひらの大きな衣装を来た人が歌ってたのを見たといっているのを聞き、きっと小林幸子に違いないと確信。でも美川憲一かもしれないねェ。

    色々な部族が踊りを神に、太陽に奉げるのを見て、なんか感動した。文明とは程遠い地域で生活する人たち。飾りは身の回りにある物をまとい、歌と踊りと笑顔と。その笑顔がすばらしく無垢で美しく見えた。笑顔はお金の掛からないおしゃれ。今年は、無理なく素敵な笑顔ができるようになろう。などど思ってテレビを見ていたハムハム。今日は親友から手紙が届いた。短い手紙だったけど、私を思ってくれてるのがとてもわかる。写真が2枚同封されていて、仲の良い友人とそのダンナ達の写真。懐かしくて、ポロッと来てしまった。気に掛けてくれてありがとう。

    無性に大根の煮物が食べたくなって、ふろふき大根を今炊いています。こんにゃくもあるので、ねじ巻きこんにゃくにしてこれも炊いてるのだ。かなり匂いがきつくて、ホストの娘にクサッと言われたけど、気にせずまだ炊いてる。

    イベントらしきイベントはなさそうで、いつもどおりの生活です。後少しでまた学校が始まる。これから雪の季節。

    新年を目前にして思う事を書いて見ました。
    ケンタッキーでは今、12月31日の午後3時45分です。
2000年01月01日 05時42分24秒

  • クリスマス休暇中
    学校は12月17日までで、既にクリスマス休暇に入っています。12月12日の週はかなり子供達、落ち着きが無く日に日にその度合いは増していっており、先生方は大変そうだった。私の訪ねたクラスでもかなり気が高ぶっていて、反応がよすぎてうるさかった。

    現在、まだアムトラックのページは出発のシカゴしか出来ていなくて、この先まだ10ページ(?)以上あるのでたいへん。ページ作りにばかり時間も掛けていられないけど、早くしないとどんどん旅行の事を忘れてしまう。

    今日は初めて友達が書きに来てくれてうれしかった。ありがとう、あっちゃん。
1999年12月22日 15時25分02秒

  • ここのところ、
    オレゴンさんという師匠に色々と1から教えてもらってここまできました。まだアムトラックのシカゴが終わったばかりですが、時間を見つけて増やしていきます。

    一体私、なにをここでしてんのやろ、って思う時あるけど、今しか出来ないし(英語の勉強もね)・・・・。相変わらず自分には甘いなぁ。

    おととい、日本の家族から荷物が届き、ナカナカ泣かせる事をしてくれた。その後例のブツをどうしようか考え中。もうすぐ、日本を出てから一年になろうとしています。ほとんどホ−ムシックになったと言う感じはしないけど、荷物が届いた時、友人が手紙をくれた時は普段感じない感情を感じます。

    離れてこそ感じる家族のありがたみ、

    友人の大切さかな。

    12月11日、夜9時20分(ET)
1999年12月12日 11時27分03秒


ハムの独り言…その2へ。| ハムの独り言…帰国後へ。


ホームへアムトラック旅行編タバコの花KFC第1号店ケンタッキーライセンスプレート | Sublimity Elementary School | Let's see 折り紙 | ハマムラはむ掲示板