• ココロが泣いた日。
    帰国の為の準備をしないといけないのだけど、今日は特別な日。

    ついに1年ちょっとお世話になった学校とお別れする日だった。元々涙もろい私は、色々と他の事を考えるようにしてた。実際、使っていた部屋の掃除はおろか、まだ荷物がその辺に散らばっていて梱包も済んでさえいなかった。さらに、例の岩、まだ全て書き終わっておらず、いそいそとしていた。

    今日はPotluckと言うよくアメリカである持ち寄りの食事があった。これ、実に上手く出来ており、料理、デザート、飲み物を持ってくる人から紙コップ、使い捨てスプーン、フォーク、ナプキンを持ってくる人までおり、分担が成されててなかなか◎。と話がそれたけど、一応先生や職員からささやかなありがとうの意をこめて、との事だった。その時はまぁ、元気で何とか泣かんといけるんちゃう?と思いながらバクバク食べてた。

    午後1時から、例の岩の設置除幕式があった。郡の教育委員会の副会長(?)と言うのかな。地元の新聞記者(彼女はホストの娘)、Assistant Superintendentも来ており、40名ほどの生徒が代表で参加。校長がOutdoor Classroomにかかわった人に謝辞を述べ、亡くなった先生がどんな人であったか、彼の命が長くない事を知っていてもなお、前向きだった彼をたたえた。その後、私の事に話しが振られ、「うわ、ちょっとまってよ。。。。」その式にいた子供達が寂しくなる、帰国しないで、などと言ってるのが聞こえ、もうぽろぽろぽろ。

    で、今日は春休み前の最後の日。毎年、その日は5年生対先生のチームでバスケットの試合がある。全校生徒は体育館に足を運ぶ。少し送れてそこへ行くと白熱した試合が既に始まっていた。バスケットボールはアメリカの子供には人気があり、特にケンタッキーはUK(University of Kentucky)という、ケンタッキー大学がバスケットで強く、人気はすごいのだ。先生がんばれ、やら、負けるな5年生!やら,
    かいた紙を持って振りかざしている。普段はうるさくしたら叱られるだけに、今日は大声を出せるお楽しみの日。見学の子供もとても楽しんでる。

    なかなかこれが見ていて面白い。ヘタクソでもがんばる。上手い子も当然いる。上手な先生もいれば、一人で足がもたついてコケてる先生もいる。そんな中、お呼びがついに掛かってしまった。代表の先生がこれは皆から、とお言葉をくれて、ケンタッキーの記念に、と州をかたどったペンダントヘッドと、餞の言葉を刻んだペンダントヘッドをプレゼントに頂いた。子供達の書いた絵と手紙が添えられており、ぽろぽろではなく、ボロボロボロボロボロ…。顔もぼろぼろ。目は腫れてるし、鼻は赤いし。泣き止んでもすぐ通りかかった子供が「I gonna miss you」,「Don't leave us.」,「When will you come back to see us?」これらは皆、私の起爆剤。

    残念なのが、ちゃんとお礼が言えなかったこと。

    ココロが泣いていた。
2000年03月31日 13時01分46秒

  • 記念碑
    Truth    :真実
    Hope     :希望
    Friendship  :友情
    Peace    :平和
    Love     :愛

    " Boys be ambitious! Be ambitious for the
    attainment os all that a man ought to be." In memory of Mike Durham 1965-1999
    Sublimity teacher 1986-1988

    少年よ、大志をいだけ

    と岩に描く事に。文句ではないけど、粘りのあるインクで、ぼこぼこの荒い岩に文字をかく。インクはすぐに乾くので筆が固まり、描き難くなる。発火性があり、18歳以下には売れない物らしく、すいこむとしんどくなりそうな感じ。実際作業をしている時、岩に顔を近くして描いてたので頭痛がしたのかな。

    Boys be…は少し短くしたのだ。本来の物は、" Boys be ambitious ! Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement thing which men call fame. Be ambitious for the
    attainment of all that a man ought to be."
    自分勝手な栄誉やお金や名声のための野望ではなく、の部分を割愛。aggrandizementを知らない人が殆どだった。聞いた人は4人だけど、皆知らなかった。もちろん私も知らんかったけど。辞書に載ってた。

    さ、明日は最後の日。遠足のプラネタリウムはなかなか。ちょっと目が慣れずクラクラしたけど楽しめた。途中寝てしまったけど…
2000年03月30日 07時00分43秒

  • あと2日!
    春休みになる為、学校は今週の木曜日で終わり。そして、私のここでのも活動もその日が千秋楽となる。

    いま、家でも学校でも来た時よりも5倍くらいになってる荷物をどうにかする事で頭がいっぱい。。。学校の荷物は今日で荷詰め完了!後は発送をするのみ。次のインターンの方に気に入ってもらえるとよいのだけど。

    さて、前回の独り言ではじかんがなくて尻切れとんぼで終わってるのだが、岩に文字を書くのはまだ終わっていないのだ。使用しているインクがエナメルインクで、固まるのが早い上に粘々している。もちろん岩はボコボコしていて荒いので書きにくい。

    明日、岩の設置式がある。あと1つで終るのだけど、スペースが少なく、小さい文字を書かないといけない。亡くなった先生がいて、その方に敬意を示す岩があるのだ。

    今日はこれから校外授業。プラネタリウムへGTの生徒と行く。

    明日、最終日はこそっと消えるように学校を去りたいとおもってた。明日の午後からは全校生徒が体育館に集まり、4、5年生と先生のバスケットボールの試合がある。うう、、、なんかいやな予感。私に話しを振られる予感。うちのホスト母は学校でも色々な事で責任ある地位にいる先生。去年の学期が終る時、同じく体育館に全校生徒が集まってる時に、泣かされるような事を不意打ちで話していた。

    明日も泣かされるのかな。。。

    では、今からField Tripに行ってきます。
2000年03月29日 22時08分41秒

  • 言葉って難しい。。。
    OUTDOOR CLASSROOMという離れにちょっとした小屋があり「自然を学ぼう」と言う目的のものが学校にあります。

    昨年、脳出血の為35歳の若さでなくなった先生がいました。彼は地域にとても貢献した人でかつてサブリミティで教鞭を取っていた事もある人でした。

    地域に、学校に貢献した彼の一生を忘れない為、昨年かれを記念して植林したようです。

    植えた木の側に岩を、その自然教室の敷地内に岩を数点置く事が決まっていたのですが、その言葉を選ぶように、また書くように言われています。

    書いてほしい事などもらったのですが、WELCOME TO OUTDOOR CLASSROOMを直訳したら、ようこそ!!、になるし。。。。

    また岩に書くいくつかの言葉を選んで校長先生に見せたら、何人かの先生に選んでもらったら?と言うので聞いてまわった。

    どんどんと意見が分かれた。

    もうすぐ帰国で学校に来るのはあと数えたら5日。KYを出るのは10日!荷物まとめもさる事ながら、することが。。。。

    知り合いが「少年よ、大志を抱け」を提案してくれた。これはナカナカ!英訳を校長先生に見せた。まさしく亡くなった彼にぴったりだと言う。


    続きはまた。。。。(未完成)
    かえるじかんになってしもた。
2000年03月23日 05時21分09秒

  • Lockdown Drill
    When a lockdown is announced,students and teachers are to move away from all doors and windows. Doors should be locked, lights out, and people quiet! Any students in the hall ways or restrooms are to move to the nearest classroom. 〜中略〜
    Please stress the importance of this drill and the need to practice. BE QUIET!!

    ロックダウンドリル。襲撃者からの避難訓練。

    今日はまたしても避難訓練があった。前回は、トルネード時の避難訓練。今回は万が一に備え、未確認侵入者や銃を持った人間がきた時の為のものだった。私はこの時、アートのクラスにいた。

    この避難訓練の目的は鍵を閉め、電気を消し、皆一所に固まり、窓、ドアから離れた場所に身を寄せて最悪の事態を防ぐ事だ。もちろん、話す事は許されない。

    離れに有る建物にいた為、7フィート(約2m)四方のトイレに25人の生徒と3名の大人がすし詰め。

    「だれそれが足の上にのった! 」「だれそれが押した!」とささやくが先生には「命があれば足が痛かろうが、構わない。」と。

    とても真剣に取り組まさせていた。また、今回が始めてのガンドリル。ここの所全米の何処かで学校内で銃による事件が相次いでいるからか。

    備えあれば憂いなし。

    もっともそんな事態に遭遇した後、訓練していて良かったね、なんて言いたくないけど。
2000年03月22日 05時12分32秒

  • 小さな音楽隊
    小さな音楽隊がサブリミティに来た。

    テューバ、トランペット、ホルン、トロンボーンの演奏者4名のカルテットだ。子供向けのプログラムの為、楽器を一つづつ分かりやすく説明してゆく。

    フォルテとピアノの強弱、トレモロとは?音をならすのに必要な物は?

    その中ではテューバが低い音がなり、トランペット高い音になる。それは、管弦の長さが違うからだと説明した。

    実際音を鳴らして見せてみるも、子供たちには長さの違いによる音の違いが分からない。

    そこでそのカルテットはホースでそれぞれの楽器の管弦長の違いを見せた。トランペットの約2倍のトロンボーン、3倍ほどのホルン、5倍ほどのテューバ。さらにホースの先端にはラッパのような形のじょうごが付いていて、見た目にもラッパのようだった。

    反対のホースにマウスピースをつけて音を鳴らして見せた時には子供は大喜び。その後、そのホースの即席楽器で演奏をしてくれた。笑い転げる生徒もいる。

    最後にウィリアムテル序曲(?だったと思う)を演奏し、会場は盛り上がってお開きとなった。
2000年03月11日 00時58分30秒

  • 帰国に先立ち
    私はJ1ビザという文化交流ビザにて米国に入国した。”留学ではなく、民間文化交流大使”なんかエラそうなふれ込みだが、私はそれに自分を投じた。半信半疑ながら。

    当然民間の会社が運営しているので、政府の海外青年協力隊のような待遇はなく、こちらがお金を払って海外に滞在する為の切符を手に入れるのだ。期間は最長9ヶ月。

    ただの詐欺ではないか?等と不安を抱えながら形だけの採用テストを受けた。正直な話、あのような面接試験で合格をだすとはおどろいた。私のやる気?(前の晩飲みに行ってた)目の輝き?(当然翌日は二日酔いだった)人間性?(正直だからその二日酔いが面接でもばれてたはず。。。)当然派遣する人間がいないと、成り立たない商売なのだろうけど。

    そんなこんなで色々出発前はあったけど、まぁとどこおりなく渡米できた。そして渡米後しばらくたち、滞在の延長を希望したのだが、2ヶ月で8万円!さすが民間大使!!たっかい! なので、私は自分で滞在延長の申し出を米国移民局に出す事にした。

    ところが、前例がない為どうして良いか分からず、調べに調べた。移民局から書類を取り寄せ、英文を読みホストに助けてもらいながら何とか書類提出にこぎつけた。INS(Immigration and Naturalization Service)と呼ばれる米国移民局は、少しでも書類に不備があると受け付けてくれない。すべて返却されるらしい。99年の10月の締め切りぎりぎりに提出し、その月の末にNotice of Actionと言う料金、申請内容受領確認書の様なものがきた為、無事処理されるものと思った。

    その中に書かれているには申請処理をするのに大概90日から120日かかりますとの事。

    120日たっても返事が来ないのよぉ・・・。

    Notice of Actionにある、書類の進行状況を聞ける自動応答ダイヤルに電話をして見たところ、私のケースナンバーは見つからないとの事。え????

    その後、係りの人と話をした所、2〜3週間まて、との事。

    仕事が遅く、書類を無くすといわれてるINS。帰国は4月15日になりそう。多分それまでに返事は来ないと思う。

    出国はできても、次回入国する時に問題が無ければ良いのだけど。改めて思った。

    「私って外人なのね」
2000年03月10日 07時32分45秒

  • 避難訓練
    今日はトルネードドリルがあった。

    トルネードが来た時の為の避難訓練だ。校内放送が流れ窓から離れた安全な所に避難する。頭を守れる教科書をもち、全員廊下にでて腰をかがめ、身を寄せ合って頭を壁につける。そして教科書を頭にかぶせる。卵の様きちんと小さくならんでる。

    春一番が日本にある様に、こちらでは3、4、5月はトルネードの時期。内陸部にある平野に多いとか。去年はオハイオのシンシナティーがトルネードによる大きな被害があった。そこから150マイル(300kmちょっと)のロンドン、ケンタッキーでも家がきしむ程強い風があって、倒れた木も多数見うけられたのだ。そのあとテレビでシンシナティーでのトルネイドの被害放送があった時、家を地面から抉り取るほどの威力である事を知り、寒気がした。多くの家には地下室があり、そこに避難するようだ。それがなければバスタブに身を潜め、上にベッドのマットをかぶせる。

    トルネイドドリルは遊びではない。子供達はみんな興奮していたけど、本来なら真剣に取り組むべきだ。想像を上回る恐ろしい自然の力に遭遇した時、人は無力である事をただ、思い知らされる。そんな中、少しでも身を守るすべを身につけないといけないのだ。トルネードドリルのあと、地震の時はどうするか?と先生が子供達に尋ねた時、ふざけて机をガタガタさせた子もいた。無理もない、あの恐ろしい地震を知らないのだ。わたしは5年前の1月17日、関西にいた。日に日に死者の数が増えて行き、本当に起こった事だと理解するのに時間が掛かった。私のいた所でさえ、かなり揺れたのに、それ以上の大地の動きが神戸にあったのだ。

    自然を甘く見てはいけない。多くの恩恵を授かっているが、時には被害をもたらす事もある。本当はそれだって天から授かる教訓なのかもしれない…。初心わするべからずとでも言うのかな…?
2000年03月08日 11時12分24秒

  • ミシガンでの事件
    生徒による銃犯罪がまた起こってしまった。

    6歳の1年生がクラスメイトに銃を向け、発砲した。

    ミシガン州のマウントモリスタウンシップにあるビュエル小学校の教室で、児童たちが次の授業のため教室を出ようとしていた際に起きた。発砲した男児はまず別の生徒に銃口を向け、それからカイラ・ローランドちゃんに向きを変え1弾を発射した。

    6歳の子供が学校にピストルを持ち込み、級友を射殺した事件と言うのもショックな事だが、なぜ、彼が銃を保持できたのか?問題はここに来ると思う。ピストルは昨年12月に同じ町で盗まれたものらしいが、銃の管理に不充分だった店にも責任が追従されるだろうし、発砲した子の保護者にもその手は伸びるだろう。大人の怠慢さか?

    私が幼い頃、学校や近所で友達とケンカした事やムカツイタ事をグチグチしていた時、「子供のケンカに親が口を出す事は恥ずかしい事」と、ちょっと加勢して欲しかった自分のシタゴゴロを見透かされ、親に相手にしてもらえなかった事が思い出される。確かにそうだと思う。子供のケンカに親が口を出し加勢するなんて恥ずかしい事だ。

    しかし、この御時世、親が子供のケンカに一部始終目を置いておかないといけなくなったのか?子供だけの世界でお互いが学ぶ事だって多いのに、それも無くなる日が来るのだろうか。

    寂しい世の中になったもんだ。
2000年03月02日 04時03分12秒

  • 手術の経過は良好!
    Susan has a disease called Fredrich’s Ataxia., which is a genetic disease. It has to do with the nerves. They do not function correct, thus the muscles do not work. Susan was OK until about three years of age. She started falling down a lot and her legs got weak, until she could no longer walk, when she was in about second grade. She also has a condition called Scholilosis, which causes the spine to curve. She cannot sit upright without the brace she wears. She will have surgery on February 15, 2000 to insert steel rods in her backbone to give her spine rigidity and hopefully she will have more control of her upper body.

    こちらの校長先生のお孫さんのスーザンは遺伝子の病気でうまく筋肉が働かず、車椅子生活をしていました。3歳までは何ともなかったようですが、その後よくこけるようになり、足が弱くなってゆき、2年生の時にはついに歩けなくなったようです。背骨も弱り、自分自身で上体を支えられなくなっていた為、車椅子には板が備え付けられており、体をその間にはさみこむようにしていました。移動は手の側にあるレバーで電動の車椅子にて移動。

    2月15日、2,000年に背骨にスチールの支柱を埋め込む手術を受けました。木曜日の今日状態も良いようで、集中治療室から出れるようです。土曜日にはお見舞いに行きます。

    日本の伯母が送ってくれた、和紙で出来た手作りの日本人形をもって。気に入ってくれるといいな。

    よくがんばったね、スーザン。
2000年02月18日 10時33分59秒



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