帰国後の日記。 以後更新します。

  • Patricia Ann Harris

    彼女が私を呼び寄せてくれた。

    ケンタッキーはトヨタ、オハイオはホンダ、テネシーは日産、と日系自動車産業の伸びが大きく、Londonケンタッキーにもその波が3年前より届き、トヨタ自動車向けに部品を出している会社が現地に工場を建てた。

    その駐在家庭の子供さんが通う事になったのがSublimity Elementary School。葵ちゃんという初めての日本人生徒を受け持ったのがハリス先生。全く英語を話せない、理解できない子を持つのは初めてだったハリス先生。日々の試行錯誤の中、日本語と英語を話す通訳が必要だと私のプログラムにインターンの申請をしたのがきっかけだった。

    教師歴も長い先生で学校での位置も高い所にある先生なのだが、全く気取る事もなく、威張る事もないすばらしい人。日本人生徒の為に来たESL(English as a Second Language)の先生と日本人生徒の折が合わない時など、色々身を呈して折衝してくれるような人。

    何から語ればよいかわからない。あまりにも彼女と私は近すぎた。友達って、なかなか出来ない物だと思う。実質私は本当の友達って少ない。片手で足りると思う。

    ハリス先生は友達でもあり、ホスト母さんでも有るし、私にとって現地での生活をする上で大きな意味を持っていた人。彼女無しではわたしのインターンシップは成功しなかったと言っても過言ではない。

    期待した以上の人々に巡り逢えた。
2000年04月13日 14時44分44秒

  • Kenneth Arlis Harris
    ホスト先生の旦那さん。このホスト夫婦は本当に昔からの友達の様でもあり、家族として扱ってくれる。これほどのホストと出会えた人はどのぐらいのパーセントだろう。1%にも満たないとおもう。

    どうしてそこまで人に優しくなれるの?とおもう。とても忙しい人で、家に帰って来るのは2、3日に1度。帰ってきても翌朝には日の昇る前に出掛ける。それでも時間を見つけては部屋に来て、なにか不都合はないか?要る物はないか?とたずねてくれる。米国に来ての2件目のホスト家。99年の3月〜6月初句までお世話になった。このホストを6月に出てから再度戻ってきたのは、99年の11月、Thanksgivingの前。それから帰国するまでお世話になった。建設の仕事をしており、自分の会社を立ち上げいそがしい。時々現場に一緒に出向いたりもした。トラックの運転者がいるとの事でわたしが借り出されたりも。とても詩を愛する人で、色々と話しをしてくれた。音楽も好きで、色々とテープを買ってきては聞かせたいらしく、詩の説明も交えて満々の笑みで話しをしてくれていた。

    KYを出る日、朝の4時に家を出た。

    私の心の中ではKYを出るけど、これが最後の別れだとはまったく思っていなかったのであんまり悲しい気持ちにならないと思ってた。ちょっと日本に旅するのよ、と言う感覚だと伝えてた。じっさい部屋に残したホスト母へのカードにもその様に書いたし、すぐに戻るよ、と書き留めて来た。飛行機の出発は午後3時。それまで彼の仕事のためシンシナティー周辺をまわった。時間が出来たので今までした仕事の現場を見せてくれた。

    空港について、話しをした。彼は昨晩泣いたと言う。以前、出かけた時に色々と話しをしててはじめての時は私の言葉のつたなさと、彼の方言の強さでほとんど会話にならなかったね、とはなしていたのだが、その時話しが出来るようになったのにもう帰国するのか???と思うと夜寝れなくて悲しかったのだと。私もせっかく意志疎通が出来るようになったのに、、、と思うと残念。

    本当に何もストレスのない生活ができた。もちろん米国での生活のストレスや、日本から離れている事、帰国後の事を思ったら心配だったけど、ハリス家での生活に付いてはなにもストレスもないし、むしろ毎日が嬉しかった。心優しい人々に出会え、そこで生活を共に出来ている事を幸せに思っていた。帰国が近づくに連れ毎日の一瞬一瞬を噛み締めていた。咲いている花、裏庭で走っているイヌや私が歩くとついて来る猫とか、目にするもの全てを。

    帰国してハリス家の事を思うと涙が出てくる。サミシイとか、会いたいとかの一言では形容できない。なんと言うか、考えると心が痛い。2歳の孫がいた。彼女とも仲良く遊んだりした。少し日本語もおしえた。私は彼女を忘れない。でも私と過ごした時間は彼女にとって成長する上で色々とこれから吸収する沢山ある中の一瞬の事。恐らく私が3年後に訪れても誰だかわからないと思う。むしろ、人見知りをするかもしれない。そんな事を思ったらとても悲しい…。

    一言では伝えられないきもち、彼らにお礼のこころを伝えるにはあまりにも私の言葉は稚拙でつたない。寛大な心をもらった。素敵な時をもらった。なにかわたしもかえしたい。生活の文化も違うし、考え方も、国籍、話す言葉も違う。ここまで共感、協調出来る人と会うのって、なかなかないと思う。

    一期一会

    素敵な人々と出会えた私、それにみあうわたしであるように日々留意したい。
2000年04月13日 11時12分31秒



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