父の書いたもの1(生い立ち)

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3.中学校へ

Kさんのお父 さんはとても起用な人で、その焼夷弾の筒を使いなんとストーブを作っていましたね。
当時、五十代だったでしょうか胃潰瘍で亡くなられましたが、とてもこれが手造りかと思う ほど見事な出来でしたね。
あの方の家は、疎開で東京から甲府に来ていた家族の方でしたね。
やはり当時はどこの家も子供達が多かったですからね、Kさんのところも、家族がお姉さんが二人、YちゃんそれからM子ちゃん、T子ちゃん、五人兄弟でしたでしょう。
こんな事を書いていると、なんかタイムトンネルに入ったように 昔の思いが次々と頭に浮かんで来ます。 当時はそんなに贅沢をしなければなんとか多い家族も食べていけたのでしょうか。
私の初恋の人が、実はこのKさん宅の三女のM子ちゃなんです。

話しを戻して、私が小学校を卒業する時にはもう小学校の講堂と職員室は、戦災で焼けてしまってありませんでしたから、古い記録は全部焼けてしまっていました。
先日私がA小学校に電話をしたところT先生のことは不明だと云うことでした。当時あの悪戯 ざかりの小学六年生がT先生を泣かしてしまったのですから、後からA先生に、教室 の前に全員ならばされビンタをもらいました。
私が六年の頃は進学のための課外学習が始まっていました。相川の通学路で、中学生とすれ違う時など、肩掛けカバンに大きな定規を持って登校している姿にあこがれましたので、私も受験に合格して進学したいと思って一生懸命に課外学習に励みました。
しかし昭和二十二年三月には、六、三、三制が実施され、誰もが中学校に行くことになりました。
がっかりしたと同時にひと安心といった気持ちでした。
昭和二十二年四月、中学校入学、 三年間の授業が始まりました。

一九九八・七・五 (父が書いたときの日付)

ほとんど原文のままですが、句読点(「、」と「。」)がごっちゃになっていたのを少しだけなおしました。話の順序がとびとびなところはそのままにしています。(ふう)

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