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番外編(こぼれ話) HOME
2000年10月22日(日)
今日は図書館で読みたいと思っていた本が全部みつかってうれしい気分。その中の1冊は「サリーのこけももつみ」という絵本で、今読んでいる星野道夫の「旅をする木」の中に出てきたもの。本を読んでいて別の本を紹介されていると、それも読みたくなる。そんなふうにして本の世界がつながって、広がっていくのが楽しい。
夜のニュースで知ったけどきょうはコンサドーレの優勝祝いで札幌ではセールをしていたようだ。どうりで図書館がすいていた。(そのせいかどうかはわかりませんが)
きょう見た「海辺のレストラン−ガスパール&ロバンソン−」というビデオがよかった。おばあちゃんがかわいらしい。心の優しいロバンソンもこどものような魅力がある。こんな静かな優しくて味わいのあるビデオにときどき出会えるとすごくうれしい。
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2000年10月21日(土)
このところレポートが進んでいなかったけれど今週はさらにひどく、仕事100%、勉強0(ゼロ)の日々。時間配分のことだけではなく頭の中がほぼ仕事100%になっていた。そこまでしなくてもだいじょうぶなはずなのにどんどんそうなっていく自分に対して自己嫌悪。もしかして勉強から逃げたかった?それも少し入っているかなあ。
別にいいのだ。仕事100%のときがあったって。勉強100%のときがあったって。いちいち自己嫌悪しなくてもいいのだ。頭ではわかっていても!
仕事とかかわりのない勉強することへの矛盾。はじめからわかっていたことだけど正面から見ようとするとやはり苦しい。「勉強が趣味なんだよね」「勉強が好きなんだ」ということばを人からかけられるとなんとなく違うという気がする。でもうまくことばにできないので否定も肯定もしない。
夕方になると眠たくなって少しのつもりがずいぶん寝てしまった。起きてからぼーっとTVのチャンネルを回したら「鬼怒川源流の自然」という風景が映っていて、『気温がとても低いため植物は枯れても分解されません。』というナレーションが流れた。すごく不思議な気がした。気温がとても低くても植物は育つんだ。。育って枯れるけど分解はされないんだ。
地球には自分の知らない世界がものすごく広く拡がっていて、 日本というちいさな国ひとつとっても人間の知らない自然が昔からずっと変わらず続いている。そんな中で生きている自分はものすごくちいさくて砂の一粒にも満たない。でも一粒にも満たない自然が集まって地球ができている。流れの中にいる自分を感じて否定も肯定もない気持ちになぜかなった。
きょうは少しだけ課題が進んだ。
コンサドーレがJ1昇格決定!おめでとう。
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2000年10月14日(土)
きょうは会社のソフトボール大会。わたしは試合に出るわけではないけど毎年応援&食べたり飲んだりしゃべったりのために参加している。
心配していたよりお天気がよくて気持ちのいい1日でした。
車で行く途中の道も紅葉がきれいでちょっとだけドライブ気分だった。ソフトボール大会は社員の家族も来るのであちこちでちいさいこどもが遊んでる様子は保育園みたいで楽しい。
そのあと友達の家へ「脚立(きゃたつ)」を持っていってロフトの電球が切れているのをいっしょに取りかえた。ロフトの電気ってとても高いところにあって、切れてしまったとき困るよね?前にロフトの部屋にいたとき『これは脚立が必要だ!』と思って買ってきたのでした。最近はロフトの電気も下から引っぱると降りてきてとりかえられるものとかになってきているそうだ。
脚立の上に登ってちょっと「とび職」の人になった気分。(正直にいうとこわかった)
友達の家のまわりで雪虫がいっぱい飛んでいた。雪虫はどうしておしりに白いふわふわがついているんだろう。(だから雪みたいに見える) 不思議だ。
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2000年10月9日(月)
連休3日目。「レポートを書かなければ」の気持ちにしばられて土日はおとなしくしていたけれど今日になってなんだか疲れてしまって勉強はやめて部屋の片づけをした。
部屋の片づけをすると その部屋の持ち主のことがよくわかる。(持ち主って自分だけど)
どんなものを持っていてどんな本を読んでいて何を大事に思ってるか…
きょうは自分についてかなりゆっくり観察したような気がした。それからまた自分がどう生きていこうとしてるか についてちょっと考えてみた。
買い物にいくとき 近くの少し広い公園の横を通ったら木の葉がずいぶん黄色くなっていた。紅葉の季節なのね。またまた深い気持ちにひたってしまった。
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2000年10月7日(土)
きのうは「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を読んでいたらサンドイッチが食べたくなったので材料を買ってきて作ってみた。(どうして食べたくなるかは、この本のはじめの方を読むとわかります)
そんなに本格的ではないのでマスタードもなかったしマヨネーズは家にあった「できあい」のものだったけれど、自分で作ったサンドイッチは思ったよりおいしかった。
きょうはついに夕方になってストーブを付けた。部屋の中が暖かいのはとっても快適。
教育心理検査法のレポートを書きあげた。4単位目がややなっとくのいかない出来だけどさんざん考えた結果なのでひとまずこれで出すことにする。ずっと字を書いていたら背中が痛くなった。
…(ここからとってもひとりごと調です。)…
自分はいったいなんの仕事をしていこうと思っているのだろうと考える。深く考えなければ今している仕事をそのまま続ければよい。でも今しているこの勉強は 自分の時間を捧げることに意味を感じられるものであるという気がする。ところが仕事ではときどきはそうも思えるけれど根本的に自分自身がめざすものと別なことが目的とされているように感じる。けれども忘れてはいけないのが 自分はそれを承知であえてこの仕事を選んでいるという事実。そこがわたしのもっともひねくれて自分でも理解できない部分であると思う。自分がのぞむものと反対の側に自分を置きたがる。バランスの問題でもあるのかもしれない。興味のないことには100%関心をもたない自分を少しでも平均的な人に近付けたくてあまのじゃくな選択をするのかもしれない。
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2000年10月4日(水)
10月だーと思っていたらあっという間にもう4日になっていた。日記書いていたのにちっともアップしていませんでした。まあ日記ですから急ぐわけでもないのである。
このごろふと「夢」とか「目標」って大事かもしれないなあ…と思う。プライベートな面でもそうだし、仕事の上でもそういうの持ってることってやっぱりいいのかもしれないなあ。
会社に入って何年もたつと仕事や会社に「夢」なんて求めちゃいけない、などと妙にさとったような考え方になってくる。また 人の命にくらべたら仕事なんてなんだろう と仕事を続けることに意味を見いだせなくなったときもあった。
でもこないだ見た「未来からの教室」というTV番組でフランスで三ツ星レストランを経営するシェフが子どもたちに、「夢と目標を持って仕事をすることです。」と教えているのを見ていてそれがほんとうにその人の体験から出てきていることが心から感じられた。
そういう仕事をしているからそんなふうにいえるのだ、とふだんなら思ったかもしれない。しょせん雇われて働く会社員に夢や目標など、持つことはできないのだ って。
でもそのTVを見ていたとき、自分も夢を持ちたい…と素直に思った。会社に勤めていたって夢は持っていいんじゃないかなあ と。夢は かなわなかったときの失望を感じるのがつらいものだと思うけど だから少し元気が出ないと持つ勇気もわいてこないものかもしれないけど なんだか自然に 夢を持ちたいな と思った。
(それじたいが夢のような話かもね)
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2000年10月1日(日)
今日から10月。朝は国勢調査の「ピンポン♪」で目が覚めた。国勢調査といえば、『ピンポ〜ン』で始まるあの国勢調査のCMにちょっと困っていた。わたしの家のピンポンと同じ音なので、猫が「誰かきたっ!」とびっくりしてみがまえてしまうのだ。きょうでこのCMも終わるからやれやれです。(CMはそのあとも続くことを知ってショック…)
けさもいい天気。秋は空気が澄んでそれでいて深さを感じる。こういうのが人を感傷的にさせたりするのね。そうはいっても季節がちゃんと変わることはうれしい。自分は何も変わっていないのに新しく何かを始められそうな気持ちにさせてくれる。
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