ふうの日記

1999年7月24日〜 (スクーリング 編)

1999/8/10(火)

夕べふう(猫)を預けている親戚の家から、ふうが土曜日から出かけて帰ってこないと電話が来た。叔父さんも叔母さんもとても心配して探してくれているらしい。わたしは心配だけれど、こんなに遠くにいては何もすることができない。
外で生活しているねこもたくさんいるから、ぴんぴんして、きっとそのうち帰ってくると思いたいけれど、離れていると不安になる。こんなに長く預けたことはなかったし、ふうは私が3週間で帰るなんてきっとわかっていない。すぐにでも、札幌へ帰りたい気持ちになる。

なんだか不安で落ち着かなくて、部屋の片づけを始めた。
父のものが置いてある部屋は、帰ってきた弟の荷物でいっぱいになって いて、前からずっと片づけたかったのだ。ゴミみたいに積み上げてあったテレビとビデオとステレオを、机の上に並べて、つないでみた。『線が足りないよ〜。』となりの部屋でゲームしている弟を呼んできて、荷物の中からケーブルを出してもらう。
つながった!でもアンテナとつないでないので、テレビは映らない。ビデオとゲーム専用モニタ だ。『そのステレオ、CD壊れてるから。』え〜。なんで?中でCDが引っかかって出てこなくなっているらしい。壊れているものをみるとなおしてみたくなるのって、今の仕事についてからだなあ…と思いながら、カッターで苦心してCDを取り出してみた。なーんだ、すぐ治るんでしょ。
満足して入っていた槇原敬之の「PHARMACY」を聴く。この部屋も、居心地よくなったよ。ビデオも見れるしCDも聴ける。まだ弟の本や雑誌、父のものだった無線関連の物がいっぱいで、スペースはほんの少ししかあいてないけど。。。

少し気分が紛れたけど、やっぱり猫のことが心配だ。今晩帰ってこなかったら、予定を変更してあした札幌へ帰ろうかなどと考えている。


1999/8/8(日)

おやおや。前と同じ週に1回の日記に戻ってしまった。まめじゃないってことなのね。
これも自分の性格なのねえ。
昨日でスクーリングは終わった。最終日は演習の発表と試験などがあって、(わたしは発表者ではなかったけど)ずうっと緊張の1日だった。終わったらものすごい解放感でいっぱいになった。
演習科目で同じグループになった人たちとは毎日話ができて、最後はお別れするのがとってもさびしかった。こんなに話ができるとは正直思ってなかったから。
わたしは自分からあまり話しかけるほうではなく、また、みんなが会話しているときに自然に入っていくってのが苦手。誰かが話しかけてくれるのを待つか、ものすごいわざとらしく入れてもらうことしかいつもできない。なんでこうなのかわからないけど、昔からそういう人だ。でも、仲良くなってしまうとばかみたいにしゃべる。『内弁慶』っていうやつなんだろうなあと思う。
「おとなしい人なんだね」って言われると、なんて答えていいかわからなくなる。
おとなしくなんてぜんぜんない自分と、実際おとなしく見える自分と両方知っているので、ほんとはどうなんだろうなあと少し疑問。願うのは、そういう私をみて「変わってる」と思わないでほしいなあってことかな。
先週やった数々の心理テストの結果で、わたしの性格は「正常範囲の内向型 」というのがだいたいのところだった。うん、うん、当たってる。
スクーリング中にいろんな人にあって、話を聞いたりすると、みんなとても真剣で、きちんと目的を持った人が多かった。実際、もう心理職や教職についていながら、さらに専門を深めたり、資格をとるために大学にきている。 自分はというと、本当に心理職につこうと思っているのかというところが実にあいまい。いつも「とりあえず、勉強しよう。。。」ってところで逃げてしまう。この仕事、きちんとした国家資格とかないし、いまのところ、安定した職種とはいえないのである。漠然とした形はあるのだけれど、具体的な形にすることができない。
そしてまた、自分の中に、まだ今ははっきりさせたくないという気持ちがある気がする。
なんなんでしょうねえ、実に自分っぽいなあ。


1999/8/1(日)

久しぶりのお休み。土曜日まで学校があって、日曜日は休みっていうと、とーっても昔の学生に戻った気分。大学とか行くより前の、高校生とか、中学生、小学生の気持ちも少ししている。。。家に戻ってきているからよけいにそう感じるんだろうな。
休みといっても特別なことはしない、相変わらず。
天気がいいからたくさん洗濯をして、ビデオを借りてきて見た。 「アルマゲドン」と「四月物語」を見たけれど、知名度とは違って私は「四月物語」のほうがおもしろかった。
心情的に、こちらのほうが心にぴったりくる気がした。はでに泣かせるシーンとかは、ないんだけどね。。。
毎日、暑いね。千葉にいると、日本の夏だなあと感じる。
この暑さと湿気の感じが、日本らしくて、それもまたよいね、などと思ってしまう。
といっても、ほんとは自分の家は札幌だって思っているから、そんな風に思えるんだろうけれど。


1999/7/31(土)

結局日記は2日間あいてしまった…。
一応学業を優先して、昨日は試験勉強をやった。でも、一週間くらい教育学を勉強したといっても、いざまとめようとすると自分では何も述べることができないことがわかる。「初等教育原理」の試験問題は自分で出題し、自分で答えて良いというものだったが、出題するというのも、いがいと難しい。講義を聴いていたときはすっきりわかったような気になっていたが、あれは気のせいだったようだ。
そうして、今日は試験が2こ終わったのだ。ほっとする気持ちと、思った通り、なんとも言葉の足りない回答しか書けなかった自分がちょっと悔しい。。。友達も「その気持ちわかる」といってくれて、お互い少しの間どよ〜んとしていた。 友達は明日も科目終了試験を受けるので、全然解放されないのだ。大変だなあと思う。
一週間が過ぎたところ。とりあえず今日は寝るぞ〜。(こればっかり)


1999/7/28(水)

わあ〜。もう3日目だ!1週間の半分終わっちゃったよ。
今日になって気付いたのですが、『初等教育原理』の「初等」というのは、初等教育の初等… つまり、小学校教育の原理って意味だったのでした。自分はそういう”業界”の人じゃないので、「教育基本法」とか、「学校教育法」とか出てきても、「はじめまして(^^;)」状態である。けれど、大部分の人には、かなりなじみのある話であるようだ。ここの通信教育は、学校の先生が、資格を取るのに必要な単位を取るためにきているという人が多いのだ。むむ〜。寝てる場合でないね。(起きてるけどねっ。98%くらいは)
暑くて読む人に悪いので今日はここまで。(ほんとは自分が暑いんだよね)


1999/7/27(火)

2日目。
今日の『教育学特論』はおもしろかった。しばらくいすの堅いのを忘れかけたくらい 。
人間は自分の能力と欲求が一致・均衡した状態の時=やりたいと思ったことが自分の能力でできるとき に幸福である、という話が印象に残った。『エミール』(上・中・下)買ってしまいましたよ〜。教授。
それにしても一日4コマの講義は聴いているだけでもけっこう疲れる。家へ帰ってからあまり勉強する時間がないので、授業にかける!というつもりでいるのだけど、やっぱりそれだけでは無理かな。
最終日(土曜日)の試験が少し心配。。。
坂道にはだいぶ慣れてきた。でも帰ってくると相変わらずくたくた。家にいると、家族がみているからか、テレビも割と見る。(普段みないから、とても新鮮)家族と暮らすってこんなんだったっけ?面倒なこともあるけどね。ネットつないでると「またやってるの?」って顔されるし、時間もちょっと気になる。
今日も早くねまーす。多分…。


1999/7/26(月)

今日から授業…。教室は学生でいっぱいだった。午前中は『教育学特論T』。ルソーを中心にすすめるらしい。まわりの学生は、年齢的には普通の学生と同じくらい。若そうな人が多い。うしろに座っていたのは若い夫婦だった。奥さんはおなかが大きい。仲がいいのはいいけどずうっとしゃべりっぱなしなのはちょっと。。。
はじめてのお昼休みは大変だったよ〜。食堂は超満員で、あふれだしている。売店へいくと、もうおにぎりもパンも売り切れ。しばらく図書館とかをうろうろしてから食堂の列に並んでようやくゲット。席は混んでいたので隙間をみつけて相席させていただく。食べ終わってから勇気を出して向かいの席の人にはなしかけてみた。彼女は次の授業がわたしと同じだったので、そのままいろいろ話をした。わーい。友達ができちゃった。(^^)
午後からは『初等教育原理T・U』である。先生の話がなかなか毒舌でおもしろい。いろんな方へ脱線するけど、大学の講義ってこうだったなあ。。。と感慨深く聞く。途中すこーし眠くなったけど、それは教授のせいではないかな?
初日はそんな調子であーっという間。疲れたよ〜〜。早くねよっと。


1999/7/25(日)

はじめて大学へ行った。
九段下から都営新宿線で新宿まで行き、そこから京王線で高幡不動まで行って京王動物園線に乗り換え、『多摩動物公園』で降りる。そこから大学まで徒歩13分のはずだが。。。
1〜2分歩くと突然急な上り坂がはじまる。どこまで続くのかなあ…と思っていたら大学まで全部坂道だった。これって山登りじゃないの?雪降ったら絶対登れないね、(降らないのかな)毎日これ登るのだろうか。
受付にたどり着くと人がたくさん集まっていた。学籍番号ごとにガイダンスの教室が分かれているようだ。私の番号だと「6−209」という部屋らしいが、「6−209」がどこにあるのかわからない。 うろうろしていたらはきはきした女の人が『「6−209」ってどこにあるのかしら』と係りの人に聞いているのをみつけたので、その人の後に付いていった。ガイダンスは1時間ほどで終了。午後からは学割証や、資格についての説明があるがわたしは今のところ関係がないので今日はこれでおしまい。そとへ出るとみんなぞろぞろ帰りはじめていたので行列に混ざって坂道を下って帰ってきた。(登ってきた道を上からみたら景色はとーってもよかった。あれだけ登ったものね。。。)人はたくさんいたけど、まだ誰とも会話はしていない。なんだか、大学に入学した頃のことを思い出した。あのときもひとりぼっちでとてつもなく心細く感じたものだ。一人暮らしもはじめていたから、家へ帰ってもだーれもいない 。よくがんばったもんだ。今回は実家から通うわけだし、まえよりは図太くなっているとは思うんだけどね。あしたからは授業が始まる。どうか居眠りしませんように。。。


1999/7/24(土)

千葉へ帰ってきている。今日は夜間飛行だった。
19時45分発のエア・ドゥに搭乗。私は最近エア・ドゥ派。エア・ドゥは簡素でビデオも音楽も雑誌もない。飲み物やお菓子も配っていない。ビデオがないので、安全のご案内は、テレビのついている位置にお姉さんたちが立って、アナウンスとともに酸素マスクや救命具の 付け方を 実演してくれる。これがわたしのお気に入り。♪乗務員の制服もつなぎみたいな服でかわいい。金額が安いのがほんとはいちばん気に入っている。
飛行中は眠りほうけていたのだが、アナウンスが入って目が覚めた。「みなさまの右側に東京ディズニーランドが見えます」右手の窓の方を見ると、ぱあっと明るい空間が目に入る。うわあ、きれい。。。
そしてまたうとうとしかけると、「右手にお台場が見えます」とアナウンスが聞こえる。のびあがって見ると、まぶしい夜景が見えた。ふ〜む、夜の飛行機はいいねぇ。そのあと1〜2分ほどで羽田へ到着。
羽田へ着いてもなかなか不便にできている。空港までバスに約8分乗って到着する。着陸する場所が遠いのだ。大急ぎの人には、向かないかもね。バスの中で年配の方が2人で、「しかし全日空や日航ばかりでなく、こういう会社が出てきて競争が起きるのはいいことですね。」「そうですね。いい体験をしました」と穏やかに話しているのを聞いて、「さんせーい!」と心の中で拍手する。
なにはともあれ、無事に到着してやれやれ。
あしたはガイダンスがある。はじめて大学へいくのだ。どきどき。。。

 

1999年3月〜4月  1999年5月  1999年6月〜7月

ふう’S ROOMへ