2003年9月〜

…11月23日(日)…

ココアがうちに来てから、ちょうど1年目。いちおうのお祝いで、猫缶をあげた。(でもふうに戻されてしまって、クッションを1つ洗濯することになった)もっといろいろ何かお祝い…と思ったけれどケーキやお花は、猫たちは喜ばないし、たくさん遊ぶことだ、と思ったが、きょうは猫と私の相性が悪く、いろんなことのじゃまばっかりされるので、怒ってばかりいて、なんだかさえない1周年だった。
↓ココアはこんなに大きくなりました。左がココア、右がふう


↓1年前は、こんな感じ

あれ。ココアはふうより大きい?
うーん。手足は、ココアが大きいのです。ふうは、体の割りに手足が小さい。体の長さは同じくらいかなあ。重さは断然ふうの勝ち。
今日は、ほんとに寒い1日でした。きのうまで調子のよかった卒論も、きょうは何もしないで終わってしまった。

…11月21日(金)…

日付を見たら、ちょうど10日おきに日記を書いていた。11月に入ってからはエネルギーの
低い状態が続いて、自分の中の何かが、動き出さないでいるのをまわりからうかがっているようだった。具体的に何かをあげるとすれば、卒論を書かなければならないのに、手をつけられないことだったと思うのだけど、そこにたくさんのいいわけがくっついて、不安やあせりがとりついて、どういう状況なのか、自分でもわからなくなっていた。どこかでとてもかすかに、「それでもとにかく卒論を書くことだ。」という声が聞こえる。とてもとても小さな声。小さいけれど、それが正しい声だということは、わかる。わかるけれど、自分を動かすには小さすぎる。
友人に会うごとに不安や迷いを話して、この時期私は会う人みんなに泣きごとを言っていたような気がする。(といってもそんなに多くの人ではないけれど)だまって聞いてくれた友人たちに感謝する。
今週くらいから、気がつくと、卒論をまとめ始めている。今まで資料を書き写していた分が、ただのテキストで散らばっているのを、自分のことばに直して書いてみて、直して、また書いて直して、まだぜんぜん形になってはいないけれど、動き出している。
また、すぐ動かなくなるかもしれない。3月の卒業は、難しいかもしれない。でも、自分で決めたこの論文は、ちゃんと書き上げたいと思う。卒業も、したいと思う。その先のことはそのときにまた考えることにする。

…11月11日(火)…

父の命日だった。お花とお菓子を買って、家族で写っている写真の前に飾って、いっしょにご飯を食べた。父が好きだったから(私も好きだけど)小さい瓶の日本酒を買ってきて、いっしょに飲んだ。先週の週末は、高校時代の友人と会う約束をしたので、スクーリングの後実家に泊まって、次の日にお墓参りに行ってきた。
もうそんなに悲しい気持ちや、つらい気持ちはないと思っていたけど、どこかうんと奥のほうで、しんとしている気持ちがいる。

もうずいぶん寒くなってきた。まだまだだと思っていたけど、もうタイヤ交換をする時期なのだそうだ。今年は、東京と札幌を行ったり来たりしているからか、なんとなく、季節の感じ方がずれてる気がする。先週帰ったときは、東京でも紅葉がすすんでいた。東京や千葉の紅葉は、札幌で見るのとは感じがちがう。少しくすんでいるような、湿度と重さがある、日本の秋、という感じ。そこらじゅうでみかける柿の木も、ああこちらの秋だな、とみるたびに思うなつかしい風景だった。

…11月1日(土)…

今日は、心理学実験はお休み。(大学で、通学過程の文化祭があるためだと、きょう「めいせい」を見ていて気がついた)3連休の1日目。
このところ気持ちが上向きになれないのは、叔父のこともあったけれど、それよりも根本は、10月からボランティアを休むことになったことだと、自分では思っている。(それが真実かどうかは、自分にもわからない)
今まで、心理とは違う分野の仕事をしながらも、どこかで目指す方向に近づけていると思えていたのは、たぶん、日曜日に1日だけ、させてもらっていたボランティアのためだったのだと思う。せめてボランティアでつながっていられたら、と思っていた気持ちが、つながらなくなった。気持ちのバランスが、うまくとれなくなってしまった。
(ボランティアを10月から休んでいる経緯は、グループホームが移転して、それにともなって、平日のこともまだ混乱しており日曜日の担当については、少し後になってから考えることになったこと、様子を見ていて、平日に入れる人こそが求められていて、土曜日や日曜日にしか来られない人は、実際、職員として必要ではないことが感じられてしまって、学校の勉強を理由に、自分から休むことを申し出た)
私の場合、ボランティアは、まったく自分のためにしかしていなかったようだ。そう考えるともっと悲しくなるし、それにもまして、日曜日のあの時間がなくなってしまったことは、体は楽になったのだけど、気持ちが慣れてくれない。
休んでいるのは、学校のためなのだから、今は、学校の勉強を、とにかくすませてしまうときなのでは?と、自分に言ってみるのだけど、「そんな勉強、役にも立たないのに」と反抗的だ。どうして、こんなに子どもみたいなんだろう。がんこなんだろう。卒論のテーマである、「成人儀礼」は、大人になれない私が、まさに自分のために選んだもののようだ。

…10月26日(日)…

先週の土曜日には、母が札幌に来たのだった。***にすんでいる、病気の叔父のお見舞いだった。スクーリングの後、羽田空港で母と待ち合わせて、同じ飛行機で札幌へ飛び、母は私の家に一泊した。猫ふうは、何度も会っているので母に会っても動じなかったけれど、ココアはお正月に会ったことをすっかり忘れているようだった。奥の部屋へ飛んでいって隠れて、なかなか出てこようとしなかった。(とっても、朝くらいには母の布団で飛び跳ねるくらいに慣れていたけれど)
母は、私の運転する車で叔父の家へ行き、しばらく叔父と話をした。私も帰るときにはほんの少し話をして、最後に叔父は手をしっかり握ってくれた。それが、私たちと叔父の会った最後だった。叔父はわかっているようだった。叔父の表情は明るく、穏やかに見えた。その翌日、叔父が亡くなったという知らせが来た。その週のうちにあわただしく、お通夜や告別式が行われて、そしてもう、次の週末だった。土曜日の朝、空港へ向かう途中の景色は、先週よりも秋がずっと進んでいた。先週の今頃は、まだ「明日は叔父に会うのだ」と思って見ていた景色だけど、たった1週間後に、叔父はもういない。私ですら、そのことがうまく飲み込めないでいるのだから、叔母は今頃どうしているのだろう、と思った。

今週のスクーリングは、自由選択実験の計画をたてる1回目。私たちのテーマは、「視覚探索」を含むもので、資料を調べるとなかなかおもしろくて、興味がわく。けれども、今週はなんとなく気持ちが沈む感じで、卒論が少しも進んでいないことや、卒業しても、勉強したことを生かせる見込みがぜんぜんたっていないことなど考えて、頭の中が、混沌としていた。

…10月12日(日)…

今週の心理学実験は、「練習効果の転移」。鏡に映った図形を見ながら図形の形をなぞる、鏡映描写という作業をふうふういいながらやった。先週のWAIS-R(知能検査)に引き続いて、時間内に終われず、心細くなりながらの実験だった。毎週土曜日に、ふだんの仕事とまったく離れた場所へ通い、友人と会い、仕事と関係のないことに打ち込めるのはありがたい。とくに今の、仕事がどうしようもなく思うように行かないことばかりのときには、土曜日のスクーリングはレポートや実験が大変であるほど、むしろ救われる気がする。そうやって仕事のことを忘れようとつとめてみて、忘れることではまったくないことに、気がついた。それはあきらかに、解決する努力をしなければいけないことだった。自分の感情とか、気分とかがおいはらわれてみると、未解決の課題が、くっきり形をあらわしているのみだった。たぶん、こんなにものわかりの悪い社員もそういないだろう。自分のするべきことに気がつくのに、人の何倍も時間がかかる。ちょっとため息が出るけど、でも、気がついたのだから、いいじゃないかと思うことにする。

…10月9日(木)…

グループホームを休むことになったのは、ほんとうにすごくさびしい。そのことで10月に入るころから、少し沈んでいた。でもその代わりのように、このごろ古い友人からの連絡が次々届いた。職場が変わったこととか、新しい勉強を始めていることとか、単純に、メールを始めたよ、というもの…。何気ないメールに、限りなくなぐさめられる気がする。

…10月5日(日)…

今週から、グループホームのお手伝いを休むことにした。卒論とスクーリングのためと、グループホームが移転して(10月1日から、移転して新しい形で始まっている)まだ体制がはっきり決まっていないので、1月までの間、お休みさせてもらうことになった。日曜日に行かなくてもいいのは、体は楽なのだけど、なんとなくぽっかり穴が開いたような気持ち。もうずっと習慣になってしまっていたから。
寒くなってきたので、朝晩は、ストーブをたいている。ストーブの暖かさに、なんとなくほっとする。

…9月15日(月)…

夜中、あんなに苦しかった喘息は、夜が明けていくのと入れ替わりに、少しずつおさまっていった。こういうときに、休みの日でよかった。目が覚めたのはお昼近い時間だった。
スクーリングの夏休みは、今週でおしまい。また少し忙しい日々を過ごすと思うと、今日1日が貴重な時間に思える。

人の影響で、ジョアン・ジルベルトの「三月の水」というCDを、買って来た。CDの帯に、『秋のような静かな時間が流れるアルバム』と書いてあり、三月がなぜ秋なのだろう、と思ったが、これは、ブラジルの秋なのだった。ずっと聴いていたくなるような、静かでやさしい音楽。

この間、買って来た本「自殺の危機とカウンセリング」が、わかりやすくて、よかった。こういうことを、もっと勉強したいと思う。

…9月14日(日)…

今日は、グループホームの日。いつも、メンバーが来るのは遅くなってからなので、待っている時間が長い。私は本を持っていって読んだり、パソコンを持っていって卒論を書いていたりしてみんなが来るのを待つ。今日は、誰も来ないなぁと思っていたら、ふと気がつくと、玄関のところに作業所のメンバー**氏が立っていて、びっくりした。(玄関のドアは、夏の間いつも開けっ放しにしている)「このあいだ(開所式のとき)の、劇の出演料を払っていなかったから…」私がしばらく、作業所へ顔を出していなかったからわざわざ届けに来てくれたらしい。少し感激して、受け取る。

夜、寝る前から少し症状が出ていたが、眠ってから喘息が起きて、寝付けなくなった。しかたなく起きて、ぼんやりインターネットとかしながら、おさまるのを待つ。明け方になって、ごみの日なのを思い出して、ごみを出しに行く。すると、まだ暗い空に、半月が明るく出ていた。そして、オリオン座と、そのほか名前のわからない星がたくさん、瞬いていた。はっとするくらい、美しかった。
喘息になるのも、そんなに悪くない、と思って帰ってくると、テーブルの上においてあったカップが倒れて、少しだけ入っていたミルクがじゅうたんにこぼれているのを発見した…。

…9月6日(土)…

決心して、ふうとココアのシャンプーをした。

ココアをシャンプーするのは、うちに来てから初めて。やってみると、ココアの力の強いことにびっくりした。猫たちも、私も疲労困ぱいだった。今日はわりとお天気がよかったので、ぬれてしまった猫たちは、お日様の当たるところへ行って順番にひなたぼっこをしていた。
そのあと、土曜スクーリングの、飛行機の切符を取りに行った。それだけしたら、疲れたので、今日は卒論ができなかった。

…9月2日(火)…

会社の同期で入社したA君が結婚することを、社内の掲示板で知った。お祝いのメールを送りながら、何か自分と比較したりして、複雑な気持ちでいた。A君から、『ありがとう。会社の人をたくさん呼べないのは残念だけど、こじんまりした式にしたいと前から思っていたから。』という返事が来て、それを何度も、読み返しているうちに、ふと、A君は、すごくうれしいんだな、というのが伝わってきた。前から考えていた、心にそった式をあげて、これからの生活を祝おうとしている、そんな気持ちが伝わってきて、誰かと比較したりしている自分の気持ちなんて、なんだ、どうでもいいことだったんだ、と急に思った。ばかみたいだ、私。比べるようなことでは、ぜんぜんなかった。この幸せを、ただお祝いしてあげるだけで、じゅうぶんだった。そう気がついたら、少し泣きたいような気持ちになった。


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