ふうの日記

1999年8月15日〜

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1999/8/30(月)

今日のはちょっと重たいです。
重たいのにが手な人は読まない方がいいかもね。


わたしが「心理学」を勉強しようと思ったきっかけは、父が亡くなったことだった。
「自殺」というものの重たさ、難しさは後になるほど感じられた。
父が自殺をしたという事実は、ごく一部の人にしか知らせていない。表向きは、「心臓麻痺」ということになっている。(お坊さんにまで嘘を付いた)
近所の人にいろいろ言われないようにとの、母とそのまわりの人の配慮だった。

父が自殺してしまったときにわたしが感じたのは、父は私たちがいるこの世界よりも違う世界を選んだの?という気持ちだった。
わたしたちのことを嫌いだったんだろうか、と思った。(我ながら幼稚な考えである)
それなのに悲しむのはおかしいんだろうか。父はそうしたくて死を選んだのだろうか。

わたしは父が何を感じていたのか、どんな気持ちだったのか知りたくて、「うつ」について調べ始めた。インターネットでは、「うつ病」と名の付くサイトをはじから探した。
その中には、「うつ」の人が作っているHPもいくつかあり、そこにはうつと闘う人、うつの家族を支える人、そして癒しあう人の姿があった。
自分が何をしなかったのかを知るのはとても悲しかった。
生きていたら父に対してもっと気持ちを考えてあげたり、話を聞いてあげたり、そういうことができたはずなのに、今はできないことがとても悲しかった。
自分は冷たい人間だったのだと思った。

何よりもつらいと思ったのは、そういう気持ちを誰に話していいかわからないことだった。
自分と同じような人がいないかと探してみたが、会ったことはなかった。
心系のサイトで自分の話をすることはできなかった。病気といっしょうけんめい闘っている人がいる中で自殺してしまった人の話を出すことができるだろうか。
自分の悲しみは自分で耐えるものなのだろう、多分。自分には耐える力があるのだから。その力があることはわかっていても、やはりつらいと思った。自分の手に余るという気がした。

カウンセリングをしてくれるというサイトで何度も自分のことを相談しようとした。
でもどうしても自分の気持ちを最後まで打つことができなかった。
カウンセリングを受けてみたいとも思った。でも自分は病気ではない。病気ではない人がカウンセリングを受けるものだろうか。また、自分が何を相談したいのかも、考えるとよくわからなかった。
ほんとうにどうしたらいいのかわからなかった。でも気持ちはとてもつらかった。
何かしなければどうかなってしまうような気がした。

それで、自分が心理学を勉強しようということになった。それがなんの解決になるのかもわかっていなかった。やさしくなかった過去の自分がそれで許されるかもしれないと、思ったのだろうか…。

なんでいまごろ。。。ともいえる昔話。(といっても何ヶ月か前の話ですが)

文章にしている内に落ち着いてきた。このところすごく以前の気持ちを思い出したりしてなんとなく動揺していたのだ。

それから、始めたきっかけはどうであろうと、やっぱり自分は、心の病気を治す仕事をしたいなと思う。いつになるかは、わからないけれどね。。。

 


1999/8/29(日)

今週で8月も終わってしまう。
レポートのすすみ具合は超おそおそだ。私の場合、仕事:8割、学生:2割くらいの時間配分だからなあ…。

きのうは朝からアレルギー(鼻水とくしゃみたくさん)が出て、薬飲んでも効かないし、いつまで続くかな〜と開き直っていたら、おさまったのは夜の9時過ぎだった。
ねこがいるとアレルギーの頻度は増える。(ねこアレですので )
けど、 いなければ出ないわけでもなく、前はねこいないほうがいいのか、と悩んだこともあったけど、ふうの行方不明事件の後は、やっぱりふうと(&アレルギーとも)ずっと暮らそう…と思った。

ふと目についた、『やさしい精神保健講座』−”精神保健ボランティア”ってなんだろう−という講座に申し込んでみた。火曜の夜6時半〜8時で、全10回。体験実習が1回あって、それは昼間に行うようだ…。だいじょうぶかな?
レポートも満足にできてないのに、あれこれ手を出していいのかね?とも思うんだけども。。。


1999/8/22(日)

夕べふうを『捕獲』した。
金曜日の夜、叔母さんから「ここのところ毎日家の前にきている。 」と電話があった。
そして次の日(土曜日)の昼間に叔母さんからまた、「夕べあの電話の後すぐふうちゃんをみた。名前を呼ぶと逃げてしまうので、飼い主が呼んだらきっとくるのではないか。 」とわざわざ仕事先から電話してきてくれた。
餌を決まった場所に置いてあるので、そこにまたたびをまいて、見張っていれば現れるかもしれないということで、わたしは土曜日の昼間にまたたびを仕掛けにいった。
しばらく見張ったけど、ふうは現れなかったので、いったん家へ戻る。
目撃される時間はだいたい夜なので、夜が勝負だ!
夕方5時半頃再度出かけて餌の見える位置に車を置いてなかから見張る。今日はみつかるまで帰らないつもり。刑事さんになっった気分…。(←案外のんき)
叔母さんの家の人に迷惑をかけないようにしようと思っていたのだが、犬の散歩に出てきた長男(従兄弟)にまずみつかり、その後仕事から帰ってきた叔母さんにもみつかって、家へ入って部屋の窓から見張るようすすめられた。
しばらく見張っていると黒っぽいねこが芝生の上を横切った気がした。(暗くなっていたのでよくわからなかった)下へ降りていってさがしたけど、見あたらなかった。
そのあとは車の中で見張りを続ける。
8時過ぎに叔母さんがお寿司を取ったからいっしょに食べようと誘いに来てくれた。
わたしはのこのこと着いていってごちそうになる。いいのかそんなことしていて?!でも叔母さんがとても責任を感じてしょげきっていて、お寿司を断るのは悪い気がしたのだ…。
そのあとわたしは車から、叔母さんは上の窓から見張りを続ける。
30分ほどして、団地の入り口の前をとことこ歩く灰色の姿を発見。『ふうだ!』車から出て「ふう!」と呼んだ。ふうは一瞬こちらをみて、すぐ逃げる。逃げながらにゃあにゃあ鳴いた。ふうの声だ。 応えている。
「ふう!」「にゃあ」「ふう!」「にゃあ」呼びかけながら芝生の用へ近づくとふうの声も近くなった。 車の下へ出てきたふうと目があった。こちらをみながらうずくまって鳴きまくる。大丈夫と判断して抱き上げた。捕獲成功!
叔母さんが降りてきた。ふうちゃんだ〜!おばさんもとってもうれしそう。
ふうはごろごろいって甘えてくる。身体はほりまみれで、抱いたときは記憶よりずっと軽くなっている。ひとしきりおばさんと私で抱いたりなでてやったりしたあと、車に積んできたキャリーで連れて帰った。
家へ帰ったらまずシャンプー。ふうは抗議の声をあげ続けた…。濡れているとほんとにやせ細っているのがわかる。うん、けがもしてないようだね。
おなかのところをよーくチェックしてみたが、ふうのおなかはもともとたれさがった体型をしているのだ。 身体はガリガリになっているのに、おなかのあたりはやっぱりぼよ〜んとしている。しまりがないね…。

そんなわけでふうは4週間ぶりに戻ってきた。
歩くときにまた足元を気にしながら歩くのはとてもいい感じだ。おふろから出た後、足拭きマットの上で、でーんと待っているふうをみるのもうれしい。
外で2週間も生きていたなんて、偉いね、ふう。ちょっと見直したぞ。
今日はふうも飼い主もでれ〜っとだれきっていて、ふたりでお昼寝をしてしまった。
(ふうはまだ寝ている)
今夜は友達が持ってきてくれたビールで乾杯しようっと。


1999/8/20(金)

もう金曜日だ。ふうがいなくなって2週間。
今日もさがしに行ったけど、心の中で『今日で終わりにしよう』と思っていた。毎晩歩き回ってもみつけることができなくて、気持ちがどんどん暗くなっていくし、あてもなく探し続けるのに疲れていた。
けれどもわたしがそんな決心をすると、暗闇に光がさすみたいに、希望のもてる知らせが届くのだ。
さっき母から電話が来て別の用件だったけど、『叔母さんとさっき話をしたら、もう3回くらいふうちゃん見てるんだってね。呼んでも逃げちゃうけど、えさをおいといたら、ちゃんと食べてるって言ってたよ。元気でいるみたいじゃない。』という。
そうなんだ。ふうは元気なんだ。しぼんでいた気持ちがふわっとふくらんだ。
叔母さんありがと。お母さんありがと。
さっき写真を見ながらふうの絵を描いてみた。下の絵がそれです。
背景が暗いとあんまり合わないんだけど、 なんとなくアップしたい気持ちになったので。

ふう

ふう

 


1999/8/15(日)

12日から札幌へ戻っている。
いなくなった猫はみつからない。 ねこにも帰巣本能があるというけれど、あずけていた家との間にある、たくさんの大きな道路や川を考えると、帰ってこようとなんてしちゃだめだよって気持ちになる。。。
いっしょに暮らしていた相手が急にいなくなるというのは、想像していたよりずっとずっと力をうばわれるものみたい。まずふだんよりパワーが4割くらいダウンする。
気がつくとぼーっとしてしまう。(これはふだんどおりかな)
何かのきっかけで悲しくなるとずーっと悲しい。ビデオを借りてきて見ようとしたけれど、途中で続けられなくなってやめた。
地下鉄の中や、買い物をしているときにふいに涙ぐんでしまう。これはとても困る。
不思議なことに、勉強や仕事のことを考えるのは全くさしさわりがない。
まったく感情を抱かずに続けられるので昨日は通信の課題をやったり、こっそり持ち帰っていた仕事の一部をやったりした。
実家の母や弟から「あんまり気をおとさずにね〜」と電話がくる。心配してくれているのだ。

明け方外で猫の鳴き声がした。起きて窓の外をみたら、黒い猫がこっちをじっとみていた。「ふう?」でも鳴き声が違う。しばらくみつめあってからねこは別の方へ歩いていった。しっぽが丸くてふうと似ていた。追いかけようとして玄関まで行くと、大家さんが出かけるところだった。自分がまだパジャマでいることに気がついて外へ出るのをやめた。時計を見ると6時半だった。そのままふらふら布団へ戻ると、私はまた寝てしまった。

 



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