ふうの日記

1999年9月〜

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1999/9/21(火)

今日は”精神保健ボランティア講座”の4回目だった。
毎回行くごとに、いろんなことを考える。 今日は当事者の人と家族の人の体験談と、グループディスカッションが あった。
この講座では、主に『精神分裂症』に関する医学的な面や、ボランティアのことを 勉強するという話を聞いていたのでそのつもりでいたら、今日は当事者の 体験談で躁うつ病の方も来ていて、わたしは父のことをいろいろ思い出して 少し動揺してしまった。
その人の話の中で、作業所の話が出てきて、つらいときもなんとか作業所へは でかけたこと、そこへいって、仲間と話をすると楽になった、と話していたのが印象的 だった。

グループディスカッションでは、時間は短かったけれど、いくつか出てきた意見はどれも 『ほんとうにそうだ』と思うものばっかりだった。
たとえば自分や家族がなんとなく調子がよくないな、と思ったときに、心療内科とか、 精神科とか、カウンセリングとか、実際どこへ行ったらいいんだろう、とか、病院へ行く、という 一歩手前に気軽にいつでも相談できるところがあって、治療するとかではなく、長い目で 心の健康のケアを行えるところがあるといいのに、とか、それから、 障害を持つ人がどんどん施設などに入ってしまって、社会で見かけることが少なくなって いたこと、専門的な治療を受けられるようになったことはいいことだけれど、そうすることでいろいろな意味での壁もできてしまったこと…。
もっともっとたくさんの話が出てきた。 わたしはなんだかうまくまとまらなくて結局ほとんど自己紹介の時くらいしか話せなかった。

来月は作業所訪問と共同住居見学がある。 少しずついろんなことがわかってきているが、実際にそういう場所へ行くことで得られるものは 大きいと思う。
あんまり大きすぎて自分が受け止めきれるのかちょっと不安だったりもする。 あまり気負いすぎないこと、リラックスだぞ〜、と言い聞かせておこう。


1999/9/13(月)

土曜日に『こころの健康まつり』のボランティアに初参加した。
ボランティアといっても、ボランティアのお手伝い…さぶボランティア、程度のもの。
わたしがお手伝いしたのは、喫茶コーナーのウエイトレスだった。
ウエイトレスやるのは久しぶりだなー。バイトのとき以来だ。
足がくたびれたけど、思ったより楽しかった。

この「こころの健康まつり」は、わたしが参加している『やさしい精神保健講座』でおさそいがあったもの。はじめなんとなく土曜日に出かけるのはおっくうだった。
自分から志願したものの、当日の朝は眠くて家で寝ていようか、なんて考えてしまった。
そんなことを考えていたら、少々遅刻してしまい、着いたのはいちばん最後だった。

でもさぶボランティアにきている講座の人たちや、作業所からきた人たちといろいろ話をしているうちに、なんだか楽しくなってきた。
ボランティアをしている人たちは、みなとても優しい人に感じた。
話していて、「優しさ」を感じるのである。 自分はこんなふうになれるのだろうかと思った。

福祉の学校からボランティアで参加している学生の人たちとも話をした。
クラスのほとんどのひとは自分自信がカウンセリングを受けたり、心にトラブルを抱えた経験のある人たちで、「話すると、濃いですよ〜。」と笑っていた。笑っているけど、軽い気持ちで言っているのでないことはわかった。

ボランティア活動というものに対して、自分自身の中ではちょっと疑問があったのだ。
自己満足に過ぎないのではないか。
自分がいい気持ちになりたいだけではないか。
いったい自分に何ができるというんだろう。。。

でも今日、いろんなひとと話をしているうちに、ふと自分が迷っていることが、とても小さなことに思えてきた。
いろんな障害を持つ人たちが実際社会に出て生活していくのは、想像するよりずっと大変なことなのだ。 しなければならないことはたくさんあって、ぼーっとしているような状況じゃないんだ…と強く感じた。
どうしてそう感じたのかって聞かれるとちょっと困る。
なぜだかそう感じたのである。。。


1999/9/4(土)

サイドブレーキ事件が起きた。
やってしまった、ひさびさ車トラブル…。
近所のコンビニで車を止めてサイドブレーキを引いたんですが、(そこは少し下り坂になっていた)なんとなくかかりがあまいかな?って思ったけどあまり気にせず車を降りた。
ところが車がゆるゆると後ろへ動き出したのだ。
ひゃー大変!とドアを開けてサイドを引っ張りなおしたけどなぜか効果無くてドアをあけたまま車はバックし続ける。
わたしはばかみたいに車を押さえようとむなしく車に手をかけたままひきずられるように車と一緒に車道へ出てしかも転んでしまった。(そこは2車線のけっこうおおきな道路であった)
やってしまった。もうだめだー!とぼこぼこにされる車の姿を想像しながら起きあがると、ちょうど信号が赤から青に変わるところだったようで、両側のドライバーのみなさんは誰ひとり車を発進させずに止まっていてくれたのでした…。
Myミニカはそのままみなさんの注目をあびつつ反対側道路のはじくらいまでゆうゆうと進んでようやく止まった。で、わたしは大勢の視線を感じながら車にのりこんで、車を発進させたのだった。。。
結局誰の車も傷つかず、何事も無かったのでしたが、わたしの心臓は起きたかもしれないあらゆるトラブルを想像してものすごいいきおいでどきんどきんしていた。
あの交差点でみていたドライバーのかたがたはさぞかしびっくりしたことでしょう。驚かせてごめんなさい…。
これからは気を付けます。。。

教訓:サイドブレーキを確認してから車を降りること!!

ほんとにこわかった。。。


1999/9/2(木)

今日は秋だ秋だと思っていたら、合唱をやっていた頃に好きだった、(今でも好きである)『光る砂漠』という組曲を思い出した。
今の気持ちの中でいちばんぴったりくるのは、「秋の午後」という名前の曲。明るい感じで、秋というとさびしい気持ちになんとなくなるんですが、この曲のイメージは私の中では、”透き通った明るい気持ちのいい秋”である。
でも今手元に楽譜がなくて、詩集の方の『光る砂漠』があったので、「秋の午後」ではなくて、「再会」という詩を載せてしまいます。。。

 

再会

誰もいない
校庭をめぐって
松の下に来たら
秋がひっそりとたっていた

私は黙って手をのばし
秋も黙って手をのばし
またたきもせずに見つめ合った

−矢沢 宰『光る砂漠』より−

 

矢沢 宰(やざわ おさむ)というひとは詩人で、14歳の時から詩を書き始め、21歳で腎結核のために亡くなった。わたしは高校生の頃、合唱曲からこの人の詩に出会い、なんてきれいな詩を書く人なのだろうと思った。
今頃になって、急に彼の詩を思い出した。昨日高校時代の友達にあったからかなあ。
今読み返してみても心が痛くなるくらいきれいな詩だ。


 



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