2007年1-2月

2月28日(水)

2月は短い月だけど、私の中で大きく気持ちが変化したときだった。専門学校を卒業した後、今の職場に残ることに決めたのだけど、自分の中で、認知症と関わり続けることにまだどこか迷いのようなものがあった。「介護」に関わることについても、それを自分の仕事として正面から受け入れる準備ができていない気がしていた。おおげさに構えることはないのだけど、中途半端な気持ちで続けられるものではないことは、日々実感した。異動してからまる3ヶ月たっても、何も上達していないことへのあせりや、自分には向いていないのではないかという疑問がふくらんでいって、自信をなくする一方だった。
そんな中で、前にいた職場と関連のある部署で一時的に職員が足りなくなり、1日だけ私がヘルプに入った。そこで、前(去年)のように自由に働けている自分に気がついた。前よりも、利用者一人一人を見るゆとりができているように感じた。そのことが、私に自信を与えてくれた。
自分の中で起こった気持ちの変化を、言葉で表すのはむずかしい。仕事とは、自分の思いとかでするものではなくて、それを為すことが自分に与えられるものではないかと、思った。もっというと、父親を自死で亡くしてから、そのことにこだわり続けて、自分は人の心を癒すために働こう、そうすることが自分の役目なのだ、という思いにとらわれて仕事を選択しようとしていた。けれど、そう思うことと、ほんとうにその仕事をしていくこととの間には、もうひとつ超えなければいけない何かがあるようなのだった(言葉にしてみるとなんと当たり前なことか……でもこの部分で、自分はずっと苦しんできたように思う)。個人的な思いとは別に、きちんといずまいを正して、自分がしようとしている仕事に向き合いたい、と思ったのである。
あるいは単純に、仕事に対する迷いがふっきれたという、それだけのことかもしれない。介護の仕事、認知症に関わっていく今の仕事でよいと、これをしていくことが、自分に与えられて私はそれを引き受けたのだと感じたのである。あれこれ悩んで苦しく感じる気持ちがふと楽になり、どうやら今の自分を、受け入れることができたようだった。
それで、そろそろ終わる頃だなと思っていたカウンセリングを、2月の半ばで先生に「終わろうと思います」ということができたのである。
この先きっとまた、迷ったり悩んだりするときは来るのだと思う。けれど、カウンセリングに行き始めたころに感じていた苦しさは、うまく説明できないけれどなくなったのである。

2月26日(月)

暖冬の今年にしてはめずらしく、ここ数日は寒い。
今日は午前中hのクリニック。初めて私の運転で、2人だけで行ってきたら思ったとおり行きと帰りに1回ずつ道を間違ってしまった。それでも、なんとかぶじに帰って来ることができた。2月も夢中で過ごしている間に過ぎていくようだ。

2月3日(土)

この間の休みの日に家にあった「リトル・ブッダ」のDVDを見た。色砂で描く曼荼羅が出てきたのがおもしろかった。曼荼羅という言葉はいろいろなときに出てくるけれど、実際何のことを曼荼羅というのだろうと不思議に思っていたので、Wikipediaで見てみた。日本語で曼荼羅というと、『仏教の世界観を表した絵画等のこと』を指すようである。英語では、ヒンドゥー教やその他の世界の宇宙観なども含む広い意味で使われているという。具体的には、小さな仏像がいくつもいくつもきれいに整列して並んでいたり、1つの大きな仏像の周りを小さな仏像が囲むように描かれていたりするようなもの……。リトル・ブッダに出てきた曼荼羅は、インドで儀式などを行うときに地面に色砂で描いて、終わったら消してしまうものだった。この「終わったら消してしまう」ところがポイントだとhが力説し、その延長で家にあったホワイトボードをこれから「マンダラ」と呼ぶことにしようという話になった。

このところの休みはDVDを見ることが多かった。hが昔から好きなパット・メセニー・グループの「THE WAY UP」を見て、少しパット・メセニーになじめるようになった。演奏しているところは、CDで聴くよりかっこいいような気がした。初めて聴いたときは、わからなくてほんとにとまどったものだ。

明日は立春だと思うとうれしい。春が来るのはいつもうれしいけれど、自転車通勤になってからは、朝の寒さと暗さがつらくて、早く春が来ないかなあとばかり思っていた。冬至のときもうれしかった。冬至が過ぎれば日が長くなるのだから。

1月22日(月)

週末は休みがとれたので実家へ1泊してきた。今日も休みだったのでお正月以来の3連休。hは先週から躁が続いている。

1月17日(水)

日記を書こうとして時間がなくなってしまうことが多い。ぷつぷつと切れているけれど、これもそのときの状況と思ってそのままにしておく。
専門学校に行くことが決まったことを施設長に話したら、卒業後も今の施設で働く気があるのかを今の時点で決めるようにと言われた。それでしばらく悩んだ。PSWの資格を取ろうと思ったのは、精神障害に関する仕事、心の病気を持つ人、その家族に関わる仕事をしたいと思ったからだった。今までずっと、その思いを持ち続けていたことが、あらためて考えてみて、はっきりわかった。そして、今、認知症の施設に関わり始めたことをどうしたらいいのか。考えた末、昨日施設長に、今の職場で卒業後もPSWとして働きたいと返事をした。この選択でよかったのかどうか、わからない。認知症との関わりを中途半端で終わらせたくないという気持ち、目の前にあることをやりとげたい気持ち、今お世話になっている職場の人たちともう少しいっしょに働きたいという気持ち、いろいろなことが混ざり合って、自分なりに出した結論だった。
今日と明日は久しぶりに2日続けて休み。今日はご飯の支度をしたり洗濯をしたり、本を読んだりしてふつうの休日を味わった。

1月13日(土)

ゆうべ高校時代の友人から久しぶりに電話があった。少し話してから、彼女が今住んでいる***に来週遊びに行くことにした。

1月7日(日)

お正月らしいことをあまりしないまま、もう7日。初詣も今年は行かなかったなあ。今日は実家から母と弟が久しぶりに遊びに来て、お昼ごはんをいっしょに食べていった。

 

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