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おはようございます。退院予定日は10/11の予定です。別に病状が良くなっている訳ではありません。退院して抗がん剤の治療を執り行うための処置をだけです、治療出来ないので病状は悪化しています。そろそろ自分が死ぬことも想定しなくてはなりません。どうやったらより良く死ねるか、それを考えると楽しくてしょうがないのです。もちろん治った時の事も考えています。その後何をするかを考えるとやっぱり楽しいのです。とにかく体の具合が悪くても、心が晴れやかで充実しています。日常の生活に戻れば、日々の生活に追われてそういう訳にはいかなくなるでしょうが、とにかく今は幸せです。
起床時間までまだ時間があるので寝ます。 それではおやすみなさい。 |
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2004年09月26日 05時16分00秒
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| 9/20(月) |
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色々トラブルがありまして、朝4時から5時間かけて書いた日記が消えました。でも別に気落ちはしていません。書きたい文章が頭の中から消えてしまった訳ではありませんから。今後は週1〜2のペースで日記を更新していきます。恐らく短い文章となりますがご了承下さい。あまり長い文章だと病院のパソコンでは無理だということが判明したのです。その代わり入院期間中は紙の日記を復活させることにしました。そして公開出来るものに関しては何らかの形で退院してから書くことにいたします。
次の更新予定日は9月26日です、お楽しみに! |
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2004年09月20日 10時03分14秒
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| 9・・ |
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2004年09月20日 09時44分45秒
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| 9/19(日) |
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またまた母とのいざこざの話です。
昨日の電話での出来事です。わしが通っている施設の所長のIさん(NPO法人なんで所長で呼び名がいいのかどうかは分かりませんがとりあえず)に母の方から電話してほしいと頼んだのです。と言うのも10月から私はヘルパー2級の資格を取るために手筈を整えてもらっていたのですが、どうやらそれが無理な情勢になってきたので一言連絡して欲しいと思ったからです。 もちろんこんなのは自分で連絡を取れば話が早いことは十二分に分かっております。ただこの前緊急入院した時に、私がヘロヘロ状態だったので、母に頼んで入院したから次の日行けませんと伝えてもらったのです。その時の様子を母から聞いて、所長に対する母の見方が非常に良かったので、これを機会に所長と話す機会を少しずつ持って欲しいなと思ったのです。 母「あなたが自分で電話をかけなさい。」 わし「なんで?いいじゃん、あいさつと一言連絡するだけなんだから。」 母「Iさんと話したら元気出るよ。」 わし「でしょ、だったらかけてよ。」 母「私が話したって元気出ないもの。」 わし「いいからかけて!」 母「いつまでも甘えないで!だいたいなんであんたの尻拭いしなきゃいけないの。」 わし「ごちゃごちゃ言ってないでかけろ!」 母「あんたに命令される筋合いはない!」 わし「おねが〜い♪かけて下さい。」 母「.........大体なんてかけていいか分からないわ。」 わし「いつもお世話になってます。申し訳ありませんが、10月からの資格取得は無理のようです。お手数をおかけしまして申し訳ありません。今後ともよろしくお願いします。これでいいから。」 母「それだけでいいの?」 わし「うん。」 母「...あんたまた何か企んでるの?」 わし「別に何も。」 母「...分かりました。」 険悪な状態のまま電話が終わりました。この後ベッドに戻って色々考えたのですが、もう残り時間が余りありません。何せキーボードではなく、画面上に出ているキーボードをカーソルを動かしながら打っているので、時間のかかることこの上ないのです。おまけにカード式なので残高が無くなったら電源が切れてしまいます。そしたら書いたものがすべてパーになってしまいますので、続きはまた明日にします。 |
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2004年09月19日 08時58分52秒
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| 9/16(木) |
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11日から再入院していました。この日記は病院で書いています。
10日の金曜日に抗がん剤の治療を行った後、具合が悪くなりました。吐き気をもよおし一晩中吐きまくりでした。翌日がんセンターへタクシーで直行(9000円以上かかった。)即入院となりました。 色々検査した結果、十二指腸の通りが悪くなっていました。リンパ節が腫れていてもともと通りが悪くなっていたようですが、今回何らかの原因で流れがさらに悪くなり、吐きまくりとなったようでした。今のところ症状は落ち着いてきていて、今日あたりから流動食が食べられるかもしれません。 今回は正直言ってきつかったです。吐いてばかりいて体力消耗して、立つのがやっとの状態で病院に駆け込みました。タクシーの手配や病院の手続きは全部母親任せでした。車中で色々なことを考えました。私のことをあまり好きではないけれども、文句を言わずに色々としてくれる母に対してすまない気持ちになったのです。 「自分だったらそりの合わない人間に対してこれだけのことができるだろうか」 などと考えたりしました。そしてそろそろ自分も悔い改めが必要だな、と思ったりもしました。 ところがです。昨日母に電話した時の事です。電話で病状を説明した後の母のなにげない一言で私はカチンときてしまいました。 母「なんでそんなややこしい病気になっちゃったのかね、これも性格がひねくれているからなのかね。」 私「親の因果が子に報いたんだよ!」 母「私は報いるような因果なんか無いわ。」 私「ふざけるな!因果ありまくりだろ!自分の人生目ひん向いてよく見てみろ!」 母「あんたまだそんなこと言ってるの。」 私「自分から言い出したんだろ。言われたくなければそんなこと言うんじゃねえよ!」 あほらしいぐらい些細なことですが、こんな程度で頭きてしまうほど私は未熟者ということです。霊的真理知っているけど理解には程遠いということでしょう。また書くこと合ったら書きます。 |
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2004年09月16日 09時20分44秒
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| 9/8(水) |
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まずは今日の棋譜です。
No.494 嘉永元年(1848)三月廿三日 於 不忍弁天別当、生池院 水谷四谷三段昇級祝会打掛 先先先先番:桑原秀策 六段 白:太田雄蔵 六段 51手完 打掛 No.495 嘉永元年(1848)三月廿四日 於 小川六太郎宅 先番:桑原秀策 六段 白:鶴岡三郎助 五段 97手完 黒中押勝 No.496 嘉永元年(1848)三月廿八日 於 車屋野村市蔵祝会 先番:桑原秀策 六段 白:安井算知 七段 38手完 打掛 今日は祈祷会に行ってきました。祈祷会が終わった後の交わりで、Hさんに言われました。 「日曜学校のことですが、子供達をクリスチャンとしてどう育んでいくかと言うようなビジョンを持ってやってみてはどうですか。」 ビジョンですか・・・今までそんなものは持ったことがありませんでした。ただ子供達の面倒を看ているという感じでしたからね。まだ完全に仕事に復帰すると言うわけではないでしょうから、時間のあるうちに考えてみてくださいと言われました。確かに何らかの目標を持つのと持たないのとでは雲泥の差がありますから、ビジョンは必要だとは思います。しかし、私なんかが果たしてそんな大それたこと考えていいのかな・・・なんて思いもあります。色々な考えが交錯していますが、少しずつ考えて自分の考えをまとめていきたいと思います。 それでは今日はここまでです。皆さんオヤスミなさい。 |
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2004年09月08日 23時09分03秒
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| 9/6(月) |
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今日は退院後初めての施設での仕事をしました。時間は15時から17時までの僅か2時間でしたが、曲がりなりにも社会復帰への第一歩と相成りました。今日はおとなしい子供たちだったので、体力的にも無理なくすごすことが出来ました。これから少しずつ元の状態に戻れるよう努力したいと思ってます。 それでは今日の棋譜です。 No.490 弘化年間 先先先先番:岸本左一郎 白:桑原秀策 61手以下不明 勝敗不明 No.491 弘化年間 二子:寶泉寺葆眞 白:桑原秀策 128手以下不明 黒勝ち No.492 嘉永元年(1848)三月朔日 於 小川六太郎宅 先先先初番 先先先先番:鶴岡三郎助 五段 白:桑原秀策 六段 243手完 黒3目勝 No.493 嘉永元年(1848)三月十三日 於 小川六太郎宅 二番目 先先先先番:鶴岡三郎助 五段 白:桑原秀策 六段 225手完 白6目勝 それでは今日はここまでです。皆さんオヤスミなさい。 |
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2004年09月06日 20時17分01秒
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| 9/5(日) |
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今日は主日礼拝の日・・だったのですが、今日はわしは別の所へ行ってきました。8月にシルバーバーチの霊訓の読書会へいってきたのですが、そこで知り合った人が主宰する集まりに参加したのです。 ちょっと脇道にそれますが、細かい用語の違いについて書きます。私が昨日参加したのはスピリティズムを信俸する人達の集まりでした。シルバーバーチの霊訓を始めとする一連の霊的現象をスピリチュアリズムといい、それを信棒している人をスピリチュアリストというのですが、そのスピリチュアリズムの中でもアラン・カルデックという方の書いた本を中心にしている集まりをスピリティズムといい、その信棒者をスピリティストと言うらしいのです。 細かい説明になりましたが、そのスピリティズムの集まりにわしは参加しました。私が今までスピリチュアリズムの中で読んだ本はシルバーバーチの霊訓だけです。アラン・カルデックの本はまだ読んでいません。しかし根底に流れる思想的なものは多分そんなに大差は無いと思うので、私は別に気にしてはおりません。 最初11時からスピリティズムの説明があり、昼食後に勉強会が始まりました。この辺は以前参加した読書会と何ら違いはありませんでした。そしてその後、私の予想してない展開となりました。 この会の主催者であるSさんが 「時間があるのでしたら、インタビューに答えてください。」 と言ってきたので、特に用が無かった私は残っていました。そして一人ずつ今抱えている悩みみたいなものを簡単に記録したあと、霊媒と思しき人の前に私は出ていました。そして霊視が始まり、ここへ来るまでにわしの周りをどういう霊達が取り巻いているのか、ということを話してくれました。そして、問題点や今後のわしの課題なんかを指摘してくれました。それが終わった後、わしのガンのための治療、即ちヒーリングを次回からやるような話に進みました。 まさかヒーリングもやっている所だとは思っていませんでした。この手のものは受ける側が疑念を持っていれば何の効果も無いことがわしは知っているので、極力疑うことを避け、身を委ねることにしないと効果は多分無いでしょう。しばらくの間日曜日はちょっと忙しくなりますが、これもまたいいかもしれません。 これで直ったらバンバンザイですね。それでは皆さん今日も元気に行ってらっしゃい。 |
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2004年09月06日 06時48分38秒
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