■ 漢語迷の武漢日記 ■
< 第3回 中国農村訪問記 >日本で最も大きな祝日といえば、おそらく元旦でしょう。ところが、中国では元旦というのはあまり重視されていません。なぜなら、中国人にとって重要なのは旧暦だからです。したがって中国で最も大きな祝日は旧正月(春節)です。今年の場合、新暦の二月五日が旧暦の一月一日にあたります。この時期、中国が一年の中で最もにぎやかになります。
私はこの春節をやはり中国人とともに過ごしたいと思ったのと、中国人の普通の生活を知りたいと思い、冬休みを使って中国の友達の実家に行くことにしました。今回はその訪問記を皆さんにお伝えしたいと思います。武漢から電車に乗ること7時間。そこからさらにバスに乗ります。途中、漢江という長江の支流にあたる大きな川を渡るのですが、橋がないため、バスごと船に乗って川を渡ります。船といっても日本のフェリーのような大きな物ではなく、車が10台程度しか乗らないような小さな船です。 2時間ほどするとようやく湖北省(中国中西部)の村にある私の友達の実家に着きました。お父さんが小学校の先生をしているため、小学校の中に家があります。観光地ではないので、外国人はよほどのことがない限りまず来ることはない所と言っていいでしょう。
何といってもきつかったのは寒さです。いま中国は一番寒い時期なので、中西部といっても零下10度近くまで気温が下がります。ところが友達の家には暖房器具というものが全くないのです。窓の周りも隙間だらけで、外とあまり変わらない寒さだったので、本当に大変でした。友達のお父さんの月給は約500元(約6500円)。中国の中でも、あまり高い方ではありません。お母さんの方が農民出身ということもあり、仕事をしていないので、生活はなおさら苦しいようです。そういう中で暖房器具を買うというのはかなり大変なようです。
もう一つ大変だったのは風呂がないことです。彼らは週に一度程度お湯で体を拭くくらいです。僕もその習慣に従いましたが、2週間以上も風呂に入れないというのはやはりつらいものです。
テレビは12年前に買ったという映りの悪い白黒テレビ。洗濯機などはもちろんありません。ガスはあることはありますが、節約のためか主には薪を使っていました。トイレは公共のものしかなく、夜は真っ暗闇の中を2・3分歩いていかなければなりません。トイレといってもドアなどはなく、穴が並んでいるだけのものです。つまり、昼間ならお互い丸見え状態です。トイレットペーパーはなく、みんな新聞紙を使っていました。
食事は質素そのものです。日によってはおかずが白菜だけ、もやしだけ、春雨だけという日もありました。肉や卵はめったに食べられないようです。しかし、春節になると肉や卵、餃子がたっぷりと出てきます。中国人にとって春節というのは本当に特別な日なのです。
言葉はかなりきつい方言で、普通語(日本で言う標準語)しか勉強していない私にはほとんど聞き取れません。また、普通語が話せない、聞き取れないという人もたくさんいます。
この村にはゴミを収集するというシステムがまだないため、ゴミがいたるところに散らばっていました。また、印象的だったのは周りを山に囲まれているのに、その山の上に木がほとんど残っていなかったことです。禿山といってもいい状態で、無残でした。恐らく薪を取るに任せて、環境を保護する対策を採っていないのでしょう。ただ、こうしたことを責めるわけにはいきません。この村にはそのような対策を採る資金など恐らくないのです。
木がほとんど残っていない山 (筆者撮影)
ただ、友達が言うには、この村の生活水準は中国の平均レベルで、もっと経済的に遅れた地域はたくさんあるといいます。実際、中国のもっと内陸部に行けば貧しい地域はいくらでもあるでしょう。 中国が改革解放以降、急速に経済発展しているとはいえ、やはりまだまだ貧しいというのが現実です。中国の学生がどんなに苦労して大学に来ているかということを知ると同時に、留学生というのは普通の中国人とは全くかけ離れた生活をしているということを改めて実感した2週間でした。1日何百元もするホテルに住んでいる日本の大企業の社員は普通の中国人から見たらほとんど貴族のような生活をしていると言ってもいいでしょう。そして、そうした日本人の多くは中国の普通の人たちの生活を知る機会もないし、知ろうともしないというのが現実です。
日本での豊かな生活に慣れてしまった僕にとって、中国人と同じ生活を続けていくことは不可能でしょう。ただ、これから中国と深く関わっていくものとして、「普通の中国人」の存在を忘れてはならないし、彼らとの接点を持ち続けていきたいと思っています。そして、それが真の意味での日中友好への近道だと思います。
2000.2.11
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