■ 漢語迷の武漢日記 ■
< 第7回 報道とナショナリズム >前回の『漢語迷の武漢日記』に対して次のような質問をいただきました。
「本文中にこのようにあります。『それは、こうした問題が 起こればそれをナショナリズムの高揚に利用することが出来、同時に国民の政府に対する不満をそらすことができるからです。』これは、何か具体的な新聞記事や事実によるものでしょうか?現地にいて、具体的な情報に接しておられると思いますので、そのあたりのことを、もう少し詳しくお教えいただけたら、幸いです。」 これはなかなか難しい質問ですね。というのは、中国指導部は「南京大虐殺について報道するのはナショナリズムを高揚させるためだ」などということは絶対に言うわけはないからです。ただ、私は以下の二つの理由からそのように言えると判断しました。
1.以前にも述べたように、中国のニュースというのは完全に共産党によって統制されたものであり、台湾問題・法輪功問題・チェチェン問題など、全ての報道の内容から抽出できる特徴として@中国政府の政策が正しいものであることを宣伝するA中国のナショナリズムを高揚させる、があること。したがって、南京大虐殺報道もその例外ではありえないこと。
2.中国の報道が日本の政治家の失言や「否定集会」など以外にも、強引とも言えるやり方で南京大虐殺についての記事を定期的に作り出していること。例えば、下の人民日報の記事を見て下さい。
「南京大虐殺」の新たな証拠、長春市で発見
中国侵略日本軍の「南京大虐殺」の新しい証拠が発見された。吉林省歴史資料館はこのほど、当時の「大阪毎日新聞」を一枚発見した。この新聞には南京で日本記者が目撃したことが掲載されている。
「昭和12年(1937年)12月23日」付けの「大阪毎日新聞」には「南京総攻撃観戦記(その3)」と題した記事が載せられている。作者の署名は「光本本社特派員」である。記事には、「特派員」は、中国侵略日本軍に伴って廃墟となった南京に入り、南京市内で中国の一般人や軍人が逃げまどい、死傷する現場、日本軍が略奪した軍備の数々などの「輝かしい戦果」、日本軍が威張って南京入りした情景など、見き聞したことが記載されている。
記事はこう書かれている。「助川部隊と海軍に一掃された後の敗軍の死体は(下関埠頭付近の)この大通りから揚子江下流まで2、3里続いており、ある報告によると、死体数は全部で約3万体である。城内の掃除は14日午後5時に一段落した。」「南京総攻撃以降の敵の死体についての最初の統計結果ではおよそ、城外攻撃を行なった3日で合計7万人を殺し、城内では合計1万5千人の敵を殺した。この他、生きて捕えられ、処置が不可能な敵は、各部隊合計で約1万2 千人……。」
紹介されたところによると、この新聞は、このほど傀儡満州国歴史資料で発見されたものである。「大阪毎日新聞」は「保存廃止」の本の間に挟まれており、どの資料にも「関東軍司令部満州航空株式会社」の「複製不可」および「秘」という字のある公印が押されている。日本で発行されたこの新聞は、当時の「満州航空株式会社」が日本から傀儡「満州国」の「首都」長春に持ち込んだものかもしれない。
「人民日報海外版」 2000年1月25日4面
私は今この『大阪毎日新聞』の記事の内容自体が正確なものなのかどうかを証明することは出来ません。しかし、今、問題にしたいのはそのことではありません。私が問題にしたいのは『大阪毎日新聞』の記事を人民日報が「新発見」としていることです。皆さん、考えてみて下さい。『大阪毎日新聞』の記事などというのは日本の図書館のどこにいってもごろごろしているわけです。日本の南京大虐殺について研究している学者もとっくにこうした記事は見ていることでしょう。中国では他にも「どこそこの農村のある家の軒下から古い新聞記事が発見された」といった類の報道が常に流されています。それを「新発見」などといって騒ぎ立てる意図は一体何なのでしょうか?これはもう純粋な意味で日本を批判しようという意図からではないことは明らかでしょう。真の意図はこうした情報が次々と流れることが中国政府にとって有利だからと言うほかはないのではないでしょうか。こうした歴史学的に見て粗雑極まりない記事は国内的には効果を発揮しても、結果的には中国が自分で自分の首を絞めることにつながるでしょう。こんな記事を「自由主義史観」の人たちが見たら、「それ見たことか」とよだれを流して飛びつくことでしょう。そして、「中国はこんなデタラメなプロパガンダをしている」などといって小林よしのりが漫画でも画けば、みんな「なるほど、全くそのとおりだ。自由主義史観は正しい」ということになってしまうでしょう。
しかし、こうした中国の粗雑な記事をいくらたくさんあげつらっても、だからといって「南京大虐殺は幻だ」という証明にはならないことは改めて強調しておきます。他にもしっかりしてた歴史学上の研究があるわけですから、これは全く別の問題です。
話はそれますが、中国の報道がこんなに水準の低いものになってしまう原因としては@社会主義体制の中で作られてきたイデオロギー的な思考様式が科学的な思考を妨げていること。イデオロギーに支配された環境の中では、イデオロギー的に正しいことを言っていれば、科学的に厳密な証明がなくても許されるという傾向があるように思います。A一党支配の下では、粗雑な記事を書いても厳しい批判に晒されることがないこと。もし、こうした記事を批判したら、まるで「南京大虐殺を否定している」かのように言われるかもしれません。
中国がこうした状況を抜け出すにはまだ時間がかかると思います。
ちなみに、私が中国の学生と接する時にこの問題について取り上げる時、どのようにしているかということについて述べると、中国政府の南京大虐殺報道についての問題点を取り上げることはかなり慎重に行なっています。というより、あまり取り上げることはありません。なぜかと言えば、そんなことよりも日本の過去の歴史についての反省の態度を誠実に伝えることの方が先だと思うからです。多くの中国人学生はまだまだ日本人に対して根深い不信感を持っています。僕の友達は彼の友達から「なぜ日本人と付き合うんだ」と批判するそうです。そう批判する理由の中で歴史上の問題が大きな位置を占めていることは確かです。したがって、まずこの壁を破らなければ、中国政府云々を言っても、信用してもらえないのです。中国政府を批判するにしても、まず自国の歴史に対して誠実な態度を取ることが必要であることは再度強調しておきます。さて、随分と話がそれてしまいましたが、「南京大虐殺について報道するのはナショナリズムを高揚させるためだ」という証明としては不十分かもしれません。あとは、中国で滝のように繰り返し流される同じような報道とそれに対する中国人のリアクションからその報道が発揮する効果を体得したとしか言いようがないものです。
不明な点がありましたら、またメールをいただけると幸いです。
2000.6.25
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