漢語迷の武漢日記 

< 第8回 新彊の旅 >


敦煌の砂丘 (筆者撮影)
 この夏休みを利用して新彊を旅しました。新彊というのは、シルクロードで有名な、中国北西部の地域です。ウィグル族などの少数民族が多い地域であり、独立の動きなどもあることは日本にいる皆さんもご存知でしょう。今回は旅行の中で、ウィグル族の方から漢族との関係などについていろいろと話が聞けたので、それについてご報告したいと思います。(なお、中国という国は言論の自由がない国なので、少数民族であるウィグル族が漢族を表立って批判することはかなり難しいことであることを前提にして読んで下さい。)
 新彊の町トルファンはウィグル族の多いところです。最西端のカシュガルのような、ウィグル族がほとんどを占めているという町に比べるとずっと少ないですが、それでも半分ぐらいはウィグル族という感じです。街並みも漢族がほとんどを占めている武漢のような町とはだいぶ違っています。耳慣れないウィグル語も至る所で飛び交っています。
トルファンの古代都市遺跡 (筆者撮影)
 トルファンは古代の都市遺跡など、数多くの観光地があります。私はトルファンに着いた初日に主な観光地を車でまわる一日ツアーというのに参加しました。その時に私の隣に座っていたのがウィグル族のAさんです。Aさんは見たところ、40歳前後の女性で、現在、深センで英語教師の仕事をしており、その同僚であるアメリカ人を案内するということで一緒に来たということでした。私はこれまでウィグル族の人と話す機会など全くなかったので、いい機会だと思い、ウィグル族と漢族の関係など、いろいろなことを聞いてみました。(もし、車の中に漢族が一人でもいたら、当然突っ込んだ質問は出来なかったでしょうが、観光ツアーということもあり、乗っていたのはウィグル族以外は全て外国人だったので、無理を承知でいろいろと聞いてみたわけです。)
 ウィグル族と漢族の関係について、彼女は「ますます悪化している」と答えました。この答えにはちょっとドキッとしました。なぜなら、それまでも行きの電車で会った何人かの漢族やウィグル族の運転手に同じ質問をしていたのですが、当然かもしれませんが、みんな「まあまあだよ」と言ってお茶を濁していたからです。(もちろん、本当にそう思っていた人もいたかも知れませんが)だから、「あまり良くない」と言うぐらいならまだしも、「ますます悪化している」という率直な言い方はちょっと驚きだったのです。悪化している理由として、彼女は新彊政府のウィグル人に対する差別的な政策、漢族優位の政策を挙げていました。具体例として、Aさんは自らの体験を話してくれました。
 Aさんは大学受験の時、新彊のアクスという市でトップという、非常に優秀な成績だったそうなのですが、そのような優秀なウィグル族の学生には自分の専攻を選ぶ権利はなく、強制的に中国語学科に入れられてしまったというのです。これはどうやら新彊政府が優秀なウィグル族を漢族の側に取り込むための政策のようです。その時、 Aさんは悔しくて泣いたといいます。実は、Aさんはその時までは中国語はほとんど出来なかったそうです。(新彊には漢族の学校とウィグル族の学校があり、ウィグル族で六割ぐらいの人がウィグル族の学校に通っているようです。そして、ウィグル族の学校に通った人は、ほとんど中国語が出来ないという人が多いようです。Aさんもウィグル族の学校に通っていたので、大学に入るまでは中国語はほとんど出来なかったようです)その時、私の中国語がところどころ通じなかった理由がようやくわかりました。中国語は彼女の母語ではなかったのです。(ウィグル族は中国に住んでいるといっても、母語はあくまでウィグル語であり、日本人が英語を学ぶのと同じで、彼らにとって中国語は外国語に過ぎないといっていいでしょう)
 彼女は「ウィグル族はウィグル族自身の歴史を知らない。教科書にあるウィグル族の歴史はすべて漢族の書いたものだ」と言っていました。「教育内容に対して、意見を出すことは出来ないのか」と聞くと、「新彊では全てのことは漢族が密室で決める。ウィグル族は全く口出しできない。もし口出ししたら、すぐに投獄される」と答えました。
 他にも、パスポートの手続きが漢族に比べるとはるかに遅い、モスクに行かせないなどの状況があると言っていました。また、「ウィグル族は商売で人を騙すようなことはしないが、漢族はすぐに人を騙して儲けようとする」とも言っていました。車が油田の近くを通った時には「ここはもともとウィグル族の土地だった。なのに、石油が出たとたんに漢族がやってきて奪ってしまった」と怒っていました。彼女は本当に漢族を憎んでいるようでした。
 彼女とはウィグル料理の店で昼食をともにしたのですが、この時もちょっとした民族間のあつれきを見ることになりました。私たちはパン麺という、ウィグル料理の麺を注文しました。この麺の中には本来、羊肉が入っているそうなのですが、どうも中に入っていたのが牛肉だったようなのです。彼女はそれに気づくとすぐにウェイターを呼び、「これは何肉だ」と尋ねました。ウェイターはちょっと困った様子で「羊肉です」と答えると、彼女は「絶対に違うわ。これは牛肉よ。これはウィグル料理じゃない!ここの店長は何民族?」とかなり強い口調で再度聞きました。ウェイターが「漢民族です」と答えると彼女は「やっぱり」と非常に不愉快な様子でした。この時、彼女の民族の文化に対する強いこだわりというものを感じました。
 彼女から私へも質問がありました。「日本人と漢族の関係はどうなのか?」私は「多くの日本人は中国人との交流にあまり積極的ではない」と答えました。私はこれはあまり良くない意味で言ったつもりだったのですが、彼女の方はさも「それはそうだろう。漢族などとはうまく行かないのは当然だ」とでも言いたげな反応でした。これにもちょっとびっくりすると同時に、そこまで漢族を嫌っているのだと改めて感じました。
 新彊の独立の問題についても、無理を承知で聞いてみました。彼女は「それは答えたくない。でも、それは極めて重要な問題だ」と答えました。かなり率直にいろいろと話してくれた彼女もこの問題になるとやはり慎重に答えざる得なかったようです。実は、この時から一週間ぐらい後に電車でであったウィグル族の学生たちにも、ノートに書くという形で「革命はウィグル人にとっても『解放』と言えるのか」といったことを聞いてみたのですが、「そういうことを聞いてはいけない」と言われ、答えてもらえませんでした。やはり、こうした独立に関わる問題は中国ではやはりタブーなようです。外国から来た私のような人間がぶしつけにこうした質問をすると、下手をすると彼らを身の危険にさらすことにもなり兼ねないので、その後はこうした質問をすることにはかなり慎重になりました。
 ちょっと話がそれましたが、Aさんの話に戻すと、はっきりした言い方ではありませんが、彼女の志向は明らかだと思います。つまり、「重要な問題」というのは彼女は独立を志向しているということです。
 もう一つ、日本の過去の中国侵略についてウィグル族としてどのように考えているか、ということも聞いてみました。それに対する答えは「日本人とウィグル族の間には何の問題も発生していない。だから、戦争に関しては何の感情もない」というものでした。つまり、彼らには日本に侵略された中国という国に属していたという感覚は全くないのです。これは、他のウィグル族の人に聞いてもみな同じ意見でした。考えてみれば、新彊は革命後に「解放」されたわけですから、当然かもしれません。ですが、今現在、南京大虐殺などをめぐって日本と中国の間でやりとりされていることも、彼らの多くにとってよそ事として映っていることは確かだと思います。
 以上がAさんと話したおおよその内容です。この意見はある部分はウィグル族の多数の意見を代表しているでしょうし、ある部分はそうではないかも知れません。ですから、一人のウィグル族の意見として参考にしていただければいいと思います。
ウルムチ・天池 (筆者撮影)
  ツアーで最後の観光地を見た後、私が最初に車に戻ってきて、運転手と二人だけになったので、ちょっと話をしました。最初に「ウィグル族と漢族の関係はまあまあだ」と言っていた運転手です。ですが、この時はまる一日ツアーをともにしたことでちょっと打ち解けたせいか、少しだけ本音を話してくれました。「俺の仲間で政府に反対したわけでもないのに監獄に入れられているやつはたくさんいる。腹の中に言いたいことはたくさんある。でも、言いたくても言えないよ」
  さて、今までウィグル族の反漢族意識と言えるものばかり紹介してきましたが、他の意見があることも紹介しておきましょう。ただし、これは電車の中で出会った在日韓国人の学生から聞いた間接的な話です。彼女がある上海で働いているウィグル人の女性から聞いた話は以下のようなものだったそうです。「小さい頃は漢族のことをずっと憎んでいた。でも、上海に行って仕事をするようになってから、漢族の方がウィグル族に比べてずっと勤勉に働いていることを知った。今は彼らを尊敬している。小さい頃の自分が恥ずかしい」
 「ウィグル族は商売で嘘はつかない」というAさんの見方も一面的であることは指摘せざるを得ません。これは私自らの体験です。私がトルファンに来て二日目にウィグル人の車に乗って砂漠に行くツアーに参加することになりました。元々の約束では人数の多少に拘わらず150元でいいということでした。ところが、車に乗ってから、一人のキャンセルが決まると急に態度が変わり、「一人200元だ。いやだったら下りたっていいんだぞ。自分じゃもう車は見つけられないぞ」と脅すような言い方で言ってきました。これには腹が立ちましたが、ここで言い争って、ギスギスした関係のまま長時間を共にするのはたまらないと思い、ついつい妥協してしまいました。でも、後で考えると、こうした場合は絶対妥協してはいけませんね。それはさておき、これ一つの例を見ても、「ウィグル人は商売では嘘をつかない」というのは一面的であることがわかると思います。どうやら、どの民族も、自民族をいいように見てしまう傾向は避けられないようです。もちろん日本人も含めて。
 漢族のウィグル族に対する見方も一つ紹介しておきましょう。電車で出会ったある漢族の学生は「ウィグル族は羊肉ばかり食べているので臭いからいやだ」と言っていました。こうした見方をどれだけの漢族がしているのかわかりませんが、こういう見方をしている人もいるのも事実です。
 電車の中で出会ったばかりの漢族とウィグル族の人が昼間から仲良くビールを飲み交わしているのも見ました。全般的に見ると、やはり漢族は漢族、ウィグル族はウィグル族で固まっていることがほとんどですが、こんな場面が見られたのも事実です。
カシュガル・エイティガール寺院 (筆者撮影)
 今回の旅では、新彊の中ではトルファン以外にもウルムチ・カシュガルを訪れましたが、特にカシュガルはとても中国の一部とは思えませんでした。ほとんど外国ですね。なぜなら、先ほども述べたように、ウィグル族がほとんどですし、中国語もホテルは別として、街中ではほとんど通じないからです。中国語を話すことが後ろめたく感じさえします。歌謡曲のテープなども漢族の歌っているものはほとんど売っておらず、みんな今までは聞いたことも見たこともないウィグル族の歌手のものばかりです。これは漢族が大多数を占めている街しか行ったことのなかった私にとってはちょっとしたカルチャーショックですね。
 大陸と台湾の間では、歌・映画・ドラマなどの文化的交流はかなり進んでおり、政治的な国境はあっても文化的な国境はかなり低くなっていると言えます。例えば超人気歌手・張恵妹は台湾人ですし、超人気ドラマ『還珠格格』もやはり台湾制作のドラマです。そうしたものがどんどん大陸に入ってくるわけです。ところが、新彊は台湾とは逆に政治的国境はなくても文化的な国境は非常に高いという気がしました。やはり、民族の壁は厚いですね。世界中で民族紛争が起こる理由も理解できます。
 さて、ここまで新彊についていろいろと報告させていただきました。出来るだけいろんな面から報告したつもりですが、それでも、これは私が旅行というわずかな期間に接したほんの一面に過ぎません。したがって、これをもって新彊の情勢がどうなのか、ウィグル族が何を望んでいるかということを簡単に論じることは出来ないと思います。ただ、少なくともこのような考えを持っている人たちがいるということで一つの参考にしていただけると幸いです。


2000.8.1



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