「がんばってね」と言わないで
ちびくまに障害があるとはっきりわかってから、急に人様から「頑張ってね」と言っていただくことが増えました。「こんなこんなで、辛いよお」と訴えても、「頑張ってね」。「うちの子障害あるけど、面白いよ、可愛いよ」と言っても「頑張ってね」。普通の子のお母さんたちと子育てのことを話し合っても、最後は「頑張ってね」。 「障害児を育てているなんて、大変でしょうね」と思って、励ましのつもりで言ってくださるのはよくわかるのですが、いったい私は何をそんなに頑張らなければならないんだろうか。へそ曲がりの私はよく思うのです。 例えば、このページの更新。これは、自分の時間が殆どとれない上にコンピューターオンチの私には、ほんとに根性入れて頑張らないとできないので、「頑張ってね」と言われると「はーい」と素直に言えます。 障害児のお母さんどうしで、愚痴をぶつけあって、「でも負けないで頑張ろうね」。これもすんなり心に響いてきます。 でも、特別愚痴をこぼしたつもりもなく、特別なにか差し迫ったことがあるわけでもないのに、ただ漠然と「頑張ってね」と言われると、かえってムッとしてしまうのです。 一番この言葉が辛く感じられたのは、昨年の12月、ちびくまに正式に「自閉症」の診断がおりたときでした。その3ヶ月前の9月に、すでにスクールディストリクトでHYPERLEXIAとの診断が出ていたので、晴天の霹靂という訳ではありませんでした。自分でも十分覚悟ができていたつもりだったのに、いざ「自閉症」と聞くと、その言葉の重さに圧倒され、翻弄されて、自分自身の感情のコントロールが全くきかない状態になってしまいました。それでも、勇気を振り絞って、親や友人にそのことを知らせる。すると、殆どの人から、「何もできないけど、頑張ってね」「1回の検査で障害児と決め付けちゃ可哀相よ」「絶対まちがってるよ、自閉症じゃないよ」という答えが返ってきたのです。 「何もできないけど、頑張ってね」という言葉は「うちには関係ないわ。あなたの問題でしょ」と聞こえる。落ち込むところまで落ち込んでいる身に、「そんなに弱くちゃだめでしょ」と鞭打たれる気分になる。辛いけど子供の障害を受け容れようと必死で戦っている身に、「決め付けちゃ駄目」「間違いでしょ」と言われると、せっかく這い上がった斜面からまた突き落とされる気がする。「じゃあ、どうしろっていうのよ。何にもしてくれないくせに、無責任なこと言わないでよ」と怒鳴りたくなる。自分だってしょっちゅう使ってきた「頑張ってね」が、これほど無責任な響きのある、冷たい言葉に聞こえたことは今までありませんでした。 こんなひねくれた考え方をするのは私だけかと思っていたら、どうやらそうでもなさそうなのです。他の障害児教育関係のMLでも、「兄弟に障害者がいるというだけで、関係もない人から頑張れ頑張れと言われる。いったい、何をどう頑張れというのか」という投書がありましたし、最近も「子供の障害がわかったばかりなのに、まわりから『頑張って』と言われてとても辛い」というメールをいただきました。 最近日本で話題になっている、先天性四肢切断の乙武さんの本、とある新聞にのっているこの本の広告を見たことがあります。「読者から、感動の声が寄せられています!」とある中の、一番大きな文字の感想が「乙武くん、がんばって!」だったときには、私はちょっとコケてしまいました。この広告を出した人たちは、彼の言う「障害は不幸ではありません。不便なだけなのです。同情はいりません。理解してほしいのです。」という言葉の意味がわかっているのだろうかと。 インターネットでとっても優しいコメントを書いている先生の掲示板でも、弱音を吐いてもいないお母さんに、「子供の将来はあなたにかかっている」なんて書いてあったりして、これも別バージョンの「お母さんが頑張って」だよなあ、なんて考えてしまうのです。 その点、ちびくまの担任のL先生は自分も障害児を持つお母さんだけに、ツボを心得てるなあ、と感心することしきりです。彼女は「お母さん、頑張って」とは言いません。「よく頑張っていますね」「あなたはいいお母さんね」「私、頑張って教えますからね」…「今のあなたの状態じゃ駄目よ」というメッセージがないのです。「この人になら、どんな障害もどんな感情も否定されることがない」そう考えさせる「何か」を持った、すばらしい先生です。 ちびくまが日本でアトピー治療のお世話になった、小児科医のT先生もそういう方でした。勝負の長いアトピー治療に苛立つ親たちに、「お母さんが頑張ってくれるから、少しずつだけど良くなってるねえ」「お母さんはよくやってるよ。良くならないのは他の原因を考えてみようね」と言葉をかけてくれるのです。「お母さんがしっかりしないと治る物も治らないよ」「お母さんのケアの仕方が悪いから良くならないんだよ。ちゃんと僕の言ったとおりにしているの?」別の病院の先生にはそう言われたこともありました。仮に「子供を良くしてやりたい」という気持ちの奥底は同じだとしても、どっちの方が、親が頑張り続けられるか、親の気持ちになれば、わかるのではないでしょうか。 「甘えてるんじゃないの?」と言われるかもしれないけど、励ましてくれるつもりなら、ほんとに元気がでる言葉が欲しい。先生やお医者さん、専門家の人たちには、山の上から「がんばってー」と掛け声をかけるのではなく、手に手を取って、共に進んでいく気持ちを持って欲しい。多少頼りなく見えても、あなたと違って、親は障害のある子にこれから一生つきあっていくんですもの。息長く進んでいけるようにサポートして欲しい。そう思わずにはいられません。 日本人は自助努力が大好き。だからなんでも「頑張って」と言っちゃう。でも、障害のある人が今まで以上に社会に出ていくためには、「普通の」生活をしていけるようにするためには、「今以上に頑張らなければならないのは誰なのか」、今一度考えてみてほしいのです。 |