スシ・プロジェクト


ちびくまの通う幼稚園は、障害児のみ無料です(健常児からは保育料を取っています)。IEPに含められたサービスには、すべてお金が要りません(したがって、往々にしてIEPミーティングは「どれだけ無料サービスをひきだせるか」という親と、「いかにしてお金を出さないか」という学校区側の攻防戦になるそうです)。これはアメリカ市民であるか否か、滞在の長期短期を問わず、保証された権利です。

その分のお金は州予算からでているのですが、これには子供たちのおやつ代が考慮されていないため、おやつだけは親が当番で提供することになっています。といっても、りんご半分ずつ、とか、クラッカーとチーズとジュース、というような簡単なものでいいので、それほど負担にはなりません。

ただ、シアトル周辺では、秋から冬、春先にかけて、悪天候が続き、どうしても外遊びができなくなるので、子供たちがプロジェクトとして「クッキング」できるものを、できれば週に1回は提供して欲しい、と言われています。クッキーを焼くとか、ラーメンを作るとか、そういう類のものです。

さて、私が当番にあたっている週のおやつは、少し日本色を加えよう、と以前から思っていました。こんにゃくゼリー(これは今最高にイケてるデザートとして、このあたりの子供に超人気)と、あられ、食べられない子がいるとかわいそうなので普通のフルーツクッキー、ジュース…「クッキングは何にしようか?」と“おやつの女王”ローラさんに相談すると、間髪を入れずに「カリフォルニア・ロール!」という答えが返ってきました。

一昔前は、ヤッピーが気取って食べるものだった「スシ」も、すっかり一般化し、このあたりではたいていのスーパーで持ち帰り寿司が売られています。でも、日本人の口に合うレベルのものは大変少ないし、作り方まで知っているアメリカ人はまだ少数です。「いいねえ。それ、やろう!」

ローラさんは冗談で言ったつもりだったらしく、反対にびっくりしました。「え、できるの?」
「できるよー。高級日本食レストランと比べられるとつらいかもしれないけど、一応私も日本の主婦よん♪」
ローラさんはカリフォルニア・ロールが好き。でも、「あのオレンジのプチプチが嫌で、こそげとって食べてる。だから、あのプチプチのないカリフォルニア・ロールが自分で作れたらいいのになあ、ってずっと考えてたのよ」

L先生に承諾を求めると、これは一も二もなく賛成してくれます。なんといっても、L先生は「スシ・ピッグ」を自称する寿司好きなのです。「じゃあ、その日は、クラスのリードはすべてあなたに任せるわ。私たちは助手」 「そして、食べる人」ローラさんが笑います。
かくして教室で寿司を作る、という試みをすることになりました。

当日、私は朝から昆布だしでご飯を炊き、合せ酢の材料を揃え、具を用意して、教室に乗り込みました。

いつものようにサークル・タイムが終わると、スモール・グループ。この時間を利用して、子供たちに寿司飯を作らせます。なにしろ、「パサパサでないライス」を初めて見た、という子も多いので、ご飯から、昆布、調味料のひとつひとつに至るまで、触らせ、匂いをかがせ、味見をさせて、L先生がいつもするように、子供たちがたっぷり五感を使って体験できるように指導します。
昆布は海の中ではどうなっているのか。なぜ木製の器(半切)を使うのか。半切はなぜ濡らして使うのか。熱いご飯にお酢を混ぜるのはなぜか。なぜ杓文字を切るように動かさないといけないのか。 そんな細かい事も説明します。何でも自然科学的アプローチをする、L先生の手法を真似したのです。

子供たちの生き生きした目も良いのですが、気が付くと、先生と2人の助手まで乗り出すようにして説明を聞いてくれていて、ちょっとしたお料理教室です。説明の英語がおかしいところや、単語が難しすぎるところは、先生たちがさりげなく補足してくれます。子供たちにやり方を教えながら、寿司酢を合わせ、ご飯にかけて、混ぜ、寿司飯ができました。

その後はいつものとおり「プレイ・アンド・ワーク・タイム」。子供たちを遊ばせながら、遊びのなかで療育的アプローチをしていきます。この日は、スピーチセラピストもやってきて子供たちと一緒に遊びながら、セッションをします。私はその間にテーブルセッティングをして、子供たちと一緒に巻寿司を作る用意をします。

いよいよスナック・タイムがやってきました。まず、私が、説明しながらデモンストレーションします。
巻きすの上に広げたご飯、そこへかにかまぼことアボカド、きゅうりを載せて、カリフォルニア・ロール風の出来上がり。「これをスライスすると、お店で売っているスシ・ロールみたいになるのよ」目の前で切って見せると、子供たちは「クール!」先生たちは「ビューティフル!」最初の一切れは桝R、L先生の口の中に消えました(笑)。

子供たちには、手巻寿司用のミニ巻きすと、4分の1に切った海苔を用意して、ツナのマヨネーズあえ、ウインナソーセージ、アボカド、きゅうりの中から好きな具を選ばせて、先生が手伝って「マイ・スシ」を作ります。
その間に、私は先生用にエビときゅうりとアボカド巻き、サラダ巻きなどを作りました。

あっという間にたいらげておかわりを要求する東洋系の子供たちと、せっかく作った寿司を分解して、ウインナだけを食べる子供たち。子供たちの嗜好はまっぷたつに分かれたのですが、先生たちはもうおおはしゃぎ。「ワサビは世界一のスパイス」と豪語するL先生をはじめ、「ああ、私ってなんてお行儀悪い」と言いながら、口いっぱいにほおばってしまうローラさん。「このクラスのおやつを私も食べた〜いと心から思ったのは今日が初めてね」と笑いながら言う、スピーチセラピストのKさん。

子供たちがスナックを終えて、外遊びに出ても、まだ先生たちは交代で教室に帰ってきて(子供たちを見ないといけないので(笑))は巻寿司をほお張ります。そのうち、もう1クラスあるプリスクールクラスが外遊びに出てきましたが、こちらの先生たちも話をきいて、「スシ、もらっていいい?」と言いながら、食べに入ってきます。あれよあれよという間に、4合のご飯がきれいになくなって、スシ・プロジェクトは大成功。アメリカ人にこんなに受けるなんて、ちょっと新発見気分。

「あたし、この仕事は長いけど、今日が最高のスナックだったわ」とローラさんは大満足。「早速、友達を誘ってスシ・パーティをしよう」とやる気満々です。「すごく美味しかったし、勉強になったわ。ありがとう」とカレンさん。「だからー、私いつも言ってるじゃない、スシは最高の食べ物だって。今後私を怒らせた時には、ご機嫌とりにスシを持ってくるように(笑)」とご機嫌のL先生。「魔法の国の食べ物」を見たような、子供たちの驚きに満ちた目。この子達、今日家に帰って、ママになんと報告するでしょう。「ええ?幼稚園でスシ食べた?どういうこと?」とびっくりするママもいそうです。

ああ、長いこと忘れていました。
私はもともと、こんな草の根の異文化交流の力に魅せられて、英語を勉強しはじめたのでした。
ちびくまの障害がなんなのか、親としてしてやれることはなんなのか、学校でどう対処してもらうべきなのか。障害と療育のことばかり頭にあって、「異文化の中で子供を育てること」を楽しむゆとりを、私はなくしていました。「普段と違うできごと」がパニックの種になる自閉症児を持って、旅行も避け、ハロウィーンなどの行事も、「どれだけうまくやりすごすか」に気を取られていました。
「おひさまのへや」にたどりついて、丁度一年。やっと「アメリカで普通の子育てをしている日本人お母さんが思い付くようなこと」をやるだけの、元気と余裕が出てきたのですね。

「おひさまのへや」の子供たちが、大きくなって、日本食を食べる機会に恵まれた時、「あ、そういえば幼稚園のおやつに作ったなあ」なんて思い出してくれることがあるでしょうか。
日本語まで一生懸命覚えて、ちびくまの療育に携わってくれる先生たちに、将来、今日の思い出話をしながら、もっと美味しいお寿司をご馳走することができる、そんな日も来るでしょうか。その時に「え、これがあの子なの?」と言われるくらい立派に育ったちびくまが私の隣にいて、一緒に先生にお礼が言えたら・・・そんな夢を見る母なのです。


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