フレンズ
帰国して3日目のことでした。ちびくまと私は、神戸にある私の実家に泊まっていました。
日本に着いた当日とその翌日はホテルに宿泊したのですが、運送屋さんの都合で自宅に荷物を運び込んで暮らせるようになるまでにはまだ2日もあり、夫と私はそれぞれの実家にやっかいになることにしたのでした。
まったく突然に、まわりの景色がすべて変わってしまったこと、まわりで聞こえる言葉の響きがすべて変わってしまったこと、まわりの人たちの容貌がすべて変わってしまったことに圧倒されたちびくまは、表情と体をこわばらせ、何もかもを拒否していました。
3年3ヶ月ぶりに会った「おじいちゃん」「おばあちゃん」も例外ではありませんでした。
抱っこも、差し出されるご飯も拒み、口をついて出るのは英語ばかり、祖父母にとってはとりつくしまもない孫でした。
まだ残る時差ぼけの関係で、少し遅く床についたのですが、真夜中、同じ布団に寝ていたちびくまがむっくりと起き上がったので目がさめました。
寝ぼけているだけなら、刺激しなければまたそのまま眠るはずなので、声をかけずにそっと様子を窺います。
ちびくまは声をあげるでもなく、ほとんど身動きもしないで、その場にうずくまったままです。
「電気をつけていいわよ」
眠っているとばかり思っていた母が隣の布団から声をかけてきました。
明かりをつけてみると、ちびくまは・・・声も立てずに、涙をぼろぼろこぼして泣いていたのでした。
「どうしたの?」
ちびくまはちら、と私の顔を見ましたが、低くしゃくりあげるばかりです。
「大丈夫、怖くないのよ。マミーはここにいる、ちびくまと一緒にいるよ」
そう言って背中をさすってやると、ちびくまはやっと搾り出すようにこう呟いたのでした。
"Friends...I want see friends..."
ガツーン、と殴られたような気がしました。
引越しにホテル、飛行機、またホテル、とめまぐるしく変わる環境に、彼が混乱するであろうことは
予想していました。
だから、少々のパニックを起こされても、彼の今の混乱と不安を考えたら、それくらいは仕方がない、と思えました。
でも、「友達に会いたい」と言われるとは予想だにしていなかったのです。
ごめんね。
あのまま、ずっとL先生のところで、楽しく過ごせると、あなたは思っていただろう。
他の子供とは同じ部屋にいることすらできなかったあなたが、初めて「フレンド」と呼んだのは
「おひさまの部屋」の子供たちだった。
あの部屋が、学校が、あなたの世界の中心だった。
大人の勝手な都合や、理屈で、あなたの世界を守ってあげられなかった。
パニックには対処する心の準備をしていたのに、一人の人間として、あなたが
「友達と別れてさみしい」という気持ちになることすら予想していなかった。
ごめんね。ごめんね。
涙が込み上げてきて、ただただ言葉なくちびくまの背中をさすり続けました。
おばあちゃんが言いました。
「教室のビデオを、見せてやったらどうなの?」
「おひさまの部屋」での最終日にとったビデオ。
ビデオデッキも、ビデオに繋げるテレビもないその部屋で、私はビデオカメラの
2インチばかりの小さなモニターでそれを再生しました。
すっかりお馴染みになった、あの懐かしい教室。
大好きになった、可愛い子供たち。
いつも一人一人の子供の反応や行動を目で追っているせいで、ちっともじっとしていない先生たち。
もう2度と戻れない、その光景を、ちびくまは食い入るように見つめていました。
はらはらと零れ落ちる涙を、手の甲で何度も拭いながら。
そうして、いつしかまた眠りに落ちました。睫毛には涙が光り、頬には幾筋も涙のあとがついていました。
ごめんね。ごめんね。
私はしばらくの間、彼の寝顔に心の中で謝りつづけました。
**************************************************************
あれから、もう9ヶ月。
暮れも押し詰まった町は、新しい世紀を迎えようと、華やいでいます。
今年は、色んなことがめまぐるしく起きて、本当にあっと言う間に過ぎてしまいました。
ゆっくりと時間をかけて、ちびくまは日本という国に軟着陸を遂げました。
通園施設入園のための判定から丸6ヶ月たった児童相談所での判定では、一番伸びたのは「日本語」だと言われました。
アメリカの大学病院のドクターは「帰国後2〜3ヶ月で英語が日本語と入れ替わると思いますよ」とおっしゃっていたので、特に英語保持のための努力はしなかったのだけど、彼の英語は消えず、そこに対訳のように日本語が付け加わる形で、ほぼバイリンガルと言える形になりました。今では、歌も絵本もビデオも、日英両語で楽しんでいます。
通園施設の他のお母さんたちからも、「最近、ちびくまくん表情が明るくなったね」と言われるようになりました。
運動会で「慎吾ママのおはロック」に合わせて踊るちびくまの笑顔は、「おひさまの部屋」で見た、あの笑顔と同じでした。
ちびくまは今、現在通っている通園施設の子供たちを「おともだち」と呼びます。
同じルートのバスに乗る子供たちはほとんど全員、顔とフルネーム、バス停まで送ってくるお母さんの車の車種とナンバーまでしっかり覚えています。
同じクラスには特別大好きなお友達もできました。2つ年下のS君というその子には、誰に言われなくてもハグしにいったり、手をつないだり、教室の移動も一緒に行ったりしています。下園時には、S君がお昼寝している部屋まで、わざわざお迎えに行ったりもしています。
ちびくまには、その他に「フレンズ」がいます。
おひさまの部屋で一緒に過ごした子供たち、写真とビデオに残る、その子供たちを、彼はそう呼んでいるのです。
ローラさんがスナップ写真を集めて作ってくれたアルバムは「フレンズ・ブック」。
時々、思い出したように出してきて一緒に見る、教室のビデオは「フレンズ・ビデオ」。
その時にはアメリカ生活にタイム・スリップするのか、英語がすらすら出てきます。
年が明け、春になったら、いよいよちびくまは1年生。「わかば学級」の新入生です。
たくさんの「おともだち」と「フレンズ」に囲まれて、楽しい学校生活になりますように。
いつまでも、ちびくまの幸せな笑顔が見られますように。
|