ちびくまスケッチ(1月)


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心配していたミレニアムも何事もなく過ぎ、お正月がやってきました。
とはいえ、おサボり主婦の私は、アメリカに来てから「気分が出ない」ということを理由にお雑煮さえ作らない(殴)というていたらくなので、特に変わったこともありません。
でも、日本で楽しみにしているであろうジジババのところへお年始の電話をします。
今年はちょっと考えて、サービスをしてみました。
電話をかける直前に、メモ用紙に「あけましておめでとうございます」と書き、ちびくまに「なんて書いてある?」と読ませてみたのです。ちびくまには意味がわからないのでつっかえたりイントネーションがおかしかったりしますが、ひらがななのでとりあえずは読めます。
「そうだね!よく読めたね!おりこうだね!」と誉めちぎりながら2、3度練習。

そして、日本に電話をかけます。おばあちゃんがでたところで、「ちびくまに代わるわね」と言って、ちびくまの顔に受話器を近づけ、同時にさっきのメモ用紙を見せます。
「あ・けまして・おめでとうございます」
「まあーーっ!おめでとう!!えらいわね!ちゃんとおめでとうが言えたね!」
おばあちゃん大喜び。うふ、私って親孝行(笑)。

でも、そのあとすかさず、実母のドツボ攻撃が待っていたのでした。
「おめでとうが言えるなんて、自閉症治ったのね!」・・・だからぁ・・・(^^;;
風邪じゃないんだから、急に治ったりしない、って、何度も言ってるのに(笑)。
やれやれ、日本に帰ったら、また一苦労ありそうです(^^;;。

1/3
最近、父親と遊ぶのが大好きなちびくま。
突然物置からヘルメット(工事現場用。なんでそんなものが一般家庭にあるんだ(^^;; )を出してきて、父親に手渡したかと思うと、三輪車を引きずってきて、
「ファーザー、ハット、バイク、プリーズスィットダウン」
と繰り返します。
つまり「おとうさん、ヘルメットをかぶって三輪車に乗って」ということのようです。
動詞がほとんどないのが難点ですが、とりあえず意味はとおります。やっと1才児の2語文ぽくなってきました。

「三輪車にヘルメット?」とお思いになるかもしれませんが、実はアメリカでは子供を三輪車や自転車に乗せる時には必ずヘルメットをかぶせるのです。ローラースケートをやる時も、大人が自転車に乗る時も必ずかぶっていますから、義務づけられているのでしょうね。もちろんうちの中でちびくまが三輪車に乗っていてもヘルメットなどかぶせたことがないですから、これは学校でみんながやっているのを吸収してきたものでしょう。

自発的に喋る言葉が殆ど英語なこと、こういった習慣の問題など見ていると、やはりちびくまの現在にどれだけ学校の及ぼしている影響が大きいのか、ということ身にしみてわかります。
この環境に1日でも長くおいてやりたい、正直、まだそう思ってしまうのです。

1/4
今日から学校が始まりました。やはり始業式などもなく、淡々としたものです。
いいことを言おうと一生懸命考えて言ってくれてるんだろうけど、はっきり言って鬱陶しいだけだった校長先生の長々した訓示につきまとわれた自分の小学生時代を振り返ると、「アメリカの小学校って、無駄な集団行動がなくていいなあ」なんて思ってしまいます。

式なんてなくても、子供たちは先生や友達に会えてとても嬉しそう。
ちびくまも例外ではありません。先生たちに会うなり、ピョンピョン飛び跳ねて、嬉しくてたまらない、という風情です。「言葉も通じない養護幼稚園なんかに入れて、大丈夫だろうか」と最初あれほど心配したのはいったいなんだったのか、と思うくらいです。

他の子も会話が成立しないことなんて、まるで気に留める様子もなくちびくまに話しかけているし、
「先生〜、ちびくまが、ぼくに会えてうれしいんだって〜」
と通訳までしてくれます(笑)。

皆でわいわいと手をつないで、こけつまろびつ教室に向かう姿は、一見、まったく普通の子供たちにしか見えないでしょう。

今月から「お日さまの部屋」にまた新しい仲間が増えました。エディという男の子です。
まだ3才になったばかりで、小柄で、ものすごく可愛い子です。
今まで最年少で赤ちゃんぽかったアベルが、急にお兄ちゃんに見えるから不思議(笑)。

1/5
私たちが帰国を決めたことを知った学校スタッフたちが、少しでもアメリカのリソースを持って帰れるように、とテキストやマニュアル、教材などの情報集めを始めてくれています。
個人的に通っているクリニックのセラピストも、ソフトウエアや専門家向けの参考書、セラピストのMLなど、様々な情報を提供してくれるので、本を読んだり、インターネットで調べ物をしたりの時間が随分かかるようになりました。
勧めてもらった本を全部買う訳にはいかないので、図書館にもせっせと通って、いろいろな本を読んでいます。

「さすがアメリカ」と思うのは、図書館の本をインターネット経由で自宅のPCから検索して、貸し出し状況の確認から予約までできることです。予約した本が届いた連絡もメールで来ます。
こんな生活に慣れてしまうと、日本に帰ったら随分不便に感じられてしまうかも知れませんね。

1/6
このあたりでは昨年末からインフルエンザA型が爆発的に流行しています。
幸い我が家は誰もやられずに済んでいますが、学校の子供たち、先生たちやその家族が次々にやられて、欠席が相次いでいます。 ちびくまが大好きなベテランエイドのローラさんも、クリスマス前後から何度も具合が悪くなり、ずっと欠勤していました。

そのローラさんが、今日はやっと出てきています。まだかなり辛そうですが、とにかく人手が足りないのと、アメリカの学校職員に対する福利厚生はあまり良いとは言えないので、そうそう休んでもいられないのでしょう。

そのローラさんのために、私がクリスマス休暇中にちびくまに仕込んだ新芸を初披露することにしました。
”Give me a hug”と言われたら、ハグ(映画なんかによく出てくる、しっかと抱き合って、頬を摺り寄せる感じのアメリカ的挨拶)をするように教え込んだのです。と言っても、ちびくまはもともと人に愛情を示すことは大好きな子ですから、2、3回やって見せただけで、簡単に覚えてくれたのですが(笑)。

「ローラ、見て見て。ちびくま、ギブ・ミー・ア・ハグ」
ちびくま、待ってましたとばかりに、キュッと抱きついて来ます。
「おおー、すごいじゃないの。ちびくま、ミズ・ローラにもハグしてよ」
ちびくま、嬉しそうな顔をして今度はローラさんにもキュッ。
それを見ていた代理エイドの常連ドナさんが、
「ちびくま、ミズ・ドナにもハグして」
ちびくまはまたまた大喜びでドナさんにも抱きつきに行きます。

SLPのKさんが「まあ、これはなんとも可愛いわねー(笑)」と褒めてくれました。
以来、先生たちは何かある度に「ちびくま、ギブ・ミー・ア・ハグ!」と言っては ちびくまを抱きしめてくれるので、ちびくまも大満足。
日本に帰っても、こんなに可愛がってもらえるかしら。

1/9
シャーロット・チャーチという、英国のクラシック歌手が、今アメリカで注目を浴びています。
彼女はまだ13才。見かけや喋り方はただの中学生なのに、この子の歌声が物凄くきれいなのです。
アメリカで最初にリリースされたアルバムが、その名も「ボイス・オブ・エンジェル」。

PBSという教育チャンネルでこの子のコンサートを見て、とても気に入ったので、 新しく出たCDを買ってみました。
でも、普段だとちびくまは自分の好きなCD以外は絶対にかけさせてくれないので、 顔色を見ながら、そーっとスイッチを入れます。

「あっ」という顔をしてCDプレイヤーに駆け寄ってきたちびくまですが、「あれ?」と いう表情で立ち止まり、じっと耳を澄ましはじめたのです。
そのままそばにあったミニカーを走らせて遊びながら、結局ちびくまは最後まで 大人しくCDを聴いていました。

もう一度かけようとしても、何の抵抗もなし。
童謡以外のCDが許されたのは、リチャード・クレイダーマンのCDについで これが2枚目です。ひょとしてちびくまはクラシックが好き?

1/12
L先生、ついに風邪でダウン。代りに毎日代理の先生が来ています。
今日来ていた先生は、明らかに親の私が教室にいるのが気に入らない模様。
一応始めにもうすぐ日本に帰国するので、勉強のために保育参加をL先生から許されていることを伝えたのですが、
「だから何故お母さんが居残る必要があるの?」
「この子は大丈夫ですよ」
を繰り返すばかり。
「日本では、自閉症の子に対する取り組みは教師の間でもまだよく知られていないんです。親のほうがエキスパートになって、先生に伝えていかなければならないんです」
こういうと「自閉症?この子は自閉症ではないですよ。だって視線が合うでしょう」と先生。
それ以上話す気になれなくて、エイドの手伝いが一段落ついたところで帰ってきてしまいました。
なんだか帰国後私たちを待ち受けている未来を垣間見たような、嫌な気分の一日でした。

1/14
今日は4日ぶりに復帰したL先生の自閉クラス。

先日の代理の先生の対応について話すと
「だから休めないのよねー。特殊の教師といっても、中には自分の仕事が全くわかっていない人がいるのよ。そういう先生に来てもらうと、子供たちが適切なアプローチを受けられないどころか、却って害になったりするの」
と溜め息まじりです。

「療育に携わるものは、常に自分が何をやっているのかを知っていなければだめ。勿論、私たちに何もかもわかるわけではないけれど、少なくともプロを名乗る以上、知識不足、努力不足は正当化の余地がないわ」
1人1人の子供にかける言葉の一言一句まで計算し尽くされたかのようなL先生の言葉だからこそ、重みがあります。

自閉クラスを見学するのは、私の一番の楽しみです。
T君とちびくま、2人だけのクラスはとても穏やかで、静かに時間が過ぎていきます。
同じ診断名を持ちながらまったくタイプの違う2人が、同じワークに取り組む様子は、とても興味深いものがあります。

去年の夏まで、ほとんど発語のなかったT君、今はエコー君と化しています。一見すると視線も全く合わず、回りの様子がまったくわかっていないように見えるのですが、回りの人間をちゃんと見分けているし、自分の名前も書け、多くの質問にもちゃんと答えられるのです。
「T君ってすごい」と感心する私に、「あら、だってちびくまも同じくらい進歩しているわよ(笑)」とL先生。
小さな変化もできるだけ見逃さないように、と心がけてはいるのだけれど、毎日見ている自分の子の成長はどうしても見逃しがちになりますね。

1/18
ちびくまが相変わらず最大の苦手としているものは、手先の細かい作業、特に字を書いたり、鋏で切ったり、という作業です。
他にもこうした手先の作業(英語でfine motorと言うのですが)を苦手としている子が多いせいか、L先生のクラスでは毎日のようにこの要素をとりいれた取り組みが行われています。
その中でもちびくまは特にだめで、みんなが先生のヘルプでなんとか課題を成し遂げたあとも、1人ぐずぐず残っていることが多いです。

「第一には、身体のコーディネートができないことが原因なのだけど、ちびくまは、上手にできないことはやりたくない、という気持ちが強いのよ。だから、どうしてもある程度まではやらせて、『自分にもできる』という気持ちを育てなくては」
L先生はそう言って、いつも辛抱強く最後まで1対1でちびくまに付き合ってくれます。

今日は、手早く工作をしあげたネイトが「L先生、コンピュータで遊んでもいい?」と聞きにきました。
「コンピュータ」という言葉を聞いたちびくまの顔がぱっと輝きます。
「いいわよ、ネイトは今日はとてもオリコウに工作ができたものねえ」
ちびくまが鋏を捨ててネイトと一緒に行こうとします。L先生はそれを押しとどめて、
「ちびくまはだめよ。まだ工作が途中でしょう?」

ちびくま、ついに癇癪をおこして、L先生の腕のなかで暴れはじめます。
そこでL先生、ちびくまの耳に囁きました。
「じゃあね、この線がここまできちんと切れたら、コンピュータのところに行っていいわ」
するとどうでしょう。ちびくま、あっと言う間にチョキチョキチョキ!(^O^)y

L先生の顔を見て、肯いてもらうと、大喜びでネイトの所へ走っていきました。
「あの子はコンピューター・ガイね。将来、私の兄のようになるでしょうね」
実はL先生のお兄さんはやはり障害を持ちながらそれを克服して、今では超有名企業のエンジニアとして成功されているのです。L先生がそうおっしゃるたびに、嬉しいような、信じられないような、複雑な気分になる私です。

1/19
W小学校には時々、フォルクスワーゲン新型ビートルの可愛いパトカーがやってきます。
DAREプログラム、と言って、警察による反ドラッグ教育を推進するための、キャンペーン用のパトカーなのです。担当のおまわりさんはいつも駐車場ではなく、学校のカフェテリアの前にこの車を停めていて、子供たちに中を見せてくれたりもします。

今日ちびくまのクラスが集合すると、DAREのパトカーが停まっていました。ちょうど担当の警官の人もいたので、先生が「みんな、オフィサー・ロバートにハーイを言いましょう」と言いました。
ちびくまも含め、みんなが「ハーイ、オフィサー・ロバート!」と挨拶します。オフィサー・ロバートも「やあ、みんな元気かい?今日も良い子で過ごすんだよ」と返してきます。
車と、男の人が大好きなちびくまは、それは嬉しそうに、きゃあきゃあと喜んでいました。

さて、この日、帰宅したちびくまは、まっすぐリビングの隅の玩具箱にすっとんで行きました。
そしてプラスチックの文字を使って、なにやら書いて見せにきます。数字3つにアルファベット3つ、どうやら車のナンバープレートのようです。
得意そうに「ほうらね」という顔をしているちびくまに、「これなあに?」と訊ねると、ちびくま、「決まっているじゃない」という表情で「ポリース・カー!!」と答えたのでした(笑)。

1/20
最近、マルシアはちびくまにお熱です。

抱きついたり、ほっぺにチューしたりはいいのですが、一度指のあとが2、3日はっきり残るほど、頬をつねったことがあります。こうした「好きな人を攻撃してしまう」行為は自閉症児には時々見られることで、「愛情の適切な表現方法がわからないために起こる」と説明されているようです。

マルシアもクラスメートを叩いたり蹴ったりという行為が時折見られるようになっており、それは他の子供に興味が出てきた、という面では歓迎すべきことではあるものの、社会生活を送っていくうえでは、大きなマイナス評価を呼ぶ原因になるので、先生たちはどんな小さなことでも見逃さず、きちんと対応しています。
「ほっぺに爪痕」事件以来、マルシアは「ちびくまには触ってはいけない」と言われていて、ちょっぴり可哀相(^^;;

それに、並み居る「普通の男の子」の中で、特に我が息子だけがが女の子にもてている、というのは、母親にとっては満更でもないのですよね(笑)。

それで思い出したのですが、去年ちびくまのクラスにいた高機能自閉症の女の子。
「好きな男の子」がコロコロかわるので、大人は結構楽しんでいたのですけれど、「ボーイフレンド」として名前があがるのは、やはり必ず自閉症の男の子だったのでした。自閉症の子供同士って、何か引き合うものがあるのでしょうか。

1/21
今日はS先生の担当する自閉クラスです。
このS先生、9月に学年が始まった頃は、私がクラスを見学することをあまり歓迎しておらず、「指導には口を出さないで欲しい」というのがありありと伝わってくる感じだったのですが、最近は私が参加することを当然のように受け容れてくれるばかりか、「ちびくまの現状やアプローチのしかたについてインプットが欲しい」と申し出てくれるまでになりました。

眠っていた子が目覚めたかのように、最近急激に進歩しているT君ですが、なんと大人が誘えば、トイレでおしっこができるようになったというのです。これには大ショック。ちびくまはまだぜんぜんなのに・・・。

「日本では3才のお誕生日までにオムツがはずせなければ、母親失格のように言われるんですよ。まして5才でまだオムツだなんて言ったら、『どうしようもない親子だ』と思われるでしょうね」
私が言うと、S先生、
「私もT君のトイレトレーニングがこんなに順調にいくとは思っていなかったの。特に自閉症の場合、見かけの障害の軽重は、本人が内に抱えている困難の軽重とは必ずしも比例しないのよね。ちびくまは可愛らしくて、すごく普通に見えるから、わかってくれない人が多いかもしれないけれど、彼は頭の良い子だから、自分でプロセスできる段階になればスムーズに進むと思うわ。挫折しないでね」

うーん、ちびくま君、キミのオムツがはずれるのはいつ?

1/24
ちびくまのクラスでは最初のサークルタイムの始めに" The more we get together"という歌を歌います。
♪みんなが集まればもっと幸せ/沢山集まればもっと嬉しい♪

今週から、この歌に、L先生のギター伴奏がつくようになりました。

ところが、どうしたことか、ちびくま、先生がギターを弾く度に目をぎゅっとつぶるのです。
表情自体は楽しそうで、ギターの音を嫌がっているわけではなさそうです。

L先生に「なぜかしら」と聞いてみると、
「視覚刺激を自分からシャットアウトして音を楽しもうとしているか、音から呼び起こされるイメージに集中しようとしているか、どちらかではないか」
ということでした。

私は音楽というのは全くといっていいほど味わえなくて、ただ「肌触り」としての「快適」か「不快」かしかないのですが(小中学生の頃、音楽の時間の「音楽鑑賞」にはほとほと困り果てたものです)、ある種の子供たちには、「音楽を聴くと色や形が目に浮かぶ」という特殊な能力があるのだそうです。

「へええー」という感じでした。ちびくまはどちらなのか、大きくなったら教えてくれるでしょうか。

1/27
「今週、ちびくまは随分落ち着きがなかったのだけれど、何か心当たりがある?」
そうL先生にきかれました。
これまでかなり落ち着いて参加できていたサークルタイムやグループモーター(集団セラピー)の時間も、随分独り言やちょろちょろ動き回る行動が多く、随分ローラさんの手を煩わせた様子です。

「もう家財道具の処分の広告を出していて、電話がかなりかかってきているし、私もどうしてもあくせくと動いているから、そういうのを感じ取って不安定になっているのかしら」
と言うと、
「ありえないことではないわね。『普通の子』にとってさえ、引越しというのは物凄いストレスだから。いつも環境を同じに整えておきたい自閉症児にとっては耐え難い苦痛よね。帰国して、一時的にちびくまが荒れたとしても、それは当然の反応で、ママは心配しなくていいわ。新しい環境に慣れれば自然に治まるはずだから。でも、今の落ち着きのなさはね、それだけではないような気がするわ」

私は以前から考えていたことを思い切って言ってみます。
「こういう風に考えているのは、私だけかもしれないのだけど、ちびくまはある段階からぐっと伸びるときには、その前に必ず荒れる時期があるように思うの。新しいことにトライするためのストレス発散、とでもいうのかしら、ちょっと扱いにくいな、という時期のあとには、必ず新しいことができるようになっている気がする」
するとL先生の顔がぱっと輝きました。
「ママも私と同じ事を考えていたのね!私も実はそう感じていたのよ。それなら、ちびくまは今何か新しいスキルをプロセスしているんだと思っていましょうよ。それが何かはまだわからないけれど」

確かに、そう思って見ていれば、子供の「不適切行動」も決して捨てたものではない気がしてきます。
今のちびくまの荒れがなにか良い方向へ向かう前兆であって欲しい、そう願わずにはいられません。

1/29
全く突然に、日本の友人Yがシアトルを訪問してくれることになりました。
彼女は某県で、福祉関係の仕事をしており、その職業的ネットワークを使って、ちびくまの日本での受け容れ体制づくりに一役買おうと申し出てくれたのですが、それに際して、一度、実際のちびくまとL先生に会っておきたい、とわざわざ足を運んでくれることになったのです。

ちびくまは赤ちゃん時代にYには何度か会っていますが、さすがに覚えてはいなかったらしく、空港で出迎えて家に一緒に向かうと、かなりぐずって抵抗していました。

シアトル生活4年目にして初めてパイク・プレース・マーケットやスペース・ニードルなど観光名所をまわれることになりました。「晴れ女」の誉れ高いYの御利益かどうか、この季節のシアトルにしては珍しいほどの良いお天気で、スペース・ニードルからの景色は素晴らしいものがありました。ちびくまもこの景色には大喜びで、展望台を何周もぐるぐるまわっていました。

1/30
Yを案内してスノコルミーの滝へ。ここは一昔前、「ツイン・ピークス」のロケ地として非常に有名になったところです。
今はブームもすっかり収まり、もとの静けさを取り戻している感じですが、壮大な観光スポットにいまいち欠けるシアトル近辺では貴重な景勝地で、今も観光客がひっきりなしに訪れています。

冬の北西部特有の突風に吹き飛ばされそうになりながら、Yと写真を撮ったりお土産をあさったりします。
ちびくまは風の圧力が楽しいらしく、わざと風を小さな身体いっぱいに受け止めて大喜びでした。

帰りに、近くのアウトレットモールへ寄り道して、買い物をします。
日本からはるばる友達が来ている、ということで、夫が珍しく子守りを全面的に引き受けてくれたので、本当に久しぶりにゆっくり買い物ができました。
でも、やっぱり買ったのはちびくまの洋服ばかり(笑)。

車に戻ると、ちびくま、大きなタンクローリーの玩具を抱えて、大ご機嫌です。
「あー。また甘やかして玩具買ってやってるー」
「だって、これが欲しいって手から離さないんだ」
「放さないから、っていちいち買っていたら、財政がもたんでしょうが」
ま、本日は仕方ないか(^^;; 。(大甘)

1/31
今日は月曜日ですが、ちびくまの学校はなぜかお休み。
地元の大学を見学したい、という友人Yと一緒に、バスに乗って大学に向かいました。
このバスは、おととしの暮れ、大学病院で検査を受ける時にのったのと同じ系統です。
相変わらず、バスの中ではご機嫌で大人しく座っていてくれたちびくまですが、驚いたことに、大学病院前の停留所に着いた途端、立ち上がって降りようとしたのです。
もう1年以上も前に2度乗っただけなのに、ちゃんと覚えていたんですね。

大学をうろうろしているうちに、心身に障害のある学生をケアする専門の部署があることに気付き、飛び込みで話を聞かせてもらいに行きました。
けんもほろろに追い返される覚悟で行ったのに、担当の人はとても親切で、快く質問に答えてくれ、色々な資料も提供してくれました。

アメリカの福祉は、障害の内容と必要とするサービスの内容によって細かく窓口が分かれており、日本のように良くも悪くも一本化された窓口やサービス支給の統一基準はないとのことで、このオフィスでは、大学内での、物理的人的補助のアレンジのみを行っているとのことでした。こういったサービスはどこの大学にもありますが、内容は大学によってまちまちで、専任のカウンセラーが住居やアルバイトの相談までトータルに行っているところもあれば、各サービスを提供してくれる窓口の紹介にとどまっているところもあるようです。

身体に障害のある学生が授業に支障なく参加出来るよう、教室のアレンジをしたり、コンピュータの補助装置を提供しているばかりではなく、ADHDやLDを持つ学生が学業評価で不利にならないようにサポートをしている、というあたりにはちょっとびっくりしました。
アメリカでは障害があっても一流大学を出て社会で活躍している人が沢山いますが、その陰にはこういうサービスの力もあるんですね。


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