ちびくまスケッチ 2000年6月


6/1
今日からちびくまは知的障害児通園施設M学園に通うことになりました。
事前に見学に行った印象では、アメリカのプログラムと比べると、「療育訓練」というよりは、
「普通の保育園を木目こまやかにした感じ」ですが、設定保育のなかには感覚統合の要素が取り入れられているし、「子供はひとりひとり違うもの」という基本だけはおさえられている感じなので、とりあえずは及第点です。
なにより、帰国後、毎日"Let's go to school."と言い続けたちびくまの希望が、やっとかなえてやれます。
単独通園ですが、最初の3週間ほどは、慣らし保育で、母子通園しながら、段々に園ですごす時間と母子分離する時間を増やしていくことになっています。
ちびくまの入るクラスは、この4月に入園した子ばかり(3歳児が中心)8人に先生が3人というクラスです。
これから来年の春まで、ちびくまは楽しく過ごせるでしょうか。
今日は初日なので、外遊びのあと、先生と1対1でおやつを食べて終わりでした。
といっても、食べることには大変慎重なちびくま、なにも食べられなかったのですが。

担任のT先生が「ちびくまくん、先生に抱っこさせてくれる?」と言うと、ちょっと身を硬くしながらも、抱っこされにいきました。「スクールでは頑張らないといけない」というちびくまらしさが出ているなあ、と感じた母でした。それにしても、「おひさまの部屋」に入ったころのことを思えば、ずいぶん言葉での指示が入るようになったものです。
6/2
登園2日目。
今日も最初の外遊びのあとは、担任の先生と1対1でおやつを食べて終わりです。
食べられるものを探すために、おやつは果物にゼリー、クッキーなど、あらゆるものがお盆に載せられています。
せっかくの心づくしなのに、ちびくまはやっぱり食べられなかったのでした。
ひとつは主に口の中の触覚過敏からくる偏食、もうひとつは「物を食べる」という行為自体がちびくまにとって非常に微妙な意味を持つからのようです。
そういえば「おひさまの部屋」でさえ、おやつが食べられるようになったのは、随分たってからのことでしたっけ。
早くおやつや給食が食べられるようになるといいのですが。

6/5
通園2週目。今日からはクラスのお友達と一緒に過ごします。
さすがに集団生活は経験者だけあって、最初少しとまどいを見せたほかは、パニックも起こさずに教室にいることができました。
でも、まだ着席はできず、教室の隅におかれた半畳の畳のうえから、じっとみんなのすることを観察しています。
給食は、一汁三菜デザートつきの豪華版。みんなきちんと着席して、スプーンをうまく使って食べているのでビックリ。
でも、ちびくまはあいかわらず着席しようとせず、じっと見ているのみ。
先生がお皿を持っていってくれても、手が出ません。

6/6
ちびくまの入ったクラスは、どうやら自閉系の子供が大部分のようです。
もちろん、先生が教えてくれるわけではなく、子供を観察していて、そうとわかるのですが。
視線もちゃんと合うし、表情も豊か、中にはほとんど健常の子と変わらないくらいおしゃべりのできる子もいます。
「一口に自閉だ、発達障害だ、と言っても、ほんとに色々いるもんだな」と思えます。
ひとりひとりが本当にかわいらしく(美形の子が多い!)、個性的。
予備知識なしに見れば、ただ「しゃべる子が少ない、静かな幼稚園」に見えるかも。

教室の片側に並んでいる、ロッカーの上には、何かの決まりのように、いつも誰かがよじ登っています。自閉症児の高所登りはよく知られた特徴のひとつですが、ちびくまにはあまり見られなかったので、なるほどー、と変に感心してしまいました。
とてもロッカーの上に背のとどかない、小さな子まで登っていて、「どうやって登ったの?」と不思議に思ったり。中には、園庭の巨大ジャングルジムの頂上までするすると登っている子がいたりして、さすがにこのときは先生が駆け上って降ろしています。
パニックを起こして泣いている子も、新入り母に体当たりをすることで挨拶してくる子も、みんな「可愛いー」と思える私も、「おひさまの部屋」で随分成長したのでしょう。

6/7
今日の給食はちびくまの大好きな「鶏のから揚げ」。
今日は食べられるんじゃないかなー、という母の予想通り、ちびくまはから揚げだけを嬉しそうに手にとって、部屋の隅の畳の上でもぐもぐ。
自分の分がなくなって、さあ、どうするかな、と見ていると、先生のところへ行って、
「チキンほしいの」

T先生が「じゃあ、給食室におかわりをもらいに行こうか」と言うと、素直に手をつないで、教室を出て行きました。
しばらくして教室に戻ってきたちびくまの手の中のお皿には、から揚げが山盛り。

「随分たくさんもらったのねえ」と言うと、T先生、
「ちびくまくん、すごく可愛い声で『チキンください』って言うものだから、給食の先生が喜んで、残っていたの全部くれたんですよ^_^;」

これが突破口になって、給食を食べられるようになるといいのですが。
6/9
M学園には通園バスが3台あります。その車庫が、ちょうどちびくまの教室の真正面にあるのです。
もともとバスにはこだわりの強いちびくま、朝、その車庫にバスがきれいに3台並ぶまで頑として教室にはいろうとしません。
先生はどう対応されるかなー、と見ていました。すると、「お部屋にはいろうか」と声はかけるけれど、手を引っ張ったりはしません。
「今は園に慣れてもらうほうが先なので、気の済むようにしています。だんだんに見る時間を短くできるように、と思いますが・・・」

「障害児にこそ躾が大切」とやみくもにスパルタにする施設もある、と聞いていたので心配でしたが、とりあえず一安心、という感じです。
6/12
通園3週目。今週はだんだん母子分離の時間を増やしてゆき、順調にいけば来週から単独通園になります。

今日は月1度の「お誕生会」です。
4月、5月と通った母子教室が開かれていた通園施設では、「お誕生会」には先生が作った紙芝居やぺープサートが上演されます。でも、その間、子供たちは「じっとオリコウに座っていること」を強要される(そのために単独通園組も母親が動員される)ので、「お誕生会」が終わったあと、頑張りすぎてパニックになっている子供たちが何人もいました。
「ここまでして、『お誕生会』なんてやる必要あるのかしら」
そう、疑問に思っていたので、ここM学園ではどうなるのか、ちょっと心配でもあります。

さて、お誕生日の子供たちがメダル(?)をもらった後、出し物がはじまります。
「さあ、みんな、カッパさんたちがきてくれましたよお」
その声とともに入ってきたのは4匹(?)のカッパさん。よく見ると、それは通園バスの運転手さんたちです。
「カッパなにさまカッパ様」の曲にあわせて、踊るカッパ。
喜ぶ子供たち。皆で踊って暴れて、それでおしまい。
なんだかほっとしました。
ちびくまは気に入ったのか、にこにこしながら見ていました。
6/15
今日はもう、ほとんどの時間を母子分離で過ごすことになりました。
L先生の教室に1年半通っていたちびくまですから、母子分離自体には不安はないのですがこれまで母子通園をしていたので、かえってそういうものだと思い込んでいたら難しいかな、と心配していました。
とりあえず、メモ用紙に「おかあさんは別のへやでお勉強します。1時半になったら、ちびくまをお迎えにきます。2時15分にいっしょにバスに乗っておうちに帰ります」と英語で書いて、一緒に読みました。
教室を出ようとすると、少し泣き顔になったのですが、先生がもう一度メモ用紙を見せて、一緒に読んだら納得したとのこと。

約束どおり時間に教室に戻ると、嬉しそうに駆け寄ってきました。
「でも、泣いたりしませんでしたよ。大丈夫そうですね」と先生。
予定通り、来週から単独でバスに乗せることになりました。
6/19
今日からいよいよ単独通園。
朝、家を出る前に、「今日はちびくまはひとりでバスにのって学校へ行きます。お母さんはバスには乗りません。学校が終わったら、バス停でちびくまを待っています。」と(英語で)メモ用紙に書いて見せました。(megumiさんの真似です)
バス乗り場で、もう一度メモを見せて確認。
「そんなの見せて、わかるんですか?」周りのお母さんたちはびっくり顔。

バスが来ると、一瞬躊躇しましたが、「行ってらっしゃい。待っているからね」と言って乗せると、スムーズに乗って、今までと同じ席に座りました。
外から見ていると、ちゃんと自分でリュックを下ろして、シートベルトを締めています。
様子を見にきた添乗の先生に「おりこう」と頭をなでられている我が子が、ちょっと自慢でもあります。
「おひさまの部屋」の経験が、またひとつ生きているなあ、と嬉しくなりました。
学園では、これまでと変わりなく過ごせたとのこと。
帰りのバスからは、元気よく飛び出して来ました。。
6/25
今日は保護者参観日。「保護者」と銘打ってはいますが、日曜にやっていることを考えても、どうやら父親を対象にしたもののようです。
在米中も帰国後も、ほとんどちびくまの療育にはノータッチのパパを引き込むチャンス!と意気込んだのですが、風邪で体調を崩したパパの機嫌は最悪・・・(-_-メ)

まあ、日米を問わず、療育についてはお母さんまかせで何にもしない、というお父さんはいるものです。M学園でも、子供の現状をしっかり理解して、お母さんに全面協力している感じのお父さん、いい人らしいけど、仕事を理由にほとんどノータッチらしいお父さんなど、いろいろでした。

具体的な「療育」そのものに積極的にかかわるかどうかはともかくとして、障害のある子を育てるには、「普通」の子を育てる以上に「お父さん」の存在が大切だと思います。

※「両親が揃っているのなら」というただし書きつきですが。なんらかの事情があって、「お父さん」がいないお家もたくさんありますしね。ただ、そういう場合はお母さんが両方の役割をしてらっしゃることが多いので、お母さんは本当に大変だと思うのですが・・・。
6/27
今週から、ちびくまは平日をおじいちゃんの家(私の実家)で過ごすことになりました。
パパはマンションに残っており、週末だけ私とちびくまが帰る、いわば逆単身赴任です。

実は、いろいろ手を尽くしたけれど、今住んでいる市では、来年春の就学まで、ちゃんとした障害児保育や療育を受ける見込みがないことがはっきりしたため、私の実家のある隣市に住民票を移して、そこの療育施設に無理を言っていれてもらったのです。

通園バスの時間も入れると片道2時間。通おうと思えば通えない距離ではありませんが、
「うちの市も他市の子供を受け入れる余裕はないんです。(自閉症の)確定診断もでていることだし、療育手帳も重度ということで仕方なく特別に受け入れたんだから、越境通園は困りますよ。ちゃんと住民票の住所から通園してください」
(ほんとはそんなにやさしく穏やかには言ってもらえなかったけど(~_~メ))
と児童相談所にくぎも刺されていることなので。

ちびくまは帰国後もなんどもおじいちゃんたちには会っていますので、慣れてはいますが、場所見知りの強いほうなので、混乱は避けられないようで、かなりパニックになっています。
ご飯もぴったり食べられなくなってしまいました。
6/28
M学園ではに1回、母親の保育参加の日があります。
6は今日で、これがちびくまのクラスメートのお母さんたちとの初顔合わせになりました。

アメリカの学校では、個人主義が徹底していて、まわりのお母さんたちとの関係に神経を尖らせる必要は無かったのですが、日本の療育施設ではお母さん同士の関係もいろいろ大変だと小耳にはさんでいたので、ちょっと緊張・・・。

でも、どのお母さんも朗らかでさっぱりした感じだったので、ほっとしました。
「この間の参観の時も思ったんですけど、ちびくまくんって、言葉も結構でてるし、すごく落ち着いていますよね〜」
と言われて、びっくり。
私なんて他のお子さんたちを見て、
「うそーっ、3歳でこんなことできるのー?すごいーっ。やっぱり、うちの子はそうとう重度なのかもしれない・・・」と思っていたのに(笑)。
これはやっぱり「となりの芝生」なんだろうか・・・。
6/30
ちびくまと一緒に、(マンションの)地区の障害児教育センター校を見学に行きました。
ここは、普通の公立小学校ですが、ミニ養護学校のようになっていて、障害別に障害児学級が4つもあり、先生と介助員のかたで、ほぼマンツーマン体制になっているのです。
校区外から通う場合はミニバンで送迎もしてもらえます。

この市では昔、通学圏内に養護学校がなかったことや、普通校での障害児受け入れ態勢ができていなかったことが関係しているのかもしれません。

ちびくまは驚くほどおとなしく見学をし、先生や上級生たちにもなじんで、しばらく一緒に遊んでもらったりしていました。率直に感想を言うと、「ここってとっても良いかもしれない」。

ちびくまの進路としてはここの他に、地区の小学校と養護学校があります。
いろいろ悩むでしょうが、ちびくまにベストなところを見つけてやりたいものです。

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