ちびくまスケッチ(2002年3月)


3/1

学校で、先生たちに何か絵本のお話について聞いてもらいたいことがあったちびくま。
一生懸命話そうとしていたのだけど、今日は、学校の創立100周年記念で全校生参加の航空写真撮影と、歯科検診と、来週のお別れ遠足のおやつを買いに行く買い物学習が重なっていて、障担と介助の先生たちは個々の子をどう動かし、どうサポートするかの打ち合わせで大忙し。なかなか、耳を貸してもらえません。

話をなかなか聞いてもらえないちびくま、ついに切り札をだしました。
「あのさ〜!」
そういう風に切り出せば、話を聞いてもらえる。
周りのみんなの会話を観察していて学んだのでしょう。

突然のことに先生たちはびっくり。ついで大爆笑。
やっとお話をきいてもらえたちびくまだったのでした。

3/2

昨日学校から帰ってきた時は元気いっぱいだったちびくま。
夜半から突然吐き出し、ついに一晩中断続的に嘔吐が続きました。熱も出てきて、どうやら今流行っているお腹の風邪のようです。

今日は今年度最後の参観日。
ちびくまの大好きな調理実習のはずだったのですが、仕方ありません。
学校はお休みしてかかりつけ医に行きました。

普段は医者嫌いのちびくまも、さすがに参っていたのか、
「おいしゃさんいきます。おなかもしもしします。しんどいなおすおくすりもらいます」
と説明すると
「おいしゃさんいきます」と素直に従ってくれました。

診断はやはりお腹の風邪。
吐き気どめの座薬を入れるとき嫌がって暴れて、ちょっと大変でしたが、
薬が効いてくると、ドクターの予告どおりあっという間に食欲も出て、元気になってきたちびくまなのでした。

来週のお別れ遠足はどうにか参加できそうです。良かった。


3/4

今日の給食のおかずは中華。

でも、お腹の風邪から回復途中のちびくまと同じ障級の2年生にはまだ油っこすぎるかも・・・というので、障担が調理実習をかねてうどんを作ってくれました。

ちびくまは・・・おかわりして食べました。もう大丈夫ね。

3/5

今日は障級のお別れ遠足。
6年生が進学する中学の障級や、同じ中学の校区にある他の小学校2校の障級と合同です。

行き先は、校則で2時間かかる隣県の総合児童館。
「総合的な学習」を見越して作られたものでしょうか、ちょっとした博物館と室内遊び場を合体させたような施設なのだそうです。

下見に行った障担の感想は「もう、モロにちびくまくん大喜び、っていう
感じのところなんですよ〜。『おうちかえりません』って言われるかも」

ちびくまは、担任の予想通り、お弁当やおやつには見向きもせず、展示物を楽しみ、滑り台をすべり、高さ40Mの巨大ジャングルジムも上級生や先生たちと共に登りきったそうです。

帰ってきたちびくまは、「思いっきり堪能してきました」という顔。
「もう、目がキラッキラ、輝きっぱなし。どこへ行っても一番入場料の元をとるのはちびくま君。本当にお得ですよね〜」
とは、介助の先生の談でした。

3/7

交流級での体育はなわとびのテスト。

協調運動に思いっきり障害があるちびくまは、なわとびができません。
でも、「腕だけをまわして足の前に縄を置き、それを飛び越える」という独特のスタイルで、なんとかみんなの真似をしようとしています。

2人ずつペアでのテストだったのですが、相手のM君が18回でつまづくと、ちびくまも18回まで跳んでストップしたのだそうです。
きっと「テスト」の意味はわかってないな(笑)。

5時間目は校区の学校へ交流に行きます。
今回は交流級のみんなに、「得意技」を披露しよう、ということで「絵本の読み聞かせ」を企画してもらいました。

交流級の先生が、絵本を何冊か読んだあと、最後の1冊をちびくまがみんなに読んできかせるのです。

ハイパーレクシアのちびくまは、初見の文でも結構それなりに読んでしまいます。(ただし、意味はあまりわかってない)
この1年、それを「長所」として伸ばす機会をことあるごとに作ってもらったちびくま、今では、絵本を声色を使ったりしながら、台詞も情感たっぷりに読めるのです。
自分でも「これをやればみんな感心する」とわかって自信をもっています。

さて、いよいよ本番。
読む本は、ちびくまの大好きな「ぐりとぐらのおおそうじ」(福音館書店)。
校区の交流級のみんなの前に立って、最初は少し声が小さかったけれど、すらすらと、そして感情を込めて、とてもうまく読めました。

読み終わると、子どもたちのほうから、
「すっげー」「上手〜」と歓声があがり、拍手。
やや緊張の面持ちだったちびくま、満面の笑みになりました。

パニックになって、泣きながら退散した1学期の交流を考えると、嘘のようです。
負けずに挑戦を続けて、良かった。
忙しい中、交流の企画を練りつづけ、協力してことにあたってくれる、両方の学校の先生たち、本当にありがとう。

3/10

先日のちびくまのお腹の風邪を私がもらってしまったようです。

やはり夜半から急に気分が悪くなり、一晩中吐きつづけてしまいました。
夫は金曜の晩から熱と激しい咳で寝込んでおり、休日診療の医者に連れて行ってもらえそうにはありません。
しかたなく、ただひたすら寝て直そうとする私。

トイレで吐いていると、背後からちびくまが
「おかあさん、ゲーゲーしてる」

そう、この間彼の具合が悪くなった時、ここぞとばかりに
「ちびくまくん、ゲーゲーしてるねえ、気持ち悪いねえ」
と私は耳元でささやき続けたのです。
元気な時には実感を伴って教えられない言葉だから。
・・・ちゃんと学習はしてくれたようです。

「おとうさんも、おかあさんも、びょうきです。ねんねします。ちびくまくんは、1人であそびます」
と説明すると、納得したようで、
「おかあさん、びょうき、おねつありますか」
といいながら1日1人遊びを続けてくれました。

熱でふらふらになっているのに、どうしてもちびくまから目を離す訳にいかなくて、市販の解熱剤を飲みながら、ソファーに横たわって夜中まで遊ぶちびくまを見張り続けた3年前の自分を思い出して、じーんとなってしまいました。
よくぞここまで育ってくれた。

3/13

夕方、感覚統合訓練から帰ってきた時のこと。

マンションの廊下を歩いていると、後ろからついてきていたちびくまが、突然「あ、おかあさん、ばいばいしてる!」

「誰が?」と思って彼が指差すほうを見ると、遠くの山に真っ赤な夕日が今まさに沈もうとしているところなのでした。

「ほんとだ、お日様がバイバイしてるね。おやすみって」
「おひさま、バイバイまたあした、した」

うーん、「普通の」子なら、2、3歳で吐く台詞なのかもしれない。
でも、素直に嬉しい。
なんだか、ほんわか気分の出来事でした。

3/16

2日の授業参観の調理実習にちびくまが参加できなかったので、障担が再び調理実習を企画してくれました。

今回は「おもちづくり」。
とは言っても、もち米を蒸すのと、もちをつくのはもちつき機の仕事です。

今年のお正月、急におもちにはまったちびくま。
昨日から「あしたは、きなこもち!」と楽しみにしていました。

おもちを丸めるのには、全く参加しなかったけれど、食べるほうは、とっても頑張りました。<違うって。(^^ゞ

3/20

今日は卒業式で、登校は5・6年のみ、ちびくまはお休みです。
「ちびくまくん、今日は何しようか?」という私の質問に、ちびくまはニッコリ笑ってこう答えます。
「おかあさん、ハ○ビーズ、買いに行こうね」

ハ○ビーズというのは、小さなプラスチック製のビーズを基盤に並べて作品を作る、という、デンマーク生まれの玩具。
微細運動に問題あり、で造形系には全く興味がないちびくまには無理無理、と避けて通っていた道だったのですが・・・。

昨日の生単の授業で、障担が「ハ○ビーズでアルファベットを作る」という課題を出した途端、はまってしまいました。
学校で作ったABCを得意げに持ち帰ったちびくま、
「おかあさん、ハ○ビーズかう。DEFつくる」と宣言。をいをい(^^ゞ。

一晩寝れば忘れるかも、という淡い期待も空しく(笑)、ちびくまは
今日の予定として「ハ○ビーズを買いに行く」と宣言したのでした。
まあ、微細運動の訓練にもなるし、悪いもんではない。
・・・というわけで、手に手をとって、ビーズを売っている玩具屋さんまで歩いていきました。

念願どおりビーズセットをゲットしたちびくまは、隣接のショッピングセンターで文具店の色鉛筆と本屋さんの絵本コーナーをチェックした後、
「おかあさん、おなかすいた。おうちかえろうか」

空気はもったりと甘く、日差しは明るく、街はすっかり春です。
戦利品を手にしたちびくまと、家までのゆるやかな坂道を上りながら、
「でも、この子と、こんなに穏やかな日が過ごせるようになるなんて、
1年前でも考えられなかったよなあ」
なんて、ちょっとしみじみしてしまったのでした。

3/22

今日は終業式。いよいよ今日で1年生が終わります。

「体育館に全校生が集まる式でも、もう介助なしでちゃんと整列できるんですよ。立派に成長した姿を、是非見てあげてください」
と障担に言われて、学校に出向きました。

障担は体育館の入り口で待っていてくれました。
案内されて体育館の2階席から子どもたちを見下ろします。
目立つので「あれは誰だろう?」と言う顔でこちらを見ている子も沢山います。

ちびくまもすぐ私に気がつきました。
「なんでおかーさんがいるんだろう?」と言いたげな顔ですが、そこから動いたりはしません。

「起立・礼・着席」の号令にも従っていました。
「礼」は首だけチョンと振って、会釈のようでしたが。
5年生から順番に、1クラスずつ代表が出て、校長先生から修了証書を受け取る間、じっと床に座っていました。
自分のクラスが立つ時には一緒に立ちました。
座るときには号令がなかったので、しばらく立ったままでしたが、周りの子に教えられて座っていました。

1年前、この同じ体育館での入学式で、いつちびくまが泣き出すか、大声をあげるか、席を立つか、床に寝そべるか、とはらはらしながら見守っていた日のことを思い出して、この1年で彼がどれだけ成長したのかを、改めて感じました。

最初障担が約束してくれたとおり、この1年、彼の笑顔が、瞳の輝きが、曇ることは1日たりとてありませんでした。
「どんなにできることが増えたとしても、その子がその1日を幸せに過ごせるのでなければ意味がない」
と断言する障担の元、彼の心と体の発達に寄り添いながらきめ細かい指導をしてもらったおかげでしょう。
2年生もこの調子でいけますように、と願わずにいられません。

3/27

学校の送迎バスの新年度の運行コースを決める打ち合わせ会に出かけました。

バスは1台増えることになったのだけど、1年生も5人入学するので(卒業は1人)だいぶ苦しくなってきました。
今度は朝乗る時間が20分早くなります。
きゃ〜。起きられるのだろうか。<特にワタシ。(^^ゞ

教委の担当の人たちと、親が「あーでもない、こーでもない」とカンカンガクガクやっている間、お子様たちは落書きする、走り回る、叫ぶ、脱走する、寝る。
それをお守りしてくれるのは、障担の先生たち。新学期の苦労を垣間見るような2時間でした。
先生方、いつもお疲れ様・・・。

ちびくまは、しばらくホワイトボードに落書きしていたあと、駐車場を見渡せる窓から、静かに車を眺めていました。

数々の懸案を残しながらも、どうにか見切り発車で決着。
母と一緒に会議室を出て、
「ちびくまくん、あなたって、ほんとにこういう場でも落ち着いてるわね」
と障担に声をかけられたちびくま。
「でも、ちびくまくんは、もうがまんできないのー。おうちへかえって、おひるごはんたべるのー」
と宣言して、まっしぐらに駐車場へと向かったのでした。

3/28

ちびくまと2人で図書館に行きました。
ちびくまに「借りたい本があるかどうか見ておいで」と言って絵本のコーナーに行かせてから、自分の読みたい本を選びます。
しばらくたって見に行くと、ちびくまはいつものお気に入りの作家・いわむらかずおさんの絵本と、パトカーと消防車の写真図鑑を選んで、両手に抱えながら、AVコーナーのブースで「機関車トー○ス」のビデオを見ている子の背後からこっそりビデオを楽しんでいる最中でした。

1人でいても、走り回ったり外へ勝手に出て行かなくなったので、本当に楽になりました。

帰りの車の中で、ちびくまは「おなかすいた、お昼ごはん。」
「じゃあ、マクドナルド行こうか?」

ショッピングモールのフードコートは、ちょうど込み始めた頃。
2人で手をつないで、行列に並んでいると、ハッ○ーセットの玩具のポスターを指差して、「8ばん」と指定するちびくま。
「ハンバーガーにするの?チキンナゲットにするの?」
「ハンバーガーにするの」

空いたテーブルに向かい合わせに座って、ハンバーガーを食べます。ハンバーガーを丁寧に分解して、パン→ハンバーグ→パンの順番で食べています。
ピクルスだけは、「おかーさん、たべる」と言って差し出してきます。

パンをほおばりながら、ニコニコして、
「おかーさん、ハンバーガー、おいしいねえ。ジュースも、ポテトも、おいしいねえ」

・・・この子とこんな風に過ごせる日が来るなんて。
生きててよかった・・・。


3/30

個別指導をお願いしている地元の教育大へ。
ここでは、教師として何年も現場で働いてきた先生たちが大学院に戻って、勉強しなおしています。
ちびくまは、そういった先生たちの個別指導の、いわば実習台です。

授業の間、私は教授と一緒に隣の観察室から、マジックミラーとモニターごしに、ちびくまの様子を見ています。

「うん、筆記具の持ち方や運筆が、だいぶよくなってきたね。どんどん伸びてるな。学校での指導もいいんだろうね」
そりゃーもう。(^O^)

「だけど、彼を見てると、やっぱりアメリカ式の早期発見、早期療育は大切だと思うね。彼なんか、日本では診断受けるのも難しかっただろうから、ずーっと放置して”様子を見”られてしまったかもしれないからなあ。
それだと、こんなに伸びる素地が出来ていたかどうか」

あの時、療育を始めていなかったらどうなっていたのか。
それを確かめる術はありません。
でも、全ての子に可能性を追求させて欲しい。
母子で追い詰められて煮詰まってしまわないように、援助の手を差し伸べて欲しい。

「自閉症だとわかったけれど、これからどうすればいいのか」と悲嘆の中で途方にくれている親御さんたちを見るたび、「障害だ」と診断される勇気さえ持てば、あとは専門家の手によって、少なくとも基本的な療育の場は無料で用意してもらえる、アメリカのような早期療育のシステムが、1日も早く日本でも実現されるよう、望まずにはおれません。
そのために、私たちができることはなんなのか、いつも考えていたいと思います。


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