ちびくまスケッチ(2002年4月)



4/1

ちびくまがご機嫌で遊んでいるのをいいことにPCに向かっていると、うしろからきたちびくまが
「ねえねえ、おかーさん」
「はーい?」
・・・えっ?

春休みの間、「おかあさんといっしょ」の歌のビデオをすりきれそうなほど繰り返し見ているちびくま、その中で、歌のお姉さんと歌のお兄さんが
「ねえ、おにいさん、次の歌は・・・」
「ねえ、おねえさん、おねえさんは・・・」
とやりとりしているのをしているのを観察して、突然「これは使える」と思ったらしいのです。

4歳1ヶ月にして突然「おかさん」という言葉を使い出したときも、その便利さにはまったように使いつづけたけれど、今回もまたそうなりました。

一日中、用もないのに
「ねえ、おかあさん」
「ねえねえ、おかあさん」
嬉しいけど・・・ちょっとうるさい(笑)。


4/4

今日は、転任・退職される先生方の離任式。

ちびくまのクラスの介助のN先生が辞められる、というウラ情報が入ってきたので、クラスのお母さんたちと共にご挨拶に行ってきました。

新5年生のお姉ちゃんは、いつもはちびくまと一番の仲良しで、じゃれあって遊ぶ関係なのですが、いつも遊んでくれたN先生がいなくなるのが悲しくて、とってもご機嫌ななめ。

ちびくまがいつものようにちょっかいをかけに行っても、無下に振り払うばかりです。拒絶されたちびくまは、その度に玩具を床に投げたり、壁を叩いたりして怒っていました(笑)。

N先生がいなくなることは、わかっているのかどうか。
でも、母の助けで、お手紙を書いて、お渡しすることができました。
鉛筆が持てなかったころのちびくまもよーく知っているN先生なら、きっとその値打ちがわかってくれるから。

「N先生
 おえかきして ありがとう
 ありがとう マラソン はしてくれて
 いっぱい あそんでくれて ありがとう」(原文のまま)

N先生、本当にお世話になりました。お元気で。


4/8

今日はいよいよ始業式。
送迎バスから降りたちびくま、障担から「ちびくまくんは2年1組よ」と言われて、
「はーい」と返事。

靴箱に張り出してあるクラス分け表で自分の名前を確認して、新しい靴箱にすんなり自分の靴を入れました。

障害児学級も今年は5人の新入生と1人の転入生を迎え、総勢21人。
障担7人、介助員14人の大所帯となってしまいました。
春休みに、普通教室を改造して、障級対応の教室が新たに2つ増えています。(1つは将来の増加を予想しての予備)

結局、ちびくまは、大好きな障担の先生が変わらなかったほかは、障級でのクラスメートも教室も、交流級のクラスメートも教室も担任も総換え、という新しい環境に入ることになりました。

いつもは、できるだけ「突然」「開けてビックリ」を避けてくれる障担も、他との兼ね合いで、このことだけは事前に教えられることにも限りがあります。自閉っ子であるちびくまは、当然パニックのひとつも起こすだろう、と覚悟していてくれた障担からは、
「でも、こっちの心配をよそに、沈着冷静で。すごい適応力です。
拍子抜けすると同時に感心してしまいました」
と連絡帳に書いてありました。

でも、帰宅したちびくまは、いきなり行き倒れ状態で1時間半も眠ったのでした。
頑張って疲れたのね。(笑)


4/10

交流級でもクラスがえをしたので、今日はみんなの自己紹介から始めることに。

「○○○学級の子」が○年○組に交流に「来る」のではなく、「○年○組の子」が「○○○学級でも」勉強することを「特別に許されている」と教えている、ちびくまの学校。
交流級の行事には本人のニーズに反しない限り参加することになっています。

集団適応が比較的良好なちびくまは、さっそく学級会に参加。
「自己紹介」とは何かはよくわかっていないようですが、周りの子どもたちが自己紹介をしているのをじっと聞いていて、自分の番になると、
「***ちびくまです。ふかみどりがすきです」
と言ったそうです。

初日なので、本人に負担がかかりすぎそうなら、途中退室してもいい、言い方がわからなければこっそり教えてあげて、という指示を介助の先生は障担から受けていたようですが、結局、退室も言い方を教えてもらうことも不要でした。

周りをよく見て、真似ようとする意欲が、一層強くなってきたようです。

それにしても、他に好きなものが沢山あるのに、なんで
「ふかみどり」だったのかしら。(笑)


4/15

新学期、大はりきりモードのちびくま。
先生に何を言われても「はーい」と「いい返事」をしているらしいです。
(でも行動は必ずしも伴わない(^^ゞ)

朝の会のとき、障担がうっかりちびくまの名前を呼び間違うと、
「もう!ちびくまくん!」
と怒って訂正したり、と情動も言葉も、ますます豊かになってきました。
特に語彙は、日々「どこでそんな言葉を覚えてきたの?」というくらい爆発的に増えつつあります。

新学期につきものなのが、各種の検査・検診。
今日はギョウ虫検査と、検尿セットを持って帰ってきました。
検尿用のスポイト容器を見て、ちびくまが一言。

「あ、ちょうみりょういれだ!」

・・・・まあ、形は同じだけど(笑)。



4/16

今春入学した1年生も、ようやく始動しはじめました。
今日は、担任の先生に連れられて、学校探検。
ちびくまの在籍する○○○4組の教室にもやってきました。

ちびくまは、ここでも「接待係」ぶりを発揮。
廊下まで出て行って、「あそんでいってよ〜」と声をかけ、一団が帰るときには「バイバーイ」とやはり廊下までお見送り。

「1年生を相手にすると、ほんとに”お兄ちゃん”になっちゃうんですよ。自分は上級生だ、っていう自覚もプライドもちゃんとあるんですよね。交流級でも、完璧な授業態度だし、ちょっと頑張りすぎじゃないか、私が無意識のうちに頑張りを強制してるんじゃないかって、却って心配になっちゃうんです」
と心配してくれる障担ですが、私の答えは、
「先生が学校での安全基地になってくださるから、”みんな”にはいいところを見せたいんでしょう。私も先生も、彼に”普通”を押し付ける気のないことは、きっとわかってくれていると思いますから」

ちびくま、学校では「おりこうな2年生」をやっているようです。
家では、ちょっとしたことで泣きがはいったり、少し不安定気味。でも、食欲も旺盛、殆どの時間はニコニコご機嫌で過ごせていることを見ると、特に無理をしすぎているようでもありません。
まあ、家では存分に甘えて、充電していっていただきましょう(笑)。。


4/17

ちびくまが交流級の体育の授業に参加してまだ帰ってきていないのに、2年生の子どもたちが何人か○○○学級の教室の前をうろうろ。

「ちびくまくんの教室、どこやろ?」という台詞を聞いて、障担が、
「あ、ちびくまくんと遊びに来てくれたん?ちびくまくん、まだ帰ってきてないねんけど、あなたたちは、もう体操服着替えてきたの?」
と訊くと、
「ぼくら、1年2組(ちびくまの交流級)やってんけど、今年はちびくまくんと違うクラスになってん。先生、違うクラスでもちびくまくんのとこへ遊びにきてもええ?」

「ええよ。クラスは違っても、ちびくまくんの友達やもん」と答えた障担、「胸が熱くなってしまいました」と連絡帳に書いていました。

一方、当のちびくまは体育からの帰りに、校内に入ってくる救急車を発見。
子どもがひきつけを起こしたため、念のため救急病院へ運ぶことになったのです。
あまり嬉しそうに眺めているちびくまは、さすがに不謹慎だからと教室まで帰されたのですが、教室の窓からサイレンを鳴らしながら出て行く救急車を見送ったあと、突然ノートを出して「きゅうきゅう車」の絵を描き、
「きゅうきゅう車きたよ。ピーポピーポきたよ。おそとみたよ」
と作文。

こんな風に、自分の見たものを自主的に絵や文にしたのは初めて。
「よっぽど”カンドー”の体験だったんでしょうね」というのが障担の感想です。


4/18

新しい学習指導要領になって、授業時間数が減ったので、ちびくまの学校では学習内容の定着のため、1時間目が始まる前に、15分の「朝の学習」の時間がとられることになりました。

この時間も、ちびくまは介助つきで交流級で過ごします。
今日の内容は「計算ドリル」。

内容は一年生のときにやった1桁+1桁の足し算だったので、ちびくまには簡単。(足し算の理屈自体はあまり理解できていないけれど、九九のように丸暗記している)
あっという間に自力で仕上げてしまいました。

できたプリントを見た交流級担任、目を丸くして、
「これ、全部あってるみたいやけど・・・、N先生(介助の先生)がやったん?」と訊いたそうです。(笑)

今春他校から転任してきたばかりの先生、まさかちびくまに足し算ができるとは思っていなかったんですね(笑)。

障害児学級に帰ったN先生は、ちびくまを知っている人に会うごとにそのことをしゃべって、大笑いしましたとさ。


4/20

今日は土曜日、いつも個人指導でお世話になっている教育大学へ行く日でした。

授業がひととおり終わったあと、
「ちびくまくんって、重いものを人と一緒に運んだりできるのだろうか?」
という質問が。

去年の給食当番ではお友達と牛乳を運んだ、と聞いてはいるのですが、先生にかなり手伝ってもらった、という話だし、いまいちはっきりしません。

確かめてみよう、ということになり、授業で使った跳び箱の片方を先生が持ち、もう一方を「ちびくまくん、持って」と。

すると、ちびくま、確かに手はかけるのですが、持ち上げようとはしません。
先生が持ち上げて運ぼうとすると、片方だけ引きずってしまいます。
「ちびくまくん、いくよ、せーのーで!」と掛け声をかけても同じです。

でも、ここで母はひらめきました。
「ちびくまくん、跳び箱を、先生と一緒に運んで」

するとちびくまは難なく先生に合わせて跳び箱を持ち上げて、ちゃんと運ぶことができたのでした。
確かに自閉の子は言葉を文字通りに理解するっていうけど・・・。
それって、あんまりお約束どおりじゃない?(笑)


4/23

少しずつながら、着実に言語能力が伸びてきているちびくまに応答能力をつけようと、障担が「質問コーナー」というのを考えてくれました。

紙に書かれた質問を、音声でもして、答えを引き出す、というもの。
「お名前は?」
「お父さんとお母さんの名前は?」
「今何歳ですか?」
「何小学校に行っていますか?」
「何年何組ですか?担任の先生は誰ですか?」
「おうちの電話番号は?」
このあたりは完璧に答えられるようになりました。

だんだんネタに詰まってきた障担、今日の質問は
「お父さんは今ごろ、何をしていますか?」
「お母さんは今ごろ、何をしていますか?」

前者に対する答えは、「かいしゃ、おしごと、しゅっちょう」
後者に対する答えは、「ねている。すわっている。ひるごはん」
だったそうです。

どーせ・・・・・・。


4/25

ちびくまはいまだに少しひらひらチョウチョのような多動が残ってはいますが、小学校に入学してから教室を脱走したことは一度もありません。ところが・・・

今日、交流級の授業中に、突然立ち上がって教室を出て行ったのです。
あまりに静かに疑いもなく出て行ったので、交流級担任も介助の先生も止める間もなく、介助の先生だけが後を追いました。

ちびくまが行った先は、隣の隣の、2年3組の教室。
そこで、そのクラスの担任の先生が、子どもたちにギターを弾いて聞かせていたのでした。
ちびくまは、そうするのが当然と言わんばかりに自信たっぷりの様子で教室に入ってギター演奏を聴き、納得すると、また何事もなかったかのように自分の交流級に戻って着席したのだそうです。

ただただあっけにとられたのは、2人の普通級担任の先生たちと、介助の先生。

よほど心ひかれる演奏だったのでしょうね。
障害児学級に戻りながら、ちびくまは介助の先生に、
「こんど、ぎたー、してもらおうか」
と言ったそうです。


4/28

ちびくまと買い物に出る前に、「今日の晩御飯、なんにしようかな〜」と思案。
「久しぶりに、お好み焼きなんかでもいいかもね」とひとりごちながらお出かけ。

でも、スーパーまで行ってみると、刺身が安売りになっていたので、気が変わって手巻き寿司に変更。

ところが、食卓を見たちびくまの顔色がさっと変わって・・・
「きょうのばんごはんは、おこのみやき!」と叫んで大泣き。

しまった。聞いてたんだ。
「じゃあね、あした、作ってあげるよ、お好み焼き」
そんな風になだめても、すでに手遅れ。

「おこのみやき!ちびくまくんは、おこのみやきたべられない!あしたは、おこのみやきたべられない!もうだめだ!おこのみやきはたべられないんだ!」

最近珍しいんじゃないかと思うほどの大パニック。
どうしてもパニックを収めることができず、ついに冷蔵庫の有り合わせでお好み焼きを作る羽目に。

でも、「おこのみやきはたべられない!」と泣き叫びながら、ついに泣き寝入りしたちびくまだったのでした。

(後日談)
次の日、「きょうの晩御飯はなんにしようか?」と問い掛けると、
答えは予想に反して「れたすまき!」
「あれ?お好み焼きは?」と訊くと、一言「おいしかったよ」(笑)
あの騒ぎはなんだったのさ。


4/29

昨日の泣き寝入りが嘘のように、すっきりした顔で起きだしたちびくま。

わざと親に聞こえるように
「ちびくまくん、きょうは***パークにいきたいんだけど。つれていってもらえるかなあ。きっとだいじょうぶさ。わあ、よかったねえ、ちびくまくん」
を繰り返して「連れて行け〜」のアピール。

あまり笑える要求の仕方に負けて、きょうの行き先は***パークになりました。

***パークの中でも、
「わあー、でんしゃだ、ちびくまくんものりたいなあ」
「つぎは、ゴーカートにのれるんだよ。うれしいなあ」
と要求のしまくり。

でも、あんまり愛嬌のある要求なので、ついつい言いなりになってしまいます。
一通り要求をかなえてもらって、満足したちびくま、帰りの車の中で、
「でんしゃ、おもしろかった。ゴーカートもたのしかった。おべんとうおいしかった。きょうはほんとにたのしかった。また、みんなで、***パークにいきましょうね」
(出典:「ねずみのかいすいよく」)

これで十分報われた気になってしまうんだから、親ばかとしか言いようがないですね。




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