ちびくまスケッチ(2003年4月)



4/3

夕方、ちびくまと2人で近所のスーパーへ買い物に行きました。
買い物の間、私にずっとついて回る事はまだできないちびくまですが、ここでなら、私から離れても、レジのところで私を待っていたり、駐車場に面した歩道のところで私を待っていたりしてくれるので、私も不安なく買い物ができるようになりました。ほんの2年前には考えられなかったことですが、彼が確実に成長しているひとつの証拠のようで嬉しいです。

今日も支払いを終えて店を出ると、ちびくまはベンチに座って、駐車場の車を眺めていました。
「おまちどうさま。さあ、おうちへ帰ろうか」

いつもならそう声をかければ駆け寄ってくるちびくまが、今日はどうしたことかそこから動きません。
仕方がないので近くまで行って、「どうしたの?おうちに帰ろうよ」と再度声をかけると、「だって、ワ*ンRがとまってるんだから」と目の前の車を指差しました。

・・・別に珍しい車じゃないし、ちびくまの好きな大型車でもないのに。
他に何台かとまっている同種の車には気をとめていないのに、その車にだけこだわっているのでなにか理由があるのかも、と思い、ちびくまにつきあって、しばらくそのベンチに座って待ってみることにしました。

と、そこへ、車の持ち主の女性が帰ってきて乗り込もうとして、
「あら、ちびくまくん、こんにちは!」
ちびくまは、ちょっと照れ笑いをして、その場を離れます。
「こんにちは〜」と私にも挨拶してくれるその女性の顔を見ても私のほうは誰だかわかりません。
「あのう・・・?」
「あ、私、Kです。昨年度、ちびくまくんの交流級の隣のクラスを担任していました」
あ、2年2組の担任の先生だったんだ。
去年の4月に一度挨拶をしたきりだったので、すっかり顔を忘れてしまっていました。
「ああ、失礼しました。この車を見つけて、どうしても持ち主に会うまで帰りたくなかったみたいで、ずっと待っていたんですよ。本人は、先生の車だとわかっていて、お会いしたかったんでしょうね」
と説明すると、
「へえ〜、私の車も覚えてくれてたんだ〜、いつ見てたんだろ」
そりゃ、先生、この子は5秒間車を見たらナンバーを覚えますから(笑)。

駐車場を出て行く先生の車に、大きくバイバイと手を振ったちびくまは、それで気がすんだらしく、後はすんなり家まで帰りました。やはり、この子の行動には、いちいち理由があるようです。


4/4

今日は、離任式。
春の人事異動で、他校に転任する先生とのお別れの式です。
今年は、これまでお世話になった障担M先生の異動が、かなりの確率であるのではないか、ということで、障級の保護者の間でもその話でもちきりでした。

7人いる障担の中でも一番経験が長いM先生は、障碍児学級のムードメーカーなので、子供を直接担当してもらっていない親にとっても、その動向が気になるところでしたが、昨夜、障級保護者会の連絡網で、M先生残留のニュースが流れてきたのでほっとひと安心。

障級でも毎年クラス換えのある学校なので、3年連続担任ということは期待できないけれど、M先生が同じ学校にいてくれる、というだけでも、心強いものがあります。

ちびくま関係では、昨日お会いしたK先生が、我が家の近くのY小学校に転任されました。
ちびくまは、K先生の挨拶のときだけ、膝立ちになって、じっと見ていたそうです。
普段、あまり接触はなかったはずだけど、やはり学年の先生は彼にとって特別な存在だったのでしょうね。

さて、ちびくまが入学当初からお世話になった送迎バスに乗るのも、今日が最後になりました。7日の始業式からは新ルートのバスに乗るのです。ちびくまは運転手さんと添乗員さんに「2ねんかんありがとうございました」と書いたカードを作りました。つたないけれど、彼には精一杯の「バス」の絵も描いて。もちろん、2人ともとても喜んでくれました。

ちびくまは、「***番のバスは今日がさいしゅうかい。7日から新しいバスにのるね」と何度も確認しています。
3月にTVを見ていて、「最終回」だとその後はないんだ、ということに気がついたようです。番組改変時にパニックを起こしていた頃が嘘のよう。彼にとっては、「さいしゅうかい」が切り替えのキーワードになったようでした。


4/7

いよいよ今日は始業式。
ちびくまは今日から新ルートのバスで学校へ通います。
障級も交流級もクラス換えがあり、担任もまずもちあがりにはならないはずですが、新しいクラスも、障担、交流担も、この日学校へ行くまでわかりません。

子供以上に親もどきどきそわそわ。障級の保護者の間でも電話や携帯メールが飛び交います。
ちびくまの帰宅を待って、飛びつくようにしてお知らせを読むと、やはり障担はかわり、K先生になっていました。

「へ?K先生?」
K先生は他の障担より一回りほど年下の、一番若い、大きな熊のぬいぐるみを思わせる容貌の男の先生。
去年、普通学級担任から、肢体不自由児クラスの担任になったばかりで、まさかちびくまの担任になることがあるとは思っていませんでした。思わぬ伏兵です。

介助の先生も、ちびくまが1年の時お世話になった大ベテランのI先生の他は、去年2学期に採用されたばかりのN先生と新任の先生になっていました。

ちびくまにとっては、入学以来の大きな環境の変化です。
今日は混乱なく新しい教室に入り、新しい交流級の列にきちんと並んで始業式に参加したようですが、さてさてどうなりますやら。

さて、夕方にはもうひとつ大きな変化が待っていました。
ちびくまの大好きなN*Kの「おかあさんといっしょ」の歌のお兄さんとお姉さんが変わったのです。番組が始まった時、今日から新しいお兄さんお姉さんだということを説明しておくのを忘れていたのに気付いて、私は慌てました。

すると、しばらくじっと見ていたちびくま、ぽつんと「お兄さんとお姉さんはさいしゅうかいだったんだね。ちびくまくんが3年生になったから、お兄さんとお姉さんも変わったね」と言うではありませんか。

自分が3年生になったから、いろいろなことが変化した。彼には負担が大きいであろう、環境の総換え状態を、ちびくまはそう理解して、消化しようとしているようです。


4/9

昨日は入学式でお休みだったので、今日が新学期2日目。

午前中のみの授業で帰宅したちびくま、玄関に入るなり床に突っ伏してしくしく泣き始めてしまいました。

「ちびくまくん、どうしたの?」「何が悲しいのかな」と尋ねても
「かみなり、どっかーん(叱られた、の意)」
「ちがでた(傷ついた、の意)」
「ちょっとお腹がいたいです(悲しい気持ち、の意)」
と繰り返してしゃくりあげるばかり。

何か彼なりに傷つく事があって、辛くて泣いているのだということははっきりわかるのですが、何があったのか、彼の誤解なのかそれとも本当に傷つくようなことを言われたのか、さっぱりわかりません。

しかたがないので、「そう、ちびくまくんは、悲しかったんだね」と、彼の「辛かった気持ち」にだけを受け止めながら、彼の気持ちがおさまるのを待っていました。

すると、1時間以上延々と泣いていたちびくまが、突然、自分で涙をぬぐって「ちびくまくんは3年生になりました。3年生はお兄ちゃんです。えんえん泣きません」と宣言。

春休みの間、「ちびくまくんは、4月になったら3年生だねえ。お兄ちゃんだねえ」と呪文のように唱えていた私の言葉からとったようですが、今日は初めて1年生を見てきたことでもあり、彼にとっては「3年生になったこと」はとても誇らしく、プライドをくすぐられる出来事だったのでしょう。

環境が大きく変わる新学期は、自閉っ子にとって大きな試練ですが、こういう成長もみることができるんだな、と思いました。


4/11

ちびくまは、今も週1回、地域の療育センターで感覚統合訓練を受けています。1年生の春から2年間お世話になっていたOTの先生が、都合で今春訓練センターを退職されたので、新年度から新しい先生になりました。

今日はその第1回目。
ちびくまには予め、先生が交代する事と新しい先生の名前を紙に書いて予告してあったので、特に混乱することもなく、スムーズに訓練をすることができました。こちらのほうも「自分が3年生になったから」だと理解したようです。

第1回のセッションを終わっての新しい先生の感想は
「まあ、感覚や体の使い方の問題はともかくとして、言語指示もよく入りますし、訓練にも協力的でお付き合いしやすいタイプのお子さんですね」

付き合いの浅い人には気をつかって、必死で「いい子」を演じるのが、ちびくまの人付き合い。
案の定、訓練が終わって帰宅する車の中で、既に爆睡しておりました。
そんなに頑張らなくてもいいのに(笑)。


4/15

新しい障担のK先生とちびくまとは、まだお互い「どう付き合ったらいい相手なのか」を探りあっている、という状態が続いているようです。

どうやら、自閉っ子と密接に関わるのは初めてらしいK先生。
毎日、「ここはどこ?私はだれ?」級の混乱の中で自分が何をどう教えればいいのかを模索中のようです。

「でも、ちびくまくんのほうから、なんとかして私との関係を作ろうと、いろいろ働きかけてきてくれるんです。ホントに助かります」

・・・どうりで、毎日帰ってくるちびくまが、憔悴しきって能面のような顔で帰ってくるはずですわ。
なんとか、この状態を、早く乗り切れるといいんですけれど。

K先生のために、プロフィールノートを改めて書き直し、「高機能自閉症・アスペルガー症候群入門」(中央法規出版)「アスペルガー症候群を知っていますか」(日本自閉症協会)などの本と一緒に学校へ持っていきましたが、結局は、先生がそれを読んで、取り入れてくれなければなんにもならないので、ちょっと、胸をいためながら、祈るような気持ちで先生と我が子を見守る毎日を送っています。


4/19

ちびくまが個別指導をしていただいている地元の教育大の大学院でも、新年度が始まりました。この大学院は一般とは少し異なり、現職の先生を対象としたコースです。

これまで2年ほどちびくまの指導にあたっていた先生の殆どが、今春大学院を修了して学校現場に戻られたので、ここでも大幅な顔ぶれ変更があるはずで、ちびくまにはある程度そのことを予告してはありました。

それにしても何もかもがらっと変わったこの春。ちょっと負担が大きすぎるかな〜、と思っていたら、これまで指導に携わっていた2人の先生が、現場復帰後も勉強のため、訓練に参加する、といって来てくださっていました。
ちびくまは、先生の顔を見て、心底ほっとした様子です。
指導内容もこれまでの継続でなじみのあるものだったし、新院生が見学のためにずらっと並んでいたので、ギャラリーが多いと張り切るタイプのちびくまは、ここでも大張り切りでした。

新しい院生の中には、かつてちびくまの障級と合同授業をしたことのある、市内他校の障級の先生もいました。
「もう2年も前に、一度会ったことがあるだけですからね。覚えてくれてないだろうな〜」
そう言った先生でしたが、ちびくま、見事にその先生が当時乗っていた車の車種とナンバーを言い当てました。
やっぱり、車に関する記憶だけは、半端じゃない・・・。


4/20

今日は、月1で参加している動作法の訓練会。
会場の福祉センターに着くやいなや、ちびくまは「やったー、MK先生きてるよ〜〜っ!」と叫んで、嬉しそうに大声でキャハハハと笑い始めました。
日頃はないことに、私はびっくり。

この会には他にもちびくまと同じ学校の子どもが参加しています。
その関係でこれまでの障担M先生と、同じ学校の障担S先生は以前から勉強のため参加してくれているのですが、今日は、去年ちびくまのクラスの担当で、すっかりちびくまの「心の恋人」になった介助のMK先生も一緒に来てくれていたのでした。

実はM先生が誘ってくれたのか、新障担のK先生も来てくれていたのですが、ちびくまはもうMK先生に夢中。

1時間の親子訓練が終わると、その後1時間ほど親の研修があり、その間、子供たちは先生やボランティアさんたちとおやつを食べて集団遊びをするのですが、ちびくまは待ってましたとばかりMK先生を独占して心行くまで相手をしてもらったようです。

M先生が「ちびくまくんにとって、MK先生って本当に特別な人なのよね」と笑って見ていました。
若くて美人で、元気溌剌のMK先生。
寿退職、なんてことになったら、ちびくまがどんなにショックを受けるでしょう。
MK先生、おめでたい話は、もうすこし待ってね。>自己中


4/24

ネット書店に予約していた「光とともに・・・」第4巻(秋田書店)が届いたので、その足で学校に届けに行きました。

今回は担任の先生が変わって・・・という内容で、我が家の状況とも少しかぶるので、嫌味にとられるかな〜、と心配ではあったのですが、やはり、こんな読みやすい自閉症テキストは他にないですから。

この本は、この学校に在籍する自閉っ子の母が何人も先生のところに持っていったので、もうすっかり浸透しています。現在では、障担だけでなく、交流担の先生にも当然のように読んでもらえるようになりました。
介助の先生も、「あ、もう4巻出たんですか?また貸してくださいね〜」と声をかけてくれます。

K先生の模索と試行錯誤はまだ続いているようですが、なにか良いヒントが見つかるといいなあ。


4/26

今日は、今年度最初の授業参観。
ちびくまは朝から気合がはいりまくりで、大張り切りです。

今日の内容は、障級4クラス合同11名の朝の会と、スタンプラリー形式のゲーム大会。ちびくまにとってはなじみ深いものばかりなので、見に行く私と夫にとっても、もう安心して見ていられるはず。

2年前、ドキドキしながら教室を覗き、立ち歩きも奇声もない我が子の姿に驚いて目を見張ったことが嘘のようです。

予想通り、朝の会でのちびくまは落ち着いたものでした。
名前を呼ばれても返事をしない下級生のときには、声色を使って「はーい」と返事をして、先生に「代返してるんか〜」と突っ込まれたり、先生が読み聞かせようとしている絵本を先生より先に読んでしまったり(暗記している)したのは、まあご愛嬌、ということで(笑)。

そして、スタンプラリーの開始。張り切りモード全開で最初の魚釣りゲームに挑みます。これもパッチリクリアして、さあ、スタンプを押そう、としたそのとき。

ついていた介助の先生が、ちびくま用のスタンプカードがないのに気がつきました。
「ごめん、K先生が持ってるんだった。もうすぐK先生帰ってくるから、それまで待ってくれる?」
去年ならここでパニックになるはずですが、ちびくま、なんとか持ちこたえます。
しばらくして帰ってきたK先生、「え?ちびくま君のカード、なかったか?どこへ行ったんやろ?」と探しています。
ちびくまの忍耐が切れつつあるのに気がついて、私はもう気が気でありません。

やっと「ごめんごめん、カードあったわ〜」と持ってきてくれたK先生、でも、いざスタンプを押そうとすると、今度はスタンプ台がない!

ちびくまはごろんとその場で大の字になって動かなくなりました。
慌ててスタンプ台を持ってきたK先生が、「ちびくまくん、K先生とゲーム行こう」と誘っても、もうびくともしません。
「ちびくまくんは、K先生と行きません。ゲームしません」

一度こういう状態になってしまうと、殆ど復帰不能です。
ついに、授業参観の終わりまで、その場で寝転んだまま過ごし、その後の保護者会の席でも私から離れることができずぐずり続け、さらにその後の授業にも全く参加できなくなりました。

K先生にとっては、おそらく初めてみるちびくまの姿です。
「やっぱり、カードがなくて段取りが狂ったせいでしょうか」と頭をかく先生に、私は言いました。
「先生、この子は光君のように泣き叫んで暴れたりすることはもう滅多にありません。でも、この子がここまでくずれているのは、光君で言えば大暴れレベルのパニックです。先生にとってはついうっかり、ということでも、この子にとってはどんなに大変なことだったか、よく考えてください」

「すみません。私のミスでした。ちびくまくんに申し訳ないことをしました」
先生は頭を下げてくれましたが、
「先生に頭を下げていただいても、この子の精神的負担を取り除いてやることはできませんし、今日の記憶を消してやることもできません。今後、こういうことのないようにお願いします」

学校に入ってから、これほど厳しく申し入れをしたのはこれが初めてでしたが、どうしても言っておかなければ気がすみませんでした。
ちびくまは、明らかに他のお客さんたちの前でパニックを起こすまいとして、必死に頑張っていました。荒れ方としては目立たないので、他の人たちにはパニックだとはわからなかったかもしれません。でも、この子は親や他の大勢のお客さんの前で、自分がパニックになってしまったことを恥ずかしいと思い、プライドを傷つけられるタイプの子です。これから参観日があるたびに、今日のことを思い出して苦しむかもしれません。それを思うとたまらなかったのです。

これでK先生もちびくまの見せ掛けのやりやすさの陰にあるモロさや難しさに気がついてくれたのだといいのですが・・・。

当のちびくまは、帰宅後もかなり不機嫌をひきずっていましたが、その後行った教育大では事情を知った先生方から普段以上に褒めちぎってもらい、少しは立ち直ったようでした。

もちろん、両親は「今日はとてもよく頑張った」ことをことさらに強調して、褒めまくったのでした。


4/30

27〜29日の3連休をのんびり過ごし、朝は「今日は学校へ行くね」と張り切ってでかけたちびくまだったのですが、昼過ぎにK先生から電話がかかってきました。
「ちびくまくん、朝から疲れているようで元気がなかったんですが、給食を食べたあと、3回も吐いてしまって。熱は無いようなんですが、どうしましょうか」
「すぐ迎えに行きます」

学校に着いてみると、ちびくまは蒼白な顔をして、教室の後ろの畳のコーナーで眠っていました。
「このごろ、体調を崩す子供が増えているんですよ。連休の疲れもあるんですかね」
ニコニコと話してくれるK先生をよそに、私の頭をよぎったのは
「心身症?」

ちびくまが目を覚ますのを待って、車に連れていこうとすると、丁度M先生と会いました。
「あら、今日はお母さんのお迎えなの?」と訊くM先生に、実はこれこれで、と話すと、「駐車場まで送らせて」と一緒に来てくれました。
「ちびくまくんは、何でも自分の身に引き受けて、自分が頑張る事でなんとかしようとしてしまうからね〜。あなたばっかり、そんなに頑張らなくていいのよ」
ちょっぴり涙ぐみながら、そう声をかけてくれた先生は、私と同じことを考えていたのかも・・・。

案の定、家に連れて帰ったとたん、ちびくまはおやつも夕食もバクバク食べて、元気に飛び回り始めました。
やはり、風邪などではなかったようです。
まあ、それなら明日の遠足への参加は大丈夫でしょうが・・・。
ちょっと気がかりな状態が続いています。




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