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12/1 学校へゆくとL先生の姿がありません。昨日会った時、なんとなくしんどそうだったので、「大丈夫?」と聞いたら、 「全然大丈夫よ。この子達の顔を見れば、具合の悪いのなんか飛んでっちゃうわ」 と言っていたけど、やっぱり具合が悪かったようです。代理の先生が来ていました。 ところがこの先生、どうも助手たちにすべてお任せで、自分の体を動かそうという気配が感じられない。 ちょっと心配になって、教室までついていきました。教室に入っても、案の定、子供たちに声をかけない。 子供たちと視線を合わせようとしない。 サークルのリードも、その間の子供たちのサポートも、すべて「あなたたちにお任せ」という態度です。 勿論、普段の先生のやり方があまり変わっては、子供たちも混乱をきたすので、「私のやり方」を押し付けられるのも困りものなのですが、こんなに「何にもしない」先生では、何のために来ているのかわかりません。研修を受け、経験はあっても、助手はあくまで助手、細かい対応は助手に従うとしても、全体としてのリードやサポートができない先生では何にもならないのです。 明らかにクラスで一番重度のマルシアを私が補助していても、質問も助言もない。私が誰かとすらきかないのです。 L先生ならこんなとき、端的に「もっと○○して」とか、「次に○○するときは、こういう所に注意して」とかいう指導が入るのですが。 おやつの用意をしている助手のミリアムさんに、 「午前中もこんな調子だったの?(注・午前のクラスは人数が倍)大変だったでしょう」 とこっそり囁くと、 「まあね。ほら、あの人が、あんなふうでしょ」 と溜め息まじりです。教室の中で子供たちが遊んでいるのに、彼女は突っ立って傍観しているだけ。子供たちが喧嘩をしても割ってはいるわけでもありません。私でも、もう少し突っ込んだ対応をします。 「特殊の先生じゃなくて、どうしていいのかわからないのかしら」と思いました。ところが・・・ おやつの時間になり、ミリアムさんが 「彼女、この子のお母さんです。いつもこうして手伝いにきてくれるんですよ」と紹介してくれました。 「まあ、彼のお母さんだったの。マルシアのお母さんだとばかり思ってました」 「私たちはいずれ日本に帰るんですが、日本では自閉症の理解が大変遅れていて、養護学校ですら体系的な指導ができていないそうなんです。特に、息子はハイパーレクシアでバイリンガルですので、適切に対応してもらえる可能性が大変低いです。それで、アメリカのテクニックを体得するために頻繁に保育参加をさせていただいています」 私がそう言ったとたん、今まで殆ど口をきかなかったその先生が、急に饒舌になったのです。 自分の過去の生徒にも外国から来ていて同じような問題を抱えていた子供がいたこと。 アメリカの特殊教育の優れた点と問題点。大学で講義を聞いているかのように、すらすらと、いろいろな話が出てきます。素人じゃなかったんだ! それだけわかっていながら、どうして子供と関わろうという姿勢が全く見えないの?助手と協力しながら、普段の流れをあまり変えないように、自分なりの取り組み方をする姿勢があってもいいのじゃない? アメリカの特殊教育の先生は、少なくとも日本の先生の多くよりはずっと勉強していて、ずっといろいろな情報を持っています。そうでなければ「先生」とは名乗り続けられない仕組になっているのです。 でも、だからといって、先生のやる気やテクニックが保証されるとは限らないのだ、と目から鱗が落ちる思いがしました。 |
| 12/2 今日はL先生が戻ってきてくれました。 「元気になってくれて良かったわ。昨日の先生は最悪だったの」 私が言うと、L先生は苦笑いして「特殊の先生にもピンからきりまであるのよ」。昨日のことは、どうやら耳に入っている様子です。 「あなたは私を信頼してくれるけど、私だって良い先生とは限らないのよ(笑)」 「とんでもないわ。私だって馬鹿じゃないもの。でも、良い勉強になったわ。私は、あなたと出会ったことで、アメリカの特殊教育はすごくレベルが高いと思っていたけれど、先生の当たりはずれはこの国にもあるんだってことがよくわかったもの」 「残念だけど、それは本当ね。子供の担任の先生の資質に満足していない親御さんはとても多いと思うわ。特殊教育に限らずね。教師はそれをもっと真摯に受け止めなければいけないと思う。ところで、話は変わるんだけど、昨日、一日ちびくまのことを考えていたんだけどね」 「病気で休んだ人が指導案を考えていてどうするの」 「いやいや、性分よ。これは。でね、トイレトレーニングを、いったん中止しようと思うのよ」 「中止?」 「そう。あの子はね、十分賢いし、できることなら自分でやって、私やママに喜んでもらいたい、という子よ。その子が、これだけ頑張ってもトイレが使えない、というのは、何か他に訳があるのかもしれない。私は、ちびくまは無理強いで何かが身につけられる子ではないと思うの。それが有効な子もいるのだけどね。だから、一度手を引いて、彼のリードに任せてみようかと思うのよ」 ちびくまが、何かを強制されればかえって頑なになるタイプであることは、私も同感です。 5才になってまだオムツ。ちょっと考えたくなかったけれど、確かにものの本には「ハイパーレクシアの子供のトイレトレーニングが終了するのは5才台になることがよくある」と書かれていました。ここはL先生の経験とカンにまかせるしかないのかもしれません。 |
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12/10 今日はS先生が担当する自閉クラスです。ところが、S先生、先日足を骨折し、大きなギプスをはめて杖をついていて、立ったり座ったりさえ大儀な状態。 しかも、いつも補助についてくれるローラさんがまだ病気で、サブの人が来てくれています。 先生のあたりはずれもさることながら、サブのあたりはずれはもっと激しいのですが、この人は以前L先生の教室にも来ていて、私もよく覚えていました。というのは、彼女はいちいち先生の指示をうけなくても、先生の雰囲気や子供たちの感触から、接し方を考えて実行できる、「できる」タイプの人だったのです。ほっとしましたが、S先生につくのは初めてらしいので、やはり今日もお手伝いをしました。 スパルタというのとはちょっと違うけど、子供に近づくための最短距離を計算したうえで、ぐいぐいと引っ張っていくような、L先生の指導と比べると、おっとり子供のあとからついていくようなS先生の指導は、やや生ぬるい感じがすることがあります。L先生が常にちびくまの1歩先を見据えている感じなのに対し、日ごろから接していないからか、どうしても指導が後手後手にまわっているような気がするのです。 しかも、親が教室にまで入り込み、「指導」ではなく「情報交換」を求めてくるのをあまり歓迎していない様子が、なんとなく伝わってきます。 アメリカの特殊の先生といっても、本当にいろいろです。 |
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12/13 今日も助手のかたが1人お休みだったので、教室でしばらくお手伝いをしました。 L先生は「日本に帰ったら、あなたはこういった子の指導の仕方を他の人に伝える、という役目があるのだから」と大袈裟なことを言って、マルシアの指導を手伝わせてくれることが多いです。 ここ2ヶ月ほどの間に、彼女は見違えるようになりました。何といっても、発語の数だけで、ざっと倍以上になっているのです。もともと笑顔の可愛い子だったけれど、最近ははっきり「うまくできたので褒めて欲しい」「この人が好き」という感情がハッキリとわかるようになりました。 ミリアムさんがマルシアの指導をしているのを、隣に座って手伝いながら見学していると、突然マルシアがこちらに手を伸ばしてきました。何かと思ったら、「チュ♪」とキスしてくれたのです。 ミリアムさんはびっくりしながらも大笑い。 「この子はホントにあなたが好きなのね」 「お母さん以外の人にきちんと愛情が示せるというのは、とても良い事だわ。あなたが彼女を本当に可愛いと思って接していることがこの子にもわかっているのよ」とL先生。 なんだかとっても嬉しくなってしまいました。 |
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12/15 個人的に通っているスピーチセラピーの時、セラピストのGさんが、ちびくまにコンピュータを触らせることを提案してきました。スピーチセラピストの人が開発した、いいソフトがあると言うのです。 左側にある単語が出て、それと同じ物を右側にある複数の絵の中から選ぶ、というものなのですが、ちびくまはもう大喜び。 たいていの単語は知っているので、難なくマッチングできましたが、知らない単語が出てくると、絵の下に小さく書いてある名前と、問題の単語を見比べて判断しています。これで、彼のマッチングの機能には問題がないこと、名詞だけで言えば、そこそこ語彙力もついていること、語彙の足りない部分はやはり「字を読む力」で補っていることがはっきりしました。 面白いので、うちでもソフトを買ってやろうかと思います。 |
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12/16 以前からコンピュータで遊ぶのが好きなちびくまですが、最近は独占状態で、私がコンピュータを触ろうとすると、「おかあさん、ねんね」「おしまいにするの」「エックス(ファイルを閉じるアイコンのこと)」「I want play with computer」「おかあさん、ばいばい」などと、限られた語彙をフル活用して私を追い払おうとします。おかげで、ちびくまが何か他の事に夢中になっている間か、眠っている間しか、私はパソコンを使えません。 それも、私がちょっと目を離した隙に、書きかけのメールを消されたり、壁紙が変わっていたり、スクリーンセーバーが変わっていたり、ツールバーがなくなっていたりすることはしょっちゅうです。 車のメーカーや大好きなアニメのサイトのブックマークまで知らないうちに作られています。 間違ってもっと重要なデータまで消去されるのではないかと、気が気ではありません。 ちびくま専用機が必要になるのも、そう遠い日のことではないような気がします。(^^;; |
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12/19 隣の市にある、大規模コンピュータショップとアウトレットストアに買い物にでかけました。 私が買い物をしている間、ちびくまは夫に任せていたのですが、なんとちびくま、展示品のコンピュータの列につつつと近寄ると、一台一台、壁紙を片っ端から変えはじめてしまったのです。 家のは日本語ウインドウズ、ここのは英語版・・・微妙に操作が違うはずなのに、どうしてわかるわけ??? 「すごいよな〜、俺、やれって言われてもできないかもしれない・・・」 という夫と感心していると(親ばか)、店員が「お子さんにコンピュータをお求めですか?」と寄ってきたので慌てて逃げました(笑)。 家に帰った後、30分程かかった帰路で通った交差点の標識をすべて正確に再現して、またまた親のどぎもを抜いてくれたちびくまなのでした。う〜ん、こっちのほうは絶対に真似できない(^^;; 。 この能力、なんかに使えないかしら〜〜。 |
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12/20 去年のように、傍に来られるだけで泣くということはなくなったけれど、ちびくまはまだまだクラスの友達と遊ぶことが苦手です。L先生は時々息抜きの時間も与えながらも、できるだけちびくまを他の子供と関わらせる機会を作ってくれます。 今日は自由遊びの時に、ドナルドが「アルファベットのパズルをしたい」と言ったので、たちまちちびくまがカレンさんの援助付きでそこに参加することに決まりました。 ドナルドはちびくまと同じ年で、障害を持たない子ですが、アルファベットはまだあやしく、順番もアルファベットの歌を歌ってみないとわからないことがあります。 最初はA、次は・・・と探しているうちに、ちびくまは次の文字を両手に持って待っているのです。 ちびくまはそのうち、「ヒア、ドナルド」と言って、次の文字をドナルドに手渡してやるようになりました。 ドナルドがその文字をはめている間に、ちびくまは次の文字を取ってしまうので、パズルはあっという間に出来上がりました。健常の子と協力して一緒に遊べる、ちびくまにとっては大きなステップです。 ところが、「カレン先生〜、ちびくまとやると、早すぎておもしろくないよ〜」とドナルドはちょっぴりご機嫌ななめ。ごめんね、ドナルド。 学校では「ノー・バイオレンス・ポリシー」なので、男の子達はしょっちゅう「戦いごっこ」をしては先生たちに叱られているのだけれど、そんなところにちょっとだけでも参加できるようになったらいいのにな、とちょっぴり切ない思いがします。 |
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12/22 今日で学校はお終い、明日から冬休みです。日本と違って、終業式も通信簿もありません。 ただ、区切りをつけるために、最終日にはちょっとしたイベントが用意されることがあります。 今年はカジュアルな音楽会が企画されました。 ちびくまたちプリスクールの子供は、プログラムの1番に"Frosty the Snowman"の歌を歌うことになっていました。 ただ、日本の小学校の講堂のような立派なところではなく、ランチルームを兼ねた多目的教室に、全校生徒と親が入るので、芋の子を洗うどころの騒ぎではなくなってしまいます。 特にちびくまのような自閉症の子やLDなど、中枢神経に問題のある子供たちは、こうした場ではパニックをおこすことがしばしばです。 パニックの表現の仕方は子供によっていろいろですが、興奮して暴れて手が付けられなくなったり、逆に固まってしまったり、怒りを爆発させたり、泣き出したり、という形で現れます。こうしたことがあるので、ちびくまは以前日系プリスクールに通っていた頃は、何か行事がある度に「泣いて可哀相なので」とやんわり参加辞退を迫られたものでした。 心配なので多目的教室まで付き添っていくと、案の定そこは阿鼻叫喚状態です。 ちびくまが一瞬固まるのがはっきり見て取れます。マルシアは耳を塞いでそこにうずくまり、先生が背中をさすってやっています。 今日は非番のカレンさんも(子供さんがこの学校に通っているので、今日は1保護者)手伝いのために子供たちの所へ来てくれました。 ちびくまも今にも泣き出すだろう、と思ったら、なんとニコニコ、とっても嬉しそうなのです。 プリスクールの歌が始まります。ちびくまは歌っていないけれど(1人だと歌うけれど皆と一緒だと殆ど歌わない)心から楽しんでいるときの、ニコニコの笑顔です。嬉しくて、ちょっとお手々ひらひら、その場ピョンピョンがでてしまっているけど、パニックではないようです。 ちびくまに張り付いていたミリアムさんが、私に囁きます。 「ちびくまは大丈夫」 歌が終わると、S先生のクラスは早々に退出しました。 L先生は、子供たちの様子を見まわして、 「うちのクラスはもう少し、見学することにしましょう」と言いました。 ちびくまもニコニコしながらクラスメートと共に座っています。 少し立ち直ったマルシアが、ちびくまに横から抱きついて、ほっぺにキスをしています。 そこで、私は後を先生に任せて退散しました。とても暖かい気持ちになった、一日でした。 |
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12/25 日本では「クリスマス」と言えばイブのことのようになっているけれど、アメリカではクリスマスの本番は25日です。 「定休日」という概念がもはや存在しなくなったようなアメリカの流通業界ですが、この日ばかりはどの店も休みます。放映を休むテレビ局さえあるくらいです。 日本のお正月に少し似ていて、おしゃれなレストランで食事をするとか、外でデートをするとかいうよりも、この日は家族や親戚と家で過ごすのが一般的なクリスマスの過ごし方のようです。 我が家は「うちはクリスチャンではない」という私の主張で(実はただ面倒臭いだけ(笑))夕食のメニューがほんの少しばかり豪華だった以外は特に代わり映えなく、穏やかに(だらだらと)過ごしていたのでした。 ところが、夜半、突然、耳をつんざくような非常ベルの音が・・・ ちびくまは耳を押さえて、泣きはじめました。こういう音は彼にとって一番辛いのです。 廊下に出てみると、うちだけではなく、非常ベルは建物じゅうに鳴り響いています。 実は、このアパートは古いので、火災警報が誤作動することが、以前から時々あるのです。一度など、ダンナが出張中の夜中に消防士さんが飛び込んできたこともあります。 それで、今回もたいしたことはないだろうと思いながら、ベルの音を避けるためにちびくまを連れて外に出ました。 外には何人か住人やパーティの招待客らしき人たちが集まって騒いでいますが、やはり火事ではないようです。 ベルの音に怯えて泣くちびくまを何人かのおばあさんが 「まあ、びっくりしたのね。大丈夫よ、ハニー」と慰めてくれます。 そのうち、メンテのおじさん(棟内に住んでいる)が出てきて、「どこも異常はないようなので、アラームの音をとめます。みんな中に入ってもらって大丈夫ですよ」と言いました。 「やれやれ、とんだクリスマスだね、まったく」皆が三々五々散らばり始めた時、消防車のけたたましいサイレンの音が近づいてきました。音の感じからすると、大型の消防車が3台ほど駆けつけてきたみたい。 消防士さんもいい迷惑というものです。 それにしても、このアパート、お年寄りが殆どで、脚の不自由な人もいるのに、こんな騒ぎが続くと、本当に何かあった時、狼少年のようになって逃げ遅れる人がでるんじゃないか、とちょっと心配になりました。(実際、うちのダンナはこの騒ぎの間ずっと家の中にいたのですもの(笑)) |
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12/26 掃除機と「し○じろう」が何より怖いちびくまですが、もうひとつ、怖くて仕方がないものがあります。それは「いただきます」という言葉。 これを言う度に、大パニックをおこして、泣き喚きながら荒れ狂うことが始まったのは、アメリカに来てからだと思います。最初は私たちも訳がわからなくて、夫は「これは挨拶だ。子供が嫌がるからと言って、言わないでどうする」とわざと連発で言ったりしていました。その後ポツポツと発語が出てきたちびくまがハッキリと「こわいよ〜」と言ったので、(こういう意味のある発語は本当に切羽詰まった時にしかでなかった)この言葉を怖がっているのだとわかりました。 L先生の教室に通うようになって半年ほどたった頃、一度L先生がおやつの時間にこれを言うように教えてくれようとしたこともあります。でも、その時も1時間以上も荒れ狂ったので「いつも大人しいちびくまがここまで反応するのは、彼なりのちゃんとした理由があるはず」ということになり、それからずっと、この言葉は我が家では禁句になっていたのでした。
ですが、来春日本に帰国することがほとんど決定した今となっては、そんな事も言っていられません。
数秒間、そのまま凍っていたかと思うと、「ギャ〜〜ッ!」あらんかぎりの声を振り絞って悲鳴をあげました。 この子の世界は、いったいどうなっているのだろう。何故、こんなにも些細なことで、これほど怯えなければならないのだろうか。この子の恐怖を、取り去ってやることはできないのだろうか。
この日、夕食の用意ができた時、ちびくまに声をかけました。
それ以来、ちびくまは、私と夫がいる部屋では、絶対に食事をしようとしません。 |
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12/30 アメリカの会社に、年末年始の休みはありません。今日も夫は通常どおり出勤します。 まだ夜が明けきらない7時すぎ、夫はシャワーを浴びています。 いつも私より早起きのちびくまがリビングに行って、テレビを見はじめたのを感じながら、暖かい布団の中でぬくぬくうとうとしていた、その時でした。
「ギャ〜〜ッ!」というちびくまの鳴き声。
Y2Kに備えて用意してあった(はずの)懐中電灯とラジオを探しますが、なかなか見つかりません。とりあえずいつも部屋の消臭に使う、フレグランスキャンドルに火をつけて、その明かりを頼りに、懐中電灯を探し出し、それからポータブルラジオを見つけました。でも、電池が切れていて使えません。
地元のラジオ局はどこもなんの混乱もなく、通常の放送を続けています。
「でんき、こわれちゃったんだね。あーあ、になったの。でも大丈夫だよ」
「こわいよう」「もうだめだ」「ひとりでねるの、こわいなあ」「なんだかこわいなあ」
普段は大好きな、ゆらゆらゆれるろうそくの火も、この大混乱の中では、ちびくまの恐怖を押さえる材料にはならないようです。
もし、Y2Kで何かあったら、これどころの騒ぎではすまないでしょう。 |
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12/31 いよいよ1999年も終わり。 時差の関係でシアトルにお正月が来るのは世界でも遅い方。 テレビでは朝から、世界各地の元旦のお祝い風景が流れています。 ちびくまはいつも見ている番組が見られないので、ちょっぴりご機嫌ななめです。 今年は、本当にいろいろなことがあった1年でした。 自閉症の宣告で、暗黒の嵐の只中だったお正月。 自閉症と名のつく文献を、片っ端から読み漁って、救いを求めた日々。 生まれて初めて、ちびくまが「おかあさん」と呼んでくれたあの日。 「ホームページを作りたい」とあっちこっちのサイトを巡って勉強した日々。 自分の作った画面に初めてアクセスした日の感動。 世界のあちこちから寄せられた励ましの便り。涙。 辛いこと、嫌なこともありましたが、それを補ってあまりあるかのような、人々の善意と熱意と希望に支えられた1年でした。 聖人君子でも完璧お母さんでもない私が、泣いたり怒ったり苦しんだり、悪あがきのように積み重ねる日常と、膨れ上がって行き場のない思いを、こうした形で昇華でき、それを受け止めてくれる人がこんなに沢山いたことを嬉しく思います。 色々な方からメールをいただきました。その中で、あるお父さんからいただいた言葉が胸に残っています。 「私は日本の療育を変えてみせます。アメリカにできることが、日本でできないはずはありません」 何という力強い言葉でしょうか。そして、言葉は違っても、私たちにはそれができるし、やらなければいけないのだという思いを、沢山の親御さんたちから寄せていただきました。 信じることは、時に大きな力を産み、声をあげて望み続けることで、変えていけるものはあるはずです。 信じる強さを、ありがとう。 私の思いを受け止めてくれて、一緒に歩いてくれて、ありがとう。 来年も実り多き年となりますように。 |