さようなら、おひさまの部屋
今年のシアトルは、昨年とは打って変わって、暖かく晴天の多い、穏やかな冬でした。
2月の末頃から、既に水仙やパンジー、それに桜の花までが街を彩り始めました。
「もうすぐ春が来る」
本当ならウキウキワクワクしてくる季節なのに、今年はなんだか重苦しい気持ちが募ってきます。
春の訪れ、それは同時に私たちがアメリカを去らなければならない日が近づいている、ということでした。
2月29日に引越しの第1便(船便で輸送に時間がかかるので、帰国の一ヶ月前と直前の二回に分けて荷物を送る)を送り出すと、 さすがに、もうすぐ私たちは帰るのだという実感が迫ってきました。
この頃から、L先生は
「ちびくまが日本に帰る、という話は私の前でしないでね」
と言うようになりました。
「どうして?」と訊くと、
「否定期よ」
愛するものの死など、大きな不幸にみまわれたとき、人間がそれを事実として受け入れるまでのプロセスのひとつに、「否定期」というのがあります。
あまりの心の痛みに、そのことがわが身に降りかかったこと自体を否定して、心を守ろうとする段階です。
「こんなことがあるはずがない」「これはなにかの間違いだ」
ちびくまに「自閉症」の診断が下ったときもまた、私はこの否定期を経験しました。
自分の手元からちびくまが離れていくことなど、信じられない、考えたくない。
L先生はそう言ってくれているのでした。
助手の先生たちも、セラピストの先生たちも、なんだか涙もろくなって、ちびくまが何かするたびに、 「こんなことまでできるようになって」と涙ぐんでしまいます。 事あるごとに、抱きしめてもらえたり、頬擦りしてもらえるので、ちびくまはとても嬉しそうでした。
家の中からほとんどの荷物が姿を消しても、彼には「帰国」という概念はない。
いつまでもこうして毎日学校に通って、先生や友達と楽しく過ごすのだ、と信じているであろう彼を、ある意味では裏切ることになるのだ、と心痛みました。
今、日本に彼を連れて帰っても、ここの半分もきっちりサポートしてもらえる学校は、おそらくは無い。
そのことがわかっていながら、どうして私はちびくまを連れて帰国しようとしているのか。
ひょっとして、大変な間違いをしでかしかけているのではないか、と不安が募ります。
3月の第3週目の木曜日、16日をちびくまの最終登校日と決めました。
最終の引越し荷物はその前日、15日に発送して、アパートも引き払ってしまいます。
けれども、その翌日の飛行機ではあまりに疲れるので、休養のため、ホテルで2泊することに決めていました。
ちびくまは最後のぎりぎりまで、「おひさまの部屋」に通わせたい。
そう思って、出発前日もホテルからレンタカーで登校することに決めたのでした。
当日は、前日の大雨が嘘のような、澄み渡った良い天気でした。
学校につくと、スタッフがみんな、「いよいよ今日なのね」と声をかけてきました。
持参したカメラで、S先生やJ先生(コーディネータ兼務、去年のサマースクールの担任)と記念写真をとりました。
最近、L先生やローラさんもしょっちゅうちびくまをカメラに収めていたためか、ちびくまはすっかり写真をとられるのがうまくなり、 カメラを向けると、「1,2,3、セイ・チーズ!」と言ってとびきりの笑顔を見せるようになっています。 その姿がまた、みんなの涙腺をゆるめているようでした。
L先生は私に近づくと、「今日私を泣かせないでよ」と囁きました。「私は泣かない。笑ってあなたとちびくまを送り出すのだと決めたんだから」
子供たちといつものように教室に入ると、ちびくまのロッカーの中になにやら包みが入っています。 「私たちからちびくまへのプレゼントよ。でも、ここであけては駄目よ。ホテルに帰ってから見て」
ローラさんが言いました。
いつものように、輪になって座って、「The more we get together」の歌を歌い、カレンダーの確認、天気の確認、今日のスケジュールの確認。
出席カードを取って、今日の気分を言って、どこのコーナーで遊ぶか決める。 何事もないかのように、淡々と、いつもどおりのカリキュラムが流れていきます。 ただいつもと違うのは、私がそれをすべてビデオテープにおさめていることだけでした。
個人のプライバシーを尊重する考えから、ちびくまの学校のある学校区では、特殊教育教室でのビデオ撮影を原則として禁止しています。
でも、どうしても、この部屋で過ごした日々の思い出をもって帰りたい。 そう思って、校長先生と、在籍児童の保護者全員に手紙を書いて、特別に撮影を許可してもらったのでした。
ビデオ撮影をしていると、子供たちが「ちびくまのマミーがムービーを撮っている!」と言って、わらわら寄ってきます。
みんな映りたくてしかたがないのです。
マルシアまでが妙にそわそわして、ポーズを作ったりするので、先生たちは大笑いでした。
おやつを食べて、それから外遊び。
ローラさんや、カレンさんたちとも一緒に写真を撮ります。
繋ぎ止めたいような2時間半が、本当に何事も無く、あっという間に過ぎてしまいました。
いつもどおりの終わりのサークル。帰宅の用意。
コートを着て、リュックをしょって、スクールバス発着所まで行く用意ができた子供たちに、L先生が声をかけます。
「今日は、帰る前に、お話があるの。ちびくま、前にいらっしゃい。
ちびくまが、みんなと一緒に学校に来るのは、今日が最後です。
ちびくまは明日、パパとママと一緒に飛行機に乗って海を渡って、遠い遠い、ジャパンという国に帰るの」
「ええ〜?」
「だから、みんな、この部屋を出る前に、ちびくまにハグして、さよならを言ってね。じゃ、ネイトから」
するとネイトが立ち上がってちびくまに抱きつき、"Good-bye, Chibikuma. I love you."と頬にキスしてくれました。
一人一人の子供が順番にちびくまの頬にキスをして、"I love you, Chibikuma."と言いながら去っていく。
零れ落ちる涙をぬぐいながら、私はビデオをとりつづけました。
「子供たちの前では泣けない」と言っていてローラさんも、カレンさんも、涙をぬぐいながら
「ちびくま、元気でね。日本に帰っても頑張るのよ」
そういって、固くちびくまを抱きしめてから出て行きました。
L先生は「子供たちを見送ったらすぐに戻るから、ちょっと待っていてね」と言って出て行きました。
誰もいなくなった教室で、私はちびくまのために写真をとりました。たくさんのお気に入りのおもちゃ。
いつものロッカー。大得意のカレンダー。とりわけ好きだった、「ABCココナッツ・ツリー」。
L先生は戻ってくると、椅子を二つ持ち出して、
「少し、話をしましょう」と言いました。
ちびくまは、ミニカーの箱に手を伸ばして、先生の顔色をうかがいます。
「イエス。いいわよ、だして遊んでも」
ちびくまは嬉しそうに、ミニカーを床に並べて遊び始めました。
「この子は、本当に成長したわね。そう思わない、ママ?」
「英語すらまったくわからなかった子が、ここまでになったんだもの、あなたたちのおかげだわ」
「いいえ、私たちにできることは、援助だけよ。根本は、ちびくまの努力、そしてあなたの頑張りよ。
ちびくまはすばらしい子供だし、あなたはすばらしいお母さんだわ。
日本に帰ったら、しばらくとても大変だろうと思う。でも、あなたたちには、それを乗り越えていく力があると思うの。
だから、私は、あなたたちが日本に帰ることを悲しまないようにしようと思う。
あなたたちは、アメリカでの療育を中断するのではなく、卒業していくのよ。
あなたは、この1年半で、子供と一緒に、すごくたくさんのことを勉強して、吸収してきたわ。
それを、もう、日本にもって帰って、他の人と分かち合う時期なのよ。
あなたのようなお母さんが、日本に帰って、今アメリカで起きていることを、どんどん広めていって欲しいの。
ちびくまには、間に合わないかもしれない。でも、あなたのようなお母さんが、声をあげていくことで、きっと将来は変わっていくでしょう。
あなたはいつも、自分は何もしらない、何もできない、そう言うけれど、そんなことはないのよ。
それは、この1年半の、あなたのちびくまへのかかわり方で、実証されているわ。
あなたには、その力がある。私にはわかるの。どうか、そう信じていて。
ちびくまは、選ばれた子供よ。この子は、この世の中を変えていく、何かを持っている。
あら、笑ったわね。私はこれでも経験20年のベテラン教師よ。子供を見る眼はあるの。私の言葉を信じなさい。
彼の本質を理解できない人に、何を言われても、それにくじけてはだめ。
この子には、凡人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえているのだということを忘れないで」
そこへ、下校時のみどりのおばさんもやっているローラさんが仕事を終えて帰ってきました。
「あら、まだいたのね。じゃあ、あのプレゼント、もうあけてもいいわよ」
包みを開けると、中には本が2冊入っていました。
一冊は、英語の童謡集。表紙の裏にはちびくまにかかわっていた学校スタッフの寄せ書きがびっしりと書き込まれています。
そして、もう一冊は、この教室でちびくまが過ごした日々のスナップ写真を集めて、コメントやイラストなどで美しく彩った、ローラさん手作りの 「ちびくまのための卒業アルバム」だったのです。
ちびくまはそれを見ると、とても嬉しそうに、ページを繰りはじめました。
"This is Ms. Laura."
"Chibikuma is playing with friends."
ニコニコしながら写真を指差すちびくまを、ローラさんはもう一度ぎゅっと抱きしめました。
「そうよ、そうやって、いつまでも私たちのことを覚えていてね!
私もあんたのことはいつまでも忘れないわ!忘れろっていわれても忘れられるものですか!」
「もう帰らなくちゃ」そう言うローラさんに私は言いました。
「ほんとうに、いろいろありがとう。このアルバムは、本当にちびくまにとって貴重なものになると思うわ」 「元気でね。日本のわからずやの先生になんか負けちゃだめよ。そんな奴ら、あたしがアメリカから、お尻を蹴っ飛ばしてやるから!」
「私も、もうそろそろ行かなければならないの。でも、あなたがたに見送られるのはいや。あなたたちを見送ってから帰るわ」
そういうL先生と一緒に、ちびくまと私は教室を出ました。
「私、言いたいことがたくさんあるのよ。でも言えない。今、それを言ったら、号泣してしまいそうだもの」
「いいのよ、KYOKO.私たちは、これからもいっぱい語り合うことがあるでしょう。私も、ちびくまには、泣き顔を見せたくないの。
今、この子にそれを言っても、わからないだろうけど、この子がもっと大きくなったら、きっと伝えてちょうだい。
ちびくまには、いつもちびくまを大好きで、ちびくまのためには何でもしてあげたい、と思っている先生がアメリカにいるんだよ、と。
いつ、アメリカに会いに行ってもいいんだよ。L先生はちびくまの教室にいなくても、いつまでもちびくまの先生だから、と。」
それから、私たちは、お互いを一度抱きしめあって、あとは無言で駐車場まで歩きました。
L先生はサングラスをかけてしまい、もうその目をみることはできません。
ちびくまをチャイルドシートに乗せると、先生は私の手を固く握ってから、フェンスの向こうまで戻りました。
その後ろに、暖かな夕日をさんさんと浴びた、「おひさまの部屋」。
不安と、疑心暗鬼でいっぱいになりながら、コーディネータのDさんに連れられてここを訪れたのが、ほんの昨日のことのようです。
あれから1年半、この部屋と、この先生に、私たちはどれほど暖かく迎えられ、育てられたことでしょう。
L先生とうなずきあって、私はレンタカーの運転席に乗り込みました。
さようなら、L先生。さようなら、おひさまの部屋。さようなら、W小学校。
そして、ほんとうに、ありがとう。
バックミラーに映る、手を振るL先生の姿が、だんだん小さくなり、やがて見えなくなりました。
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