| ラ・ニーニャの影響で、例年にもまして雨が多く、陰うつな冬を過ごしたシアトルの街に、水仙と桜の花がちらほらと目に付くようになりました。年末から怒涛の時期を過ごした夫と私も随分落ち着きを取り戻し、そこここに見え隠れする芽生えの季節に、明るさを感じ始めるようになりました。
ちびくまが「おひさまのへや」のL先生にお世話になるようになって、半年が過ぎようとしていました。 彼を見ていて感じたことは、とにかく表情が明るくなり、発語(まだ意味のあるものは少ないのだけど)が増えたこと。家で、クラスメートの名前を綴ったり、ひとりで「サークルタイム」ごっこをしたり、ちびくまが「おひさまのへや」を大好きになっているのは、傍目にもはっきり感じられました。今では、ローラさんが後ろについていてくれれば、1、2度立ち上がろうとするだけで、サークルタイムにも参加できるようになり、工作なども2、3回に1回くらいは物理的に拘束しなくても、「座って、続けて」という口頭の指示だけで、取り組めるようになっている、とL先生はおっしゃいます。他の子供たちとは同じ部屋、同じコーナーにいることすら耐えられなかったちびくまが、少しずつ、他の子供たちの接近を許すようになってきているのも、とても嬉しい変化でした。 この半年の間に、ちびくま以外の子供たちもそれぞれ花を開かせ始めました。ADHDが強く疑われているJ君は、とても粗暴傾向の強い子だったのだけれど、なぜかちびくまが気に入り、ちびくまにはとても親切。それを聞いて、お母さんもとても喜んでくれている、と言います。自閉症のJちゃんは、2語文、3語文が時折ぽろぽろと出る程度だったのが、フルセンテンスでしっかりやりとりができるようになり、彼女の元々持っていた頭の良さがハッキリと感じられるようになりました。全く無表情で、発語もなかったのが、今ではいつもニコニコ笑顔で、アルファベットもいくつか書けるようになった、同じく自閉症のA君。 私は少し前から、頻繁に教室を見学するようになりました。L先生が「いつでも見学に来て」というのは、社交辞令でもなんでもなく、彼女には親と分け合う情報はあっても、親に隠さなければならないことや、親に見られて都合が悪いことなど、何もない、と自信ゆえであることがはっきりしてきたからでした。 それに、だいぶ色々なことがわかるようになったとは言え、まだ英語が不自由なちびくまには、既存の日本語語彙を生かして、取り組みを進めていく必要があり、親の私が助け船を出すこともまだたくさんあったのです。 そうして近くから子供たちの様子を観察していると、ちびくまを取り巻く”健常の”子供たちの態度が、秋の頃と随分違っているのに気が付きました。最初の頃はまだ、ちびくまを「明らかに違う相手」として見ているようなところがありました。「できない子だからお世話をする」という感じもあったのです。 ですが、今では教室の異動の時には、もう先生が指示しなくても、「ちびくま、行こう」と声をかけてくれる子が必ずいます。サークルタイムやその他の時に席を立とうとすると、肩や膝をそっと押さえて、「まだ座ってなきゃだめ」と囁いている子がいます。先生がちびくまと1対1でゲームなどに取り組んでいると、「Ms.Lの次は僕がちびくまと遊ぶ」といって順番待ちをしている子がいます。「次はなにをして遊ぶの?」ときかれて、「ちびくまと2人で遊びたい…」と、消え入るような声で答えた女の子もいます。「ちびくまって、どんな子?」と聞くと、「変わってて、面白いやつ」「カウントができて、クール(かっこいい)」という答えが帰ってきます。 「この子たちの間にはもうちゃんと友情ができている」L先生は言うのでした。「自閉のある子にとって、一番大切で、一番手に入れにくいものは、友達なのよ。ちびくまにはちゃんと友達がいる。この子は、きっとこの社会で幸せに生きて行ける子になるわ」 言葉が話せなくても、皆と一緒にできなくても、「おひさまのへや」の子供たちは、あるがままのちびくまを仲間として受け容れてくれたのです。誰が教えたわけでもありません。彼のもっている障害についても、そのためにどんな配慮が必要かも、説明したわけではないのです。ただ、「そこにいる」ちびくまと一緒に暮らしていくために、他の子供たちのほうが自然に歩み寄り、それがこの子たちにとって「自然なスタイル」になっているのです。それは、もちろん、先生たちがそういう環境を作ってくれているからなのですが。 過去に、教育関係・福祉関係の仕事をしたこともある私は、「メインストリーミング」「統合教育」という言葉も、何度も耳にしたことがありました。でも、この子供たちが作り上げた、この素晴らしい融合を、軽々しく「統合教育」などとは呼んで欲しくない。いわゆる「普通の子」と「障害を持つ子」が、一緒に暮らしていくことで、新しい「普通」を作り出していく。制度と、そこに加わる「普通の子」の親たちの度量の広さと、指導する先生の力量が伴って、初めて可能になる真の意味でのインクルージョンだと思うのです。 障害のある子をただ普通学級に放り込むだけでは、こんな変化は望めません。通級制度で、親学級に参加できても、先生の理解と力量が足りなければ、ただのお客さんになるケースも多いと聞いています。(これは日本に限ったことではなく、アメリカでもそういう問題点が指摘されています)掛け声だけの統合ではなく、真の意味でのインクルージョンが可能となったとき、それは誰にとっても住みやすい世界になると思うのです。 「障害のない子」に、障害児と同じクラスに入ってもらうのは、ここアメリカでも、なかなか難しいことではあるらしいです。特に差別しよう、という意識はなくとも、親は「障害児と同じクラスなんかじゃ、うちの子が成長しないんじゃないか」と思うらしいです。障害のある子の外見を見て恐怖感を煽られたり、自閉症児の一見訳のわからない暴れようや、言語障害児の喋りかたを聞いて、「うちの子が悪影響を受けたら困る」と心配する親が沢山います。弱者に優しいアメリカ社会、なんて言ったって、個人のレベルでは、やっぱり自分の子だけがカワイイのです。 だけど、ひょんなことから「障害のある子」と一緒に暮らすことになった「障害のない子」たちは、他のどの学校でも教えることのできない、一種の強さと優しさを身につけていきます。誰も耕したがらない畑に、誰もまきたがらない種をまいて、でも春が巡り来た時、咲いたのは、人もうらやむような、珍しい大輪の花だったのです。「おひさまのへや」の父兄たちは、障害のある子もない子も、「いい幼稚園にめぐりあった」と喜んでいるのです。この姿を、もっとみんなに知って欲しいなと思います。 |