熱帯魚との出会い〜タナゴ飼育編
【出会い偏】
私が熱帯魚の飼育に心を引かれたのは、小学校2〜3年位の時だったと思う。この時同じクラスの友人の家に遊びに行った時、その友人の兄が熱帯魚の飼育をいたのだ。昔の記憶なので曖昧な記憶なのだが、勉強机の上に小型の水槽がたくさんあり、その中にかなり多種の熱帯魚が泳いでいた。今ではなんの種類かは全く覚えていないが、あまりの奇麗さに、当時の自分は相当の衝撃を受けた。水槽の中に、赤いのやら、青いの、小さいのからそこそこの大きさのものまで、この世の物とは思えないような生き物が泳ぎ回っていたのだ。あれから十数年たった今もあの時の衝撃はおぼえている。自分もいつかは飼ってやる。それからはその友人の家に頻繁に出かけるようになり、さらに熱帯魚ショップに通うようになった。当時の自分は、さすがに熱帯魚をすぐに飼おうという意識はなかったが、熱帯魚を見るのが好きな小学生であった。今考えてみると,小学生の前半で熱帯魚店に通い居座るとは、なんと変な子供達だと思われていたのだろう。
【初飼育偏】
初めて熱帯魚を見て感動したのが小学校の時、実際に魚を買い始めたのは、大学に入ってからだった。小学生から成長を遂げるにつれ、ひねくれた性格に育った私は、自分で飼う(買う)物は自分の金で買うと言う自分なりの美学によって、親の援助を受ける事を潔しとせずにいた。しかも中学、高校と熱血(?)野球少年となっていた自分は、バイトをする事も出来ず、さらに飼ったとしてもまともに飼育できる時間があるとは思えずに、この時に飼う事を断念せざるを得なかった。そしてそれから十数年の年月が経ち、大学に入学しバイトを始め、自分で使える金が出来た私は、ようやく熱帯魚を飼う夢を実現しようとしていた。しかし、いきなり購入するのはあまりに無謀だ。そう考え、私はまず熱帯魚について学習することにした。あまりに基本的なことなのだが、水槽のろ過には物理ろ過と、生物ろ過があり、水槽維持には生物ろ過が重要であると言う事が判明した。知識のない私は、ろ過とは魚の糞や餌の食べ残しを処理する物理ろ過しか知らなかった。ここでまず一回打ちのめされた。熱帯魚を飼うと言うのはなかなか奥が深い、そう始めて思った瞬間であった。
ある程度知識がついたつもりになった私は、゛とりあえず水槽を買いに行くべ"、と熱帯魚ショップに友人を連れて意気揚々と赴いた。私は【出会い偏】で書いたのだが、熱帯魚との最初の出会いは友人の兄の机の上の熱帯魚であった。つまり水槽とは机、それも勉強机の上にあるのがいいという植え付けられたイメージがあった。私の頭の中には机の上に水槽を置いて、勉強等(等である)をしながら息抜きに熱帯魚を見て心を和ませると言う、プレイメージがかねり鮮明に描かれていた。しかしである。机の上と言うのはスペースがとても限られている。私は、水槽の大きさにはたくさんの種類があり、選択の自由度は高いと勝手に考えていた。実際にショップに行ってみると、あるのは45cmや60cmのものばかりで、それ以下の大きさはカブトムシやクワガタを飼うようなプラスチックの怪しいものばかりであった。今でこそ小さいサイズでセットになっている物はたくさん見られるようになったが、当時私の付近の店には全然なかったのである。あきらめて机の上に乗るサイズのプラスチック製の水槽を買った。小さいから上部式フィルターはサイズが無く、外部式フィルターも置く場所がない。よって底面式フィルターにすることにした。ここまではまだ良かった。ダメージはまだ少なかった。ここで熱帯魚飼育には必需品のヒーターを買おうとした時、店員のとどめの意見が!!このプラ製の水槽ではヒーターは使えないと言うのである。ここでさらに打ちのめされた。無理して万が一水槽が融けても知らないと言うのである。さすがにその意見を無視して買う勇気はなかった。このやりきれない気持ちをどうするか?悩んだ挙げ句私はしょうがないのでタナゴを買う事にした。当初の予定とはだいぶ違う結果になったがタナゴはタナゴでなかなかかわいいし、経験値を上げる意味で買う事に決めた。
(一回目の失敗)
タナゴを買って家に帰り、本を読んで得た知識により水槽を立ち上げ、タナゴを放した。小さい水槽の中にタナゴが5匹更にアンブリアを数本植えた。これはこれで水槽と中身の調和が取れて、なかなか良かった。この日私は机の上の水槽で魚を飼うという小学校以来の夢がかない、3時間は眺めていたと思う。しかし次の日の朝には第一の悲劇が起こった。5匹いたタナゴのうち、一晩で3匹☆になっていた。ダメージが大きい中、その3匹を丁重に弔いとりあえず学校に行った。残り2匹の無事を祈りながら。そして学校からダッシュで帰り水槽を覗くと、予想道理全滅していた。これには相当やられた。相当に打ちのめされた。しかもさらに追い討ちをかけたのが、残った2匹を朝の3匹を埋めたところに埋めに行ったら、なんと近所に住み付いている野良猫が掘り出してお食事をしている最中に出くわしてしまったのだ。せめて見てない時にやってくれ。この時から野良猫は私の敵として認識された。野良猫を追っ払った後には頭だけのタナゴの頭が二つほど確認された。これからは死んだ魚は埋めないでちり紙に包んでゴミとして出して火葬にしてやる事にした。ゴミとして出すのはどうかと思ったが、猫に食われるよりはましだと考え、苦慮のすえこの方法を取る事にした。
(二回目の失敗)
一回目の失敗のダメージは大きく、私はこの失敗の原因を私なりに考察した。するとどうも水がまだ出来ていなかったのではないだろうかという結論に達した。つまりまだ生物ろ過システムが働いていないため、水質の悪化が死の原因であろうと考えた訳である。(今考えると、いくら生物ろ過が働いていないとは言え、一日でアンモニアや亜硝酸濃度が致死量に至るほど増えていたとは思えないのだが・・・やはり水が合わなかったのだろうか。)その対策として、いろいろ考えたのであるが、生物ろ過が機能するのはバクテリアが住み着いてからだという本に書いてある事を尊重し、(私は人の意見は考慮するが、信用はしない。あくまで考慮。嫌な奴ですね僕って)どうすればバクテリアが早く住み着くのか考えた。結論としては、乱暴だが住み着くまでは魚に我慢してもらう、と言う事になった。しかし水代えは頻繁にやろうと思った。思い立ったらすぐ行動と言う事で、次の日にタナゴを3匹購入し、魚に頑張ってもらう事にした。今回は翌日に全滅と言う事はなく、3日目に水代えを行った時でも実に元気であった。タナゴという魚はもともと頑丈なのか、この3匹は順調に生き延びていった。私は半月はかいがいしく世話をしたのだが、定期試験やらレポートやらで、半月を過ぎたあたりでほったらかしにすることが多くなった。しかしそれでもこのタナゴ達は実に元気であった。そして、購入から一ヶ月半位たった頃であろうか、この時季節は冬それも1月、私はこの日試験の最終日であった。午後からの試験なので昼前に起き、バイクに乗って(私はバイク通学であった。この辺の話しはバイク偏で。)出かけようとしていた。この日はとても暖かかった。1月にしては非常に暖かく、バイクに乗っても暖かさを感じる程であった。そして私はたまにはタナゴにも本物の太陽光線をあててあげよう、水草も喜ぶだろうと勝手に考え、わざわざ家に戻り水槽をベランダの日当たりの良い所に置いた。どうせ試験だから早く帰るし問題はなかろう、遅くなるようだったら家族に電話していれてもらえば良いだろうと考えたのである。そして私は試験を受けに行き、試験が終わった時に友人に゜試験終わった打ち上げ゜に誘われ、遊びに行った。試験勉強でたまったストレスを発散するべく遊び終わった時、時間は2時だった。当然午前2時である。外は物凄く寒かった。放射冷却で凄まじく気温は下がっていた。バイクに乗って帰宅途中あまりの寒さに気が遠くなりそうだった事を覚えている。1月にいくら関東とはいえ、午前2時過ぎにバイクで走るのはあまりに無謀な行為だった。それは良いとして、とある交差点で信号待ちをしている時、ふとタナゴの事を思い出した。「いかん、これはまずい。タナゴよ、無事でいてくれ!!」私はバイクのスピードを上げダッシュで家に向かった。そして水槽を見ると何と氷が張っていた。しかも5oは有りそうな氷であった。絶望感を感じながら部屋に水槽を入れ中を確認すると、願いむなしく2匹は底で息絶え、もう一匹は水面で半分氷に覆われていた。全滅であった。私は魚を飼育する事を考えて一番の悲しみを味わった。完全に自分のミスであるため、やり場の無い怒りというか、悲しみを私は魚を飼っている限り忘れないと心に誓った。そして再び、半分意地になってタナゴを購入した。