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徒然なるままに・・・(平成12年9・10月分)つまらない愚痴なんかを書き連ねているようだが、一応これが自分のアイデンティティなので、どうか見てやってください。 |
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このコラムの愛読者(果たして何人いるのだろう…)にはご存知かと思いますが、私はサッカーファンである。そしてアンチ読売(巨人、ではない−注1)である。となると、スポーツ新聞は、必然的にN刊スポーツを読むことになる。 今日はTOTO(注2)の、静岡県限定の試験販売開始日であった。私は、いつもと同じように、我がぼろアパートのはす向かいの定食屋で、サッカー情報を求めてN刊スポーツの紙面をめくった。さすがに、いつもは競馬の予想で食っているメディアである。やはりTOTOの予想も早速登場していた。しかし、ここは神奈川ら。あれは静岡でしか売らないはずだら。商魂たくましいというのか、来年に向けての準備なのか、とにかく、そこの(各地域に駐在している)記者たちが様々に予想していた。 その中で、引っかかる記述があった。『J2のことなんかわからない。大分−山形戦なんて知ったこっちゃない。当然トリプルのマルチで賭けるしかない(注3)』だって。 ただのミーハーサポなら、この発言も許そう。しかし、仮にも天下の公器を使って専門家がこんなことを書くなんて、私には信じられなかった。他のスポーツ紙ならともかく、サッカーに強いN刊スポーツでである。 J2大分といえば、2年越しでJ1入りをうかがっている強豪クラブである。去年は、J2で終盤戦にFC東京を抜いて、勝ち点1差で2位につけ、最終戦に臨んだ。実はその時のカードも、同じ対山形戦だった。その日は、大分市営陸上競技場始まって以来の大入り満員のサポーター(15,702人)で観客席を埋め尽くした。 結果から言うと、大分は後半ロスタイムに、同点ゴールを許し、延長戦でも決着がつかず、勝ち点1しか得られなかった。眼下の敵、FC東京は新潟で1−0の辛勝で勝ち点3をゲットした。結果、勝ち点1差でFC東京がJ1入りを果たした。地元では「舞鶴橋の悲劇」と呼ばれた、大分版「ドーハの悲劇」である。 実はこの辺のいきさつは、私がつたない筆力で綴るより、B藝春秋社刊『Number』492号・493号に載せられた、「秋天の陽炎(金子達仁著)」を読んでいただいた方がありがたい。何しろ、著者がHP上で「この原稿を書くためにライターになったのかもしれない」とまで言いきっている自信作である。私も引きずり込まれながら読んだ。 これでスポーツを知るものは、少しは大分トリニータのことを知ったはずに違いない。何しろ、凡百の雑誌ではない、逆にサッカー専門誌でもない、『Number』なら、スポーツ産業に携わる人なら、皆が読んでいるに違いないと思う。私の知っている某ライター氏も、『Number』は一般誌で言えば『AERA』に匹敵するクォリティ雑誌だと言っていた。 それでもスポーツ紙の記者が大分を知らない、と言うのなら、きっと彼(ら)は『Number』を読んでいないに違いない。一つだけだが、そう思える節があるのだ。 N刊スポーツはA新聞社の子会社である。『Number』は上記の通りB藝春秋社刊である。このA社とB社は何かにつけて仲が悪い。特に、政治面に関しての両社の方針の違いは、あまねく知れ渡っている。そのあおりを受けて、子会社であるN刊スポーツの記者もB社の雑誌である『Number』を読めないのではないか。 スポーツは政治に対して中立だ、と言うのは一つの理想論だが、現実はオリンピックにしても、サッカーW杯にしても、政治に対して中立を保つことはできない。N刊スポーツの記者が『Number』を読めないとするならば、やはりそこにもスポーツに対する政治の優位性が現れているのではないか。 (注1)私は読売新聞を取っていないし、可能な限り読売新聞社から出ている本は読まない方針である。実は、私の大学時代のゼミ教官が時々寄稿しているらしいのだが、それでも、あの社長がいる限り、読売は好きになれない。中央公論社が読売の傘下に入ってしまったのは、残念の一言である。読売なら読まないでもいられるが、中公はどうしても読まざるを得ないことがあるのだ。 (注2)TOTO:サッカーくじのことである。Jリーグ1部2部会わせて13試合の結果を、「ホーム側勝ち」「引き分け」「ホーム側負け」の3通りに予想する。“TOTO”の語源ははっきりしないが、どうもイタリア語の「幸運」の俗語から来ているのではないか。ちなみに、トトカルチョとは、イタリアのサッカーくじのことで、カルチョとはイタリア語でサッカーを意味する。よって、よく夏になると甲子園の試合をめぐって賭けが行われるが、あれを「野球カルチョ」と報じられるのは腑に落ちない。 (注3−1)実は定食屋で読んだだけなので、正確な引用ではないことをお許し願いたい。 (注3−2)TOTOの賭けには、各試合を正確に当てる「シングル」という方式の他に、「勝ち」と「負け」の両方に賭けられる「ダブル」と、「勝ち」「負け」「引き分け」の全てに賭けられる「トリプル」というのがある。この「ダブル」と「トリプル」を合わせて「マルチ」と呼ぶ。 |
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2000年10月29日 01時57分42秒
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今日は東京で本屋めぐり。最近、外に出る機会がめっきり減ってしまったので、町の大きな本屋はブラックホールのような存在だ。とにかく、吸い込まれる。私の身体が、そして私の金が… その中で、最後に立ち寄った、東京駅前の、本読みなら誰でも知っているその店は、今日見事に私の財布から福沢諭吉を抜いてくれた。買ったのは1冊ではないのだが、今回取り上げた本は、全てに渡って衝撃だった。価格も含めて… もちろん、ここではそんな尾篭な話をしたいのではない。事典なので、内容はまだ一瞥しただけだが、15,750円(税込)という定価にふさわしいことは間違いない。まぁ、私はどこかの大学院の研究室に所属している、正規の学徒ではないので断言はできないのだが、知る限り、類書はない。最も、本の帯にも「〜地政学の、初めての事典。」と書いてあるので、多分間違いはないだろう。 そもそも、日本では地政学の評判は、きわめて悪い。第一に、第二次世界大戦において、大日本帝国の侵略の理論的根拠とされ、戦後の反戦平和の風潮の中で「悪の学問」とみなされたこと。第二に、昭和52年に刊行された『悪の論理−地政学とは何か(日刊工業新聞)』によって、約30年ぶりに地政学は日の目を浴びたが、著者の倉前盛通氏は学者であるにもかかわらず、学問的厳密性よりも、大国の陰謀とか宿命論などの一般の耳目を集めやすい面を強調して書いたので、さらに学問として認められなくなった。なお、この第二の側面は、『紺碧の艦隊』などでシミュレーション小説の教祖的存在となった荒巻義雄氏も受け継いでいる。 しかし、アメリカの戦略家たちは、常に地政学的視点を持って世界情勢を判断し、アメリカの外交政策を提案してきた。キッシンジャーやブレジンスキーがその好例である。ハンチントンの話題作『文明の衝突』もその中に挙げてよいだろう。他の、日本では名の知られていない戦略家なども、大なり小なり地政的見地に立ったエッセーを発表し、時には政府に迎え入れられることもある。 今回取り上げた事典は、そのようなアメリカの学会の雰囲気を見事に伝えてくれる内容となっている。地政学は、大国の陰謀を見破るためのマッド・サイエンスではなく、きちんとした体系を持った学問たらんと学者たちが努力していることがうかがえる。何しろ、この事典の巻末には、8カ国語(英・仏・独・日!・葡・瑞・あと二つがわかりません)に及ぶ660点近い参考文献の目録がつけられている。内容と共にこのリストも確かに衝撃的ではある。特に、日本は戦前、積極的に地政学にかかわってきたことと、戦後、経済大国となり、こちらがどう考えようと(むしろ考えなくても、というのが近い)、日本人が国際政策について物を著せば、アメリカ人の政策担当者たちはそれを地政的に見がちなこと、それから幸か不幸かこの事典の共著者の一人に対日問題専攻の国際政治学者がいることによって、意外に多くの日本語文献が紹介されている。 しかし、私を本当にショックに追い込んだのは別のことである。多少なりとも、翻訳家のことに詳しい人ならば、こういう著作物の訳者は鈴木主税氏ではないかと想像するであろう。何しろ、日本には地政学を専門とする学者など皆無に等しいからである(ただし、全くいなければ、この事典の翻訳はできなかっただろうし、必要なかっただろう)。それが表紙に記されている翻訳者の名前は、滝川義人氏という人である。多少は学会事情を知っている私も知らないし、読んでいる人も誰も知らないはずだ。 知らないので、奥付けの略歴を見て、腰が抜けそうになった。何と昭和48年生まれ、つまり私より4つ下という若さでこのような浩瀚な事典を翻訳しているのである。もし学会にいるなら、いちばん順調でも、今博士論文を書いているはずである。が、経歴に大学院のことが記載されていないので、彼は専業ないし兼業の翻訳家であろう。 私が大学院へ行くための資金を貯めている間に、もう同年代ないし年下から、このような優秀な人間が輩出されていることに愕然としたのである。その上、私は家庭の事情で、大学院に行くことを禁じられたのだ。 私は夢を追いかけた。そのために給料の一割以上は書籍代に回した。田舎暮らしをしながら、車の所有を諦めた。夢に追いつくために東京に出てきた。しかし、結果は惨めであった。もう年齢的に学者にはなれない。つまり、1990年代は日本社会と同様、私にとっても「失われた10年」だったのである。 |
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2000年10月27日 02時08分01秒
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9月21日のエッセイで(実はすぐ下なんですけど…。いかにサボっているかがわかるよね)、迷っていることのリストとして、「C.勉強系」を挙げた。その(1)〜(4)について、大体方針が固まった。 (1)英語の勉強方針を固めること:とにかく英語は至急に実用レベル(最低TOEIC730点以上)に上げなければいけない。となると集中的に勉強する必要がある。一人なら、いくらでも時間を割けるが、残念ながら、私の意思は独学で高度な勉強をできるほど強くはない。となるとやはり、学校を頼りにしなければいけない。しかしその中でも、集中レッスンをやってくれる所は限られている。 今日、その候補に上げた英語学校のお試しレッスンを受けた。普通、体験レッスンは無料のところが多いのだが、ここは金を取る。それだけ、学校の教え方に自信があるのだろう。受けた結果、その彼らの自信は本物であることがわかった。つまり、たった2時間弱のレッスンで、いわば「蒙を啓かれた」のである。 例えば、"f"の発音の仕方について、今までは、単に下唇を上の歯につけて発音すればいいんだろ式の考えだったのが、実は、その形で空気を口の中にためて、発音する時に空気を吐き出すんだ、ということを習った。発音は、リスニングの能力と密接に絡むので、こういう指摘は貴重だと思う。他にも、リスニング・リーディング・ボキャビルでいろいろなTipsを聞くことができた。11月からそこでレッスンを受けることは、ほぼ間違いないであろう。 なお、私の英語レベルは、英検2級を保持しているものの、TOEICミニ模試ではR300・L150でトータル450点相当ということだ。いかにリスニングが無茶苦茶かわかるであろう。 (2)各国語の勉強の順位を決めること:学校に行ったり、探したりするはあるが、いくつかのことは決まっている。 a.(1)に書いた英語学校に入学して、11月は火・木に、12月は火・水・木に受講すること。 b.今度の3連休+1日でフランス語文法の基礎を固めること。そして、12月の土曜日に読解の訓練を受けること。 c.11月の水曜日にベトナム語講座があるので、レッスンした分については、確実に11月中に理解すること。 d.独習でポルトガル語文法の基礎を一応片付け、あたりをつけているポルトガル語学校で会話を習う。 e.11月で中国語の発音・リスニング訓練が終わるので、それは真面目に受けておく。その上で、留学生を探して、学校とは別に発音・リスニングの訓練を受ける。 f.ドイツ語については、12月の日曜日に読解の訓練を受けること。 g.タイ語は残念ながら、学校に行く時間が取れないので、独習に徹する。 h.来年は、松の内が明けたら、2月24日まで日曜日を除いて、ほぼ毎日英語学校に通う。そして、1月28日と3月25日のTOEICを受験する。 i.2月26日〜3月16日までの平日はロシア語の集中レッスンを受ける。 j.来年1月から3月までの他言語は、英露両語の差し障りのない程度に勉強する。 (3)タイ語は(2)-gの通りです。 (4)韓国語は、未だに迷っているのと、自分用テキストなど作る暇は永久に訪れないだろう。 来年の4月になったら、翻訳の勉強に着手することと、イタリア語・スペイン語・セルボ=クロアチア語の勉強を始めたい。とにかく、この年になって、人生に2年間のモラトリアムを得るという、他人にはうらやましいだろう状況(いつか書きます)になったので、それを最大限に生かさなければ、もはや我が人生に明日はないであろう。 |
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2000年10月26日 00時44分03秒
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今、何をやったらいいんだか、とても迷っている。やりたいこと、やるべきことは下記の通り、山のようにある。 A.日常系 (1)家賃の支払い(実は今月分…) (2)図書館に本を返しに行くこと (3)生活費の引出しと、銀行振込 (4)ネットで買ったCD-ROMの代金支払い (5)中国語講座の代金振り込み (6)清水のある所に行く用事 B.ネット系 (1)外国のメル友に返事を書くこと (2)日本人の、切れかけているメル友にメールを書くこと (3)この日記を毎日書くこと(ネタはあるはずなんだけどなぁ…) C.勉強系 (1)英語の勉強の方針を定めること (2)独仏西伊葡(露)中韓泰越土:各国語の勉強の順位を決めること (3)タイ語の復習と学校の入学手続き (4)韓国語の自分用テキストの作成 etc... ところが、最近深夜ネット・昼睡眠でA系の用事ができないという悩みがある。ネットにつないでいる割にはB系の用事に手をつける気力が起きない。C系の用事(勉強)に至っては、もう「誰か俺に代わって、時間割でも作ってくれ!」という気分である。 そういえば、ここしばらく人に会っていないような気がする。孤独には強いタイプなので、あまり気にはならないのだが、どうも社会の中で生きている実感がなくなっていく気がする。これがスランプの原因だろうか。しかし、気軽に友達を作っていくタイプではないので、新しい土地で、新しい人脈を作るのも困難を極める。何とかならないものだろうか。 |
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2000年09月21日 02時15分10秒
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3週間ぶりの更新である。今まで何やっていたんだ、という声が聞こえてきそうだが(実際には、そんなことはなさそう…)、超貧乏状態でデスクトップパソコンを買ったり、回線をISDNに変更したり、その他もろもろで、日記を書くことに対して、情熱を失った、というのが正直なところである。 さて、先月の気分のままでは、今月も3日坊主に終わりかねない。しかし、そうならないように気を引き締めてかかろう。 今月は始めることが多い。最近はやりの英語のオンライン講座のどれかと契約してみようと思う。 7月に始めたタイ語は、ろくに復習していないので、半月で文字の読み方だけでも復習して、10月から横浜にあるタイ語専門スクールに通えるようにしたい。 今度の水曜日からはベトナム語の講座も始まる。せめて、テキストに書いてある内容くらいは身につけたい。ちなみに、テキストはたまたま私が買っていたのを使うそうなので、出費が押さえられて助かった。 中国語の講座の第2レベルの講座が来週の土曜日から始まる。これを3ヶ月でこなせば、一応中国語の基礎はできることになっている。 韓国語は、今は自主勉強サークルに参加しているので、これもどうにかしたい。とはいえ、どうも先生がいまいち、というか、自分のレベルに適切な授業とは思えない。これは、過去何度も韓国語に挑戦しながら、挫折を味わいつづけたせいで、断片的な知識はいっぱい身につけている私が悪いのある。 その他、独仏西葡はかじっておきたい。それでも、今年はアジア語中心になりそうだな。 それから、果たしてそんな実力があるのかどうかわからないが、英日翻訳の基礎コース(通信)を受けてみようかと思う。翻訳に向いていれば、本格的に勉強してみたいところである。 それぞれ、講座が始まれば、無気力感が吹き飛んでくれるのではないかと期待している。 |
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2000年09月15日 03時50分34秒
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