おしごと編Part2
(1999/9/7-)(published
2000/4/9)
21.見通しは?
この前、校長とCSSのHeadと3人でコンピュータ授業、ラボについてmeetingを行いました。CSSのheadは相変わらず、やる気あるし、オレを立ててくれて嬉しいのですが、校長は問題でした。「今のラボはtemporary、正式なラボはいつになるかわからないし、tmpのラボの電源工事もいつになるかわからない。教育省から連絡がくる。」、「既に注文した機器もある、UPSは絶対必要だ。あとプリンタとの接続に使用する機器(HUB)も、既にお金を払ってある。だがいつ来るかはわからない。」、「今のコンピュータの数で授業ができるのか?教育省からはこれ以上PCは当分来ない!」、「このカリキュラムは本当に必要なのか?」Tlokweng
collegeのラボ、コンピュータ授業の見学に行きたいのだが、というheadの提案には・・・「今は行く必要はない、観るものは何もない。」の一点張り。最新のAnti
Virusの必要性と、書類を提出したことを報告したら、まじ切れで「既にソフトは持っている、必要なら、私が○○○○(Lobsのコンピュータshopの人)に相談する。」。deputyのためのLocal
Talk-cableの申請についても「私が○○○○に聞く!」。最後はオレと校長の言い合いでした。なんでオレを頼らずに、彼を頼るのだ!オレのほうがよく知っているし、この大学のことも考えている、それがオレの仕事だ!最後には校長に「つゃまーや(出て行け!)」とまで言われてしまった。まじで大屈辱・・・、完全に途中から相手にされなかった。確かにこっちのやり方が真正面過ぎたということも事実だったけど・・・「Show
me your way! but I'll try again.」こんなのが捨て台詞になるのかどうかわかんないけど、meeting終了です。CSSのheadが最後、苦笑いしながらオレに言いました。「すまない、あいかわらず、ここでは仕事はなかなか前に進まないんだ・・・」。「大丈夫、オレあきらめないから。とりあえず、ラボとカリキュラムは別次元の問題だ。ラボの方は、JOCVとして、教育省にあたってみる。カリキュラムは可能なものだけを残して、配分を決める、案は複数用意するから。」。「OK!Mr.!keep on trying together.」こんな感じでそのmeetingの反省会は終了したのでした・・・。headにはこう言って見たものの見通しなし状態なのですが・・・
22.自分の必要性は・・・
その夕方、校長が我が家に来ました。「きでぃ〜、きでぃ〜」と叫んで・・・。がき呼ばわりするな〜!きり〜だ!アメリカ人女性をオレに紹介して、彼女を助けてやってくれ、だってさ。まあ、仕事とは別の話だから素直に話を聞いていました。そのアメリカ人女性は、Lobsのコンピュータshopの横で布切れや服の仕立て屋を営んでいる人です。臨時でうちの大学でも家庭科の先生として働いているそうです。オレが彼女を見たのは2回目(一回目はコンピュータshopで)でした。アメリカ人と聞いてびっくりしました。Lobsにもアメリカ人がいるんだ〜って。なんと来月末彼女は東京に行くのです。サンシャインcityでexhibitionがあるらしく、そのときに彼女のデザインした服とかも売るとのことです。でそのための資料用のグラフ作成の仕方を教えてくれ、とのことでした。校長もその場にいたので、「学校に行かなくて、彼女のhelpをしていいか?」と聞いてみました。OK!とのこと。安いホテルの紹介。池袋あたりの説明。日本人として、彼女の服とその価格設定の感想について。オレ一人の意見じゃものたりないな〜というのが本音です。まあ、来月はオレの友達が来るので、紹介するよ、と彼女に伝えました。彼女は、「この街に日本人がいるなんて知らなかった。なんで校長はすぐに教えてくれなかったの?しかもコンピュータの先生できているのに・・・。」彼女はグラフがうまく作成できず、いろんな人に聞きまくったそうです。「もうここ数日、全然夜も寝れなかったのよ。」と言ってました。「となりの店、コンピュータ屋さんじゃん、聞かなかったの?」、「彼らはMacを使っているので、IBMはわからないって答えたの・・・。」そんなもんなの?うちの便利なコンピュータ屋さん?全然便利じゃないじゃない!
ちなみに彼女は単純なグラフは作成できます。ただ、細かな点、例えば、legendや、title、メモリ線等の設定や、ちょっと複雑なグラフの作成方法がわからなかっただけです。知っていると、知らないでは大きな違い。オレも偉そうなことは全然言えません。でも、この国では、まだまだアプリの利用技術も普及してないのです。あ〜オレも少しは役に立ったのかな?なんて思ってます。この辺は地道に活動するしかないしね。まあ、傍からみればそんな事と思うかもしれないけど、オレがパーっとグラフ作っているのを見て彼女が「ごめんなさい、私、はずかし〜わ」と何度も言ってました。「オレも昔はできなかった。でも今はあなたもできるよ。だから、今度はあなたがまた別の人に教えてあげて。もしわからないことがあったら、いつでもオレが手伝うから・・・。」たかがグラフです。でもそのグラフ一つでも、とっても重要なのです。彼女の言葉を聞いたとき、オレも仕事でシステムがうまくいかない時、夜も眠れなかったな〜なんてことを想い出してしまいました。だから、どれほど彼女が困っていたかがよ〜くわかります。うん、がんばってやっていこう、少しずつでも着実に活動していこう。そう再確認するのに充分な出来事の一つでした・・・。
23.いざ、教育省へ!
9月の末頃、学校を通さず、直接JOCVとして、現状報告及び質問・要望を用意して、教育省に行くことになりました。オレもびっくりの展開です。相手は、ボツワナの教育大学を統括しているTT&DのDirectorと教育省のコンサルタント。いやいや、ホントに彼らと話し合う機会が持てるなんて・・・。確かに、その必要性を感じたので、行くしかないと思い、その旨をofficeに伝えたら、最初と言うこともあり、日時設定について協力してくれました。かなり助かったのですよ、ホントに。でも日程の決定は急のことでしたよ。前日の夕方17:30頃、自宅にtelがあり、次の日の午後にmeetingを行うことになったよ、と連絡があったから・・・。その後すぐにagendaを作成したのは言うまでもないけど。
ちょっとドキドキしながらも、まずは、うちの大学の設備面の現状報告、そして、問題点を列挙し、その改善を求めました。また、質問・要望等においてもいい回答を貰うことができ、かなりの満足でした。新しいコンピュータ、HUB、プリンタ導入の約束もとりつけることができたし・・・。ただ、ホントのコンピュータラボの設立に関しては、2001/10と言われてしまった・・・。何故かこの時、うちの校長も顔を出しており、二人して、もう大学にいないよ!と同じことを言っていたなー。でも、かなり疲れた。でも、すごい充実感があったのも事実。今まで学校側にいっても対処も検討もできなかったものが、一気に先に進んだのだから。
24.授業やりたい!
コンピュータ等の要求はこれで、終了。まあ、後は来るのを待つしかない。ラボも今までのテンポラリーでの活用で行うしかないと既に割り切ったし・・・。来るのを待っているのもなんなので、次の目標は・・・正式にタイムテーブルに入れてもらうこと。つまり、コンピュータ授業をしよう!ということでした。まずは、コンピュータラボのルール作り、レッスンの目的、対象レベル、内容、コマ数・・・と何度もドキュメントを作成して、学校側に提出してたよ。でも授業するにはコンピュータが足りないだの、なんなの言われ、その度に、レッスンの構成やクラス編成もいろいろ案を出しました。というのも、この9月からのtermは3学期。つまり、1月から新学年の1学期が始まるのです。この時を逃したら、授業をカリキュラムに入れることが、難しいと思ってました。だから、それなりにプッシュ、プッシュしてたのです。運のいいことに、学内にはCSSのhead、つまりはCSS学部長が依然としてコンピュータ授業の取り組みに熱心だったので、一応の協力者と言うか、理解者はいたのです。
でもね・・・、手応えは全然感じられなかった。そして、そうこうしていたら、夏バテにもなり、仕事も11月からなくなり、むなしい時を過ごすことになったのです。
25.ホント?授業していいの?
そうこうしているうちに、三学期は終了してしまいした。学校での仕事は、Y2Kの対応のみ。まあ、全然関係ないのだけどね。でも、偶には学校にでも行きながらちょっとした作業等をしていたある日、新学期から、コンピュータ授業をタイムテーブルに入れるので、その案を再度作成してくれとのこと。ホント?ちょっと信じられない展開になりました。まあ、その言葉を信じるしかありません。でもいつの間にそういう決定が学校側でされたのだろう?話によると、1年生のみを対象とするけど、そんなに時間が取れない。CSSの授業のうち、3,4回分をコンピュータ授業に回す、とのことでした。ということなので、再度案を作成し、新年の1月3日にmeetingの約束をして、1999年は幕を閉じたのでした。光が微かに見えてきた感じでした。
