どこに生まれても、暮らしても
    −私たちの”ねがい”の実現に向けて−


         鹿児島障害児者父母の会 乳幼児部会    広瀬 英子

※ご本人の了解を得て、発表抄録を原文で掲載させていただきました。
1)はじめに

 離島や過疎地を多く抱えている私たちが住むこの鹿児島県で、療育を求める声が高まり

始めたのは1980年代半ばからです。親がわが子の障害を知った時、そしてその事実を

受けとめるまでの苦しみは、いっの時代でも親にとって重く大きなハードルであることに

は変わりません。しかし、この療育を求める声が、障害をもつ乳幼児期の子どもを抱えた

私たち親にとって、子どもたちへの早期取り組みの重要性と、思いを語り合える場・仲間

の存在を知らせ、苦しみを希望に変える活力を与えてくれたことは間違いありません。

1994年、鹿児島障害児者父母の会は発足しました。一人ぽっちでいる親子をなくし、

障害の種別や年齢の違いはあっても、一人一人のねがいをみんなのねがいにするためには、

全県的な組織が必要だと、各地域で頑張っていた先輩のお母さん方が痛感し、立ち上げた

のです。そして乳幼児期「学齢期・青年成人期と各分野ごとの学習会や集いなどが、各関

係者の協力のもと開催されました。これらの取り組みは、”なんとかしたい”と必死の思

いで出席している子どもの状態・地域・家庭・・・抱えている問題が異なる親一人一人に、解

決のための選択肢を広げ、また福祉や教育の制度・施策の改善に繋がっていきました。

親が求めていた『療育の場』も、1995年度から県が「心身障害児小規模通園事業」を

新設したこともあり.整備が進み、2001年12月現在、20ヵ所に開設されています。

このように『療育の場』が広がっていく状況の中で、乳幼児期の障害をもつ子どもを抱え

た親自身が、“もっと親の願いと、その必要性をわかってほしい”“その時の社会的事情

を考えた上で、子育ての悩みを知ってほしい”“自分たちの生の声で、子どもたちを取り

巻く環境を整えたい’という思いから、2000年11月に『鹿児島障害児者父母の会

乳幼児部会』が発足しました。

2)活動について

 ”身近な地域に通える場を”と取り組んできた親の活動も、F療育の場』が県内各地に

広がってきたことで新たな問題が見えてきました。せっかく出来た『療育の場』であるの

に、その地域の実情によって、療育の条件や内容、更には療育システムづくりに、いやで

も地域格差が生じている現状を、私たちは目の当たりにしました。当然、私たちの活動も

量的問題を取り上げるだけでなく、質的問題への追求を考えざるをえなくなったことは言

うまでもありません。

【どうしたら子どもたちを、よりよい育ちに導いてあげれるのだろう。】

(進んでいると言われているところは…モデルとなる『療育の場』を確認する・・・)

@大阪府泉佐野市立木馬園への視察

私たちは、自分たちの目指す療育環境をしっかりと自分たち自身の目で確認するために、

『木馬園』への視察研修を行いました。毎日の通園・完備された給食、施設整備・職員体

制・各機関とよく連携し、よく機能している地域療育システム、そして何よりも安心して

過ごしているとわかる子どもたちの表情など、同じ国に住んでいながらこれ程までに違い

があることに、ショックを受けました。

A学習会・交流会の開催

17の通園事業療育機関の親の会に声をかけ、学習会を開催しました。『木馬園』の施

設の模様をビデオで流し、「何故、大阪で出来て、鹿児島では出来ないの?」という疑問

から、根本にあると思われる発達保障の考え方の違いなどについて、意見交換をしました。

一方、交流会では県内各地からそれぞれの『療育の場』が抱えている問題や、親の思いが

語られ、改めて親の会同士の“手つなぎ”の必要性を感じました。

く鹿児島県内は…−現状を認識・改善の道を探す−)

Bアンケート調査による実態の把握と学習会での検討

 2001年1月時点で開設していた17の通園事業療育機関にお願いし、地域・療育現

場の現状を把握するためにアンケート調査を行いました。そして、返答して頂いた14ヵ

所の結果をまとめ、学習会を開催し、内容の検討をしました(資料1)。“子どもたちを

地域の中でゆたかに育てたい”という思いは、参加者全員に共通するものでした。しかし

ながら、制度的基盤・財政的基盤の弱さに大さく影響されている職員体制・療育内容は、

地域で暮らす親子への十分な支援にはなっていないのが現状です。各通園事業の状況は様

々ですが、人的・物的条件の厳しさなど多くの改善すべき困難さを抱えながらも、子ども

たちのために一生懸命取り組んでいる療育現場の様子がわかるだけに、一刻も早い改善が

望まれるところです。

3)成果

 鹿児島障害児者父母の会 乳幼児部会発足の一つのきっかけとなったものに、鹿児島市

内の2つの療育機関(わかば園、鹿児島子ども療育センター)が連携して、2000年7月に

鹿児島市に提出した要望書がありました。要望項目は、次の1〜4です。

1.障害児の早期発見・早期対応のため、乳幼児健康診断の内容充実

2.療育施設の内容充実のため、療育の専門家の配置と、施設の整備、拡充

3.希望する全ての障害児が保育所へ入所できるように統合保育の充実

4.障害や発達上の問題をもつ乳幼児の早期発見・早期療育・保育・就学までの一貫した

  発達保障のシステムづくり

県内の親の会が見守る中、情報発信の中心となっている鹿児島市の親の会が提出したこの

要望書の内容は、どのように受け止められるのだろうかと、関係者一同の関心が集まりま

した。そして、1.の項目について、2001年7月より、乳幼児に対する総合相談窓口

として『子どもすこやか安心ねっと事業』が保健所に設置されスタートすることになり、

2.の項目については、各療育機関に対し助成金を出して頂けるとの回答が得られました。

4)今後に向けて

〈みんなの“ねがい’’は伝わっているのか−それぞれの親子がおかれている状況を知る−〉

@体験発表会

 ここ数年、核家族化・少子化の時代の中で、”了育て”というテーマが取り上げられる

ことが多くなってさました。同時に“子どもたちの発達”についての情報も目にしたり

耳にしたりする機会が増えてきたような気がします。そうなると、不安を抱えた親が相談

の窓口を探し、受け皿を求めるのは当然の結果だと思います。そこで、鹿児島市内の2つ

の療育機関(わかば園、鹿児島子ども療育センター)に通う親が集まり、療育が必要とさ

れたすべての子どもたちが、『療育の場』に参加できているのか、また『療育の場』に参

加したとしても、子どもたちに発達のために必要な十分な療育が受けられているのかを、

”体験発表会”という形で語り合いました。(資料2)。そしてそこには。”待機児”を抱

えて見えない行さ先に不安でいっぱいのお母さんたちや、通園日数・通園時間の少なさに

嘆くお母さんの姿がありました。

5)まとめ

 アンケート検討会や体験発表会でも示されたように、“身近な地域に通える場を”とい

う願いのもと、親同士が手をとり合い、各関係者とともに運動を展開する中で誕生してき

た通園事業も、”子どもにとって……”という取り組みから、ただあれば良いというだけ

でなく、内容を求める声が聞かれるようになってきました。そして私たち親は、様々な学

び合う機会に巡り会い、いままで不可能だと諦めていたことが、可能になるんだというこ

とを知りました。”その土地に生まれ、育ち、生活していく子どもたち” みんなが、どこ

で暮らしても同じ療育が受けられるような、親子が人間らしく生きていけるような、希望

に満ちた鹿児島になることを“ねがい”、私たち親はこれからも力を合わせていきたいと

思います。


もどる