今日のひとりごと

わー・・・なんでわかったのかな?もしかして『隠し』コレクターですか???
でも、ご期待にそえるようなページではないのでごめんなさい。管理人の駄文です。
内容についてはオフレコ(内密)でお願いします〜。

2001年12月30日(日):晴れ

「片付けど片付けど・・・」

あと24時間と30分少々で2001年が終わるというのに、掃除も中途半端なままパソコンの前でHPの更新作業なんかしてる主婦は私ぐらいかもしれないね〜(苦笑)。
お正月バージョンに更新したのはいいけれど、これってやっぱり明日UPしたほうがいいんだろうね?
しかし1月1日まで待つのもめんどうだな・・・。もう、UPしちゃおうかな〜?
絶対すんなりUPできるはずないもんな。また大文字やらファイルの場所間違ってるに違いないから、また小1時間ぐらいかかってしまうはずだし。
昨年はお正月企画なんかしたけれど、今年はどうしようかな?「隠しページを探せ!」というにはちょっとこのページは公開するにはマズイ内容が多すぎるし・・・。うーん???


2001年12月9日(日):はれ

「教育界と医学界は似てる・・・」

今日はすばる園での療育の日。田邊先生と学校の問題を語る中でふっと思った。

1.どちらも専門職集団である
2.上下関係が絶対である
3.謙虚さに欠ける
4.排他的である(自己のポリシーを厳守)
5.柔軟性に欠ける

自分も医学界に足を突っ込んでるので自分の中にも十分心当たりあり・・・・(苦笑)。
ピチュウの知能テスト(簡易&田邊バージョン・・・笑)は110ぐらいだったそうだ。
以前は70ぐらいしかなかったから、かなり伸びたということになるのかな?
しかし伸びた分だけ問題が増えてきたような気がする・・・・(苦笑)。
1対1の感情のやり取りはかなり上手だが、第3者のことを話題にすると、自分のことではないのに自分のことと捉えてしまうとのこと。モロに「心の理論」だね〜。いつもピカチュウとままごとしたりケンカしたりしてるから1対1は上手だけどね。じゃあ3人兄弟なら少しは理解できるようになるのかな??うーん???


2001年11月30日(金):はれ

「そして事件は起こった」

夜も10時を過ぎてからピチュウのなかよしの担任の先生からお電話が。
ピチュウが「なかよしでお勉強する時間だけど、今日は交流学級で勉強すると先生が言った」とウソをついたらしい。あんまりあっさりと言うのでなかよしの先生はまんまとだまされてしまったとか。
家でも「おなか痛いからもう食べない〜」とかよく言い訳をするので、その調子で言ったんだろうなあーと思って「それはすみませんでしたね。何か交流学級にいたい理由があったんでしょうね♪」と軽い気持ちで受け流したら、先生はそうは思わなかったらしく「お母さん、これは大変なことですよ!」と真剣な返事。

論点1.自閉症児は基本的にウソはつかない(つけない)はず
  2.普通の子どものウソならすぐわかるけどピチュウのウソはわからない
  3.今後、誰かにいじめられた、あるいはセクハラ行為!?といっても信用できない
  4.本人がその時間になかよしに居たくなくても学校というのはそういうわけにはゆかない
  5.担任に渡すようにと渡した手紙を廊下にわざと?落としていた

この5点について私と先生の基本的な考えかたにあきらかな相違がみられた。

論点1.ウソ=言い訳である。自閉症児であろうとなんであろうとイヤなことから逃れるためならなんだっ
    って言うだろう。たしかに普通ならギャアー!とか叫んだり自傷行為をしたりしてアピールする
    とろかもしれないが、ピチュウの場合、口が達者な分!?言い訳というかたちをとったに過ぎない
  2.その事象からなんとか逃れようとそれこそ真剣に言い逃れしてるんだから、そりゃあ罪悪感なんて
    発生しない分たしかに鑑別はむづかしいと思われる。しかし健常児のウソの方がみやぶれないウソ
    はヤマのように多い。
  3.確かにその可能性もないとはいえないが、今回のことに関して言えばすべてに対してそうだとはい
    いきれない。信用できないとするのはあまりにも危険である。
  4.集団にあわせられないからこその特殊教育ではないのか?ルールを遵守できるようなら 最初からな
    かよしに入らない。ルールを遵守できないならできるように環境を整えるのが教育ではないのか?
  5.この点についてはわざとかどうかは本人に聞かないと不明。もしウソがばれると思ってわざとおと
    したなら、相当の高機能としか思えないが、他者との関連を見通す力が薄いピチュウにはかなり至
    難のわざだと・・・。

以上のことを考慮した上で返答したが、どうも自分も親の立場のためか、感情的になってしまった・・。
田邊先生に相談して、ピチュウのウソ(自閉症児のウソ)の対応について話してもらう予定・・。


2001年11月27日(火)天気:はれ

「ピチュウ教育相談」

先日、小学校で金魚惨殺事件があり、それを受けてか?急処希望者のみの教育相談が開催された。
PTAではなかなか個人的なお話ができないので交流学級での普段のピチュウの様子をお聞きしようと軽い気持ちで申し込んだ。担任からはピチュウももう少し「宅習」とか取り組めばかなり勉強もできるのではないでしょうか、おうちでも漢字の書き取りとか日記とか取り組んでもらえないかということだった。たしかに最近、予算時期のため仕事が忙しく、家に帰るのも午後7時をすぎることが多いので、とてもピチュウの宅習まで手がまわらないというのが実情・・。土日も療育やらなんやらでてんてこまいだし・・・・。これ以上何かというのは、私が仕事をやめないかぎりはっきりいって不可能なような気がする。『じゃあ、先生、あなたがやれるものならやってみてくださいよ』とよっぽど言いたかったな(苦笑)。
障害を持つ子どもの親にも生活はあるわけだから、それ以上のものを求められてもねえ・・。
ピチュウは自閉症児にしては「できるフリがうますぎる」と私は思っている。だから回り、特に学校の先生方にとっては本人の努力不足と認識されやすいのかもしれない。さまざまな課題に取り組ませて自信をもたせることは確かに本人にとってプラスかもしれないが、課題のクリアに重点が置かれ、その結果往々にして自信喪失、登校拒否へとつながることを繰り返し示唆して行かなければならない・・・。そんな基本的な取り組みまで親が教えなければならないのかなあ・・・。教職員の障害児教育の研修とかどうなってるんだろ????


2001年11月4日(日)天気:はれ

「今日は私の誕生日〜♪(笑)」

昨夜、某サイトのチャットで今朝方3時まで話し込んでいたのでさすがに今朝は起きれない(苦笑)。
我が家の朝ご飯は、月〜金はyumekiが担当で土日は私の担当(働く主婦の朝は何かと忙しいのだ!)なのだが誕生日特権のおかげで?今朝はごろごろ惰眠を貪らせていただいた。と、いきなりピチュウとピカチュウからお誕生日プレゼントが。出資者はyumekiのようだが、ほんの数分でいきなりハンカチを選んだピチュウと違い、30分以上かけて選びに選んだピカチュウのプレゼントは小さなラインストーンの入ったカフ型のイヤリング。娘たちから実質的な?プレゼントをもらったのは今回がはじめてで、ちょっと感動した。
やっぱ、娘はいいねー。息子じゃあこうはいかないだろうな。よくてエプロンどまりか?
実母には昼ご飯をおごってもらい、義母にはシンビジュウムの大鉢やら花鉢を、yumekiからは真っ赤なバッグと小さなペンダントをもらい、極めつけは大3本、小8本が突き刺さったチョコレートケーキ。なんだか今年の誕生日はもらってばかりの誕生日になってしまった。これでピチュウの咳さえなければワインやらビールをyumekiとかっくらうんだけどねー(苦笑)。病院に走るかもしれない予感があっては、おいそれと酔っ払えない。
 先日某放送で2001年家族の肖像という番組があった。1991年のある時期、世界中のふつうの家族を取材したスタッフが10年後の今、同じ家族を取材するという番組。内戦で両親に死別した赤ん坊、企業戦士の夫、社会主義から資本主義へのに激変に翻弄される家族・・・様々な家族に「今の家財道具を見せてください」「あなたにとって一番大切なものはなんですか?」「あなたは今の生活に満足していますか」という3点を問う。家族のあり方、幸せのかたちを考えさせられる番組だった。
 今の私にとって一番大切なものは家族の健康かな・・・・。


2001年11月1日(木)天気:はれ

「ピチュウ8歳の誕生日」

今日はピチュウは8歳の誕生日♪お好みのケーキのリクエストを聞いてみると『トムとジェリーのジェリーのケーキがいい』というので、シェ・アオヤマにрオてみた。

私:「あのー、トムとジェリーってマンガ、わかります?」
店:「はいはい、あのネコとねずみのアニメですよね〜」
私:「ご存知ですか?よかった〜、そのジェリーの方をお願いしたいんですが〜」
店:「はいはい、あのネコの方ですよね♪」
私:「・・・・・・えっ?????」

かくして、お店でできあがりのケーキを受け取るまで不安を隠せない私であった(笑)。
「おおおおおおおっっ!!!」という歓声の中の20パーセントは「ねずみでよかった」という安堵の想いだったが、お店の方は「そんなに喜んでいただけると作った甲斐があります♪」とうれしそうだった・・・・。


ピカチュウもこっそり
ピチュウと一緒に
ふーっ♪味も見た目も
ぴかイチさ♪


2001年7月21日(土)天気:はれ


「2001年の夏祭り」

ピチュウとピカチュウとyumekiと4人で夏祭りへ。ドレスや着物が大好きなピチュウはおおは

しゃぎ。脇をとおりすぎる中学生のグループを見て、「あと3年もしたら、家族より友達と来る

んだろうね、ピカチュウは」とちょっと寂しげなyumeki。
気分は既に花嫁の父?まだ早いぞyu

meki!(笑)「じゃあ、ピチュウは・・?」「さあ、どうだろう?ずっと父兄同伴かな」

まあ、蓼食う虫も好き好き・・二人にどんな出会いが待ち構えているのか、ただただ、

幸せを祈るばかり・・・。


先日のサ○ィのバーゲン(笑)で
ピカチュウが選んだ色違いの浴衣
をずるずる引きずりながらそぞろ
歩く二人。


2001年5月27日(土)天気:はれ

「自分の夢は・・?」

極点からシーカヤックでふるさとまで単独制覇しようとしていた男性が遭難して亡くなった。

NHKの番組で33歳の主婦が息子の出産を機に無医村の医師を志し、42歳で医師免許を取得し、今10数年すごした北海道の

えりも町の病院を去った。

すごいね。二人とも。小さいときは色々な夢を持っていたはずなのに、大人になるにしたがってひとつ、またひとつ、夢を捨て

ていく。ピチュウの年の頃はナイチンゲールの本を読んで、看護婦さんになりたかった。次は宇宙飛行士、次は考古学者・・・

「お母さんは大人だから、もう夢はかなったでしょう?」とピカチュウが言う。そうだね、私も子どもの頃は大人になれば夢は

叶うと思っていたけれど。大人になった今、自分はどんな夢を持っているのか?「とっても現実的な夢はあるんだけどな。」と

言ったら、「ミッチーと握手?」と即座に言われてしまった。(笑)

「ピチュウみたいな子どもがいても安心して働けて、安心して死ねる。ピチュウが元気に働く大人で居られる、ピチュウみたいな

兄弟がいてもピカチュウは自分のことだけを考えていられる、そんなサポート機関を作ること」「あ、それ、いいねえっ!」

ピカチュウ、これまた即答でした。やっぱりピカチュウに頼る部分って大きいもんなあ・・。ごめんねピカチュウ。


2001年5月24日(木)天気:くもり

「専門家とは・・・?」

ある「専門家」が(療育のではない)「障害児は特殊学級に入るべきなのに、なぜ普通学級にいるのか?」「就学指導でちゃんと説明し

ていないのか?」と言われたそうだ。適切な教育を受けられるはずのになぜ敢えて、普通クラスや普通学級を望む親がいるのか理解

に苦しむというところか・・?はらわた煮え繰り返る思いがして、その場に居なくてよかったなあ・・と胸をなでおろす。

まあ、いたらケンカになることしきりだし(笑)。しかし世間の大半はそう思っているのだろうなあと思うと涙が出てしまう。

そんな私を見てピカチュウが「ピチュウは普通のクラスでいいんだよ。お友達と別れると悲しいじゃない」となぐさめてくれる。

そうなんだ。適切な教育を特別に学級や学校を分けなければできない体制自体がおかしいんだ。10数年地域の子どもと別れた

生活をして、10数年後は受け入れてくれるのか?だいたい「適切」とはなんなのだ?「専門家」の果たして何割が実際の「適切」を

見聞きしているというのか?親の判断以上の「適切」がありうるのだろうか?ピチュウが生まれるまで、私はとにかく早く「専門家」に

診断を受けてもらえば自動的に適切な療育を受けられると思っていた。でも実際は違った・・・。実際にしていることを知りもしない

のに平気で「療育機関」と称するところを紹介する「専門家」に、親は振り回され療育ジプシー化する(苦笑)。

せめて専門的な情報を得ようと面接者に質問すると「お母さんの方がよく勉強していらっしゃる」などと平気で言う専門家。

恥ずかしくないのだろうか?そして私もその専門家の列に並ぶ・・・。不安気なお母さんの顔をみるたび胸がつまる。しかし自信を

もって紹介できる「専門家」は皆無といってもいい現実。親が自分で学ぶしかないのだ。

今、自分にできることはなんなのだろう?ピチュウとピカチュウの親として・・保健婦として・・。


2001年5月18日(金)天気:雨

「デコトラ」現る!?

夕方、ピチュウの学童保育のお迎え幼稚園へ。玄関をいつものように通り過ぎる・・・うん?なんか目の端

に入った?とあと戻ると・・機関車型の幼稚園バスが。そっかー、カ○レ○幼稚園のロコモーションバスが

人気だからとうとうここも買ったのねーと思いつつ、ピチュウと二人眺め回す。ナンバープレートが

「777」なのがなんとも楽しい(笑)。そのときピチュウが『ねえ、おかあさん、これ何?バス?』と

一言。うーん、確かに形は普通の園児バスに鉄板で機関車っぽくハリボテ?をした感じなのでカ○レ○

幼稚園のロコモーションバスとはちょっと違う・・。しかも色が機関車を意識したのか黒に赤紫のライン

でちょっと重い感じ・・この感じは・・・そう、デコトラって感じ!?一度そう見えてしまうと、どうしてもデコ

トラにしか見えなくなる・・(苦笑)。先生方の前で「デコトラ」って言わないように気をつけなきゃあ・・・。


これがウワサの!?機関車園児バスです♪


2001年5月17日(木)天気:はれ

夫婦の危機・・?


今朝方メールチェックをしようとパソの電源をつけたらなかなか起動しない・・・。『あー、またCD−ROM入れっぱなしだったー♪』と思い、

おもいっきり電源をブチッ!再起動すればSafeModeになって、正常終了させれば元の画面〜♪と、思っていたら・・・ならない・・・。冷や汗が

タラ〜ッと流れ、yumekiを叩き起こすが直らず・・。『だいたい、アンタが元の場所にちゃんと戻さないからいけない』『そんなこと言ったって、

いつもならちゃんとなるんだもんッ!』一触即発、気まずいムード・・。ピチュウとピカチュウもそそくさと学校へ退避・・(苦笑)。結局、職場の

パソコン師匠?に泣きついて無事復旧。。。アッキー、ありがとうっ!!家に帰って「直った」というと「ああ、よかったね」の一言。うーん、恋人

同士だったら2〜3日は口きかないとこだろうけど?13年も夫婦してるとケンカもこんなもんなのね〜。まあ、原因は私だけどさー(笑)。


2001年4月8日(日)天気:はれ
今日は日曜学級。療育掲示板に書き込んでくれた、ちかこお姉さんと会った。
すっごい美人なのでびっくりした・・・(yumekiは鼻の下伸ばし・・・・笑)自閉症の方で大学合格した人の話などあり、うらやましい反面、社会適応はかなりむづかしいだろうなあと思うことだった。『この星のかがやき』の漫画を平川先生が紹介された。学童期の問題が取り上げられているので丁度いいかもしれない。うちにもあるし、さっそく、なかよしの担任に貸そうと思う。読んでくれそうな気がするし。


2001年4月7日(土)天気:はれ
朝からyumekiがうれしそうにしているのは?歳の誕生日だからだろうか???
今日はyumekiと一緒に、『交流学級』の先生に会いに行った。
30代の中堅どころの先生というところだろうか。自閉症児はまったくはじめてということだった。
「この子は自閉症で・・・」と話し始めたら、「お姉ちゃんの前で話してもいいんですか?」と言われた。
うーん、どういう意味なんだろう???ピカチュウはピチュウが自閉症だということは4歳ぐらいの頃から知ってるし、最近は自分で人に説明したりしてるのにな。なんかまずいのだろうか?????
昨年の先生とはまた違った印象を受ける。やはりあくまで『交流学級の担任』で、『学級担任』とは違うということだろうか?一応、『自閉症の子どもたち』という絵本を渡してきたけれど・・。うーん、なんか不安だなあ・・。
来週からの放課後のお迎えを義父に頼んだ。もう70歳を超えているのに、本当に申し訳ないと思うが、今頼りにできる人は他にはいないのだ。
障害児をもつ母がフルタイムで働くにはまだまだ世間はキビシイ・・。


2001年4月6日(金)天気:はれ
今日から新学期。ピチュウはいよいよ2年生。なかよし学級の先生と教頭先生、校長先生、親学級の先生に会いに、yumekiと田邊先生と3人で出向く。
行って見ると教頭も校長も入学式のあとかたづけで大忙しで、ほんの5分くらいしかいなかった(苦笑)。
その上、親学級の担任は不在という。えー?事前に連絡したじゃーん、そっちが時間を指定したんじゃん?と思いつつ、親学級と私が言うたびに『交流学級です!』と言い直す教頭の態度を見ていると、うーん、あんまり相談とか乗ってくれそうな感じじゃないな・・って感じ。
今までが先生に恵まれすぎていたのかな?ただなかよし学級の先生はとても感じのよい先生で、障害教育はまだ経験が浅いが交流学級の担任としては色々かかわってきたことや、自分で勉強のために休みをさいて研修に出かけている話をして、田邊先生にも熱心に質問していた。こりゃあ、また役員でもして、教頭先生やらに存在をアピールして行くしかないのかな?
仕事してなきゃ、どんどん役員とかするんだけど今年は仕事の方も立てこんでるし・・うーんむずかしいかも。
昨年の担任の先生はまた1年生の担任らしい。また色々相談に乗ってもらおうかな。


2001年4月5日(木)天気:はれ
今日は歓送迎会。たまたま、まわりは23〜31歳の独身のわかーいお嬢さんたちばかりの席だった。ファッションやら容姿、自分の結婚観といったたわいのない話で盛り上がる姿がなんともまぶしい・・。
自分も10数年前はそうだったのかな???うーん今じゃ想像もつかないけど(笑)。明日のことが心配で2次会もゆかずさっさと帰路につく自分がなんだか悲しい。それでもピチュウの「お母さん、おかえりー(尻上り)」の声についついうれしくなる。
学童保育のこと、仕事のこと、療育のこと、なかよしのこと・・・当面抱える問題は山積みだが、自分を待ってくれる家族がいるのはしあわせなことなのかもしれない。


2001年4月3日(火)天気:はれ
今日は鹿児島大学の医学部で『高機能自閉症とアスペルガー障害について』の講演会があった。
医師を対象にした講演だったので、結構鑑別診断の方に重点がいっていたかな?途中、「自閉症は脳の器質的な障害からなる情報処理障害だから、コミュニケーション障害はあくまで2次的な障害である。この情報処理の部分を薬で補助的に補いながら少人数の保育指導が効果的であり、集団の遊戯療法は療育的には無意味である」なんて講演者が言ったものだから、ちょうど出席していた久留教授がさっそく噛み付く・・・。やはり心理と医学は相容れないものなのか?しかし患者の親からすれば薬で治るものなら治したいし、両方の良いところを取り入れたいものだけどな。『器質的な障害』というからには『器質』の部分の障害もぜひ治療方法を確立してほしいものだ。
講師のいう『保育指導』というのは生活スキルの構造化と個別指導のことを示しているのだと私は思った。
最後に主催者側の精神科の教授が少年事件の1容疑者がアスペルガーという診断を受けたことを受けて、『アスペルガーの子どもはいずれ少年犯罪を起こす可能性があるといえるのでしょうか?』と質問された。それに対して、講師は『アスペルガーの子どもが犯罪を犯すというより、すべての子どもが文字情報より画像情報から画一的な情報を安易に取り入れる傾向にあるため、自分で論理的に考えたり、善悪を判断する能力が低下、あるいは欠如しているといった方が正しいでしょう』と言われた。それなのに『じゃあ、やっぱり可能性は否めないんですね』と締めくくる教授には唖然としてしまった・・・。やっぱり鹿児島はまだまだなのか・・?


2001年4月2日(月)天気:はれ
今日から平成13年度がはじまった。新しい新入社員?も入って、こころ新たに?といいたいところだけど保健センターのメンツはさほど変わらないので、あまり新たな気分にはなれないなあ。保健婦のMLで、勤務18年のベテラン保健婦さんがいきなり市民プールの管理人に回されたという話が載っていて、びっくり。その町では保健関係はあまり評価されない部署らしい。確かに・・苦情が多い、形に見えない・・結果は何年先に現れるかわからないでは上司へのアピールはかなりむづかしい部署かもしれない。私自身も今年は異動なしだったけど、この先、介護保険とかの部署に異動させられる可能性は大いにあるしね。それはそれで私は仕方ないと思うし、やりがいは見つけられると思うけど、育児ネットの運営はかなりむづかしいなあ。その前に果たして仕事をいつまで続けられるのか?そこんとこが一番問題かもしれない。

yumekiが苦労してゲットした
TOM&JERRYです♪


2001年4月1日(日)天気:はれ
今日はとんでもなくいい天気。絶好のフトン干し日和なのに、ピチュウはフトンを干すとすぐ喘息発作がでるので、干せない。しかもスギ花粉症とくると完全にアウト。そこでなんと13年ぶりにフトンを買いに行った。
『普通のフトンは3年〜5年で耐用年数を超えますが、この無圧フトンなら干さなくても10年は持ちます』という店員さん。うーん、うちの婚礼フトンはただものじゃないらしい(笑)。
敷きフトン3枚買っただけで結構なお値段だった・・・。うーん、耐用年数が10年なら、うちならあと20年ぐらい持ってくれるかな?

ピカチュウ&ピチュウ
仲良くお勉強の図♪
(なぜかパジャマ姿)


2001年3月31日(土)天気:はれ
最近めちゃくちゃはまっているアニメ「HUNTER×HUNTER」が最終回だったらしい。
HUNTER×HUNTERファンサイトがこぞって書き込みが激しいようで・・・(笑)。
なんで鹿児島では放映されないかなあ?
ビデオになるのってすっごく遅いのになあ・・・。
週刊ジャンプの方は連載が滞りがちだし、さびしい限り。
それにしても、いつになったらマンガを卒業できるのかしらん???

これがウワサの
HUNTER×HUNTER


2001年3月30日(金)天気:はれ
for Mrsバックナンバーが秋田書店から届いた。
「光とともに」自閉症児をもつ母親を責める姑と、否定し隠そうとする夫・・・。
世間的にはありがちなこの現象がなぜかうちはなかった。

自分が保健婦だから?最初から育て方ではない、脳の障害なんだからと言ったら無条件に信じてもらえたし。
このマンガを読みながらグスグス泣いてる主人。そういえばコイツは最初からパニクらなかったなあ。
ねえ、落ち込んだりしなかった?と聞いたら「もう忘れた」と一言だった。

しかし娘が自閉症だと初めて告白したとき実母に言われた最初の言葉「うちの家系にはそんな人はいない」。
この言葉は一生忘れないだろう。


2001年3月29日(木)天気:はれ
今日は職場の異動の内示の日。
予想通りの人が異動だった。ワンマンなところはあったけど、とても頼りになる存在だっただけに残念。
もうちょっとパソコンのこととか教えてもらいたかったな。
来週は送別会。最後に1曲歌ってほしいなあ・・。


2001年3月28日(水)天気:はれ
日記をHP上にUPする人間って・・・やっぱりさびしいのかな・・?
自分の内面を見てっ!もっと自分を見てっ!と叫んでいるように思える・・。
もちろん、私も例外ではないけれど・・・。


2001年3月27日(火)天気:はれ
メールもそうだが、一度文章で書かれた言葉は音声としての言葉より強烈に記憶に残るものだなあ。
特に・・・・。


2001年3月19日(月)天気:はれ

なんとなく日記でもつけてみようかな〜と思って書く。
思えばいままで日記をまともにつけたのは中学3年生のときと妊娠中毒症で入院したときだけだわ。
3年日記なんて買ってみたけど、数ページ書いただけで3年が過ぎてしまった。。。。
 今日は保健センターの引越しで机やらキャビネットやらいっぱい運んだら、体中が痛くて晩御飯を手を抜いてしまった(いつもかな?)。
平成13年度の健康カレンダーになんとなく目を通していたら、間違いを発見してしまった・・。
わー・・・午後13:15になってる・・・。今回は結構最後までもめたからなあ・・。
何事も余裕をもつことが大事なのね・・。