
書いたものかどうか悩みましたが・・・長文ですのでお時間のある方のみお読みください(苦笑)。
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| ピチュウは1993年に我が家の次女として生まれました。 2092グラムでうまれたピカチュウ(長女1991年生まれ)と違い、3020グラムという 元気な赤ん坊で、乳児期は発達面では特に問題なく成長していたと思います。その頃の写真をみ てもしっかりカメラ目線?ですし、1歳前後では片言の単語も出ていました。2歳2ヶ月の時、 麻疹から肺炎を併発して40度を越す熱が続き、10日間入院しました。無事退院し、仕事に新 居作りに忙しい毎日でした。その頃預けていた託児所の先生にしきりに『しつけが悪い』と言わ れたり、親戚に「言葉が少ないのでは?」と言われたのをかすかに覚えています。新居に引越し 一段落したある日、ピチュウがしゃべらなくなっていることに気づきました。(最初から言葉の ない子も多いですがピチュウのように成長の途中で言葉を失うケースも自閉症児ではよくあるこ とだそうです。『我が子よ、声を聞かせて』のアン・マリーもそうでした。)よく見ると視線も 合わない。もしかしたら・・という思いをうちけすために市立病院の耳鼻科を受診。聴力検査は 異常なし。『聴こえていて良かったですね♪』という看護婦さんを尻目にK先生から『そう、こ の子は機能的には問題ない。むしろ情緒的な面がおかしい。自閉症かもね。紹介状を書きましょ うか?』と言われました。「じゃあ、児童相談所ですね。自分で予約できますから紹介状は結構 です」と案外と冷静に受け止める自分がいました。主人は終始無言でした。仕事柄自閉症という 言葉も実際の子どもも知っていました。自閉症の特徴のすべてが当てはまることもわかっていた んです。ただ自分の娘がそうだと信じたくなかっただけなのかもしれません。(ある意味『専門 家』と称する人々の方が子どもの障害に対する受け入れが困難なことが多いような気がします。 私を含めて彼らは『いや、まだこんな面があるから障害とは言えない』と専門家の名のもとに事 実を主観的に解釈してしまいがちです。子どもを愛しているからこそ、自分では客観的な判断は できないのだと自覚して信頼できる第3者の専門家に客観的な判断をゆだねる勇気をもつことも 大切だと思います。そこからまた新たな援助者と一緒に、前に進めると思います。)児童相談所 に予約を入れ、主人とピチュウと3人で面接に行きました。心理相談員の面接調査、保母の面接 、医師の診察を経て「自閉症」と診断されました。震えがとまりませんでした。涙がとまりませ んでした。帰りの車の中で「どうしたらいいんだろうね!?」と泣きじゃくる私に「どんな子ど もでもピチュウはぼくたちの子どもだから育てるしかないがね!」とか主人は言ってたかな・・ ・?主人は主人なりに葛藤が合ったに違いありませんが、そのときの私の落ち込みように必死に ふんばっていたのかもしれません。その頃のことを聞いても「もう、忘れた♪」と笑っています |
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NEXTの予定です(苦笑)