中山道桶川宿ぶらり歩き
稲荷神社へ行こう!コースの巻

F旧菖蒲街道〜村田家稲荷

桶川稲荷神社を後に、そのまま稲荷通り(神社を背にして右)の方へ。
数十メートル進むと、道が二又に分かれます。
左の奥には小さな神社(村田家稲荷)があります。

この左側の道、ぱっと見普通の細道ですが、昔は後で回る「レンガの蔵跡」の脇の道とつながっていて、菖蒲街道と呼ばれ、桶川の鎮守・稲荷神社の参道だったそうです。

写真を撮る私を市役所の道路課の人と間違えて出てきた近所のおばあちゃんが、
「私が嫁に来た頃は、この道は砂利道で、住宅に遮られていない真っ直ぐな道だった」
とおしえてくれました。



二又の道を右へ進み、稲荷通りを越えます。

馬車が往来した稲荷通りは、「ひな市」では段飾りのひな人形が並び、五・十市でも沢山の人で大賑わいだったそうです。














G煉瓦蔵に沿う道と水路

稲荷通りを越えて最初の曲がり角を左に入り、
静かな小道を進みます。はじめの突き当たりを右折して、道にまかせてぐねぐね歩いていくと、突然目の前に古い煉瓦の建物が現れます。

なぜか、戦争中で物資を集めている時代のイメージが思い浮かんでしまったんですが、とにかくタイムスリップしてしまいました。

知っているようで知らない建物って、あるものです。
中山道側から見ると、北小の正門から歩道橋を渡って下りてきた道にあたります。

昔、この建物の脇には水路があって(今は無し)、それとこの小道は江戸時代の絵図にも描かれているそうです。

水路は一里塚の傍ら(歩道橋を渡った反対側に「一里塚跡」があります)を流れ、小道は宿場の家並みの裏を通って古い菖蒲街道へとつながっていたのだとか。


H上の木戸跡・薬師様

中山道を渡らずに、中山道と紅花陸橋の道路の交差点まで進むと、うどん屋(今福屋)の前に、薬師様と上の木戸跡が並んで見えます。

薬師様の方は半分観音扉が開いていて、中を覗くと小さな石碑に「薬師」と大きく書いてあります。

昔から目の神様として慕われ、人々はゲンノショウコやセンブリなどのの薬草を干して供え、目が良くなったら絵馬を奉納する習慣があったそうです。

上の木戸跡は、和宮様が中山道を通って京から東京にお嫁に行くとき、宿泊地である桶川の町は大パニックになり、
その時ここに高さ1丈8尺、幅8寸の角材(高さ約550p×幅約25cm)で木戸の柵を新設した記録があるそうです。

二又の分かれ道。左が旧菖蒲街道、右に行くと稲荷通りです

村田家稲荷

稲荷通り

前に戻る

トップに戻る

もっと散歩する

下校時刻だったので、歩道橋を渡って北小の子達が家に帰る場面に遭遇しました