景気回復たれぱんだ論


「たれぱんだ」。
最近、私の身の回りに繁殖している。
キーホルダー、携帯ストラップ、ライターetc.
車の後部座席にもぬいぐるみがいやがる。
24歳、男性。ふさわしくない存在である。
このパンダ。何にも、可愛くもない。ハッキリ言って不細工である。
なんでこんなのが、今売れてるのだろう。
私が思うに時代に合ったネーミングの勝利だと思う。
「たれ」。何とも良い言葉である。人に安らぎを与える鎮静剤的はたらきを持っている。

今日、日本はどん底の景気の悪さである。
失業率が4%を越え、リストラの嵐。職があっても、会社にしがみつくので精一杯。
そこからは、気持ちの安らぐ要素はなにも生まれない。
その波は老若男女すべての日本人にまん延している。
そんなあくせくして、慌ただしく光の見えない混沌とした世の中に必要なのが、
「たれぱんだ」である。
こんな時代だからこそ、「たれぱんだ」である。
そう、安らぎが今の日本を救うのである。
必死になって現状を変えていこう、と焦ってもいっこうに景気回復の兆しがみえない。
そんなこといつまでやっても変わるわけがない。
こんな時こそ、いったん立ち止まって「たれぱんだ」である。
大人が束になっても何も変わらない今、たぶん、時代に敏感な若い女性が、
そんな大人達に発している警告や提案なのではないかと思う。
大人達はそれにはやく気付くべきだ。
しかし、たぶん気付かないだろう。そうなれば実行である。
安らぎのない大人を見つけたら、そっと「たれぱんだ」を差しのべてあげよう。
ひとりの力は微力であるが、その微力がたくさん集まれば、きっと大きな力になる。
それは、きっと日本をいい方向に導くであろう。
さあ、立ち上がろう!さあ、たれぱんだ!

そして、この行動が実り、日本が好景気をむかえた頃「たれぱんだ」はそっと姿を消すだろう。
なぜなら、安らぐことをおぼえた日本人には、もう必要無いからだ。
しかし、心の中では皆思ってる。
『ありがとう「たれぱんだ」みんなに安らぎをありがとう。今度は、君が安らぐ順番だよ。』
「たれぱんだ」が消える時、それは決してブームが終わったから。飽きたから。などの
薄っぺらな理由ではない。
なぜなら、必然的に現れて、必然的に消えていくものだからである。
それが「たれぱんだ」というものである。
だから、また人が安らぎを忘れた時、きっと、また現れることでしょう。
「たれぱんだ」よ永遠に!
以上ここまで読んでくれた人、ありがとうございます。
私が思うに、上に述べたようなことは、ぜったいにあり得ないでしょう。