くるくるサーカス・からからサーカス

 (開幕。舞台はサーカスのテント小屋。そこら中に、「世紀の大サーカス近日来る!」のビラがはってある。「くるくるサーカス団猛獣使い」と書いた札を首から提げた男が、一人で火の輪を回している。そこにパジャマ姿の千夏が登場。)

 くるくるサーカス団猛獣使い:やぁ、君、また会えたね。今夜もこの夢のサーカスにようこそ。
 千夏:こんばんは。…また来たみたい。今夜こそ、サーカスの開幕までここにいられるかな。ね、本番はいつ始まるの?
 くるくる猛獣使い:うーん、そのへんは当くるくるサーカス団団長に聞かなきゃ分からないな。うちの団長はなんてったって完ぺき主義でね。中途半端な舞台を観客に見せるくらいなら、お客さんたちを待ちぼうけさせることも辞さない人なんだ。
 千夏:それにしたってそろそろ始まってもいいんじゃない?(サーカステントに張られたビラを眺めながら)とっても楽しみにして待ってるのに。
 くるくる猛獣使い:じゃあなんなら練習風景を見学していくかい。いつも来てくれる御礼に。
 千夏:え、いいの?
 くるくる猛獣使い:もう練習時間なんだ。黙ってたって皆集まるよ。ほら。

 (同じように、首から札を下げた面々が集まってくる。偉そうな団長、スケボーを抱えたピエロ、林檎を食べながらナイフ投げ、高所恐怖症の空中ブランコ乗り。)

 くるくるサーカス団団長:諸君! 諸君!

 (団長、手を打ち合わせて声を張り上げる。)

 くるくる団長:諸君! さぁいつものあれから始めよう! 我々は「興奮絶頂・スリル満載・迫力満点、夢と冒険を与えるくるくるサーカス団」だ! サーカス、それはどきどき! サーカス、それははらはら! 誰もが子供に返り、未知の世界に酔いしれる夢の時間!

 (団長その場にうずくまり両手で顔を覆う。団員その周りに集まり、かごめかごめをやり出す。千夏も一緒にやらされる。)

 千夏:これは何?
 くるくる猛獣使い:おや、いまどきの子供はかごめかごめも知らないのか!
 くるくるサーカス団ナイフ投げ:なんたること!
 くるくるサーカス団空中ブランコ乗り:嘆かわしい!
 くるくるサーカス団ピエロ:(無言で同意)
 千夏:知ってるわよ! そうじゃなく、どうしてサーカスの練習でかごめかごめをするの?
 くるくる猛獣使い:童心に返るためさ!

 (唄が終わる。団長の後ろには千夏がいる。)

 くるくる団長:うーむ…猛獣使いだ!

 (一同爆笑し、またかごめかごめ。唄が終わると、また千夏。)

 くるくる団長:うーむ…何も喋れないということは…ピエロだな?
 くるくる猛獣使い:ぶー。
 くるくるナイフ投げ:はーずれー。
 くるくる空中ブランコ乗り:ばっかでー。
 くるくるピエロ:(無言で腹抱え)
 くるくる団長:お前ら全員不敬罪で首にしてやる! ええい、やめやめ! 名前を当てないといつまでたっても終わらないぞ!(立ち上がる)よし、個人練習に移れ!

 (ピエロは上手に去る。ナイフ投げは、食べかけの林檎を的にして練習を開始するが一本も当たらない。空中ブランコ乗りは平均台の練習を始める。団長は偉そうにそれらを眺めている。)

 くるくる団長:空中ブランコ乗り! お前相変わらず高所恐怖症なのか!
 くるくる空中ブランコ乗り:はい〜。ひえ〜。高いですー。まっすぐ歩けません〜。
 くるくる団長:ナイフ投げ! 一本も当たってないじゃないか!
 くるくるナイフ投げ:現在の命中率は108分の1です。これが…16本目なので、後92本投げていれば、うち一本は当たるはずです、団長!(ナイフが尽きたので拾いにいってまた投げ)17本〜、18本〜、19本〜、20枚〜。一枚足りないうらめしや〜。
 くるくる団長:ええい鬱陶しい! 数を数えるだけなら向こうに行ってやってこい!

 (団長、ナイフ投げを上手に追い出す。)

 くるくる団長:猛獣使い!
 くるくる猛獣使い:はーい。
 くるくる団長:なんだお前、逃げた猛獣はまだ見つからんのか!
 くるくる猛獣使い:はい、遺憾ながら。
 くるくる団長:何が遺憾だ。まったくいかんぞ。猛獣に逃げられた猛獣使いなんぞ、猛獣使いとは言えん!
 くるくる猛獣使い:はい、なんならここに(首から下げた札を指して)猛獣使えねぇ、とでも。
 くるくる団長:馬鹿者! おい、ところでお前の横のそいつは何だ!(千夏を指す)まだ名前がついてないじゃないか!
 千夏:え。
 くるくる猛獣使い:この人は未来の観客ですよ、団長。サーカスがいつ始まるのか尋ねに来られたんです。
 くるくる団長:(動揺して)か、か、観客だと! それならそうと、お客様という札をつけておけ! いやいやはてさて…それはどうもわざわざどうも…
 千夏:ああいえこちらこそお邪魔しましてどうも。…それでいつサーカスは始まるんですか?
 くるくる団長:どき!
 千夏:どき?
 くるくる団長:これはまたずばっとお聞きになる…。
 千夏:だってもう随分長いこと待ってるのに。一体いつになったら、興奮絶頂・スリル満載・迫力満点の夢と冒険の時間を与えてくれるんですか?
 くるくる団長:ええと、そのぉ…。いや実はですね…勿論私としましても、一刻も早く皆さんに夢と魔法を提供したいのはやまやまなれど、いかんせん見ての通り、団員皆それぞれ、まだまだ練習不足でして…。猛獣使いは使うはずの猛獣に逃げられ、空中ブランコ乗りは高所恐怖症がまだ直らず、ナイフ投げはナイフが下手だわ、ピエロは…

 (スケボーにうつぶせに乗ったピエロ、上手から下手にがーっと走り抜ける)

 くるくる団長:玉乗りの稽古のためにやり始めたスケボーにさえ、立って乗ることができません…
 千夏:それってはっきりいってどうしようもないんじゃ。
 くるくる団長:ぎく。
 千夏:どれも、一朝一夕練習してどうにかなるようなものじゃないじゃありませんか。
 くるくる団長:ぐさ。
 千夏:お客はみんな楽しみに待ってるんですよ? 楽しみにもしますよ、だってサーカスですもん! テントに張られたビラ。どきどきわくわくの宣伝文句。眠れない夜。だってサーカスですもん!
 くるくる団長:そうだ、サーカスだ! だからこそこんなままでは始められん! 自信たっぷりの空中ブランコ乗りに、唸る猛獣に、鋭いナイフの飛びように、スリルを求めて観客はやってくるというのに! その前に、このへらへらした男が出て行って謝るのか?
 くるくる猛獣使い:すみませーん、猛獣逃げられちゃいましたー。
 くるくる団長:いかん! いかん! それこそ夢を壊す行為だ!
 千夏:そんなこと言ってたら、本当にいつまでたってもサーカスが始まらないじゃないですか!
 くるくる団長:うぐ。
 千夏:少し待って改善するようなレベルじゃないもの。団長さん、私たち本当に、ずっと待ってるんですよ。サーカスが始まるのを!
 くるくる団長:がく。(膝をつく)……う、言うとおりだ。
 千夏:だったら団長。
 くるくる猛獣使い:ということは団長。
 くるくる団長:よし…よし! 団長は断腸の思いでここに決意するのだ! サーカスを始めよう! 
 千夏とくるくる猛獣使い:おー!(拍手。そのとき突然くるくる団長、うずくまる)
 くるくる団長:う。
 千夏:う?
 くるくる団長:や、やられた…。
 くるくる猛獣使い:団長?
 くるくる団長:がく。
 千夏:ああっ、団長さんの背中にナイフが!!
 くるくる猛獣使い:本当だ! 本当だ! 大変だ、団長が殺された!(くるくる空中ブランコ乗りとくるくるピエロ、集まって騒ぎ出す。)
 くるくる空中ブランコ乗り:このナイフは…ナイフ投げのナイフだ。
 千夏:ということは。
 くるくる猛獣使い:まさか。

 (くるくるナイフ投げ、ナイフの突き刺さった林檎を片手にはしゃいでやってくる)

 くるくるナイフ投げ:団長! 団長、見てください! 108本目にしてついにナイフは林檎に当たりました! 団長…あれ、団長?
 くるくる猛獣使い:…いややっぱり。
 くるくる空中ブランコ乗り:こいつには無理だ。
 くるくるナイフ投げ:わー! 団長が死んでいる!!
 千夏:でもじゃあどうするの? せっかくサーカスを始めることになったのに、団長さんがいなくちゃ…。
 くるくるナイフ投げ:しかもこれはナイフ投げのナイフ! …分かった!
 くるくる空中ブランコ乗り:何が分かったんだ?
 くるくるナイフ投げ:うちの団長を亡き者にした奴さ! こんな正確に団長の背中にナイフを投げるなんて、とてもじゃないけど僕には無理!
 くるくる猛獣使い:だね。
 くるくる空中ブランコ乗り:じゃあ一体?
 くるくるナイフ投げ:決まってる! 我らがくるくるサーカスの永遠の宿敵!
 くるくる空中ブランコ乗り:はっ。
 くるくる猛獣使い:まさか!
 くるくるナイフ投げ:そうさ、からからサーカス団のナイフ投げが犯人だ!!
 千夏:からからサーカス団?
 くるくる猛獣使い:この世界にあるもう一つのサーカス団さ。
 くるくる空中ブランコ乗り:芸の腕はこっちと五十歩百歩だが。
 くるくるナイフ投げ:ナイフ投げだけは僕より上手い!
 くるくる猛獣使い:よし、偵察に行ってこよう。本当にあいつらの仕業なのかどうか。
 くるくるナイフ投げ:決まってるさ! からからサーカス団の奴ら、僕らが先にサーカスを始めることを決めたんで焦ったんだ!
 千夏:私も行くわ。
 くるくるナイフ投げ:僕もだ!

 (千夏とくるくる猛獣使いとくるくるナイフ投げ、去る。瞬間の暗転の後、舞台にはからからサーカス団団長とからからサーカス団空中ブランコ乗りとからからサーカス団ピエロ。といっても、皆「くるくるサーカス団」の札を裏返しただけ。)

 からからサーカス団団長:うーむ、うーむ、空中ブランコ乗り、お前相変わらず先端恐怖症なのか。

 (千夏・くるくる猛獣使い・くるくるナイフ投げ、その様子を窺う。)

 からからサーカス団空中ブランコ乗り:はい〜。ひえー、ブランコの端が怖い〜。ぶるぶる。
 からから団長:ピエロ、お前、練習用に買ってやったローラースケートはどうした。あれは昔光G○NJIの諸星何某が履いていたという曰くつきの一品だぞ。
 からからサーカス団ピエロ:(無言でジェスチャー)
 からから団長:何? 自分は光GEN○IよりS○APが好きだ? ばかもん!
 千夏:…どっちもどっちね。
 くるくる猛獣使い:うーん、暗殺を企てたようにはあまり見えないね。
 くるくるナイフ投げ:騙されるな、演技かもしれないぞ。
 からから団長:くそぉ、どいつもこいつも未熟者だ! こうしている間にも、我らが宿敵くるくるサーカス団は、着々と開幕の準備を進めているのかもしれないんだぞ!
 からから空中ブランコ乗り:それはないですよ、団長。なんてったって、あっちの空中ブランコ乗りはよもや高所恐怖症。ナイフ投げはましてや下手っぴぃだし、ピエロはスケボーすら乗りこなせない。猛獣使いに至っては、自分の猛獣に逃げられた! これでサーカスを始めるなんて自殺行為だ。笑いものですよ。くるくるサーカス団の団長はかごめかごめも下手だしね。
 からから団長:うむ、その通りだ。しかし、万が一ということがある。よし、ちょっとくるくるサーカス団を偵察してこよう。お前たちはしっかり練習しておけよ。(退場)
 くるくる猛獣使い:大変だ!
 くるくるナイフ投げ:急いで戻って、いつも通り練習しておかないとおかしく思われる!
 千夏:あれ? じゃあ団長を殺したのは?
 くるくるナイフ投げ:決まってるさ。今見たろう。あそこにナイフ投げはいなかった!
 くるくる猛獣使い:なんにしても、今団長が死んだなんてこと知られるわけにはいかないぞ! おーい、急いで作戦会議だ!

 (からから空中ブランコ乗りとからからピエロ、いつのまにかくるくる空中ブランコ乗りとくるくるピエロに入れ替わって)

 くるくる空中ブランコ乗り:どうだった? どうしたんだ?
 くるくるナイフ投げ:やっぱり怪しかった!
 くるくる猛獣使い:いやそれよりも、からからサーカス団団長が、こっちを偵察に来るらしい! 団長が死んだなんてばれたらまずいことになるぞ!
 くるくる空中ブランコ乗り:それは大変だ! 急いで代わりの団長を探さないと!
 くるくるナイフ投げ:代わりの団長?
 くるくるピエロ:(千夏を押し出す)
 くるくる猛獣使い:おお!
 千夏:え?
 くるくる空中ブランコ乗り:なるほど!
 くるくるナイフ投げ:袖触れ合うも他生の縁!
 くるくる猛獣使い:そうなると、団長の死に目に丁度居合わせたのもこれぞ神の思し召し。
 くるくるピエロ:(「くるくるサーカス団団長」の札を持ってきて千夏の首にかける)
 くるくる空中ブランコ乗り:似合うよ!
 くるくるナイフ投げ:ぴったりだ!
 千夏:何よこれ?
 くるくる猛獣使い:何って、札だよ。きちんと名前をぶら下げておかないとね。団長をピエロに、ピエロをナイフ投げに間違えられては大変だろう。
 くるくる空中ブランコ乗り:さぁ、いつも通り練習しないと!
 くるくるナイフ投げ:そうだ、いつも通り!

 (一同、千夏を真ん中にしてかごめかごめを始める。からから団長、その様子を偵察しに来て、しばらくして退場。)

 くるくる空中ブランコ乗り:ごまかせたかな。
 くるくるナイフ投げ:ばっちりだ。
 くるくる猛獣使い:よかったよかった。
 くるくるピエロ:(拍手)
 くるくる猛獣使い:それで団長、では開幕はいつにしますか。
 千夏:え? 私が決めるの?
 くるくる空中ブランコ乗り:おお! 夢の開幕! ついにそのときが!?
 くるくるナイフ投げ:一世一代の晴れ舞台!
 くるくる猛獣使い:まぁまぁ。決めるのは団長だ。いつ始めるのか。それとも始めないのか。
 千夏:そんな。いきなり言われても。責任重大だわ。
 くるくるナイフ投げ:重大ですよ。公演が成功するか失敗するかはすべて団長にかかってるんだ。失敗に終わったサーカスほど、惨めで無残なものはないからね。
 千夏:う。…と、とりあえず、皆の上達具合を見て決めましょう。個人練習はじめ。

 (くるくるナイフ投げ、空中ブランコ乗り、ピエロ、退場。)

 千夏:(くるくる猛獣使いに)あなたは?
 くるくる猛獣使い:僕は猛獣使いですから。猛獣に逃げられてしまったからには、やることなんて、こうして火の輪を回しておくぐらいです。(回す)
 千夏:…猛獣はどうして逃げたのかしら。サーカスが嫌いだったの?
 くるくる猛獣使い:とんでもない。あいつはこのくるくるサーカスを愛してましたよ。
 千夏:前々から思ってたんだけど変な名前よね。
 くるくる猛獣使い:なぜ? ボリショイ大サーカスなんて、日本語に直すと大・大サーカスだ。だいだいサーカスがあるなら、ミカンサーカスがあったって、青青サーカスがあったっておかしくないさ。
 千夏:だけど、くるくるって…いくらなんでもアホっぽ………(火の輪を見て)回ってるみたい。
 くるくる猛獣使い:(火の輪を回して)そう、それこそが僕の猛獣が望んでいたことだ。回って回って、いつまでたっても終わらない。終わらせないためにはどうすればよいか分かるかい。そう、始めなければいいんだ。
 千夏:だけど。
 くるくる猛獣使い:あいつはサーカスが好きだったんだよ。大好きなサーカスに終わってほしくなくて、始まってほしくなくて、わざと練習で失敗してみせることもあったくらいだ。そのたびに僕は言ってやった。お前、本当は生き物は時間を遡ることができることを知っているか?

 (スケボーに乗ったピエロ、上手から下手に走り抜ける。)

 くるくる猛獣使い:生き物は普通、生まれてからずっと死に向かって生きる。たとえば一生を50年として、今10歳の君がいるとする。君は残りの40年を、ただただ縮めていく方向に生きるけれど、本当はそれは一方通行ではないんだ。逆の生き方だってありうるのさ、君さえ望めば。だってたどり着く場所は同じだからね。死に向かって生きるとき、それは過去を増やし未来を縮める行為だ。生に向かって生きるとき、それは未来を増やす行為だ。まだ見ぬ未来。輝かしい未来。何かとっても素敵なことが待ち構えているかもしれない君の未来――。(ピエロ、下手から上手に走りぬける。)だけど実際、僕らは皆死に向かって生きる。なぜだろう、それは本当は分かっているからだ。過去のない未来に、意味なんかないってことにね。

 (くるくるサーカス団員、集まって千夏に練習成果を披露。ナイフ投げは一本だけ刺さった林檎を見せびらかし、空中ブランコ乗りは平均台を渡り切り、ピエロはスケボーに立って乗る。)

 くるくる猛獣使い:みんな精一杯頑張った。それでも空中ブランコ乗りは空中ブランコには乗れないし、乗ってもすぐに落ちてしまう。ピエロも玉乗りをしようと思えば、玉と一緒に転がってしまう。僕はといえば、使うはずの猛獣に逃げられて、今はむなしく火の輪を回すだけだ。さぁ、団長、どうします。開幕したところで、笑いものになるだけだ。最後には観客なんかみんないなくなってしまうかもしれない。それでも僕らのサーカスを始めますか。
 千夏:団長は…………団長は、断腸の思いでここに決意するのだ。サーカスを――

 (暗転。皆退場し、ピエロのみ再登場。「近日来る!」のビラの上に、「くるくるサーカス・ついに開幕!」のビラを貼っていく。入れ替わりに、からからサーカス団員登場。)

 からから団長:なんてことだ、なんてことだ! あいつら、あれでサーカスを始めるつもりなんだぞ! あんな無茶苦茶なサーカスあってたまるか! サーカスに対する冒とくだ! わくわくどきどき、胸を高鳴らせている観客すべてを裏切る気か!
 からから空中ブランコ乗り:団長! 我らがからからサーカス団も負けては駄目です!
 からからサーカス団猛獣使い:僕らもサーカスを始めましょう!
 からから団長:まぁ待て諸君! 落ち着け! 自分たちが何を言っているのか分かっているか!?
 からから猛獣使い:分かっていますとも! 始めましょうサーカスを! 我々は誇り高いからからサーカス団だ! サーカスを始めずに、何をサーカス団と言えるだろう!
 からから団長:今のままで開幕したところで何がサーカスだ! そう、我々は誇り高いからからサーカス団だ! 幕を上げ、あんな恥ずかしい仕上がりの芸を晒して、「なぁんだサーカスとはこんなものだったのか」と思われてそれでいいのか!!
 からからサーカス団員:……。
 からから団長:諸君らは子供の頃、物語を書こうとしたことがあるだろう。または絵を描こうとしたことが、一度といわずあるだろう。そのとき諸君らの頭の中には、何かしら素晴らしい、いまだかつて見たことのないような、素晴らしい夢と希望があるはずだ。しかしどうだろう。いざ筆を取れば、そこに現れるのはみすぼらしい夢の残骸だ。いや、現れるだけまだましかもしれない。何も、全く何も生み出せないときとてあるだろう。いいか、諸君らがそんな無残な現実に直面する前の、どきどきわくわくとした、それが未来だ、それが夢だ、それが希望だ、そして我々は夢のサーカス団だ! 我々の舞台を心から楽しみにしている人々が、いざ我々の舞台を目にして、どれほどがっかりするだろう! 裏切られたと憤るだろう! いっそ始まらなかったならばとさえ思うだろう!(「ついに開幕!」のビラを叩いて示し)「近日来る!」「ついに開幕!」そうだ、大切なのは希望なのだ! 人生はいつだって映画の予告編だ! そこに、何か素晴らしい、いまだかつて見たこともない、輝かしいものがあると信じ続けたいのだ。本当はそんなものどこにもなくて、つまらない、みすぼらしい、金返せと言いたくなるような人生の本編しかないだなんて、誰が知りたい! 我々は誇り高い、夢のからからサーカス団だ! サーカス、それはどきどき! サーカス、それははらはら! 誰もが子供に返り、未知の世界に酔いしれる夢の時間! 我々は夢を売るからからサーカス団だ!
 からから猛獣使い:…しかし団長、くるくるサーカス団の奴らが、サーカスを始めてしまったら。
 からから空中ブランコ乗り:みんなが、「なぁんだサーカスとはこんなものだったのか」と思ったら。
 からから団長:そのために我々からからサーカス団があるのじゃないか。 観客はきっとこう思うだろう。くるくるサーカスはこんなものだった、いやしかし、からからサーカスがまだあるじゃないか、きっとからからサーカスこそが、求めていたサーカスなんだ、本物のサーカスなんだ! …そしてまた、観客はあのどきどきを味わうことが出来る。遠足の前日の、祭りの前夜の、サーカスの始まる前のあの高揚。そうして、彼らは夢を見続けることが出来るのだ。
 からからサーカス団員:……。
 からから団長:さぁ、諸君! それでは哀れなくるくるサーカス団の公演を私が偵察に行ってこよう。。その間皆は気を取り直して練習だ。いつかの完璧な舞台のために、寸暇を惜しんでも我々は日夜励み続けなければいけないのだぞ! さぁ、さぁ!

 (からからサーカス団員退場。)

 からから団長:いつかの、完璧な舞台…(退場)

 (千夏とくるくるサーカス団員登場。舞台袖。大きな歓声が聞こえる。)

 くるくる空中ブランコ乗り:とととととうとうこの時が。
 千夏:頑張ってね。

 (空中ブランコ乗り上手に消え、他団員、上手の様子を窺う。一段と高まる歓声)

 くるくる猛獣使い:空中ブランコ乗り、足が震えてるぞ。
 くるくるナイフ投げ:……。
 千夏:ああ…緊張してブランコを掴むことさえ失敗したわ。
 くるくるピエロ:(はらはらしつつ応援している。)
 くるくる猛獣使い:あ、掴んだ! そのまま行け!
 千夏:駄目、落ちる!

 (一瞬歓声消えるが、すぐに笑い声に変わる)

 くるくる猛獣使い:前座だと思われてるんだ。
 千夏:もう一回、もう一回。
 くるくる猛獣使い:…ああ、またブランコをキャッチできない。…やばい、まただ。

 (歓声の中にブーイング混じり始める)

 千夏:落ち着いて。
 くるくる猛獣使い:掴んで…飛んだ! 駄目だ! また落ちた、失敗だ!!

 (呆れた観客の声)

 千夏:…仕方ないでしょう。じゃあ次はピエロよ。

 (ピエロ上手へ。また歓声)

 くるくる猛獣使い:あいつ、本番もスケボーにうつ伏せだ。
 千夏:大丈夫。ピエロだもの。冗談だと思ってもらえるわ。
 くるくるナイフ投げ:……。
 くるくる猛獣使い:玉が出てきた!
 千夏:…。
 くるくる猛獣使い:…ピエロめ、玉と一緒にどこまで転がっていくんだ…

 (歓声フェードアウト)

 千夏:さぁ、最後はナイフ投げよ。
 くるくるナイフ投げ:だけどまだ、108本に一本しか…
 千夏:その一本を当ててくれたらいいのよ。

 (ナイフ投げ、舞台上手の前面へ。また歓声。)

 千夏:108分の1の確率。信頼するしかないのね。
 くるくる猛獣使い:信頼しているさ。

 (ナイフ投げ、舞台下手に向かって投げる。)

 千夏:一本目…。外れた。
 くるくる猛獣使い:……。

 (ナイフ投げ、二本目投げる。)

 千夏:…また。
 くるくる猛獣使い:本番では五本しか投げられない。

 (ナイフ投げ、3本目。)

 千夏:…失敗。後2本。

 (歓声次第に静まる。)

 くるくる猛獣使い:信頼するしかないよ。あいつが誰よりもこのくるくるサーカスを愛していることをね。

 (ナイフ投げ四本目。途端に歓声大きくなる。)

 千夏:当たった! 当たった! 凄い、信じられない!
 くるくる猛獣使い:(立ち上がり)そうだ、最後の一本、的の林檎を僕の頭に載せよう。
 千夏:え?
 くるくる猛獣使い:一人で火の輪を回しているよりずっとましだ。猛獣に逃げられて、せっかくの大舞台なのに何の出番もないなんて悲しいよ。
 千夏:そんな。だって死んじゃう。
 くるくる猛獣使い:次にあいつの狙い通りにナイフが飛ぶのは、また108本目だとでも?
 千夏:そうよ、だって。
 くるくる猛獣使い:大丈夫。僕らは誇り高いくるくるサーカス団だ。

 (下手前面へ。頭に林檎を載せて磔になる。)

 くるくる猛獣使い:さぁ最後の一本だ。僕らのサーカスが成功するも失敗に終わるも、すべてがお前にかかっている。くるくるサーカス団ナイフ投げ。その首から提げた札の通りに!

 (ナイフ投げ、ナイフを投げる。林檎に刺さる音。拍手喝采。喜ぶ千夏。自由になる猛獣使い。そのとき。)

 からから団長:(声だけ)騙されるな! そいつはくるくるサーカス団ナイフ投げじゃない!!

 (からから団長、くるくる空中ブランコ乗り、くるくるピエロ、登場。千夏を真ん中にして皆でかごめかごめ。唄が終わったとき後ろにはナイフ投げ。)

 千夏:…あなたは…大好きなサーカスに終わってほしくなくて、始まってほしくなくて、わざと練習で失敗してみせていたのね。
 くるくるナイフ投げ:…。
 千夏:…あなたは…大好きなサーカスに終わってほしくなくて、始まってほしくなくて、それで団長を殺したのね。
 くるくるナイフ投げ:…。
 千夏:…あなたは…大好きなサーカスが終わるのが嫌で、始まるのが怖くて、それで本当のナイフ投げを食い殺し、成り代わっていたのね。そう、そしてわざと失敗してみせて、いつまでもサーカスが始まらないように。
 くるくるナイフ投げ:…。
 千夏:あなたは…逃げた猛獣、逃げた虎だ!

 (ナイフ投げ、ゆっくり自分の札を裏返す。そこには「くるくるサーカス団猛獣」。)

 くるくる空中ブランコ乗り:名前を当てられた…!
 からから団長:当てられたら遊びは終わりだ。どうするんだ? さぁ、回るのを終えて、そうしてお前たちはどうするんだ?
 くるくる猛獣使い:決まってる。鬼を替えてまた始めるのさ。それは同じように見えるが微妙に違う繰り返しだ。僕らは夢の未来を一つ捨て、現実の過去を手に入れた。これが生きるということだ。
 からから団長:大切なのは未来だ、夢だ、希望なのだ! そして我々は夢のサーカス団だ! 夢を見続けてもらうことこそが使命だ! 夢を見続けてもらわなければ…

 (どこかから目覚まし時計の音が聞こえる。暗転。千夏とくるくる猛獣使い。)

 くるくる猛獣使い:朝が来るよ。もう行かなければ。
 千夏:練習風景を見せてくれてありがとう。おかげでやっとサーカスの夢を見ることが出来た。
 くるくる猛獣使い:こちらこそ、僕の猛獣を捕まえてくれてありがとう。だけど忘れてはいけない。人は皆誰もが猛獣使いだ。少し目を離すと、僕のように逃げられてしまうかもしれない。君は君の猛獣を、しっかり捕まえておかなくてはいけないよ。猛獣はすぐ、空っぽな未来に逃げたがるから。
 千夏:…またこのサーカステントに来れるかしら。
 くるくる猛獣使い:僕らは繰り返す夜毎の夢のサーカスだ。千の夏の夜をここにいる。その度に少し違った形で。それに君は我らがくるくるサーカス団の団長じゃないか。ただし、今はその札は裏返して行っておいで。
 千夏:裏返すと何があるの。
 くるくる猛獣使い:人生は映画の予告編だ。だけどがっかりすることはない。君が君の猛獣をしっかりと飼いならすなら、君は確かに、何か素敵な、いまだかつて見たことのない、輝かしいすばらしいものに近づいている。さぁ、夢の時間はおしまいにしよう。千夏、札を裏返すんだ。

 (千夏、札を裏返す。そこには大きく「ちなつ」と書かれている。大きくなる目覚ましの音。光が広がり、幕)



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