マシュマロ・マン
「思うに僕は、この世界の平和を守るために遣わされたんじゃないかなぁ」
学校から帰ってきた僕に、マシュマロ・マンはしみじみ言った。
「へぇ、そう、すごいね」
相槌を打ちながら、今朝の風景を思い出す。子供向けテレビアニメの再放送を、そういえば熱心に見ていたっけ。
陽気だけれど哲学的なオープニングテーマにめったやたらと感激し、僕の「行ってきます」の声さえ届いていなかった。
「だけどマシュマロ・マン。君は空を飛べないし、顔をすげかえれないし、必殺技があるわけでもないし、愛と勇気の他に僕だって友達だろ?」
君は単なるマシュマロ・マンで、それ以下でも以上でもないよ―――さすがにそこまでは口に出さなかったけれど。
世界平和につぶらな瞳(元々はチョコチップだった黒いやつ)を燃やすマシュマロ・マンは、僕の言うことなど聞いていなかった。
さて、マシュマロ・マンとは何者だろう。そもそも「者」なのか、そこのところも謎だけれど、アンパンだって「マン」になる時代、マシュマロがなっていけない法もない。
身長は20センチくらい。奥行き5センチ、幅10〜15センチの立方体に近い。ただし角はいずれもなめらかで、使いかけの消しゴムを連想してくれればいいだろう。そしてその立方体の最下部と、真中よりちょっと上あたりの左右に、これまたなめらかなでっぱりがある。マシュマロ・マンは、その手足で、歩くこともするしテレビの電源もつけるし、果てはビデオ予約までやってのける。ハイテクなマシュマロだ。そして全身ふんわりと白い。
両目はさっきも言った通りチョコチップで、これはマシュマロ・マンが生まれた後、外見を整えるためにお母さんがつけた。口はマシュマロのしわだ。一体どういう仕組みになっているのか、考えるだけ無粋だろう。
「メルヘンだなぁ」 これは、マシュマロ・マンが生まれた日の晩、お父さんが言った台詞だ。僕もそう思う。メルヘンだね。
次にマシュマロ・マンの生い立ちを語ろう。と言っても、僕はマシュマロ・マン生誕の劇的瞬間を目撃したわけでは残念ながらない。あの日学校から帰ってくると、もうマシュマロ・マンはそこにいた。台所の椅子にはお母さんが途方にくれて座っていた。マシュマロ・マンにもびっくりしたが、お母さんにも驚いた。
「仕事は?」 と聞くと、「午前中名古屋のおじいちゃんが来てて」 と言う。
名古屋に住むのは父方の祖父だ。お母さんに厳しい人だから、この祖父が来る日は、お母さんは仕事を休んで家にいる。普段家事をやっているのはおおむね僕だけれど、一人息子が台所に立っているなんて知ったら、祖父はお母さんを責めるだろう。
そんなわけでその日お母さんは家にいた。祖父が帰った後、何気なくマシュマロを作ることを思いついた。僕が赤ん坊の頃、お母さんは一度お菓子作りのカルチャースクールに通ったことがあって、そのとき覚えたレパートリーだ。だけど基本的にお母さんは料理が下手だ。まだ新妻の頃、母親らしくないと言われてカルチャースクールに通い始めたくらい、そういうことが苦手だった。
ゼラチン・卵白・砂糖・コーンスターチ…それらを混ぜて冷蔵庫で冷やし固めたマシュマロは、一体本当に冷蔵庫に入ったのかと勘繰ってしまいたくなるくらい、異常に大きかった。さらには人型をしていた。さらにさらには、動いて喋った。
ここまで来ると、上手下手という以前に特殊能力だ。うちのお母さんは魔法使いだったのか、はたまた我が家の冷蔵庫に流れ星でも落ちたのか。とにかくそうしてマシュマロ・マンは生まれた。
「マサルくん、ちょっと悪いけど腰踏んでくれるかな。ずっと座ってテレビ見てたら凝っちゃったよ」
そして今ではちゃっかり、中年親父みたいなことを要求している。
「…腰?」
マシュマロ・マンの腰?
「そう。ちょっと頼むよ。軽くでいいから」
マシュマロ・マンはカーペットの上にごろんとうつ伏した。果たしてマシュマロ・マンの腰ってどこだ?
僕は適当にあたりをつけて、靴下越しにマシュマロ・マンを軽く踏んでみた。
「あー、そこそこ。気持ちいーい」
食べ物を踏むなんてなんだかちょっと不謹慎で罪悪感が。だけど本人(?)喜んでいるし。それにマシュマロの踏み心地というのは、想像つくだろうけど物凄く…いい。適度な弾力。甘い匂い。これって結構快感かもしれない。
「まーくん、ふろしきってこんなのでいい?」
と、お母さんがレトロな深緑のふろしきを手にやってきた。慌ててマシュマロ・マンから足を下ろしたけれど、お母さんはにやりと笑って耳打ちしてきた。
「踏むの、気持ちいいでしょ」
どうやらお母さんも同じ気持ちを味わったらしい。
マシュマロ・マンはひょこんと飛び起きた。短い腕を精一杯伸ばし、ふろしきを受け取った。そしてどうするのかと思ったら、それを自分に巻きつけている。
「マシュマロ・マン、どうして自分を包装してるの?」
「あ、分かった。マントのつもりだ」 お母さんがぱちりと手を打った。
なるほど。まずは形から入ろうとしているマシュマロ・マン。だけどどう見ても、正義のヒーローというより包装されたマシュマロ。
「ねぇ、まーくん」 お母さんが猫なで声を出した。「まーくん」は、昔僕のことだったが、今じゃマシュマロ・マンを指して呼ばれる。
「マントにするにはそれじゃ大きすぎるでしょ。待ってね、スカーフを探してくる」
お母さんはどうもわくわくしている。ノリノリだ。確かにマシュマロ・マンは愛らしく、とりあえず聞き分けもいいから、うちの家族はすっかりやつにメロメロなのだ。お父さんも、仕事から帰ってくると、マシュマロ・マンの眠る僕の部屋を必ず一度覗く。くかーくかー寝息を立てるメルヘンを、その目で確認するのが習慣になった。お母さんは、「マシュマロ・マンの一日」ダイジェスト版を、お父さんに嬉々として語る。
「これなんてどうかな。赤の方が似合うよねぇ」
お母さんが朱色のスカーフを持ってきた。大きさもばっちりだし、マントっぽい色だ。
「いいの? 汚れちゃうよ」
お母さんにこっそり聞くと、「染みがあるからどうせ使わないんだな」と来た。
マシュマロ・マンはスカーフを背面にたらし、前の方でちょうちょ結びをした。指なんてあってないのに、なんて器用なんだろう。そしてその結び方がちょこちょこと可愛らしく、お母さんはミーハーな女子高生のようにはしゃいでいた。
ついでにマシュマロ・マンもはしゃいでいた。一見クールを気取っているが、初めての「召し物」に興奮しているのはすぐ分かる。「とうっ」と叫びつつ、椅子の上から床に飛び降りたりしている。
ポーズをつけようとしてスカーフの裾を踏み、もう少しでマシュマロの絞殺死体が出来るところだった。
マシュマロ・マンのことは少し置いて、今度は僕の話もしておこう。
この間進級したばかりの中学3年生。去年の秋までサッカー部員で、今は帰宅部。
小動物が好きだ。マシュマロ・マンとか。近所の飼い猫・エリザベスとか。
一人っ子だけど、よく長男に間違われる。そのたびに、誰にかは分からないけれど「ざまを見ろ」と思う。
成績はよくも悪くもないけれど、胸張って威張れるのはやっぱり家事労働。
彼女はいない。と思う。
サッカー部だった頃、マネージャーだった坂口に「告白」されて、なんだか分からないうちにカップル扱いされた。だけど退部してからほとんど喋っていない。マシュマロ・マンがヒーローに憧れているように、坂口は「彼女」になりたかったんだと思う。
「マシュマロ・マン、僕もう行くね」
朝、家を出るとき、マシュマロ・マンはいつも通りテレビを見ていた。
アニメではなく、特撮の戦隊ものだ。こっそり決めポーズを練習していた。声をかけるとさすがに恥ずかしかったのか、わたわた何気ない様子を取り繕った。
「ママママサルくん、いってらっしゃい。悪の秘密結社にさらわれないよう気をつけて。幼稚園バスにも近づかない方が無難だよ」
すごいぞマシュマロ・マン。たった数週間で「お約束」まで網羅したのか。これまでのシリーズをチェックするために、レンタルビデオの会員になりたいと言い出す日も近いかもしれない。
バス通りに出る前の四つ角で、僕はエリザベスと出くわした。
「ベス、エリィ、リザ、エリザ……おーい、エリザベス」
エリザベスは飼い猫で、いつも満足な量のご飯を食べているから、標準より大き目のサイズだ。金色がかった茶色の毛並みに長い胴体、眼球の直径を測りたくなるような大きな目。好奇心豊かな、随分とひょうきんな顔つきで、マシュマロ・マンに次ぐ僕のお気に入りだ。
こいつを二足歩行させたらさぞかし愉快だろう。そう思うから、出会うとどうしてもかまいたくなる。道の隅でエリザベスと向かい合い、うずくまる。逃げられないのは友人の特権だ。二本の前脚をつかんで、ずんちゃっちゃダンスを踊らせてみた。さすがに嫌がってぶみゃぶみゃ鳴いた。
「…おはよう」
しゃがみ込んでいたら急に声をかけられた。見上げると、すぐ横の家の扉口に、相沢のお兄さんが立っていた。つまりエリザベスの飼い主さんだ。
「おはようございます」
立ち上がって挨拶した。解放されたエリザベスはお兄さんの足にするりと絡むと、家の方へ。
僕はそのままお兄さんと歩いた。お兄さんは朝っぱらから散歩だという。今日はお休みだそうだ。
エリザベスの話とか、うちのお母さんの話をした。(お兄さんがスーパーで見かけたそうで、最近仕事は? という流れになったのだ。)
それから学校生活について。お兄さんの仕事について。
お兄さんは、芸能活動をやっている。アイドル系の事務所にいるそうで、音楽番組をたまに見ると、同じ事務所の人気グループの後ろで踊っている。
「そのうち特撮とか出ませんか?」
マシュマロ・マンのことを思いながらそう聞くと、
「そやなぁ、おいおい…特撮は分からんけど、ドラマはやりたいねん。どっちかゆーたら、歌って踊るより演技のが好きやから」
ロールプレイ。正義の味方の決め台詞を、寝言に言うまで練習していたマシュマロ・マン。
「楽しみにしてますね」
とりあえず、そう言っておいた。
もう一度僕の話をする。
僕は家事を好きでしている。
だから料理もする。マシュマロは作らないけれど料理は楽しい。
僕はサッカーも好きだった。
レギュラーにはなれなかったけれど、ミッドフィルターで。
チームの力配分を考えたとき、それが最適の配置だと納得してその場所にいた。
楽しかった。
衣装をまとい、台詞を暗記し、自分の役割をこなすことは、きっとそれを進んでやる分には楽しく、生きがいにもなりうるのだろう。けれど。
「ねぇ、なんでクラブ止めたの」
けれど、それを人に押し付けられることはひどく苦痛だ。
その日の放課後。引退試合を控え、サッカー部員の3年生がランニングをしていた。横目で通り過ぎ、家へ帰ろうとしていた僕を追ってきて、坂口は勝手に傷つけられた目をして尋ねた。今更。
捨てられた役をこなすのは自由だ。勝手にすればいいと思う。
だけど頼むから、それに僕を巻き込もうとするのは止めて欲しい。
坂口のことは決して嫌いではなくて、だからなるべく優しい方法を模索しようとしたけれど、だからといって、僕は坂口の「彼氏」に収まりたかったわけじゃない。
僕はただ僕として、坂口という一人の人間と、好意をもってつきあっていければそれでよかった。
「ねぇ、私のこと嫌いになったから止めたの?」
なぜ、そんな僕のささやかな希望に、当てはまる配置が一つしかないのか分からない。
「そういうのじゃなくて、」
僕は坂口の隣では、坂口の「彼氏」以外のものになれないことが、苦痛だった。
「じゃあ何? じゃあ、何!? ちゃんと説明してくれなきゃ分かんないよ!」
「お母さんの仕事が忙しくて、家のこと、しなきゃいけなくなったし…」
「なんで私と付き合い出したら急にお母さんが忙しくなるのっ!」
うんざりしてしまうことが申し訳なくてたまらない。きっと坂口は坂口で必死なのだ。それは分かる。自分の役割をこなそうと懸命なのだ。それは、分かる、けれど。
僕はひどく困っていた。それは端から見ても丸分かりだったろう。早足で家に向かいながら(早くマシュマロ・マンを踏みたかった)、かといって坂口を振り切ることも出来ず、中途半端に困惑していた。
だからきっと、そんな僕を見かねて、「自称正義の味方」はその姿をさらしたのだろう。僕の家族以外の前に。初めて。
「ふはははははははっ」
坂口の甲高い声にかぶって、わざとらしい笑い声が聞こえてきて僕はこけそうになった。
どうやってよじ登ったのか、手前の石塀に赤いマントをひるがえしたマシュマロ・マンがふんぞり返って立っていた。あんまり反り返っているものだから、後ろにバランスを崩して落っこちないか、状況も忘れはらはらしたくらいだ。
「やっと見つけたぞ、疾風の魔女・ツァツァ!!」
今度は一体何の番組を見たんだか。
「弱いものいじめはこの僕が許さない! さぁ、その手を離せ!」
坂口はぽかんと口を開けていた。無理もない。何だかよく分からない小さな物体が、何だかよく分からないことを叫んでいるのだ。
マシュマロ・マンの口上には悪意や敵意は見当たらない。困っている僕を助けようとする懸命さと、念願のヒーローでいられる快感だけが、今のマシュマロ・マンを満たしていた。
「何ぃっ、僕が誰だって!? ふふふ、よくぞ聞いたなっ。名乗るほどの者じゃないが、そうまで言うなら教えてやろうっ!」
何を誰がどれほど言ったというのか、いろんなものの敵役味方役が混じったような台詞回しだ。
「何を隠そうこの僕はっ、弱気を助け強きをくじく、スーパーヒーロー・マシュマ…」
そのときだった。
巨大な塊が(あくまでマシュマロ・マンと比較すればの話だが)あっという間に石塀を駆け上り、マシュマロ・マンをがばりとくわえた。
「―――エリザベス!?」
そう、それは相沢さんちの猫のエリザベスだった。甘い匂いにつられたか、大きな目をらんらんと輝かせ、マシュマロ・マンをくわえたまま石塀を走り去っていく!
「エリザベス! ダメだ! そんなの食ったら腹壊すぞ!!」
僕とエリザベスの熱い友情は、やつの好奇心の前にあっさり崩れた。止まるそぶりを見せないエリザベスを追って、僕も走り出した。
「きゃ―――――………」 マシュマロ・マンの悲鳴だけが尾を引いてその場に残った。
なんてことだ、なんてことだろう。猫はマシュマロを食うのだろうか。どんどん小さくなっていくエリザベスの尻尾を追いながら、僕はマシュマロ・マンの無事を祈った。
エリザベスの鋭い歯や爪は、マシュマロ・マンを切り裂くのだろうか。肩が凝るくらいなら痛みだって感じるだろう。マシュマロ・マン。痛覚のない心さえ、傷つくとこんなに痛いのだ。
エリザベスを見失った。
僕は運動不足で上がる息を静め、あたりを見回す。どこだ、どこだ、どこだ、エリザベス―――マシュマロ・マン。
(スーパーヒーロー・マシュマロ・マン)
本当を言うと僕は、世界平和なんてどうだっていいんだ。
君が家に来た日の晩、「びっくりした」と漏らしたお母さんに、「そりゃそうだろう」とお父さんは頷いた。
お父さんがお母さんに同意するなんて、どんなに久しいことだったろう。
仕事場の近くにアパートを借りて、去年の秋、家を出たお母さんが、マシュマロ・マンのメルヘンのためなら、職場から僕の家に帰ってくる。
―――マシュマロ・マン。世界の平和なんて守らなくていい。僕の家の中の平和だけでいい。僕の心のちっぽけな平和を守ってくれれば、それでもう充分だ。
正義の味方じゃなくていい。
いてくれればいい。
いてくれれば、いい。
エリザベスは、相沢宅の庭、お兄さんの手の中で見つかった。
両脇をお兄さんに持ち上げられ、長い胴体が重力のままうにょーんと伸びていた。
そしてその大きな口には、緋色のスカーフにくるまれた、マシュマロ・マンが、まだいた。
「お前、何くわえてるんや?」
お兄さんがエリザベスを目の高さまで持ち上げて、まじまじとマシュマロ・マンを見詰めている。僕はそこに乱入してエリザベスを奪った。
エリザベスは不満げにぶみぃと鳴いた。鳴いたから、口にくわえていたものが落ちた。
僕はとっさにエリザベスを手放し、地に落ちる前にそれをキャッチした。エリザベスは身軽に着地する。よかったマシュマロ・マンは、生暖かい。
「それ、なんやの?」
お兄さんがとぼけた声で聞く。僕は安堵に脱力しながら息も絶え絶えに何とか答えた。
「家族です」
ぐったりと気絶したマシュマロ・マンを見て、お母さんは血相を変えた。
「水!? 薬!? 何!?」
何だろう…謎だ。僕は結構自分のことで精一杯で、マシュマロ・マンを横にすることしか出来なかった。
夜になってお父さんが帰ってくる。僕らと一緒に、眠るマシュマロ・マンを見守る。
僕とお母さんとお父さんが見守る中、マシュマロ・マンは目を覚ました。
自分の身体に残るエリザベスの歯型に驚いて、それからがっくり落ち込んだ。
「僕には正義の味方の才能がないのかもしれない…」
「どうだろうね」 僕は否定もしないし、カルチャースクールを勧めもしなかった。
「だけどね、僕は君がヒーローじゃなくても全然いいよ。単なるマシュマロ・マンのままで全然OKなんだ」
それから、マシュマロ・マンを見詰めたままでお母さんに言った。
「それでね、僕はお母さんがお母さんをやってくれなくてもいいよ。『お母さん』じゃなくてもいいから、だからいてくれないかな。……いて、くれないかな…」
お母さんは、しばらく黙ってそれから泣き出した。ちょっとだけ顔を覗き見たら、それこそまるでしわくちゃのマシュマロだった。
そんなわけで、今や僕の家族は、お父さん、「美知子さん」、僕の3人と1マシュマロ。
この間、相沢のお兄さんがエリザベスと一緒に遊びに来た。
「あれから考えたんやけど、結局それ何やの?」
マシュマロ・マンはエリザベスに怯え、僕のシャツの胸元に貼りついた。
「何だと思います?」
「質感的には、あれやな。たれてるぱんだの親戚ちゃうかな」
「違います」
「ほな、すあま」
「何ですか?」
「知らんけど。食い物やろ」
「食い物。近いです」
「近いん? そんならこれや! ずばり!」
ずずいっと詰め寄るお兄さんと一緒に、エリザベスも近づく。マシュマロ・マンはかちんこちんに硬直して四肢を突っ張り震えている。
「はんぺんやね!?」
「…………違います」
お兄さんは近々、新しいアイドルグループの一員としてデビューするらしい。とりあえず当面は歌って踊ってバラエティやろうけど、と、照れているのかぶっきらぼうに報告してくれた。
「まぁそのうち、したい仕事もゲットできるやろ」
ロールプレイ。僕はこれから何の役につくのだろう。
スーパーヒーロー? 誰かの恋人? 父親とか?
いろいろな役をこなしながら、いつまで、どれくらい、僕というたった一人の人間でいられるだろう。
エリザベスがべろんと舌を伸ばし、マシュマロ・マンの背中を一舐めした。マシュマロ・マンはひぃぃとうめき、死んだふりをした。
そうなるとマシュマロ・マンは本当に単なる巨大マシュマロでしかない。(はんぺんには断じて見えない。)
お兄さんがエリザベスを制してマシュマロ・マンをつつく。感触を気に入ったようで、さらにさらにつつき始める。そのうちくすぐったくなって、マシュマロ・マンは笑い出す。死んだふりも忘れて。
そんなふうに我が家は平和だ。
坂口は平和だろうか。世界は平和じゃないかもしれない。
けどとりあえず、我が家は平和で、僕はそうでもなきゃ世界になんて目が向かない。
今とりあえず、僕は僕としてここにいる。
我が家は平和だ。
僕も平和だ。
うん。
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