ある日突然全部嫌になったから、全部放り出して家出した。
算数の宿題も夕飯の後片付けも、ユウヤに電話するって約束も、全部放り出して歩いてった。
ダイチが目ざとくついて来た。二人で歩いた。
ヨーコ先生が偶然同じ角で曲がって、そのまま疲れた顔でついて来た。
サトちゃんもそのうちいつのまにか一緒だった。
駅前の究極のシュークリーム屋で働いてる、アケっちゃんも。
ぞろぞろぞろぞろ、歩いてった。
宿題やってなくても赤信号渡っても、みんなだから怖くない。
交差点つっきって、踏み切りまたいで、環状線回って、星をくぐった。
ぞろぞろぞろぞろ。
愉快じゃないか。なぜもっと早く誰か、こんなふうに歩き出さなかった。
全部捨てるものいっぱい。
どーでもよかったのは一緒なんだね。
ぞろぞろぞろぞろ。
赤いパンプスのお姉さんも、スニーカーのサッカー選手も、厚底ブーツやまんばも、ビジネスシューズのサラリーマンも。
どっから来て、何をほっぽり出してきたものか、とにかくみんなでぞろぞろぞろぞろ。
海超え山超え国境越えて、前向いて歩いてったら。
ふいっと誰かが突然にさ。
何か、思い出したような顔して立ち止まった。
しまった大事な会議が始まる。
ほっときゃいいさとびっくりした。
家出なんだ、これは家出なんだから。
そういうわけもいかないよとせかせかオジサン。
また疲れた顔で汗拭いて。
行列外れて帰ってった。
また歩き出す。ぞろぞろぞろ…
だけどそのうちまた誰か、子供が泣いてるとか、給料日だとか、ローンが残ってるとか、いろいろ言って帰ってく。
大人だって辛いんだ。
ダイチがうんと頷いた。
子供だって辛いんだ。
ダイチがやっぱり頷いた。
家出人の数はだんだん少なくなっていった。
しょうがないね、忘れるわけじゃないんだ。
忘れたらなくなるわけじゃないんだ。すべて。
ただちょっと目を逸らしたり、ちょっと胸の中のどろどろに、ちっちゃな通風孔通らせてみたり、そういうことでちょっとだけ、楽に息が出来るようになるってそれだけ。
みんな辛いんだ。
辛いままで生きてるんだ。
辛い中でちょっとだけ、元気になるために歩いてるんだ。
淋しい人数で歩いてると、ああ、歩けるのは足があるからだと気づくものだね。
足跡より足音より、軌跡より距離より、道程より経験より、お母さんお父さんにもらったこの足が一番分かりやすくここにあるものだと分かるね。
ふと立ち止まって振り返ると、いるのはダイチだけだった。
「一緒に帰る?」
そして言って欲しい言葉には、言われて初めて気づくものだね。
バカみたいでも、ちっぽけでも、それでちょっとでも楽に息が出来るような気がするね。
「一緒に謝ってあげるよ」
家出が出来るのは、帰る家があるからだ。
その家を持っていかれないために、家出の出来ない家出人もいるね。
一緒に歩いていけるのはこの足があるからだ。
この足が痛いのはこの心が痛むからだ。
この心が痛むのは、自分自身が辛いからだ。
辛いのは、いつまでも消えることなく辛いままだ。
だけどその中でちょっとでも元気になろう。
明日にはいいことがあるさと何のわけもない自信は祈りに似てる。
「ありがとう」
ダイチと手を繋いで家に帰ろう。
宿題忘れたこと謝って、後片付けをやってくれた人に感謝をして、ユウヤには頑張って許してもらおう。
それはまた一つ一つ大変で面倒くさくて、もしかしたら辛いことだけど。
けど、大丈夫きっと頑張れる。
大丈夫。
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