走り去っていく赤い車。排気ガスに煽られ宙に舞い上がる白色のものを見て、妙な具合に落ちる桜だな、と思うと、それは真実生きている蝶だった。道端のフェンスを乗り越え、家々の狭間に消えていった。
次には風が吹き、今度こそ花びらが降ってきた。軽い雪のようだが、空気抵抗を受ける平面の存在が、それをひらひらと揺さぶって、微妙な光の反射を起こす。
誰かの庭先から伸びる桜の枝を仰いだ。ごつごつした木肌の先から極端に細い枝が伸び、紅というより朱色のがくが多く目に付く。五割以上の花弁が落ちてしまうと、入れ替わりに淡い緑が現れだすのが楽しい。この時期の桜はうすくれない、あけいろと新緑が交じり合っている。
枝の向こうには晴れ渡った空が見える。三寒四温の今日は七日目あたりだろうか。厚着では少々汗ばむくらいの陽気だ。春らしいパステルカラーで身を固めていて間違いはなかった。買ってから今まで、着る機会がなくて悔しかったが、こんな日にはぴったりだ。
今度は低い位置で風が動いた。アスファルトの上、山となった花びらが一斉に滑り出す。あるところでは円を描いて舞う。
いい気分だった。こんな良い日はそうそうない。
先日入稿した短編は、なんと某文芸誌の巻頭を飾る。おそらくは、純文学の批評家にさんざ叩かれるだろう、そんな不安はあるが、やはり、誇らしさはある。
いい天気だ。どこまで足を伸ばそうかと考えて、そうだ書店へ行こうと思い立った。数ヶ月前に受けたインタビュー記事。掲載された雑誌はすでに手元にあるが、店頭に並んでいるのを見たいのが人情。
花びらを踏みしめて道を行く。ちらほらと舞い落ちる桜は、雪のように白く、蝶のように軽やかだ。……しかし桜は桜なのだから、それ以外の何物にもなりえないのだから、比喩で描かれることに反発をするかもしれない。桜は桜のままで冬の間もそこにあり、桜として咲き、桜として散るのだ
―――はながちったらおにがくる。
そんな一連のイメージについて、恵子なら一体どう書くだろう。同時期に新人賞を受賞した遠野恵子は、実は幼馴染でもある。竹馬がどうのという世代ではないが、ここよりはずっと土の多い田舎で、よく一緒に遊んだものだ。「お話」を作りあったりした。たとえば桜舞。たとえばこんな、四月の風と白い光の中で。
…これはまた随分と昔のことを思い出す。…
また随分と、無邪気だったことだ。子供向けの本はたくさん読んだが、灰色の背表紙の文庫本にまでは手が出なかった。だから自分たちは、あの有名なフレーズ――「桜の下には死体が埋まっている」――と出会うことなく、代わりに、……
「430円になります」
バス通りに面した小さな書店は、雑誌とコミックの品揃えだけは良い。店内は外の眩しさに比べ、たった一人の店員の顔さえおぼろな程だ。茶色の紙袋を抱え、目的を果たすとすぐに店を出た。眩しい。
桜の木の下で袋を破った。歩きながら、数週間前にも読んだ記事に目を通していく。花びらが一枚紙面をかすめた。
記事の3、4割はライターの創作だが、特に不快な箇所はない。一時間半ほど費やしたインタビューの内、不要な発言は削られ、文脈に沿った言葉だけ適切に拾われている。
頭の中で、そのときの会話を反芻しながら文を辿った。
―――はながちったらおにがくる。
何か、一部分、やり取りがごっそりと抜けていることにそのとき気づいた。インタビューの後半辺り。何を話したろうか、考える。
―――はながちったらおにがくる。
ひときわ激しい風が吹きぬけ、髪の毛が乱れた。
忘れてしまった。ということは、きっと大した話題ではなかったのだ。その辺りで言及されているのは、前作の新書についてだったが……それは桜に関する……幻想的な……
……『ところで遠野恵子先生とはご親交がおありですか』
……『ええ、ある程度は。**出版の同期ですからね。でもまぁ…』
……『では、遠野先生の新作はご存知ですか?発売はまだなんですが……葉桜鬼、というタイトルで…』
……『いやだ、似てるんですか?』
……『はい。何かお二人で競作でもなさったのかと』
……『いいえ?…偶然です…』
「だって、先に出したのは私なんだから」
思わず口に出した。先に思い出し、先に書き、先に出版したのはこちらなのだ。それなのになぜ自分の作品の方が、盗作めいたことを言われなければならないのだ。
通りかかった家のベランダ沿いに、雪柳が美しかった。どことなく謙虚にうな垂れてはいるが、桜の曖昧に比べ、その純白はどうだろう?
問題の「葉桜鬼」はまだ読んでいない。どのくらい似ているものか、似ていないものか、確かめるのが怖い。読まなくても、それは勿論、恵子の作品は素晴らしいだろう。なぜならあれはもともと、彼女の「お話」だったのだから……
はながちったらおにがくる。
さくらがちったらおにがくる。
…女の嫉妬の物語を書いたのだ…。暴かれる過去と、隠されていた感情を書いたのだ。繊細で幻惑的な花が落ちれば、そこに現れる。曖昧と漠然が散れば、明確な色合いと形が現れる。幻想で取り繕ったまがい物は、凌駕される。緑に。
さくらがちったらおにがくる。
さくらがちったらおにがくる。
鬼は女の顔をしている……
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