葬式というのは実に優れた儀式だ。 遺影を前に弔辞をききつつあるいは焼香しつつ堪えきれず泣く→儀式の後寿司とか食べながらのむ、 もちろん最初はとても口に入らないけど、 お酒をついでまわる遺族の方に「供養と思って食べてやってください」とかいわれるとなんとなく素直な気持ちになってちょっとづつ、 んでだんだんなんとなくおたがいの悲しみを慰め合う雰囲気で 故人と友達とか家族だったっていう共通点だけの他人同士が故人の話なんかをぽつぽつしてホロリとする。 というプロセスの後では、 なんかもうどうやっても消えなかった心の中というかおなかの中というかのわけわかんないしこりが消えて、 もちろんおおきいけれども対処可能な悲しみ(今こうやって冷静にwebに書けるくらいの)に変換されていた。
僕の今までのスタイルとしては自分がそういうのにのるのは絶対許せなくて、人前ではナニがなんでも涙なんかださずに (これは僕の場合一時的に心を凍結させることで可能となる。泣くのを堪えるといったのとはちょっと違う。 今回のはでかかったけどやろうと思ってムリすればできたのではないかと思う) しこりは終生抱え込むべし だったんだけど、今回はあえてのらせてもらった。 なんとなく個人的に色々と何だったというかまずかったので(意味不明)。 D論も書かなきゃいけないしね(^^;。<スマンみさわ。毎年 7/16 は月を見ながら追悼呑みするから許せ。 <ってもう存在しない存在に言わずに居られないのはなんなんでしょうね。 (皆既月食を見ながら3時間ぐらい電話で話したあとの 20 日に亡くなったのでした。)
なんか、死んだっていう事実よりも「こんな糞暑い時期に死にやがってちょっとは時期を選びやがれバカ」って毒づく対象がもう存在しないってことがカナシイのだ。
ところで話はガラリと変わって最近、キタノが結婚とともに部屋に置いてったキーボードでピアノを弾くのがマイブーム(死語)。 最初はキーボードに内臓されているリズム(サルサだのサンバだのレゲエだの、スティーブガッドの例のリズムだの <これは知らんだろーな)にあわせて 猫踏んじゃった%これって陰惨なタイトルだよねbyダニー を弾いて楽しんでいたのですが、 カンジ君(むっちゃナイス友)がベートーベンの月光を弾いてるのを聞かせてもらって俄然僕も弾きたくなったのでした。
そもそもピアノは小学生の頃いやいややってたんだけど当然ちっとも上手くならずに止めてしまったものなのでありました。 今弾けるのはモーツァルトのメヌエット(だっけ?ソシレソラファソーソッソッってやつ)の途中までのみ。 あとドラクエ1の最初の城の曲。それから猫踏んじゃったはちょっとまえにキコーちゃんに教えてもらったけど。
んでまぁカンジ君に譜面を持ってきてもらったんだけど、月光は自分の持ち歌だからダメといわれたので思い切ってむかーしから大好きだったショパンの幻想即興曲!! 今日よーやく演奏しながら右手16分音符左手12分音符のリズムが完璧にとれるようになりました。最初の1頁を 30 BPM くらいで ですけど(^^;。 僕は高校のときドラムさんざん練習したからわりとすぐできるようになったけど、いったいクラッシックの人はどうやってこんなん練習するのかしらんと思って、 プロの演奏を聞き直してみたらみなさんわりといーかげん。 このまま僕が5年練習したら機械のように正確な演奏って言われるようになるぞ、きっと。 でそれができるようになった上でコルトーみたいな演歌みたいな幻想即興曲を弾くのだ!<実はこっちの方が好き。
ところで 30BPM で出来てもしょうがないだろうとお思いかも知れませんが僕のドラム経験からいうとそれは違うのですな。 最初はターッタ ン タ ンタンンっていいつつぎこちなくとってて、 その上でそれを速くしてく事であたかも左右独立に動いているように自分でも感じられるような自在な演奏が得られるのです。 はなっから速く演奏しちゃうといつまでやってもいい加減なままなのだ。 ガクモンに
横道な死王道なし、ですな。
幻想即興曲のおかげでこんなステキなwebページに遭遇。 なんか二度と帰らぬアヲハルの日々ってかんじでオジサンしんみりとしてしまったよ(いや別に帰りたいわけじゃないけどね)。
今日ははじめて家でこのweb日記書いてます。なんか文体とか変わるかな。
今週末はつまがつくばに来た。 服を包んだ風呂敷(茶色地に黄土色、白、緑で四角い渦巻き)をさして曰く 「これおかあさんのスカーフなんだけど、 昔おかあさんが若かった頃(60年代後半 or 70年代前半くらいか?)はこういうかんじのがはやってたみたいで なんかこういうのうちにいっぱいあるのね。 今はみんな風呂敷として使われてるんだけど。 で高校生の頃とか、なんか信じらんない、こんなうんちみたいな色って思ってたんだけど、 今はこういうかんじのスカーフとかスカートとかみんな着てるよね。 流行は巡るってほんとなんだなぁって思って。」
たしかに僕が高校生の頃、ラッパズボン(ベルボトム)?しんじらんない!こんなんがまた流行る時代が来るわけがない、 って思ってたけどいまじゃ当たり前だしね。<ってこのwebページのどっかでもう書いたような気もするけど探すのがめんどいのでまぁ許してください。
でもこういうのって前にはやったときと微妙に違った形で復活するのが面白いよね。 (そういえばもう下火になってしまったキックボードも僕の親が子供の頃 はやったらしい。 ローラースルーゴーゴーとかいう名前だったそうな^^;)
そんでですね、最近生徒のあいだで靴下くるくる巻くのがはやってるらしい。(僕が中学のときも流行ってたのだ。) 90年代に70年代風が復活した事からしてもですな、 2000年代に入ってそろそろ80年代テイスト復活か!?と言いたくなるではないですか。 キンタマをキューッと締めつけられるようなぴちぴちのズボン(←まだ持ってる)とかケミカルウォッシュのGパンとか、 テクノとか(これはもうとっくにはやってるな)、ボンタンとか、女の子の 前髪をうすく一列だけ垂らす髪型とか。 (ニューアカもまた一部で流行んのかな。ハスミとかナカザワとかアサダみたいの。ゾーッ。だっせーよな。)<ってこれまたこのwebページのどっかでもう書いたような気もするけど探すのがめんどいのでまぁ許してください。
基本的に80年代文化嫌いなんだけどなつかしい気もするのでよくわかんない。
一昨日の朝みさーから電話かかってくる夢みちゃったよ。 「おぅ、みさわ。何おまえ死んだんじゃなかったの?」 「いやそれがさぁ、ちょっとまずいことになっちゃってねぇ。今身を隠してんだけどさ。」 「マジ?えーなになにどうしたの?」 っていつもの口調で。 なんかすごく現実感のある夢で目が覚めた後もしばらく 前の晩 電話かかってきたと思ってて、 夢だったと分かるのにちょっと時間がかかってしまったよ。
御葬式の記憶もみさわんち電話してももう使われてなくてああと思った記憶もみさわの御母さん御父さん御姉さんワタベ北君とだちゃんが泣いてた記憶も、夢の記憶も、 記憶としては等価なんだけど、それらを全部総合して合理的に解釈すると電話かかってきたのが夢だったって事になるんでしょうな。 年取って惚けるってのはその辺の解釈がうまく働かなくなるってことなんだろうね。
やっぱり松本の、遺骨になってから告別式をするスタイルより、遺体と最後の対面ができるスタイルの方がいいな。 ああいう夢を見るということは なんだかまだ死んだのが納得できていないようだな。
一昨日の晩はなんか泣いてしまったですよ。 その前の日までもう全然なんともなくなっちゃってみさわに申し訳ないなと思うぐらいだったのに。 こーいうのって下痢のときの腹痛と一緒で、 波が引いてるときは嘘みたいに全然へーきなんだけど一旦波が来るとなんだか耐え難いですな。 今は波が引いてるのでこうして御報告できるって訳。もう当分波はこないであろう。
土日KEK停電でつくばのおうちで計算。 うしろでツマが掃除をしてくれているとさすがにさぼるわけにもいかず捗る。が全然まずい状況はかわらず。 ところでおくさんの掃除能力/意欲は僕とは何かが根本的に違う。 曰く「どうやったらこんな どことなく汚いかんじにできるのか分からない。」
うーんいわゆる汚い男子学生の部屋よりはかなりきれいだと思うんだけど。 まぁ僕も色々と彼女からノウハウを学んで段々改善されてきてはいる。と思う。 (ちょっと汚れたらすぐにきれいにするのを習慣にしてしまえれば手間も時間もかからない、というのが根本であろう。)
でもいっぺん印度にでも行けば もちょっと単一的な掃除観から抜け出せると思うんですけど... >つま
って掃除してもらっといて言うことじゃないやな。 (いちおう彼女が来る前に掃除はしてるんですけどね。←読者への言い訳)
土曜の夜 波が来たがつまがきてくれていたので崩壊はせず。 いろいろと思い出を僕が話した。
今日(っていうかもう昨日になってしまったがともかく日曜日)、三澤の御母さんから御電話を頂いた。 御葬式の御礼の電話であった。
彼の日記に僕が登場してたそう。 僕にとって大切な友人だったし彼にとっても僕はわりと特別な友だったと思っているので、 登場するのは全く当然だが(←エラソウだが本当にそう思っている以上しょうがない) 非常に嬉しい。 先立たれてみると何か彼にとって僕はたいしたことない存在だったのだろうかという疑念にとりつかれてしまうので。 (基本的には僕はあまり人に関心はなくてその時その時を楽しく過ごしながらすーっとあるいはぼーっと通りすぎてしまうのだが、彼は実に数少ない友人であった。<なんのこっちゃ)
みさわのことを、みさわの死を心からいたんでいると確信できる人と話すことはちょっと自分をラクにしてくれる。 御葬式に行くというのは自分のためなのに、みさわの或いは遺族の為に行くという偽善になってしまうような気がして、 行く途中、「みさわは友達だけどみさわの家族は友達じゃないしな」とか偽悪的に考えていたが、 みさわの御母さんに御会いして、そういう考え方は正しくない、というか筋がはずれた考え方だと思うようになった。 (→後述)
うーん「みさわのことを、みさわの死を心からいたんでいると確信できる人と話すことは」というのはちょっと自分を偽っていて、 「みさわの死を心からいたんでいると確信できる人に、自分がみさわにとっても大事な人だったと認識してもらえること、 自分が本当にみさわの死を悲しんでいる事を認識してもらえること は」というのが本当か。
日記を残すというのは早く死んでしまった場合は一種の親孝行になるのだなぁとおもいましたです。
このweb日記はそういう目的にはちょっと適さないかな。 はじめから人に読んでもらう前提で書いているので「意見」はあっても「心情」はほとんど書いていない。 身辺雑記もあんまりないし。 匿名web日記ならいいけどそれだと親はどれが子供のものか分からんだろうしなぁ。。 (あぁでもハードディスクに残ってればいいわけだ。僕もやってみようかしらん。ウソ。暇がない。あぁぁ計算せねば。)
中野翠と橋本治の対談を読んだ。ちくま文庫。 なんかいっぺん読んだことあるが後ろにちょっと付け足されていたので買った。
以前 bLatz さんが上野千鶴子をえらく持ち上げていたが、中野翠のこういう言葉にも共感するワタシであった。
「芸の話で言うと、結局私が上野千鶴子が何を主張しようと絶対に許せないとか思うのは、 とにかく文章がいやなわけ。
なんでいやかというと、お茶目が無理だからいやなのよ。 本人はお茶目してるつもりかもしれないんだけど、おもしろくもなんともないの。いきなり下品。」「勝ち気な女だなというのはよくわかるけど (おだ注:これ誉めてんのね^^;)、 私は並の学者じゃないわよというのはよくわかるけど、でも、芸になってないものを出されても、 そんなの学会では珍しいかもしれないけど、私の住んでいる世界では珍しくも何ともないやとか。」
あたしは上野千鶴子さんの本は一時期けっこう好きでよく買っていましたがね。 (ただ今読むと御大層なわりにどれも当たり前の事を言っているように見える。 彼女達が頑張ったおかげでそういう意見を当たり前に思えるような今の状況があるわけだろけど。 ※意見が当たり前と思える、というのと社会に男女差別が存在しなくなったというのは勿論別ではあるが。)
僕はなんかある様式に則って行動する時に、 それが自分にとって嘘になっていないだろうかとか(この行動はこう受けとられるだろうけど実際には自分にはこういう功利的な動機もありはしまいかとか)いちいち気にして、 結果としてなんかもじもじしたややかっこ悪いふるまいになってしまいがちである。
御葬式の始まる前、御遺族が入り口で挨拶しているのに対して もごもご頭を下げるばかりであった。 北君が御母さんにきちんと名乗って挨拶しているのをみて 「あぁ、こういうことはきちんとやらなければいけない事なんだなぁ」と強く思った。 それが相手を思い遣り礼を尽くすことにもなるのだなぁと。
そういう場面で、自分に嘘になっちゃ嫌だとかゴチャゴチャ考えるというのは、単なる我が侭なんでしょうかね。 誰もてめーの内面なんて知ったこっちゃねぇよ、っていうか。
というわけで橋本治の次のコトバが引っかかったのでした。(※引用中、強調はわたくしによる。)
それこそ、フーバー博士にかかって二分の一人間にされてしまったウランちゃんみたいに、 半分の演技性がないと自分てないんじゃない? みんな、それを捨てちゃって、結局、その後の人生は演技抜きでいかなきゃいけないと思っているから、 つまらないんじゃないのかな。
そういえばこうやって本に線引いたりすんのはみさわから受けた習慣であるな。 (昔の僕にとってそういうのはなんかとても恥ずかしいことだった(今でも恥ずかしい気持ちはあるけど)。 そう考えると、こうしてweb日記を書いてる厚顔無恥さも元を辿れば彼からのプレゼントと言えなくもないのだろうか^^;)
そうそう、土曜の夕方というか夜、暗くなってからつまと並んで二人で雷の空中放電を見ていた。 最初花火かと思ったけど
という三つの理由により空中放電だろうと結論づけた。
- 空の高いところだけが光る(光源はおそらく積乱雲の中、てっぺんの方。光源自体は見えない)
- ものすごく広い範囲でおこっている (音も ゴロゴロと 凄く小さくて低い 注意して聞いてないとなかなか気付かないくらいの音だし 見ていてもとても遠くでおこっているのに、 視野にして90゜くらいの範囲でおこっていた)
- 色が単色
しばらく見て家に入ったけど、その後何時間も続いていた。 夜空は晴れているのに、光るたびに地平線の積乱雲のシルエットがうかんで、 なんというか幻想的な光景だった。あんなのは人生はじめて見た。
あれを表現する文学的素養がないのが残念。
この web日記家で書くスタイルけっこういいかも。息抜きになるし。ただ時間をかけすぎてしまうきらいはあるな。
夏休みに入って路上にバイクや原付きや改造車の少年達が増えた。 つくばに来るまでは、そういう子たちに対しては死にやがれとしか思ってなかったけど、 現在わたくしはなかなかに好意的といっては言いすぎかもしれないがすくなくとも同情的な気分である。
「うんうん。頭悪くてこんな田舎で 楽しいことちょっとワルイこと反社会的なことって言ったらそういうのくらいしかないよね(てゆうかそもそも夜遊びしようとしたらそれくらいしかないんだよね)。 せいぜいセイシュンを謳歌してちょうだいな、あんまり僕に迷惑のかかんない程度に。」
というかんじに蝉がないているのを愛でているような気分になるのだ。 僕の方が彼らより一世代上になって compete しなくなったからこそ の余裕かも知れないけど。んで先日生まれて初めていわゆる‘暴走行為’をしている少年達に遭遇した。 原チャ3台くらいで、茶髪ノーヘル(というか頚に巻く首吊りスタイル)で 二人乗りのもあり。爆音はせず。
ここまでは普通(つくばだし)なのだが、 信号が青になると同時に、交差点の先頭で 右折して東大通りに入ろうと待ってた僕の左から ういーんと入ってきて対向車を牽制しつつ右折して東大通りを北上。 僕の前に入ったトラックと乗用車の前方2車線使って うにうにとローリング♪ 気分はうぉー湘南★爆走族(なつかしー)!!いやぁ珍しいもん見せてもらいました。 僕の直前だったり、ずーっとそれやられたりしたら轢き殺したくなっただろうけど、 礼儀正しく(?)信号いくつかすぎたら左折していった。
なかなかセイシュンが輝いていたよ。 僕も、田舎育ちで本読む楽しみも楽器の楽しみも夜まちをふらつく楽しみも知らなかったとしたら 絶対やってたな(^^;。 昔の暴走族と違ってああいうのならあんまり殴ったりされることも少なそうだし。←軟弱
しかしローリングっちゅーのは本来官憲(笑)つーかパトカーの前でやるもんじゃないの?知らないけど。 無抵抗のおじさんの前でやってもかっこ悪いと思うんですけどね。。
まそれはともかく、 最近の暴走少年はけっこう原チャで友達数人ってのが多いらしいけどなかなかポストバブルらしく身の丈にあった風情で好感度◎
しんどい。計算があわない。死ね。
フードファイト最高!!
たしか先々週の土曜日のやつ(大福戦)を見たんだけど、超よかった。日テレね。 も超イカス!(←しかしよく考えたら葬式の日ではないか。しばらく書く気になれなかったのはそのせいかしらん。)
野島伸司やるじゃん♪ なんかこういう 馬鹿を真剣にやりきることによる笑いって好きだ。 テレビドラマに不可避の安っぽさまでプラスに転じている。 日本のテレビ文化も爛熟期じゃのー。
ちなみに一緒に見たけどつまはこういうのはダメ。もっと予定調和の世界を好むのであった。 (なにせ木曜 20:00 からの コメディお江戸でござる(NHK)をこよなく愛する人ですから。^^;;)
スパの「みんなのトニオちゃん」久々の血塗れ系で御満悦♪
島根のナカウミ干拓がようやく中止になりそうなのはやっぱ竹下登が死んだからですかね。 10年も棚上げされてたとか。
最近ちょっとした日本史ブーム。高校の教科書とか読み返すとけっこうハマる。<だから計算しろって。ばか。
コホン。
そもそも遠因はちょっとまえに飲んだとき
腐乱チェスかフランチェスカと轢死歴史の話をした事。 (←しかしなんでこんなにダメな誤変換するんでしょう。)「日本は150年前まで封建国家だったんだ。 その時までずーっと何百年も天皇はただの権威付けのためのおかざりだったんだ。 んで150年前に、指導者たちは新体制を築くときにドイツちゅーかプロイセン、ビスマルク知ってるよね? あそこの体制を真似することにしたって訳。」
「なんで?他にもいっぱい国はあったんじゃないの。」
「よく知らないけど多分強い軍事国家を作りたかったんじゃないかな。 それが結局軍国主義につながってっちゃうわけだけど。 なにしろその頃アジアはほとんど全部ヨーロッパの植民地にされてたから強い軍隊がどうしても必要だったんでしょ。」
「え?アジアがほとんど全部ヨーロッパの植民地にされてた?」
「なに、知らないの?(<こっちが驚いたっちゅーの。) 中国はアレよ ほら阿片戦争って知ってるでしょ(オピウムウォーって言ったら一応通じたみたい)、あれで負けたばっかりだし、当時の南アジア〜東南アジアの独立国なんてタイだけだよ。」...しかしヨーロッパ人たらなんて都合の良い自虐的じゃない教科書(^^;で勉強してんでしょうね。
そういやアメリカだって、フィリピンをスペインから奪った後 現地人を少なくとも20万人も殺して(ルソン島民2万人皆殺しとかやってんだよ(<島名あやふや<どっかで読んだ産経新聞のコラムの記憶で書いてます))無理やり植民地にしてんのに、 昔タイムの記事を読んだ限りでは「とても良い支配をしてフィリピン人に歓迎された」って思ってる(=そう習ってる)みたいだったしな。
まともかくそういう視点でそのへんの部分を読み返してみた訳です。(こんな事もあろうかと高校の日本史世界史の教科書はとってあるのだ。)
わりと公平に書いてあったよ。全然自虐的とは思わなかったし さりとて反動的とも思わなかった。(ちなみに山川出版社。)
新生日本の‘建国の父’達が陰謀、暗殺、権謀術数の限りを尽くして明治維新という名の内戦を勝ち抜いて、 なんとか“植民地にされない強い日本”を目指した(?)逆転につぐ逆転の過程が生き生きと脳裏に蘇るのですよあーた。
だって幕府側がフランスの軍事支援を、薩長の反乱軍側がイギリスの軍事支援を受けて、ってアフリカとかで典型的な「内戦→植民地化」のパターンじゃん。 その時の15代将軍 徳川慶喜が馬鹿だったらホント危なかったんでないの? (慶喜だって最初 13代将軍 家定が死んだとき権力闘争に敗れて、当時12歳とかの家茂が14代将軍になってんだよね。)
んでそういうながれで読み返してると鎌倉〜室町〜江戸なんかも非常に面白くて(高校の時から進歩して網野善彦(名前違うかも)なんかの視点も身につけてるしね)、 ちょっと日本史マイブームなんですけど、今回はその一環として高校のときの副読本「日本史資料集」から面白かったのを御紹介。 (長いマエフリでした。)
一つ目は宣教師ルイス=フロイスの織田信長 観(1569(永禄12)年6月1日付、書簡)。
(此の=コノ、甚だ=ハナハダ、業を楽しみ=行いを好み、之=コレ、悉く=コトゴトク、其の=ソノ、卜=ウラナイ、明に=アキラカニ)
此の尾張の王は、年齢三十七なるべく、長身痩躯、髭少なし。声は甚だ高く、非常に武技を好み、粗野なり。 正義及び慈悲の業を楽しみ、傲慢にして名誉を重んず。 決断を秘し、戦術に巧みにして、殆ど規律に服せず、部下の進言に従ふこと稀なり。彼は諸人より異常なる畏敬を受け、 酒を飲まず、自ら奉ずること極めて薄く、日本の王侯は悉く軽蔑し、下僚に対するが如く肩の上より之に語る。 諸人は至上の君に対するが如く之に服従せり。善き理解力と明晰なる判断力を有し、神仏其の他偶像を軽視し、 異教一切の卜を信ぜず、名義は法華宗なれども、宇宙の造主なく、霊魂不滅なることなく、死語何物も存せざることを明に説けり。
なんかやっぱり凄い人ですね。近代人。カッコイイ。 (しかしこれって比叡山焼き討ち皆殺しの2年前だぞ。「慈悲の業を楽しみ」ってどこを見とるんだルイス! それとも宗教勢力にたいしてのみ苛烈で意外にも普段は慈悲系(?)だったのかな。) 37歳にもなって粗野なりってのもまた凄いパワーだ(^^;。
教科書(と日本史地図)見ながら「信長の野望」やったらとても面白そうだな。いつかやろう。論文書けたら。(あぁD論。。)
もういっこはザヴィエルの日本人観。(1549年11月5日(天文18年10月16日)付、書簡)
(左に=以下に(※原文は縦書き)、能はざる=アタワザル、懐かず=イダカズ、甚だ=ハナハダ、速に=スミヤカニ、盗=ヌスミ、大に=オオイニ)
一五四九年八月、聖母の祝日、サンタ=フェーのパウロの故国なる鹿児島に着きたり。彼の親戚その他は大なる愛情を示して我等を迎へたり。
日本につきては我等が見聞して知り得たるところを左に述ぶべし。 第一我等が今日まで交際したる人は新発見地中の最良なる者にして、異教徒中には日本人に優れたる者を見ること能はざるべしと思はる。 この国の人は礼節を重んじ、一般に善良にして悪心を懐かず、何よりも名誉を大切とするは驚くべきことなり。 国民は一般に貧窮にして武士の間にも武士にあらざる者の間にも貧窮を恥辱と思はず。 彼等の間にはキリスト教諸国にありと思はれざるもの一つあり。 すなわち武士は甚だ貧しきも、武士にあらずして大なる富を有する者これ大に尊敬して、甚だ富裕なる者に対するがごとくすることなり。 また武士甚だ貧しくして多額の財産を贈らるるも、決して武士にあらざる階級の者と結婚することなし。 …… 多数の人読み書きを知れるがゆえに、速に祈祷及びデウスの教を修得す。 この地は盗賊少し。盗をなす者を発見するときはこれを処罰し、何人をも生存せしめざるがゆえなり。 彼等は盗の罪を非常に憎悪せり。この国の人は善良なる意志を有し、よく人と交はり、大に知識を求め、デウスのことを聴き、 これを解する時は甚だ喜べり。予が一生のうちに観たる各国のうち、キリスト教国とキリスト教国にあらざるとを問はず、 かくのごとく盗を憎む所なし。 …… 彼等は道理に合へることを聞くを喜び、罪悪行はるるも理由を挙げてその行ふところ非なるを説けば、 彼等はこれを禁ずるを道理なりと認む。俗人の間には罪悪少なく、また道理に従ふことは坊主と称するパードレおよび祭司に勝れり。
面白いと思ったのは、「国民は一般に貧窮にして武士の間にも武士にあらざる者の間にも貧窮を恥辱と思はず」ってのと 「予が一生のうちに観たる各国のうち、キリスト教国とキリスト教国にあらざるとを問はず、かくのごとく盗を憎む所なし」ってとこ。 現代日本人気質にも通じるものがあると思いません? (インドとか行った事があると特にそう思ったりして...(^^;)
しかし「……」で省略された部分が読んでみたくなりますな。 なんか都合の悪いことでも書いてあったんでしょうかね?という意味でも。
そうそう、教科書の最後の最後から2番目の段落で
文化の国際的交流が活発になり、世界的な学術会議が日本でもしばしばひらかれるようになった。 また、1964(昭和39)年の第18回オリンピック大会は東京で開催され、1970(昭和45)年に大阪で日本万国博覧会、 85(昭和60)年には筑波で科学技術博覧会がひらかれるなど、日本が国際的文化交流に寄与することが少なくないし、 国内の文化にも大きな影響を与えている。
なんて書いてあって、当時(教科書は1989年発行)まだ国際会議とか万博とかが日本でひらかれるのを誇らしく思ってたんだなぁとおもって可愛かった。 今じゃなーんとも思わんもんね。
にっきかるどで2000年08月21日 (月)の
っていうの、凄く共感するなぁと思っていたら、2000年08月21日 (月)で続編を書いてくださった。 ウレシイ。いつも、いつも、絶え間なく、自分は、あなたが好きで、そして、その思いには他意はかけらもない、というメッセージを与え続けていかないと、人間関係は良好にならないと思う。
ずっと、ずっとそれを続けて、そしてやっと、真実に信頼できる人間関係ができるんだろうなあ。まあ、それはそう何人もに対してできることじゃないんだけどね。
たしかに「サラリーマン」「サービス残業」なんていうのは、それぞれ「賃金労働者」「無報酬労働(奴隷労働)」のテイの良い言い換えだすね。 まぁテレビにせよ新聞にせよ週刊誌にせよ マスコミつーのは大旦那に広告収入もらってナンボの世界だからスポンサーに都合よく言い換えるのもアタリマエか。
斎藤美奈子 最高!「妊娠小説」に続いて「踊る読者」「あほらし屋の鐘が鳴る」も読了。
美奈子さん、最近 中野翠さんからは得られなくなってざんねん的の栄養に良く似たものをわたくしに下さる。 本が中々出ないところまでは似なくても良いと思うのだが。。 (AERA での連載もぐっどだ!)
将棋対戦はずーっとしていなかったが実は隠れて序盤研究ということで森下卓八段の「将棋基本戦法 居飛車編」「同 振り飛車編」「未来の定跡 8五飛戦法」を読んでいた。
マニュアル四間飛車野郎に対抗すると言いつつ自分もマニュアルに頼り出したともいう。(^^;;
#ちなみに居飛車党(自分から角道を止めるなんて男らしくない事が出来ましょうか?)なので相振り飛車戦はいらない。先日試しにこのアンチョコを見ながらキムキムのところで将棋倶楽部24に入ってやってみたら笑っちゃうくらいのボロ勝ち。 まぁ棋譜検索で
+_+ zzz(注:真ん中の空白は2つ)と打ち込んで見てやってくださいな。 対 itiro.s 戦なんて相手にまったく将棋をさせない完璧な勝ちっぷり。 まだ相手の穴熊全く手つかづの状態で戦意喪失58手勝ち。続く 対 Kurosuki.abe 戦は89手目1八角が決め手(残り1秒くらいでキムキムが閃いた)。
うーん、対振り飛車穴熊に銀冠→玉頭位取りって癖になりそう。(<そんな事やってないで計算しろ。死ね。)
あとは角道止めて矢倉に囲ってくる奴に対する、急戦(先手)あるいは矢倉中飛車(後手)を試してみたいが、うーん、当分将棋は封印せねばならんだろうなぁ。。
御盆は後述(するかも。石和@山梨 → 大仏前@奈良)。
車で信号待ちしてたら高橋君に偶然会った(声をかけられた)。 あいかわらずアレルギーきつそう。でもそれ以外は元気そう。晩飯を一緒に食った。 超意外な事実が明らかになったがそれはまたいつか書く事もあるでしょう。
あたまが
遺体痛い。
スパ見たらこないだスイスまでの往復の飛行機の中で見た映画が出てた。 ふーん「電話で抱きしめて」ってやつだったのか。メグライアンが出てた。べつに面白くもつまんなくもなし。
ってゆうか、ギャラクシークエストッスよ! もう超最高に面白かったッス。はやくも今年度ベストワン決定(どーせ年に数本しか見ないけど)。 行きのフライトで見たんだけど、帰りも見られると思って期待してたらだめだった。残念。 すぐ書こうと思ってたんだけど忘れてた。←ん?もう書いたっけ?それも忘れた。あー怠い。<しんどさを御裾分け。
物語は、スタートレックをモデルにした、ギャラクシークエストっていうテレビ番組の出演者がどさ回りしてて、 オタク達が崇拝のまなざしで色々宇宙船とかの技術的な質問をしてきたり感激してたりで あ〜うんざりっていうシーンから始まるのです。 んで船長役のところに あーまたたんなるマニアのコスプレねというのがやってきて、 私たちのところに来てくださいというので、「あーもう明日ね。リムジンで迎えに来たら行ってやるよ」っていって、 次の日 二日酔いのところに迎えに来て、行ってみたらホンモノのサ〜ミアンっていう宇宙人だったんだけど船長相変わらず気付かず。 「あ〜その赤いボタン全部押して。あとミサイル全部発射。」とかやってるシーンが僕のツボにはまって抱腹絶倒でした。 (文ダラダラ長くてゴメン。)
日本公開ももうすぐだろうから楽しみ楽しみ。
しかしツマに「見に行こうね♪」って言ったら「えーまた宇宙人が出てくるやつ?」とややイヤな顔をされたぞ。 そういえば大阪にいた頃「マーズアタックっていう映画が超面白かったから見に行こう」って言って池田の映画館に連れていったんだけど、 終わった後「こんなの2回も見るなんて信じらんない」とか顔が怒ってた事があったな。(^^;
アリタリア航空だったので、アメリカ映画(たぶん)にもかかわらず選べる言語のチョイスがイタリア語と日本語のみだったので日本語を聞いてたんだけど、 サ〜ミアンの声とか抑揚がもうみごとに宇宙人っぽく滑稽で最高!プロの声優の芸を堪能しました。 きっと日本では英語版で字幕だろうから元のと比べられるのが楽しみ。
あとアラスカのミステリーとかいう田舎町のアイスホッケーの映画もやってたけどなかなかよかった。
そうそう、スパと言えば「みんなのトニオちゃん」今回もスプラッターで御機嫌♪! (もう65話なのになんで単行本が出てないの?おかしいじゃん。かってに自主規制してんのかな。 だとしたら扶桑社えらい腰抜けでんな。まぁオールカラーCGだから印刷コストが高いのかもしれないけど。)
スパで面白かったネタもういっこ((c)木村氏)。<写すだけだからたいへんラク。家でweb日記書く効用ですな。
東京都でぼったくり防止条例が施行されるんだけど六本木や銀座は適用外なんだって。 そもそもぼったくりってのは2パターンあって、ひどい方は睡眠薬とか飲ませて身ぐるみはいでカードも使っちゃうってやつで被害も100万円以上。 まこれは論外として、もういっこは3万〜10万円くらいで、ビール2杯でなんでそんな額なの?っていうパターン。
んで六本木、銀座はなんで適用外かというと、いわゆる高級クラブってのは座って5万円、ボトル入れて10万円ってのが相場だから。
ナチュラルぼったくりですな。さすが石原慎太郎、文壇オヤヂだけあって銀座のクラブのほうはオッケーらしい。 (あたしゃ石原慎太郎自体は「外形標準課税(と銀行叩き)」&「ディーゼル規制」もあって結構支持してるけどね。)
そうそう、機内で見た いかにもディズニーらしい ムカツク白人至上映画のタイトルが分かった。 <これもスパに載ってた。「可愛い、賢い、その上おしゃれの白ネズミ。米国では50年以上親しまれている名作なんだとか」だって。ケッ。
「スチュアート・リトル」だった。 孤児院に養子を選びに来た夫婦を、なぜか人間と話せる白鼠が案内してあげて、 んで夫婦はその鼠をリトル家の養子にする事にして、いろいろあったけど最後はファミリーの一員になってめでたしめでたしっておはなし。
ホームパーティのシーンとか反吐が出そう。 きわめつけは、見せ場のラジコンヨット競争に出場するリトル家のヨットの名前が WASP号。 「え?えぇー、そんなんいいんスか?」って あまりのロコツさに目ぇおかしなったんかと思たよ。
※ White Anglo-Saxon Protestant ね。
又聞きシリーズ第三弾。
奈良の家で読んだ文藝春秋によると(※書いてあったことが本当なのかどうかまでは保証しませんよ)、 日本で一番普通に売ってる 紙パック入りの高温殺菌牛乳っていうのは、 低温殺菌牛乳と 本来の(密封容器入り)高温殺菌牛乳との悪いところを兼ね備えているらしい。
そもそも高温殺菌すると成分も変成しちゃうし不味くなるしで、 そういうのは質の低い生乳から作る安かろう悪かろう牛乳で、 完全密封して長期間保存するような特殊な用途にしか使わないものなんだそうな。 んで牛乳の本場のヨーロッパでは 紙パックに入れて売ってる日常用のはデフォルトで低温殺菌牛乳なんだそうだ。
なにしろ紙パックっていうのは細菌をどんどん通しちゃうんだって。 で、高温殺菌しちゃうと、元からいた菌は良いのも悪いのも全て死滅しちゃって 外から入ってくる菌と競合するのがいなくなるから、 紙パックなんかに入れとくと細菌の培養液状態になってしまう、と。
結果として、紙パックにいれた状態では なんと全ての菌を死滅させた高温殺菌牛乳の方が低温殺菌牛乳より保存可能期間が短いんだって。
んじゃなんで日本のメーカーでは高温殺菌が主流かというと、質のいい生乳も悪い生乳も全部まとめてがーっと処理できるのでコストが安くなるからなんだって。
あたしゃこれよんで金輪際 高温殺菌牛乳は買うまいと思いましたね。(たしかに低温殺菌の方が美味いし。)
もっとも牛乳飲むとすぐ下痢するんで 紅茶に入れる用以外ほとんど買わないからあんまり関係ないんだけどね。 (低温殺菌の方が下痢しにくいような気もするな。気のせいかもしれないけど。)
(ところでこれよんで知ったんだけど、牛乳のパックにときどき書いてある、低温殺菌のことをパスチャライズドっていう言い方、 元々はあの偉大な医者のパスツールから来てるんだって。彼の編み出した製法らしい。面白いね。)
初のこころみ不明編。これまた写すだけ(c)YUKI。季節感無視。
わすれかけてた とおいきおく かぜが かきみだすように ながれさる とうめいの あなたのゆめを みていた よぞらにうかぶ こおりのつきは つまさきから ふるえだして かぎりなく しろいゆきの ジオラマになる あおいなみだが むねにつたり うつろなひとみは くずされて つたえられない あのふゆの the new fallen snow わすれかけてた とおいきおく かぜが かきみだすように ながれさる とうめいの あなたのゆめを みてた かぎりなく しろいゆきの ジオラマになる そらがわれて ひかりがさしても ふたりすごした さいごのよるは わすれられない あのふゆの the new fallen snow
ヤス(インドいとこ)と電話でかたりつつ麦酒350ml×5+500ml。 のち一人で見渡すかぎりの田んぼの中の真っ暗な農道を歌いながらチャリで走る。しかも BLUE TEARS。 だせー。
目ぇおかしなったんかと思たシリーズ 第2弾。
タイムのトンデモ投稿。あんまりひどいので全文引用(Aug 21-28 号)。文中強調はワタクシによる。
ナニ?このヤシロメグミってやつ? RACIST? あまりにもナニすぎて確信犯なのかホントに馬鹿なのかも不明。 テメーが定期的強姦犯人の家の横に引っ越してから言えよ。 よくぞ give and take なんて言ったよマジで。Your report on Okinawa [July 24] noted that the island is caught between the U.S. and Japan and is suffering from a split personality. It's true that Okinawa belongs to the U.S. as well as to Japan. Okinawans are different from the Japanese who live on the mainland. But Okinawans do not have to suffer from an identity crisis. By co-existing with the U.S. bases, they can maintain their uniqueness. It is my hope that although it may take some time, the American troops and Okinawans will be able to establish a good relationship of give and take. Okinawans should be proud of their land and of themselves because of their uniqueness.
Megumi Yashiro
Okegawa, Japan
沖縄の uniqueness が基地のおかげだとは とんと知らなんだよ。 その基地のおかげの uniqueness を誇りに思いなさいってか。 開いた口が塞がりません。
しかしこの記事に対する投稿ってこれしか載ってないんですけどね。 ともかくこんなの載っける編集部が凄いよな。 なんせ上の緑色の部分がこの6月24日号の全記事に対する全投稿の代表としてヘッドラインになってんだぜ。
沖縄の人が困ってんのは identity crisis のせいであって 米兵による強姦のせいではありませんって どこまでも強調したいんでしょうか。
ホンマ アメリカ人ってのはどこまでもあつかましくなれる人々のようですね。 なんか恥っていう概念そのものが違うよな。 この厚顔無恥さを身につけて初めて国際人って訳なんですかね。
(そういえば依然アメリカに惚れ込んでる某教授が アメリカが如何にリベラルでフェアで素晴らしいところかって強調してたので、 ギロンになって、んで僕が「犯罪も多いし人種差別もあるのはどう思うのか」って聞いたら 「寛大にたくさんの移民を受け入れてるからだ」って言われて唖然としちゃってギロンが終わっちゃったことがあったな。 きっとアメリカの白人は本気でそう思ってて、それをアメリカで聞いたのをそのまま無邪気に信じてるんだろうけど。。 しかし黒人奴隷はアメリカによろこんで移民してきたんですかね? んでよろこんで犯罪地域に隔離されて住んでるんですかね?? <以上厚顔無恥さの一例でした。)