ひみつの印日記


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2002年10月02日(水)

昨日マニュエルに初めてあった。とてもかんじの良い人であった。頭の回転が早そう。

早口でよく分からん英語を喋ると何人かに脅されていたが、まぁあれぐらいなら聞き取れる。 ネイティブ同士(特に英国同士・米国同士)が喋ってるのに比べればましだ。

ここはジャーナルクラブ(論文紹介)はやらないのかと聞いたらやらないそうな。うーんこれはちょっと寂しい点だ。


相変わらず部屋探しや、電車やバスの時刻表(ディータースハイムは田舎なので必須)のページを教えてもらってブックマークしてダウンロードしてプリントアウトして、あとほかにOS X上でXやTeXの環境を整えて、などで時間をとられている。 とっとと物理に集中できる環境を整備せねば。

あと一刻も早く自転車を買う必要があるな。 バスは20分〜一時間に一本、こないだの土曜からずっと晴れてるから徒歩30分でも非常に気分がよいが雨が降るとつらい。 でも雨が降ったら自転車でもつらいか。うーんやはり車がいるなぁ・・・

自転車はシリル君が「中古を買え」とありがた迷惑(といっては献身的に電話したり部屋見に行くのに付き合ってくれたりしてるので失礼だが)。 どうもラテン系だからかそういうのが面倒くさい・時間がもったいない・という感覚がないようだな。 まぁせっかくの申し出だし、町になれるためにも新聞広告(みんな個人で出してる)から選んで中古のを買うことにしよう。



今日も部屋を二つ見に行った。一つ目は、いったん壁を全部はがしてこれから塗るところだったのと、イマイチ暗い雰囲気だったのと、 ほかにもたくさん見に来てる人がいたので却下。(東洋人に貸すよりはドイツ人に貸すだろう。)

時間が接近してたので、一つ目は一人で行ったんだが、二つ目の所でシリル君と待ち合わせ。 んが、待てど暮らせど不動産屋現れず。ほかにも56人待たされてる人がいた。 こんないい加減なところと契約してもろくなことはないので却下。30分待って帰った。

ただし、二つ目のところで待ってるとき、一つ目のところにいた人とおんなじ人がまってて、「また会ったね」ってかんじでいっぱい話せた。 なかなかキュートなちょっとこまっしゃくれた感じのドイツ人の女の子。(ちょうど今からミュンヘンでジャーナリストの仕事についたそうな。)

ちゅーかですな、こっちきてはじめてこの手の、カワイイ感じのドイツ女性を見た。(^^;

どうも僕の観察によると、むちゃくちゃおおざっぱにいって、

       北ヨーロッパ          ←→ 南ヨーロッパ
     国:英国・オランダ・スイス・ドイツ    スペイン・フランス・イタリア・ギリシャ
     
    仕事:わりときっちり            わりといいかげん
     金:金持ち                貧乏

    めし:味気ない               美味い
おねーちゃん:萌えない               萌える
という関係にあるように思う。とくにドイツのおねーちゃんはナニでして、 TV見てても、「かわいい」って感じの子がまずいない(ケーブルTVの36チャンネルもあるやつですぜ)。 これはけして美人がいないわけではなくて、とにかく美人でも、「ごつい」「かわいくない」。

たまに(TV見てて)「お、ドイツでもカワイイ子もいるじゃん」と思ったら大概ドイツ語の同時通訳が入る(=非ドイツ人、大体アメリカ人かフランス人)。なんせ今いる村でもみんなとにかく「おばちゃん」ってかんじだ。

ちなみにこれは全く余談だが、というとここに書いてあることは全て余談だが、 この話は飛行機会社にも当てはまって、僕はいつもは御贔屓はアリタリア(イタリア)なんだが今回はKLM(オランダ)を使ってみたんだけど、 KLMは遅れないし(てゆうか「遅れてはいけない」という意識がそもそも存在してるし)、機内の内装も機能的で清潔だし、 飯もべつに不味くないんだけど、なんか「ちょうど必要十分」って感じでなんというか過剰な部分がないと言うか、いまいち 「サービスされてる」って感じがしなかった。やっぱ僕はアリタリアの方が好きだった。

・・・と思ってたんだが、ミュンヘンの町中に出てみるとなかなかカワイイ子もいるようだな。 今日話した子はハンブルグ出身といってたので、ドイツがアレというよりはミュンヘンのあるバイエルン(英語ではババリア)地方がアレなのかも(以下略)

まそれはともかく日本ってのは仕事きっちりでしかもおねーちゃんかわいいという理想郷なのかも知れないな(気のせいか)。 あーつまにあいたいぜ(意味不明)

んでまー、おねーちゃんはまだ待ってるというので僕らはバイバイして、シリル君と二人で一緒に、シリル君の通ってる教会をちょっと見たりしたあと(ちょうどお祈りの時間でパイプオルガンがなったりお祈り唱えたりしてて雰囲気サイコーだった←というと信者には失礼なのかもしれんが)、イタリア料理屋に行ってきた。 なかなか美味かった。僕はスパゲティボンゴレ(ロッソ)を食った。なんか酵母つーか納豆つーかそんな感じの匂いがちょっとした。 これが本場の味なのだろうか(ここもイタリア人がやってた)。まとにかくなかなか美味かった。

んで地下鉄でガルヒング駅まで戻ってそっから大学まではバスがあるんだが、 こっからディータースハイムまでは終バスが7時30分なので、これから歩いて帰る。 まぁ最近腹も出てきたことだし、良い運動だ。晴れてるから歩いてて気分もよい。

今日の収穫は「ドイツ女性=ゴツイ」というのが必ずしも真ならずというのを知ったとこかな。←物理やれって。ちゅーかやりたいっす

まともかく今日は帰って寝ます。んじゃまた。


そうそう、昨日わがバイエルン・ミュンヘン(なんせカーン兄貴がいるので感情移入もしやすいってもんだ)と ACミランのチャンピオンズリーグの試合テレビで見てたけど、 ホームにもかかわらずバイエルンが負けてしまった。残念。だがサッカーの内容としてはACミランの方が面白かったから、 まぁしょうがないのかも。

ところでこっちでは夜の euro sports (オイロシュポルツ)のニュースとかで、ヨーロッパ中のサッカーリーグの上位チームの試合の ゴールシーンとか惜しかったシーンとかやってるんだけど、なんつーかJリーグのダイジェストを見るのとはパスのスピードとかトラップの正確さとかそういう基本技術からしてだいぶ違うように見えるな。 イタリア・イギリス・スペイン・ドイツとかの名門リーグはおろか、フランスとかポルトガルでもだいぶ違う。 Jリーガーは名門リーグにこだわらずにばんばんこっちに来たら日本サッカー全体の質向上につながるのではないかな。


2002年10月08日(水)

だんだんなじんできた。物理もはじめてる、つーかようやく集中できるようになってきた。

マニュエルと、ビューラス氏のポスドクでやってきたアタナシオス君(ギリシャ人)が来てから昼飯の時の英語比率がぐっと増えた。 のでドイツ語を勉強するモチベーションがちょっと減り気味。ボチボチ家でのレクリエーションとしてやってはいるが。

そうそう、アタナシオス君も「なんでジャーナルクラブやらないんだ」と言ってたので、僕と彼でオーガナイズすればできそうだな。 なんとかその方向に持ってこうと思っている。(ジャーナルクラブやるやらないでグループのアクティビティがずいぶん違うと思う。)


あと、住むところが決まりました!先週の金曜にディータースハイムのペンションから、 カリン(秘書さん)のアレンジしてくれた同じディータースハイムのアパートにとりあえず移ったんだが、同じ日にオファー(?)が来ました。 結局初めてアパートを見に行った日の二番目にみたところ(ここ)に決まりました。 とてつもなくいいぶん値段も割高だったから(なんせ家賃が私の月収の半分)、応募者は少なかろうと思ったがやはりそうだったようだな。 ちなみに場所はこの赤丸で囲まれたとこらへん。

なんせディータースハイムには店が3軒しかなくてえらく不便(バスも土曜日は一日二本、日曜日は一本)なので、 町中に出られるのはよかったよかった。 ちなみに3軒というのはパン屋(私が村にいる時間には閉まってる、というかあいてるのを見たことがない)と、 いつもいってるギリシャ料理屋と、ガソリンスタンド(←つまり結局ここでしかものを買えない)。

ましかし静謐な村というのも研究に集中する上ではなかなかよろしい。 脳をリセットするのに「何もしない退屈な時間」というのは絶対必要なわけだが、これが日曜日に自動的に与えられるというのは、 生活のリズムをつくる上でなかなか機能的な気がする。ほかにやることがあるとついそれをやっちゃうからな。 半日ぼーっとしたら「もう疲れきってうんざり」→「また猛烈に物理がやりたくなってきた!」となって、 この前の日曜日にようやく物理に入れるようになった。


2002年10月12日(土)

今週は怒涛の一週間であった。 週の前半、学位証明の翻訳(英語じゃ駄目なんだと)で翻訳会社に電話したりFAX送ったり市役所行ったり銀行行ったり日本とメールでやり取りしたり荷物を受け取ったりなんだかんだ、 書くのもうんざりするような非物理的なことに神経を使い果たして、 水曜の昼には今にも泣きそうつーか切れそうなイライラした状態であった。

がおくさんの「消耗してる時には片付けからはじめるとよろしい」という教えを思い出して荷物をほどいてノートや本を本棚に入れて、 部屋がすっきりしたら実に気分良くなって物理やるきになった。 なんせKEKとは比べ物にならないぐらい個人スペースがあるので(一部屋もらっている)、 全部取り出しても実にすっきりとしている。やっぱこれぐらいの環境があると最高ですな。

その後ずっと快調。マニュエルとも昨日議論した。これから議論の量を増やしていこう。 彼はなかなか毒舌で話してて楽しい。

昨日の夜はミュンヘンの新しい部屋に行って今住んでるバートさんと家主のミヒャエルと話をした。 家具をどこで買うとよいかとか手続きとか色々聞いた。

ブラックホールも、さらに進展中。 (なんと僕と同時に新しく来たポスドクのアタナシオス君の婚約者が、我々の現在の仕事の競合者だと判明。世間は狭い。) 井田っちもようやく急いで出すべきだという気になったのでがんばって来週一週間で仕上げるのだ!

あと、ようやく自転車を買った。今日ガルヒングで自転車屋でマウンテンバイクの安いのはいくらだと聞いたら、 鍵だの泥よけだの手袋だのつけて300ユーロくらい。 以前新聞(3日にいっぺんでてる100ページ以上も個人広告だけが載ったやつがあるのだ)で相場を見たとき、 中古でも200ユーロぐらいするかんじだったので、んじゃーで新品を買った方がよかんべ、 という日本人根性が出て、その場で買ってきた。

これで土日でも移動ができる!


2002年10月14日(月)

昨日は昼まで寝て昼飯を村のいつものギリシャ料理屋に食べに行ってワインで酔っ払って夜まで昼寝して起きて晩飯を村のいつものギリシャ料理屋に食べに行って、 帰ってだらだら漫然とテレビ(F1とかバイクとかサッカーとか)見て寝た。 つまり一日中寝飛ばした。

これで疲れも取れて今週頑張れるってもんだ。


そうそう、小柴さんがノーベル賞とったのはめでたいニュースですな。 日本では大騒ぎになってるらしいがこっちにいるとあんまり実感はない。

あと、小柴さんの業績は「ノーベル賞とって当たり前」の素晴らしいものなので、逆にとっても驚きは全くない。 (「取って当たり前」といわれてて取れない人も結構いるので取れたこと自体は大変めでたいが。)

「デービス+小柴+もう一人誰が取るか?」というのが巷の評価であった。戸塚さん(スーパーKの人)も入るかと思ってたが入らなかったんだな。 ノーベル賞は「(最初に)確証を得た人」より「オリジナルなアイディアを出して一番最初にやった人」を評価するつーことだな。 それはそれで一つの見識であろう。

もう一人の R. Giacconi って人は全く知らなかった。SPIRESの評価が全てではない、ってことですな。まーアストロの人だから SPIRES には入ってないんだろうけど。

というわけで小柴さんよりむしろ田中さんの受賞に驚き、記事を読んでてなんとなく嬉しかった。 (某毒男板では「毒男の星」という全くありがたくない称号を賜っていた模様^^;) (あーしかし小柴さん学部時代の成績最低だったというのは意外かつ面白かった。頭の切れが全てではないということだな。)

実は、今は生物に行っちゃった吉田さんから、田中さんの発見の話を何度か聞かされていて(さよう吉田さんの場合「聞かされて」という表現がまことにあいふさわしい)、 名前は全く覚えてなかったものの、受賞内容の記事を見て「ああこの人か!」とすぐ思ったのであった。

学部卒で会社に入った人でも独創的な業績をあげればこうやって正当に評価されるというのは素晴らしいことであるよ。 田中さんのエピソードなんぞを読んで「オレもがんばるぞ!」と思ったりした。


2002年10月16日(水)

昨日の夜ミヒャエルとアパートの契約をしてきた。(私が住むのは彼が個人で買った部屋なのだな。) ミヒャエル君(といってももう37歳だが)ホテル建設のコンサルティングの仕事でヨーロッパ中を飛び回っている。 とてもいいやつだが、なんちゅーかそういう(いっちゃーなんだが右から左に情報を動かすだけの)虚業をしてる人についてしまうニオイがあるな(独身貴族ってのも関係してるかもしらんが)。 と思ってたが、昨日契約書の全項目を説明してる時の彼はなかなか誠実で、ちょっと見直した。 前回(金曜)に会ったときに契約書を渡してくれて、 ドイツ語で書かれてるのでいちおうベネディクト(シリル君の相部屋の学生)に見てもらったんだが、 ごく普通のフォームであると言われたのでまあ安心だろうと思っていたが、昨日の夜ミヒャエルが全部英語で説明してくれたのだ。

契約後ビールなんぞを飲みつついろいろ喋った。宗教とか。


日曜にテレビ見てるときにF1で佐藤琢磨が頑張ってたのは嬉しかった。ドイツでも注目されてたぞ。

しかしF1ってのはやるまえからシューマッハが勝つことに決まってるわけだが、そんなんで面白いのか? キムキムが夢中になる気持ちが分からん。こっちでは野球とサッカーと駅伝以外でもいろんなスポーツを中継してるので面白いんだが(大相撲もやってたぞ。オイロシュポート(EURO SPORT)で←どこがEUROやねんと突っ込みをいれてしまった)、 モータースポーツでいうと、バイクの方が数段面白いな。F1と違って頻繁に順位が入れ替わるし、 ドライバー(バイクの場合ライダーか)のとんでもない超人ぶりが車よりよく分かるし(車も、時々切り替わるドライバー視点の映像を見ると「うげーコイツらこんなスゲー事をやってたのか」って分かるんだが)。 しかしバイクは上位10位ぐらいホンダスズキヤマハで独占してて凄いな。日本人ライダーも5位ぐらいにはいってたぞ。 ちょっとカシャンを思い出した。←って今検索したらまだやってんだな。 就職したのか。週末にでも読んでみよっと♪

ところで我が日本代表(サッカー)はジャマイカなんかと遊んでるそうだが、 こちら欧州ではすでに欧州杯にむけてのガチンコの予選がはじまっておるぞ。だいじょうぶか?


なんか最近このおっさんの口調が移ってしまっているのではないかと超不安(^^; 最初は「なんやこれ。キモチワルイ文体だな」と思っていたが、読んでるうちに好きになってしまった(^^;;;;;;


研究の方は超大詰め。わくわくしてる。


2002年10月18日(金)

今日は昨日がんばりすぎて脱力気味。が自己嫌悪な感じではない。いちおうやることはやった。 今週末は、土曜日買い物+電話屋+シリル達と美術館(なんかミュンヘンの美術館が夜遅くまでやってるイベントの日らしい)、 日曜日一日惰眠の予定。 生活のリズムというのはこうやって作っていくのだな。 どうも24時間365日を物理に捧げねばと思って、結局不可能で集中もできず自己嫌悪→鬱というパターンで、 20代の貴重な時間(数年間)を無駄にしたが、去年あたりからやっと分かってきたぞ。 休むときは休む。これですな。集中できなくなったらもうやらないというのが自己嫌悪にならないポイントのようだ(これはドイツに来てから体得)。


というわけで夜になってから前回ふれたカシャンの日記を読んだりした。

途中サイトが無くなってすっかり読まなくなり忘れていたのだが、 久々に見てて「俺だよ俺、最初の立ちあげの時から見てたんだよ」とか名乗り出たくなる「あんた誰?」衝動が沸き起こってもう大変。

しかし彼のバイト生活の終わりには全くの他人事ながらまことにもって感無量。 実は数年前読んでるときから、こんな面白いパワフルな人がコンビニでバイト+ゲーム三昧の暮らしで、 人生の虚無感にさいなまれたりしないのだろうか、と思っていたのだな。今はいいけど年くったらどうなるんだろう、とですな。 んでもついにモラトリアムを終えて新たな人生の一歩を踏み出したのですな。 決意表明にはおじさん(ちゅーか完全に同世代だなこりゃ)胸が熱くなったぞよ。 (バレンタインデーの次の日というのがなかなかカシャンらしいと思ったが。)


ちなみにこちらの村では人生の意味とかそいうのは神様が提供してくれるから、まったく問題なし。 平日朝早くから夕方早くまで働いて、平日夜と週末は村唯一のレストランでビールのみながらトランプ、それで十分充足、という人生も悪くないのかもしれないな。 日本と違って神様がいる、というのはそういう意味では悪くない。 俺は信じられないから無理だけど。


2002年10月24日(木)

今日は超早起き〜。なんといま朝6時なのだぬっへっほ〜♪ カシャンのだら日記読みから貰った元気で今日も頑張るー

ちゅーかですな、昨日夜遅くまで頑張ってまとめたノートをだいちゃんとソンチャンに送ったはずが、 メールにファイルを添付し忘れたまま送るというオマヌケに昨日夜帰るとき気付いたがもはや引き返す気力はなし。

でですな、こっち来てから時差ぼけのせいだかなんだか毎日朝の5時にいったん目が覚める。 普段は二度寝して寝坊の原因になったりもしてるんだが、 「もー毎日毎日これは俺様に対する挑戦ですか?そっち(どっち?)がその気ならこっちも考えがアル!」 ちゅーことで来ちゃいました。


前回「無駄」と書いたが無駄のようで無駄ではないのだな。 だいたいそもそも自分が面白い、本気でやりたいと思えるテーマがなかった(高次元ブラックホール生成の話が本格的に出てきたのは去年の夏だ)。 ない物はないのだからしょうがない。利根川進も言っていた:「何をやるかではなく何をやらないかが重要だ」 「自分が心底おもしろい、一生やっても悔いはないと思えるテーマに突き当たるまではほいほい喰い付いてはいかん(意訳)」。

かといって、何もやらないといつまでたってもはじまらない。なんかやってみるのも大事なのだ。 その兼ね合いだな。だからあの数年間はそういう意味では意味があった。



あーも今日は全然駄目。集中力ゼロ。そっち(どっち?)の勝ち。負けました。以後寝不足禁止!

2002年10月28日(月)

金曜はよく頑張った。土曜夜はマニュエルんちにおよばれ。日曜は新居に行っていろいろ。


キコウちゃんが死んでしまった。 友達が死ぬのはもう二度目だからなのか、あんまり動揺してない自分がちょっとイヤなかんじ。ちゅーか実感がわかないよ。

今春、理学博士になった福浦紀幸君が10月20日に亡くなられました。
株式会社ピクセルに入社し、さあこれからと云う時の突然の悲報でした。
ご両親の話によると、肝臓の具合が悪いので15日頃に実家の近くの病院にかかっ
たところ、超音波などの精密検査は1週間先しか予約が取れず、そんなに深刻で
も無いと云うことで、大阪に帰って精密検査を受けることにして帰阪したそうで
す。20日頃から携帯電話に応答しなくなり、心配になったご両親が24日に大
阪に駆けつけ中からチェーンのかかったドアを開けて貰ったところ、吐血した福
浦君が廊下に倒れていたそうです。
前途洋々のたる人息子を亡くされたご両親の悲嘆、ここで逝く福浦君の無念は推
し量るべきもありません。
ご両親は大阪にいた息子の9年間を何も知らないことを嘆いておられました。福
浦君のメール、写真、ホームページの日記、亡き福浦君へのメッセージ等、福浦
君の足跡を、論文と一緒に冊子にしてご両親に差し上げる事ができたらと思って
います。
という連絡を読んで短い文章から御両親の悲痛な気持ちが伝わって暗然とした思いがする。

そういうことなので、なんか文章とか写真とかあったら私か境さんか江本君に送られたい。 私のメアドはodakin@ph.tum.de(を小文字にしたもの)。 古い方でもちゃんと転送されてくるけど。

しかしあれだ。これは精神科・心療内科の医者にゆるやかに殺されたようなもんではないか? 最初は偏頭痛とかでクスリをだされて徐々に睡眠薬とか精神安定なんちゃらとか強いやつに何年もかけて移っていって。 肝臓悪くして。 三沢の時も思ったが、精神科・心療内科の医者は依存性の強い薬を処方するとき「ゆるやかな人殺し」をしてる自覚を持たれたい。 まぁ根本的には薬出さないと診療報酬がえられない日本の制度が悪いんだろうけど。 (やっぱ寄生勢力(この件の場合日本医師会だな)の支配下にある自民党政権をいっぺん潰さねば日本は駄目だとオモタ。<ちょっと話が飛躍しすぎだけど。)

追記:やっぱこれ言いすぎ。 いい大人なんだから、医者から自分を守るのも自己責任の範囲内だな。


2002年10月29日(火)

キコウ君冊子プロジェクトが以下のように進んでるので、 キコウ君と仲良かった人やなんらかのかかわりがあった人は是非是非なんか書いて送ってほしい。 11月20日〆切をお忘れなく。 (彼らにspamメールが行かないようにメールアドレスは全角に変えといたが、もちろん半角ね。僕に送ってくれても転送しますが。)

皆様もご存知かと思われますが、
先日、大阪大学素粒子論研究室の東島教授から、
ご家族の方へ、生前の福浦さんがよく見えてくるような冊子を作成しよう
と呼び掛けがございました。
これに対しまして、
我々は、皆様からのメッセージなどを頂戴して編集することに致しました。
そこで、
皆様からは、生前の彼と共に歩まれたご記憶や写真、
そして彼に対するメッセージなどを頂戴したいと考えております。

冊子の内容は、
彼のこれまでの研究論文(修士論文、博士論文含む)
彼の個人的ホームページ
写真
福浦さんに対するメッセージ
などを考えていますが、これにとどまるものではありません。
彼に関することならどのようなものでも構いません。
生前の福浦さんに対する思い出話など大歓迎致します。

写真などは、電子化されているものでしたら、
電子メールにて下記までお送り下さい。
電子化されていないものも、以下にある住所に郵送して頂ければ、
こちらで電子化した後、返送させて頂きます。

メッセージなどのテキストは、どの形式でも構いません。
word, 一太郎, txt, tex, html なんでも構いません。
手書きでももちろん構いません。

各機関の方でまとめて下さる場合は、
まとまったものを一括して転送していただけると助かります。

最終的にこちらで編集したものをご家族に差し上げると共に、
大阪大学素粒子論研究室のサーバにも電子ファイルとして保管します。
御協力頂いた方にも閲覧可能な状態にさせて頂く予定です。


資料の郵送先についてですが、
電子化されているものでしたら、なるべく 1 Mbyte 以内にして頂いて、

t−kimura@het.phys.sci.osaka−u.ac.jp
sakai@het.phys.sci.osaka−u.ac.jp
shindou@het.phys.sci.osaka−u.ac.jp

までお送り下さい。電子化されていないものでしたら、

〒560-0043
大阪府豊中市待兼山町 1-1 
大阪大学大学院 理学研究科 
素粒子論研究室秘書室 宛

までお送り下さい。

この電子メールを、これが届いていない方にも転送して頂けると
非常にありがたいと思います。

なお、申し訳ございませんが、
11月20日までに、こちらにお届け頂けるようお願い致します。


なるべく多くの方からのメッセージが頂けると、
ご家族の方も喜ばれると思われますので、
御協力の程、なにとぞよろしくお願い致します。

2002年10月31日(木)

明日こそ家具をかおうと思ったら明日は休日で店は全て休みだとか(T_T) 今のところディータースハイムの部屋をまだ使ってるので大丈夫だが来週中に買えないとまじで寝袋で寝ることになりそうだ。がー


物理の方は楽しいぞ。とても。世界中で今この量を計算できるのは俺だけだ、というのはなかなかステキな気分だ。


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