ひみつの印日記


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2002年12月05日(木)

なんか超久々(半年ぶりぐらいか?)に「更新しろ」ボタンを押してくれた人がいて嬉しい。ので更新。 といっても相変わらず原稿いじりの日々。

火曜日にようやくベッドが届いて、山積みになってた洋服を畳んで床に並べて、 へやがとてもすっきりときれいになった。

やはり床に布敷いて寝るのに比べると、寝心地よすぎ。昨日は10時間強、今日は12時間ぐらい寝てしまった。


今原稿は最終校正でだいちゃんの手に。次にソンチャンに回っておしまい、となるはず。 だいちんが今週の日曜からイタリアにいくので急がねば。


けっこう夜帰りのバスや電車で研究室のベネディクトとかセバスチャンとかマーティンとかと一緒になって、 「飲みに行くか」といって飲みに行ったりしてる。やっぱ飲みはこういう突発的なのが一番楽しいよな。 これは街中に移ったメリットだな。今日の夜は初予約飲みで、マーティンとベネディクトと一緒にうちの近所のジャズ飲み屋に行く。 (マーティンは数ヶ月前8年も付き合って同棲したた彼女と別れた上に一緒に住んでた部屋を追んだされて傷心なのだ。 8年も付き合った彼女と別れる、というのはちょっと想像もつかないぐらい辛かろうな・・・)


2002年12月07日(土)

ああつかれて物理ヤル元気はなし。 週末はのんびり物理以外の楽しみを・・・と思ったんだがつまらん。 いったいどういうこった。 web日記読みはとうの昔に飽き果ててるのはもちろんのこと、 2chもweb新聞も一人で酒飲むのもなーんもつまらん将棋も久々にやったら元々ヘボなのがさらに下手糞になっててちっとも勝てん。 あーつまらん。 風邪気味で外に出るのもアレだしたいくつ〜。 明日一日どうしよう・・・


とここまで書いていっこかくネタを思い出した。昨日は駅で同僚のクリストフ君とリタ(という名前だったような)のカップルと会って、 リタの部屋で晩めし一緒に作って食うことに。

ちなみにミュンヘンはアパート代が高いのでみんな3人ぐらいでシェアしてる。 付き合ってない男女一対一でシェアするのはさすがに珍しいけど、 見知らぬ男女3人がシェアするのは全然珍しくないらしい。リタもイタリア人の男女とシェアしてクリストフとは別の所に住んでる。

クリストフがドイツ風キャベツとベーコンと玉ねぎとニンニクのパスタ(マカロニ)をつくって、リタがじゃがいもとキノコをオーブンで焼いたやつを作った。 僕はお手伝い。 パスタの茹で上がり具合について、同じものを、クリストフが「まだまだ」、リタが「もう完全に完璧に茹で上がってる」と評したのは面白かった。(リタはイタリア人なのでアルデンテ好み。)

けっこう美味しかった。

あと、木曜はマーティンとジャズ飲み屋の予定だったが、出演バンドがトロンボーン+ピアノのみ、という変則的な編成だったため、 ロバートんちでシードラーとかいうボードゲームをやった。シリルも入れて計4人で。かなり面白かった。


2002年12月10日(火)

前回のカキコでなんか心配してくれたのかけっこう色んな人がボタン押してくれた。 大丈夫ッス。週末は休む。アスリートでも常にトップフォームを維持できるわけではないしな。

Murasawaさんから「返事書け」メールが来たので「もしかして1on1の村沢さんですか?」と聞いたらビンゴ! 嬉しい。リンクはしてみるもんだ。 これからもがんばって続けてくださいね。できればもっと頻繁に。


論文出るぞ!!明日のhep-th/0212108。読んでね!!!!!!

弦理論屋には嫌がられる非弦理論屋によるhep-th投稿。までもこの論文はバリバリ現象論ってかんじでもないししょうがなかろう。 読んでね。


2002年12月12日(木)

論文読んだ?これね→hep-th/0212108

読んでね。

例によって「読んでください」メールをどっと送った。エンパラン氏がいっぱいコメントくれたのが嬉しかった。 あと何人かが「読むよ」と返事をくれた。あと数名から自分の仕事を引けというのが来た。


おとといはセミナーの後、一旦家に帰って、9時半に待ち合わせして飲み会。 ベネディクトとロバートとセバスチャンとマーティン。昨日は研究室のクリスマスパーティの後、 うちの近所のユニオンズブロイで二次会。ベネディクトとロバートとマーティンとミヒャエル。

いずれも恋愛話とか宗教話とかで盛り上がってとても面白かった。たのしかったからついつい飲み過ぎた。

マーティン8年付き合った彼女と3ヶ月前に別れたばっかりだというのに、 もう新しい彼女ができたと聞いて同情して損したと思ったのは内緒だ。 なんでも前のルームメイトだそうな。


そうそう、今日KEK友のシュテファンのセミナーがあった。 前KEKで聞いたときより上手で、ちゃんと内容も完全に把握してる感じがした。 (10月に出した最新の結果だそうな。)良いトークであった。 彼も我々のグループに3月から合流するらしい♪


2002年12月13日(金)

シリルは敬虔なカソリックの切支丹。毎週金曜日20時〜21時、うちのすぐそばの教会のミサに出席(?)してる。 で、今日は僕も早く帰っておくさんに手紙を書こうと思ってシリルと一緒に帰ったんだけど、私が前からミサに興味を示してるもんだから、 「来ない?」というわけ。「おれ神様全然信じてないけどいいの?」「いいよ」

そりゃ行くともさ!

なんせ「ミサ」といえば私のイメージは黒ミサとかオジーオズボーンとかそんなん(^^;;

もう近所の教会の中でナニが行われてるのか興味津々ッスよ。

(追記:後から聞いたらミサではないそうな。単なるお祈り会。)

で行ってきた。いやー面白かった。部屋は、でっかい教会の中にしては割と小さな部屋。天井がアーチになってて、 照明は蝋燭のみ。で20人ぐらいの信者が集まった。でみんな床に正座するわけ。 外人だから、日本で年寄りが法事の時に尻の下に敷く台をでかくしたようなのを敷いて。

神父はいなくて、信者の代表格みたいなおねーちゃんがリードする。 まずは聖書の朗読をはさみつつアカペラで歌を歌うんだけど、歌が綺麗にハモってかなり気持ちいい。 リーダー(?)が番号をいって、その番号の12小節ぐらいの短い歌を延々繰り返す。

面白かったのは、ある曲で、輪唱みたいに、表では西洋風の綺麗な旋律で歌ってんだけど、 バックで低い声でデー・パー・チェン・テー・リー・ウムと繰り返すのですよ。 その旋律がまんまナン・ミョー・ホー・レン・ゲー・キョー(南無妙法蓮華経)と一緒。 思わず誘惑に勝てず小声で「南無妙法蓮華経」と唱えてしまった。 罰が当たるか?と心配したが、まぁ神罰と仏罰が相殺して大丈夫でしょう。(^^;;;

その後なんか無言の懺悔タイム(?)らしき時間が15分ぐらい。 顔をおさえて前にひれ伏す者あり、ロダンの考える人の姿勢になる者あり、眺めていて飽きなかった。 あと、あえて「ねーちゃん背中の曲線が色っぽいのぅ」とか不謹慎なことを考えてイエスに挑戦してみたり。 (おねーちゃんが深刻な感じで顔を覆ってるのはなんとはなし色っぽいモノがある。)

その後なんか懺悔告白タイム(たぶん)。なんか短い優しいようなちょっと悲しいような癒し風の旋律を歌った後、 誰かが懺悔。その後また同じ旋律。終わったらまた誰かが懺悔。これを繰り返す。シリルも懺悔してた。 残念ながらドイツ語なので意味は分からず。

(追記:後から聞いたら懺悔ではないそうな。単に自分が祈りたい人(々)の為への祈りだそうな。)

その後聖書の朗読を挟みつつ歌を歌いながら、なんか蝋燭の火を灯しあったり、一人一人まんなかの台に土下座(?)したり。 とにかく石造りのアーチ風天井の小部屋で歌がハモるのがなんとも気持ちいい。あっというまの一時間でした。


その後信者の皆さんはみんなでイタリア料理店でお茶するんだけど、混じるのも気が引けたので、 一人で近所のお気に入りのイタリア料理屋で豚肉のピカタ、レモン風味というのを食べてきた(これを注文したら何故かシェフが喜んで自ら持ってきてくれた)。 ここは何がいいっていつ行っても閑古鳥が鳴いてる所。僕は混んだレストランは嫌いなのだ(空いてるレストランはウェイターやウェイトレスの対応も至れり尽くせりだし)。 どうも正調イタリアンクラシコといった風情と、値段の割に量が多くないところがドイツ人のお気にはめさない模様。 味は美味しいんだよ。まおかげであっしはお気に入りにさせてもらってありがたいけど。


2002年12月18日(水)

今日銀行の自動振り込みの手続きをしてきた。大学からガーヒングの銀行までチャリで行く途中小学生のガキの集団とすれ違う。 男の子二人が「チンチュン!」といいつつ目と歯をむく。目を合わせつつ通りすぎたが、なんか一気に萎え〜なかんじだ。 ガキってのはほんとガキですな。←この点では日本のガキもたぶん一緒。やだやだ。 人類本来の差別的なところ、攻撃性がまだ隠されずにキのまま残ってるな。

ちなみに「チンチュン」はたぶん中国語の発音を馬鹿にしたものと思われる。 欧州人にとっては中国も韓国も日本もまるっきり一緒。アジアン全体の底上げが待たれる。

普段大学という、教育を受けたリベラルな人しかいない場にいると全然気付かないが、 こういうのを見るとリベラリズムなんて幻影に過ぎないということが実感される。

無理に文化や見た目の違う人同士が一緒に住んでも、それで仲良くできるのはちゃんと教育を受けた頭の悪くない人だけだな。 アメリカなんて無理にリベラリズムを押し通そうとして差別大国だもんな。 それに、何十年も隣り通しで仲良くくらしててもいきなり虐殺がはじまったりすることもあるし(例:ユーゴ・インド)。

人類はどーすりゃいいんですかね・・・あっしには分からん。

なんにせよマイノリティーとしてずっと生きるのはなかなかしんどい事であろうな。 (自分一人だったら全くなんでもないんだけど、 子供が生まれてドイツに住んでたら幼稚園や小学校で思いっ切り苛められるんだろうなと思うとヤな感じ。) ま日本に戻ってもいじめが無いわけじゃないんだから一緒か。 ちゅーかガキは世界中どこでもいじめが大好きだな。 どこに住んでも人類なんてロクデモナイな。もっと完全な生命体にうまれたかったよ。 ←といってもどこの星でも、知的生命体は自然淘汰の過程で生き残って知的生命体に至るわけだから、やっぱり差別性攻撃性を激しくもってんだろうけど。

ということを昔から時々思ってた。


まそれはおいといて、明日ミュンヘンを発って東京に行きます。1月13日成田発で帰ってくる。 ほんとは2(or3)年間日本に戻らない予定でみんなにもそう言ってたんだけど、 つまが妊娠したので(<もうそうそろ安定期なので書いても良かろう)帰ることにしたのだ。

ついでに基研の研究会で話をするので暇な人は聞きに来てください。


共同研究者のソンチャンが今度の金曜日から一ヶ月軍隊に取られる。北朝鮮が崩壊するのは時間の問題だけど、 一ヶ月より後に、なるべく戦争無しで崩壊して欲しいと切に願う。 <ゲンキンなもんで拉致問題がこじれたときは「ブッシュの馬鹿に戦争させてとっとと崩壊させろ」とか思ってたが、 戦争ってのは実際に人が死ぬんだなということが友達が兵隊に取られて実感として分かるとそうもいえない。 これから数ヶ月中に馬鹿ブッシュがイラクで戦争するのはもう確実なわけだけど、 それで湾岸戦争の時のように何十万人もまた人が殺されるんだなと思うとなんともいえない気持ちがする。



馬鹿ブッシュといえば、欧州では米国を馬鹿にしたチェインメールが時々流れてとても笑える。 僕が今持ってるのは、以下のとおり。

欲しい人は
を押してくれれば転送します。 ボタンがうまく動かなかったら(ボタン押して何日かしても転送されなかったら)直接メールください。

いや面白いからこのページに貼ってもいいが反米的人物とみなされて かの国に入国できなくなったら目も当てられん。欧州人の(ちゅーかこれらのチェインメールの)スタンスは反米でも嫌米でもなくてあくまで笑米


2002年12月20日(金)

無事日本に到着。げんざいおくさまの部屋。んーやはりヤフーBB素晴らしい。

僕はけっこう食の順応性が高いのが自慢なんだが、やはり日本に帰ってきてなんでもいいけどなんというか「魚のダシ」の味というのはなんにせよ帰ってきた感じがする。


昨日のはちょっと誤解を与えるかもしれないので補足。 ドイツ人の名誉のためにいっとくが、ガキっぽいことをするのはあくまでガキだけ。 ディータースハイムの田舎町でも、都会(つーても東京に比べると随分小規模だが)のミュンヘンでも、 大人から人種差別的な扱いを受けたことは全くない(とおもう)。 (ちゅーか子供からだって前回が初めてだ。) ナチの反省からかその辺の教育は徹底しているようだな。

ときどきとても愛想の悪いウェイトレスとか窓口の係員とか居るけど、そういう人はあくまで誰にでも平等に無愛想。 (この点については、最初しばらくいろんな手続きにずーっとシリルが付き添ってくれてたので、アジア人に対しても欧州人に対しても同じと分かって良かった。一人で全部やってたらたぶん人種差別と感じただろう。) ウェイター・ウェイトレスは特に店がこんできて、彼らのキャパを越えちゃった時に対応が非常に悪くなる傾向がある。 これも、ドイツ人(ちゅーかバイエルン人)に対してもガイジンに対しても同様に対応悪くなるので差別ではない、と思う。

で、ドイツ人に対してさえ愛想悪いような人でも、前も書いたけど「用件の前にまずこっちから(できたら目を合わせて)挨拶する」という技でかなり愛想がよくなる。(前書いたときははさらにまず微笑めと書いたがそこまでせんでもよいようだ。) これはドイツだけじゃなくてけっこうインドでも欧州でも応用の利く技。

むかしシュテファンが「ドイツの文化ではひとにサービスする仕事をするというのはなにがしか屈辱的なものなので、レジとかで極端に愛想の悪いやつがいる」といってたが、「まず挨拶する」というのは即席バーチャル友達(知り合い)になることによってその屈辱感をやわらげる効果があるのかもしれないな。

ちなみにこれはドイツに限らず、ちょっと前に書いた北と南の分類で言うところの北の国々にはあてはまるとおもう。 ※北と言ってもいわゆる北欧はまた別なので注意。


2002年12月21日(土)

おくさんのつわり、治ってきたとはいえまだ時折しんどそう。 なので掃除したり食器洗ったりゴミ出したりなかなか良いオットぶり。

今朝は昨日さざえさん通りの魚屋(←良い)で買った浅蜊で味噌汁を作った。 ごはんと浅蜊の味噌汁と納豆。んーし・あ・わ・せ

ドイツ飯が不味いとは思わんが久々に和食の家庭料理食べるとやっぱ嬉しいな。

でちょっと前にお仕事に行くおくさんを見送った。昼ぐらいから東工大に行ってイダと議論する予定。 しかしやつはドイツと日本で8時間の時差を感じさせない男。 ICQで家ギロンをしたあと、下手すりゃ僕の方が先に寝たりした。 昼に行ってもまだ来てない可能性高しw


そういや韓国大統領はノムヒョン氏になりましたね。 前KIASに行ったとき(4月)にヒュンドが「次の大統領はノムヒョンになればいいけどまず無理だろうな」と言ってたのを思い出した。 若い人に草の根的に人気があってインターネットで支援運動が広がったとか。 その時聞いた話では、この人は国会議員を目指してるときソウル(?)で出れば余裕で当選できるだけの人気がありながら、 「韓国の地域対立(百済と新羅に由来する根深いモノだそうな)を打破するためには民主党(西が支持基盤)の私が、 出身地の慶尚道(東)でちゃんと勝たねばならんのだ」といってあえて慶尚道で選挙に出て三戦三敗という信念の人。 選挙で勝つことだけが自己目的化した日本の矮小な政治家とはどだい志が違う

しかし韓国50代の大統領か・・・ 「改革派」の首相は就任当初から「審議会作るだけ」をくりかえし、 税制(=国の形)は自民党税調の密室でどう考えても将来に対して責任の取り様のない80代の長老達によって 責任も権限も曖昧なまま決められてゆく日本と比べると絶望的になるな。

IMF危機をむかえて改革に飛び込んだ韓国とぬるま湯のままじわじわと衰退していく日本を比べると、なんかゆで蛙の寓話そのままだ。

まえ韓国行ったとき思ったんだけど、国全体が 未来は今より良くなるって信じてるというか斜め45度上を向いてるというかそういった熱気を感じた。 俺が生まれた頃の日本もこうだったんだろうな。

やっぱバブルが癌だったのかなあと思う。 話は跳ぶが、最近イトイ重里の文章は面白いし気がきいてんのに 読んでなんかそこはかとなくムカムカとするのはなぜなんだろうと時々考えてたんだが、 もしかしたら俺が当時東京に住んでて中学〜高校時代リアルタイムに嫌悪してたバブル時代の仕掛人(笑)のニオイが消せずに残ってるからかもしれない。 (大学入ってすぐバブル崩壊して万々歳だったぞ俺は。なんかバブル時代って「田舎モンが考える都会」がはばをきかせてる時代だったよな。ダッセエの。)

むかつくのは「テメーいまさらのほほんとして見せても俺は覚えてるぞ」という黒い情念がふつふつと涌いてきてるのかも知らん。

例えば、「興味がないから非政治」ってのは別にむかつかないんだが「あえて抑えて非政治的」というのが80年代的でむかつく。ほんとはマッチョイズム大好きの癖にボクチャンぶりたがる、というのも一緒かな(これよんでなんかそう思った)。

チョト違うかな。まいーや「何故ムカツクか」はもうちょっと宿題にしておこう。


2002年12月22日(日)

昨日は昼過ぎに強烈な眠気に襲われて体は寝体制に入って寒気はするし雨は降ってるしで、 だいちんにICQであやまって結局家で昼寝した。ゴメンってかんじ。 まあのまま行ったらきっと風邪ひいてたからしゃーないな。


2002年12月25日(水)

おくさんつわりでだうん。僕もネットで本やDVDを注文しては横で一緒にごろごろしつつ読んだり見たり。

2ch将棋板で評判の島ノートよんだり、将棋世界読んだり。 六月の勝利の歌を忘れない見たり。←カンドー(TT)

ネット本屋は元々はbk1の方が好きだったんだけど、久々に日本に帰ったらアマゾンも宅配便の代引をbk1より安くやるようになってたので、もはやアマゾンでもいいな。


しばらく日本を離れてて知らなかったんだがなんだあの民主党離党騒動は。 醜悪の一言。 熊谷とかいうやつ見て思ったが、やっぱ卑しい事してると顔つきも卑しくなるんだね。 自分に恥じない生き方をする、というのは大事だな。


JRのページさいてい。見づらいしセンスも悪いし。 どこのヘボい会社に発注したらこんな最低なページになるんだ? 空席案内見たんだが、 まず発着駅名を自分で打ち込めないし検索もできない。 あいうえお順の日本全国の全駅のリストから手で選ばないといけない。さいてい。 で、「検索」ボタン押したら「ただいま混み合っております。しばらくしたらまた検索してください」で、 戻ったら、もう一度あいうえお順の日本全国の全駅のリストから手で選び直さないといけない。さいてい。 これを数回繰り返してやっと見られた。さいてい。死ね。

こんないい加減な会社が組んだシステムにカード番号を打ち込むのはもちろん嫌だから電話予約しようと思ったら、 あまりにごちゃごちゃしてて適切な電話番号に辿り着けない。 適当に電話したら、JRの職員いわく「えきねっとじゃないと予約できない。電話では予約できない」とのこと。 絶対嘘。

googleで検索したら案の定あるじゃねーか! 書いてある電話番号に電話したら、何度電話しても「ただいまおつなぎします」のメッセージのあと即切れ。 横浜に電話しても同様。携帯で電話しても同様。

JRってこんなに最低な会社だったっけ?


2002年12月31日(火)

つまつわりも28日〜30日はつまの両親の石和温泉の実家でのんびり。 御両親と我々夫妻の4人。 往復は電車で。温泉に行く以外はごろごろのんびり。

温泉は、最初の日がご近所のホテル「花いさわ」。ここは温泉の泉質がなんともスバラシイ! 湯のかおりが実によく肌つるつる。湯量も豊富。また行きたい。 この私が食べきれないぐらいのフグ料理とのセット(宿泊無し)で6千円は安いといえよう。 みんなで次は4千円のコース行ってみよう、と話す。

ただ、従業員は接客に関して全く教育を受けていない模様。コンビニバイトに毛が生えたレベル。 食事も終わったのがまだ8時だったのにかなりロコツに「早く終わってくれないかな」という雰囲気。 夏にいった新潟の「すずきヶ池」の接客の素晴らしさと対照的であった。 このへん改善して欲しい。

二日目は「ぷくぷくの湯」あたらしくてキレイだったけど、温泉は塩素臭くてイマイチ。 ただ露天風呂から富士山が見えたのは良かった。露天風呂にはガイジンが一人いた。 声かけよっかな〜と思ったけどなんとなくやめた。 その後石和の家に戻って家で晩御飯。我々の子の名前をネタに盛り上がって楽しかった。


ちゅーわけで今はおくさんをかたわらに家で雑誌読んだり新聞読んだり本読んだり。まさにヴァカンス。

アエラの記事によると、雅子さん

「外国に参りますことが、私の生活の一部となっておりましたことから、 外国訪問することがなかなか難しいという状況は、正直申しまして、 その状況に適応することになかなか大きな努力が要ったということでございます」
に対して宮内庁長官湯浅利夫(←私はかねがね日本マスコミが欧米マスコミと対照的に「政府が」とか「〜省が」とか「〜銀行が」とか、人名ではなくて組織を主語に持ってくるのに強い違和感を感じている者だ)が12日の定例記者会見で
「外国訪問をあれだけなさりたかったのかなぁと、正直びっくり、驚いている」
さらには
「お世継ぎは小さな問題ではなく、こういうことを心配していたと、ご理解いただければありがたい」
と語ったとある。本当ならウヨ的にも

畏れ多くも畏くも皇太子妃殿下に対して木っ端役人風情がなんたる不敬!天誅じゃ!!

てなもんではないか?

どうも私は昔から宮内庁というのは皇室をないがしろにして自分らのウマミだけ大事にしている気がしている。 宮内庁にも構造改革が必要だ。



今ビールのみながらおくさんとだらだら紅白見てたんだが、中島みゆき姐最高!カコイイ!!うぉー一生ついてくぜー

歌詞は忘れたけど、 表情、視線の配り方、クロヨンの舞台、雰囲気、全部最高。いやー魅せ方を心得てますなー。 臆面もなくおいしいところを持っていきますな〜。イカス!


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