ひみつの印日記


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2003年09月03日(水)

最近日常生活の小ネタが全然足りないことに気がついた。 よって今月は小ネタ強化月間とする。 更新もなるべく毎日する。

ということを数日前に思ったんだがさっそくさぼっている・・・


小ネタ:今朝バスでアンディに会って話した。 やつは顏はイタリア人みたいだが、ばかでかいのでドイツ人と分かる。 アンディが産まれて最初に話した言葉は「7キロ」。 客が来るたびに親と「でかいねー、何キロ?」「7キロ」という会話を繰り返した結果だそうな。


2003年09月08日(月)

明日は誕生日。マンケーホー号報道のおかげで僕の誕生日と北朝鮮の誕生日が同じことを知った30歳の秋。嗚呼。


先週まで一週間母が来ていた。孫を撮って送れと出産祝いのデジタルビデオ持参。IXY DV5をリクエスト。←キャノンは桑田さんのラジオでおなじみだったのと、ツマ弟のタツヤさんから借りてるIXYのデジカメがよかったのとでこれを選んだ(その前に買ったSANYOのデジカメDSC-SX560は使い勝手最悪(カメラを縦にして撮ると電池のフタに指がかかって開いちゃったりバッテリーすぐなくなったり)だったのでよけい印象がよかった)。 ちっちゃくて手ブレもしないしなかなか具合がよい。 とってみて自分はこんなにユルい喋り方をしていたのかと衝撃をうける。 もっとはきはき話してるつもりだったんだが。家ではリラックスしているから特別、と思いたい。

うちのムスメは人差し指と小指を立てて、中指と薬指をそろえてしゃぶるのだが、僕が赤子の時もそうだったらしい。 こんな行動まで遺伝子で決まっているとは面白い。


2003年09月09日(火)

誕生日。今日は近所のヴィーナープラッツのこじゃれたレストランを奥さんが予約してくれた。 (赤ん坊可。)


くりすやなやっちゃなーというのにふかくうなづく。いおたにくじょうめーるをおくる。 しきゅうたいぽていせいばんをだすべし。

インカ帝国初代皇帝=マンコ・カパック、というのは御存知か。(小ネタ?)


2003年09月13日(土)

誕生日なかなかよかった。レストランというよりはワインハウス。 メニューのうち料理は最初の一ページだけ。 でも美味かった。(ドイツ的には)すごいちっちゃい洒落た木の家。

最初赤ん坊が泣きそうになって交代で外であやしつつ食べる。 ドイツは大人の場所で子供がうるさいのはたいへん嫌がられるのでね。 つーかそういう場所にいくときは普通ベビーシッターを頼むらしい。 でもガイジンなので、まーよかろう。 ドイツ人は日本人より個人主義なので、フツウじゃなくてもまわりの邪魔にさえならなければわりとなんでもありというところがある。 その後寝てくれたのでゆっくりできた。 同席の老夫婦も大変かんじがよかった。


夏休みに泊まりに来たアスカさんに童謡のCDをリクエストしたんだがこれがなかなかよい。 ところで、有名な「メリーさんの羊」、明るいくせにの歌詞がわりと陰惨なのだ。メリーさんのあとを学校まで羊がついていって、生徒には笑われ先生には怒られとうとうメリーさんは泣き出した、というところで終わる。救いがない。


木曜日にテストの試験監督をした。初めてだったのでなかなか面白かった。 自分の教えた生徒というのがこれほどカワイイものだとは知らなかった。


2003年09月14日(日)

計算してみた。うちの子産まれてから今まで約3ヶ月。僕約30年。 つまりうちの子の一日は僕の4ヶ月に当たる。うーん長い。 つか僕も年をとったな。

これから数年いや35までに超オモロイ成果を出すべ。 今色々やってるのは自分でもオモロイと思えるモノだしな。 おいらは締切前になるとがんばるたちなのだ。


ソンチャンドイツ来るのもリオもドタキャンしたくせに今度のDESYのワークショップには来るとな。ウーム・・・ 彼はトークしないと旅費が出ないだろうしおんなじ話をしてもしょうがないので僕は引っ込んで彼に話させるか。


2003年09月18日(木)

リングワルド氏にメール出して結局ソンチャンが生成僕が崩壊を話すことにおちついた。

アンディとミヒャエルも誘ったらやつらも行くことに♪ (アンディと考えてるやつにミヒャエルもリクルート。)


ビザげっと。もー書くのもいやだが火曜に市役所→家→市役所→ビザオフィス→学校→家→ビザオフィスといったあげくにビザオフィスが客多すぎとかいって閉められてたり(2時間も残ってるのに!)あげくに次の日(昨日)は休みだったり、 今日は朝の8時から五人待つだけで2時間以上も待たされたり(結局11時半までかかった)したが、 まー終わってしまえばハレバレとしたきもちになる。 しかしビザオフィスの職員が誰も英語はなせないのは如何なものか。


2003年09月26日(金)

いやー無事(?)終わりました。 土日で準備しようと思ったら風邪ひいちゃって土日ずーっと寝てて(おくさん様々)、 月曜に電車で昼から6時間かけてミュンヘンからハンブルグまで移動(喉飴なめまくり水のみのみ)。 夜はミヒャエルとアンディについてって レーパーバーンで飯食って帰って寝た。 帰り道に所謂「飾り窓」の通り(女人禁制)を通って帰る。 うーん・・・なんつーか寿司屋のカウンターみたいなかんじ? その場ですぐ賞味できる商品(ナマモノ)があらわに陳列してあるという意味で。 もうちょっと古典的ななんつーか石造りの雰囲気かと思ったが割とアメリカっぽいガラス張り。 下着のおねいさんが椅子に座っているだけ。 売春文化の伝統でいえば芸者の圧勝だな(知らんけど)。 こりゃ昔世銀とかの偉いさんが芸者の接待うけてメロメロになったつー話もわかるわ。

まーいずれにせよ我々は理系君なのでそういう通りは只通りすぎるのみ。 その通りのすぐ横のバーに入ってキッカー(ビリヤードみたいなボード上のサッカーゲーム)に夢中になってたりするのが、なんか らしいでしょ。 僕は見てるだけだったけど。

火曜の夜はアルトナのなんか黒人がやってる飯屋(激ウマ)で食ったあと一人で帰って朝の4時までトークの準備。

ところでエタップホテルいかんよ。なんせ入口にドイツ語で「You are entering luxurity-free zone.」と書いてあった(らしい)。 ソンチャン達韓国軍団が泊まってたノヴォテルの方がだいぶまし。値段も似たようなもんだし。 もう泊まらん。

でもそんな安ホテルなので火曜はエレベータでセルビア人、廊下でチェチェン人の若者集団とちょっと話す。 セルビア人は「何人?」「セルビア。ピクシーピクシー」「おう知ってるよ。奴はグレートだ」とか言って和んだ。 最後はサッカー選手とかが誇りの拠り所になったりするのだな。自分を指して「テロリスト」とかいってた。 どう見られてるか分かっているのだな。

チェチェン軍団は「ニーハオ」って言われて首をふりつつもにっこりしたら「コンニチワ」というので「こんにちは」と返事しつつ親指を立てたものだ。どこの国?と聞いたらチェチェンだって。

いずれにせよ母国が破綻する、というのはなかなかハードなことなのであろうなぁ、と思った。ドイツで不法就労してるんかな・・・

水曜の夜はバンケット。

木曜の夜(今日)はアンディとミヒャエルが帰っちゃったのでソンチャン達韓国軍団と一緒。 晩めしはDESYでヘベッカー(真摯さが色んな意味でステキすぎる)、ツヴィーナー、ゲルゲッタ、クィロス(ジャンレノ似で素敵)なんかと食った。 なんか面白いジャンルには面白い人が集まるな。一緒に飯食って楽しかった。 その後韓国軍団を引き連れてレーパーバーンへ。飾り窓の通りを通って月曜と同じバーで飲む。


つーか、今日(木曜)午前のセッションが終わった後トフーフトが独りでいたから、前日のトーク(ブラックホールと量子力学、というタイトル)について突っ込んだりしてちょっと話して「午後パラレルセッションでブラックホールの話するから来てくれませんか」と言ってみたら「うーん午後は用事があるからムニャムニャ」って感じだったんだけど、なんとほんとに来た。 ノーベル賞の人の前で自分の話をするのは初めてでちょっとドキドキした。 (いやほんとは話しだしたらドキドキしなかったけど。最初に話しかけたときはマジで緊張した。) いちおう我々の話にいくつか質問もして最後まで席を立たずに聞いてくれた。ウレ。 トフーフトがどう思ったかは分からんがオーディエンスはかなりポジティブであった。 何人も面白かったと言ってくれた。

明日(もう今日か)の夜の電車でお家に帰る。なかなか有意義な研究会であった。


2003年09月28日(日)

帰ってきた。土日はいつものように芝生の上にこっちで買ったでかいタオル敷いてのんびり。


いやー素晴らしい研究会であった。 ちゃんと誰かが責任もってしかるべき人々にプレナリートークのお題を与えて、レビューもさせつつ自分の話もさせる、というかんじで。 (日本だとスピーカーに遠慮してつまんないトークがプレナリーに入っちゃったりしがちでない?) んで有象無象(含(現時点での)私)にもパラレルセッションで機会を与える。 最初にintroductory lecturesとか入れるのもDESYの伝統だそうな。いいな。 一つ一つのトークの時間もたっぷり取ってあって。

トフーフトの講演の最後、色々出た質問への答を聞いて思ったが、 偉大な人ってのはなんでも偉大なわけじゃなくてその人の突出した部分と時代とが幸福な出会いをした数年間に真に偉大な結果を出す、ということなのであるなぁと思った。 (平たくいってけっこう的外れな答をしたりしてた。 例えばドジッターホライズンについてはどう思うか?という質問に対して我々の宇宙はトーラス的に無境界になってると思うのであまり関係ないと思う、とか。 そんでも深みのある素晴らしい講演だったけど。)


そういや木曜の晩めしでゲルゲッタ氏が言ってた話だがアメリカ大統領候補のクラーク氏(?)というのはかなりヤバイらしいですな。 ブッシュは糞という話をしてたときに対立候補(なの?)のクラーク氏について 「あいつだけはヤバイ。マジでヤバイ。第三次世界大戦をおこしそうになったやつだ」「またあw」 「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(追記:コソボだったかも。このへんよく知らないので縮退している)でNATO軍の司令官だったときに、ロシア軍がある空港を先に奪取しそうになって、 なんと奴はロシア軍を攻撃するように、と命令を出したのだ。指揮下の英国軍の司令官が『できない』といって辞任した」 とか。うーむ・・・


ハンブルグの街はかなり楽しかった。ミュンヘンより旅行者には面白いんじゃないかな。店や人々の格好の多様性も多し。 (ミュンヘンはなんというか整然としすぎている。飲み屋も伝統的な雰囲気のところばっかだ。それはそれですてきなんだけど。)

「ヴィーダーゼーン」というのは「ごきげんよう」ぐらいのニュアンスのようだな。 ミュンヘンではみんなしょっちゅうつかうが、ハンブルグではちょっと堅すぎるかんじみたい。「チュース」だけだった。

アンディもミヒャエルも生まれてからずーっと南ドイツに住んでる。 アンディが「やっぱりずーっと同じところに住んでてはあかんな」と言った。「なんで?」 「同じドイツでも色々違う。話すはやさも言葉も。ずっとおなじところに住んでいるとそれが全部だと思ってしまう。」 (南ドイツは田舎っぽくて格好悪いと見下されてる。話す速度からしてゆっくりだそうな。) んでも、一般に口がうまくないのでプレゼンとかはどっちかというとうまくないけど、やるこたやる、というかんじで大学のレベルは南の方が高いのだ、とゆってた。


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