ヤスキンインド旅行記

→解説

第三部:哀愁のマドラス編

タイトルは、「マドラスといえば哀愁でしょう」というだけの理由でつけられたもので、 我々がとりわけ哀愁だったというわけではない。マドラスのみならずマハーヴァリプラム、カニャークマリも入ってる。



1999年02月11日(木)

11日は車中。


1999年02月12日(金)

一路マドラスへ。といっても、とてもノンビリ 途中乗り換えで2時間半待つ。 GUDUR という街なのだが町の人がバラナシと比べると非常に、にこやか。 南インドに来たのを実感する。そういえば電車の中から見える景色も変わってきた。いい感じ。 素朴で。

マドラスでは HOTEL Pandian に泊まる。レストランで豪遊。注文を親の仇のように頼み、 フカフカのソファーで飲んで、食っての我々に 店の人もいい態度。大社長のバカ息子気分を満喫。


12日は昼にGUDURについて15:00まで2時間半ボー。

夕方マドラスについてチケットとる。14日のしかないって。ばばーむかついた。 テメーのコンピュータ操作が変なのをかくにんしたら「バングラと日本人はねぇ・・・」とかぬかす。(注1) んでハリダスには電話つーじず。

んでビール3本 ナン3人前 カレー3皿で 450 Rs. あ、そうそう この Hotel Pandian 2000 Rs の deposit よこせとかぬかす。


(注1)テメーのコンピュータ操作が稚拙なのを棚に上げて、英語が分からないんだと思われた。 首振りながらため息つきやがって。むかつくぜ。


1999年02月13日(土)

マハーバリプラムへ日帰りで。海はキレイでキンと一緒に岩にのぼってタバコをふかす。(←フィルター付) 男前になった気がしたので お互いの写真を撮りあう。

寺院もサイコーで彫刻も素晴らしい。でも圧巻は、やっぱりバターボールだ。キャッキャッ言いながら写真を撮る。

岩場で(←GOOD Place 日の出と日の入りがみわたせる)涼んでいると インド人が話しかけてきて楽しい。果物をおごってくれた。インド人におごってもらうなんて!! いい奴いっぱい いるやんか。もぅ!(注1)

その後HOTELでまた豪遊。(←つまみの量が増えてたのが面白かった。) インドの神の怒りか、下痢が2人を襲う。(注2) 治りかけの肛門に再び激しいダメージを負う。


13日はマハーバリプラム。(←ココナツおごってもらった。5Rs.)最高。 (注3)

夜カクテル(ギムレット)。(注4)ウィスキー グラス一杯(+氷)。以後激ゲリ。 ハリダスとコンタクト。


(注1) 一般には(とりわけ北インドでは)見知らぬ人のくれたものを口にするのは大変危険とされているので注意。 睡眠薬盛られて昏睡強盗とかよくあるらしいしね。

ただしインドという国ではあらゆるものがあからさまでして、 悪いやつは露骨に悪そうな顔をしてたり、 しゃべってみたらいかにも怪しかったりする。 素の顔が険しいので最初はみんな悪そうに見えるが、 そのうち「ガイジンに興味を持ってる人」なのか「ガイジンからぼったくろうとしてる人」なのか見分けられるようになる。

(注2) 二人して調子に乗って氷入りのカクテルのんでたのが敗因と思われる。 バングラッシー(←ねこぢるのまんがでは飲んだ人みんな下痢下痢になってた)を飲んでもなんともなかったので ちと油断してたが、やはり氷は危険であった。(水道の水からつくるからね。)

後にハリダス氏に見るからに強力そうなごっつい薬を貰うも、 完治はせず。旅行終了まで(つーか帰ってきてからもしばらく)ゲリゲリであった。 これのせいで旅の後半はすっかりお疲れモード。

(注3) マハーバリプラムはマジで最高であった。 唯一の難点は、インド人を馬鹿にしきった感じ悪い白人ヒッピー(麻薬だけが目的でインド来てるような気怠い手合い)がたくさん群れててむかつくことぐらいか。 おかげで店はややボッタクり指向。 (岩の上でぼーっとしてる時に話しかけてきた住人はみな感じよかったけど。)

んでも、どこにいても石工の槌音が聞こえてくるのは何ともステキ。 (←ヒンドゥー教の石像を作る町なのだ。) 岩の上では幸運にも石工と話すことが出来た。(たしかココナツおごってくれたのはこの人。) 基本的に一日数時間休み休み働いて午後はノンビリ、といった理想の勤務体系らしい(給料激安の借家住まいだけど)。 ただし、子供の時は朝から晩までこき使われる、というライフスタイル。 んーこれが良いとか悪いとかじゃないよなー。こういう伝統で何百年も或いは何千年もきちゃってんだから。 どうなんでしょ。

あと巨大岩の上でいわゆるひとつのビーチボーイ君とも知り合いになってたくさん喋った。 かなりのハンサム(若干ワル系)で、 もう忘れたけどアメリカ人と日本人とあと欧州の何ヶ国かのガールフレンドがいて、 彼女たちからの貢ぎ物プレゼントで生計をたてている模様。 なかなか誇り高いお人であった。チョトかっこよかった。

(注4) ちなみにギムレットも酎ハイ入れるようなデカいグラス一杯にクラッシュアイスと一緒に入ってた。インド・・・


1999年02月14日(日)

ハリダスとキンがコンタクトに成功。

研究所で大麻を吸う。これが効いた!! 体の中を十本ぐらいの線がゆっくり廻る感じ。吸い吸ぎて気持ち悪くなる。 (注1)

その後ハリダス亭に行くも大麻が抜けず 無言でニヤニヤし続ける気持ちの悪い男という印象しか 与えられなかった。(注2) 無念。しかし無言でニヤニヤしながら飲んだマンゴジュースはおいしかった。 その後カニャークマリへ。


14日は ハリダスに Idly をごちそうになって 大麻すって(研究室)ゴー。

ハリダスんちでマンゴジュース グー。

めし

16:15のでんしゃで カニャークマリへ。


(注1)ハリダス先生のおごり。結局インドで嗜んだ大麻は

いずれも合法品のため(クッキーはちょっと怪しいけど)、大変品質もよろしく一度もバッドトリップなし。

(注2)まじで気持ち悪かった。

ヤスのせいで(?)ハリダス氏の奥さんと娘さんは 「お父さんのつれてきた汚いロクデナシのガキにお愛想で相手するお母さんと娘」といった様子であった。 (レストランにつれてってくれたりもしたんだけど。) ビーチボーイの話をしたのもまた拍車をかけたか。ま無理もない。


1999年02月15日(月)前半

カニャークマリでなごむ。(注1)


15日 カニャークマリ。グ。(注1)


(注1)インド最南端の岬。コモリン岬とも言う。 ヒンドゥー教の聖地でもあり、たくさんのインド人観光客(或いは巡礼者)がきてて、 海に浸かっていく。それをみてるだけで飽きない。 聖地と言っても北インドほどツーリスティックではなく、じつに感じがよかった。


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