平成9年8月 <第二回ガダルカナル島残砲処理>
前年の魂の触れ合いが、実を結び出す。昨年の残砲の場所、数等の調査結果、そして、この一年間の情報交流を元に、一日、5〜7個のペースでの回収。実働日数4日間にて、33個の砲弾、手榴弾(実は後に大きな問題になるであろう内訳、約半数が米軍のもの。米軍側は回収出来るものは、既に、回収済であると公式発表を既にしている)を文字通り、命を賭けての回収。
そして、いよいよここからが、夏井、根生乃塾の本領発揮。古典的といわれようが、何と言われようが、先述の魂のリレーションシップは、登るところまで登り(夏井の熱い汗と説得により、一歩間違えば、巨額な罰金かもしくは法的拘束=逮捕されるかもしれない当国の法律があるところを)遂に、「これまで多くの日本人(遺骨収集の為の戦友会の方々や、役人“様”等)を見てきたが、あなたたちのような日本人は、初めて見た。銭金だけで全てを決着つける日本人だけじゃないんだね。命を賭けて、我々を助けてくれるのか! 有難う!」
と、感謝、感謝の抱擁政府と国軍隊を動かすまでに至ったのです。[本来は処理(爆破)も自らの手で行う予定だったのですがあまりの多さに(危険度の高さ=周辺の住民への被害を考え)若さにまかせた“我”を押さえ、政府へかけあったのです。逮捕も覚悟で]「たかが、これだけしか出来ないよ。・・・まだまだとんでもない数の砲弾が、口開けて待ってんだよ」
と、俯き呟く夏井の目はある種の怒りに満ちていました。“この国の人々に感謝される為に、来たんじゃない。銭金でしか生きる術を見出せなくなった、“好きでいたい”日本・・・。米国だって「我々の戦後処理(砲弾等の回収)は終わった」って? 冗談じゃねぇじゃねぇか! なんで、なんでみんな平気なんだぁ・・?と、聞こえてきます。そして、“誰が、どうのこうのじゃねぇ! テメェのハラの虫だ!”と。そして、再訪の約束を現地人たちと固くし、後髪を引かれる思いの帰路。東京上空「ああぁ、またタイクツな日本に、戻ってきちまったなぁ」と、夏井のこの言葉を聞くのは、昨年と同じことなのでした。